白兎のお茶会
あなたは、『魔法の卵』を知っていますか――?
美しい満月だった、翌日。
ほんの少し欠けてしまったことを恥ずかしがった月は、前日よりもわずかに遅く、夜空に昇りました。
ぽつり、と一粒。
月から零れ落ちた碧い涙を、両手で受け止めた夜の女神さまは、月に慰めの言葉をかけて、手のひらの涙に祝福のキスを贈る――。
そうして月の涙は、魔法の卵として生まれ変わるのです。
そして今日は、年に一度の特別な日。
魔法の卵が孵る日なのです。
雲ひとつない紺碧の夜空には、銀色に輝く三日月が懸かり、宝石のように煌めく星々が散らばっていました。
満天の星の下。
森の中の木々の開けた草原で、小さな灯りが、ぽつりぽつりと点りはじめました。花盛りを迎えた、月下鈴蘭の甘い香りに誘われた星蛍が、壺のように膨らんだ花弁の内側で、蜜を舐めながら背中を光らせているのです。
草原の真ん中には大きな切り株があって、真っ白なテーブルクロスが掛けられていました。
テーブルクロスの上には、ふわり……と、やわらかな湯気を立ち昇らせるティーポットに、たくさんのティーカップ。木の実を練って焼かれたカリカリのクッキーは、お皿から溢れそうに盛り付けられています。隣には、艶やかな木苺ジャムが、とろりとはみ出したパイ。ふわふわ甘い香りを漂わせるパンケーキも並んでいます。
――お茶会の準備は、すっかり整っていました。
そしてテーブルの中央には、ほのぼのとした銀の月光を浴びる、大理石のように滑らかな青みがかる白い魔法の卵が、ちょこんと置かれています。
満足そうにテーブルを眺めた白兎は、背筋を伸ばし、首元の臙脂の蝶ネクタイを指先でぴんと引っ張って形を整えます。
パリッと糊の利いた白シャツに漆黒のベストを着た、きっちりとめかし込んだ白兎でした。
「これで準備はできたかな? ……ああ、そうだ! カエルの奴が来るんだった!」
カエルの好物の金平糖を用意しなくちゃならない!
ぽふん、と両前足を合わせた白兎は、慌てて長い柄のついた網を空中から取り出しました。白い身体で大きく伸びあがり、長い柄のついた網をするすると夜空に向かって伸ばします。
右に――、左に。
白兎は、網を左右に振り回し、夜空に浮かぶ星々を網ですくいます。
網の底に、ころり、ころりと落ちた星々は、黄色や桃色、水色の淡く優しい光を放ち、色とりどりの金平糖に変わりました。
「このくらいかな……? あんまりこのへんの星を採っちゃぁ、夜空が寂しくなっちゃう」
星の少なくなった夜空を眺め上げて、白兎は、不安な顔をします。
「まぁ、ちょっとくらい大丈夫、大丈夫!」
独り言を呟いて、気を取り直した白兎は、真っ白なお皿に金平糖を山のように盛り付けて、よし、と力強く頷きます。
「やぁ、白兎。歓迎のお茶会の準備はできたかい?」
現れたのは、黒いシルクハットをかぶり、ステッキを持ったハリネズミでした。
ハリネズミは、テーブルの上のお茶やお菓子を眺めた後に、魔法の卵を見て、嬉しそうに目を細めました。
白兎は、ぴょんっと跳ねて、ハリネズミに向き直ります。
「ああ、できたとも!」
胸を張って、得意気に答えました。
「あとは、みんなでお茶を楽しみながら、新しい仲間が魔法の卵から孵るのを待つばかりさ!」
「次は、どんな子が産まれるんだろう」
「さぁね」
こればかりはわからないと、白兎は肩を竦めて、魔法の卵を見つめました。
「小鳥……、ネズミや猫かもしれない。この森に住む生き物は、みんな、こうして女神さまの魔法の卵から産まれたのだからね」
卵の中で眠っているのはどんな動物なのか、それは生まれてからのお楽しみなのです。
白兎とハリネズミが話をしていると、森の奥から様々な動物がやってきました。クマやゾウ、アライグマにリス。草陰で跳ねているのは、金平糖が好物のカエルです。
みんな、それぞれにお洒落をして、魔法の卵から孵る新しい仲間を迎えにやってきたのでした。
――さぁ、お茶会の始まりです。