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第三王子の初恋

 俺がシルヴィアから貰ったものは、たくさんある。


 いじけて、腐って、周りを見ようとしなかった俺にひるまず寄り添って、子供なのだから素直に甘えていいのだと教えてくれた。

 魔法を使えるようにしてくれて、魔法が何かも教えてもらった。

 でも、それだけじゃなくて、学ぶ楽しさとか、何故学ぶのかとか、王族である責任とか、家族に頼ることとか……


 本当にたくさんのことを教えてもらって、一つ一つやっていったら、それは俺の自信と誇りになった。


 だから、師匠と弟子じゃなくて、今度は対等の立場で会いたいと思った。


 前世持ちで、ダサい黒縁メガネをして、髪をひっつめてお団子にして、地味なドレスを着た、2歳歳上の従姉。

 いつだって、丁寧な落ち着いた物言いで、エリザベス姉上のように気安い言葉遣いで話したことなんて、一度もなかった。

 運動音痴で、でも魔法は誰よりも上手に使えて、いつだって俺のことを大切にしてくれた。

 学園に編入することが決まっていたのに、半年間も遅らせて、付き合ってくれた。


 シルヴィアに会いたい!それが俺の原動力になった。


 たくさんのことを知っているシルヴィアと、同じものを見てみたくて、一生懸命勉強した。本をたくさん読んで、多くのことを知って、そうしたら、世界は広くてすごく複雑なのだと、知った。

 時々思い立ったように、いろんな魔法使って見せてくれたけど、それがどんなに高度で難しい魔法なのかも、勉強するうちに知ったことだ。


 父や兄姉は、シルヴィアのことを教えてはくれたけど、俺は自分で直接シルヴィアのことを知ることが、嬉しかった。


 だから、会いに行く。

 シルヴィアが通う学園に編入して、今度は友人として会いに行く。

 そして、もっとシルヴィアのことを知って、もっと彼女の近くにいきたい。

 いつかシルヴィアの隣で、今度は彼女が必要に思うときに、手を差し伸べたい。

 彼女を守りたい。

 それが出来るくらい、大きく強く賢くなって、シルヴィアの隣に立つことが出来るように、俺に出来ることを精一杯やってきた。


 俺が、王立学園の中等科5年生に2年飛び級をして編入したのは、シルヴィアと別れた翌年、2月の新学期だった。


 新学期が始まってから、俺はしばらく学校という組織に慣れるのに結構必死だった。

 第三王子という立場で編入したものの、兄や姉とは髪や瞳の色も違うし、俺の出自も隠しているわけじゃ無かったから、まあ、周りもどう扱っていいか微妙だったんだろう。飛び級したせいもあり、身体つきも細めの俺は、周りの男子から侮られることも多かった。

 だけど、寮では兄上が、学園内の中等科では姉上が、さり気なくフォローしてくれたし、俺も意地があって、1ヶ月が過ぎる頃には、周囲から一目置かれ、気の合う友人も出来てきた。


 ただ、シルヴィアには、会えていなかった。

 あの黒縁メガネにお団子の女子が、見当たらないのだ。同じ学年はチェックしたし、シルヴィアという名前と容姿の特徴を友人に言って、知っているか聞いてはみたけど、どこにもいない。

 もしかすると飛び級かも?と中等科の上の学年も探してみたが、見つからず、とうとう俺はユリウス兄上を頼ることにした。


「は? アルディオ。お前、まだシルヴィーに会っていなかったの? あんなに会いに行くって頑張ってたのに?」


 兄上の部屋を訪ねて、シルヴィアに会えないけど彼女に何かあったのか?と聞いてみたら、かなり驚かれた。


「探したんだけど、見つからないんだよ。中等科は全学年回った」


 俺は悔しいけどお手上げだった。


「そりゃあ、そうだろうねえ。シルヴィーは9年生だよ?」


「え?」


 兄上の台詞に、俺の動きが止まった。

 なんて?


「高等科の最終学年。私の先輩だね」


「はあ?」


 盛大に聞き返したら、呆れたように笑われた。


「2年飛び級のお前も素晴らしく優秀だけど、シルヴィーだよ? 4年位やってのけるでしょう? 考えなかった?」


「ハハ……全く。ああ、もう!なんだか悔しいなあ」


 乾いた笑いがこぼれて、思わず髪を掻きむしる。

 だが、シルヴィアはちゃんと学園にいた。そのことにひどく安心した。まさか最高学年にいるとは思わなかったけど、高等科まで会いに行ってみようと思う。


「兄上、高等科のどこに行けば、シルヴィアに会える?」


「シルヴィーは、魔法研究科の医療コースにいる。ただ、会うなら昼休みだろう? 明日はやめたほうがいい。番犬がいるからね。

 明後日なら、私が捕まえておいてあげよう。高等科の食堂においで?」


 番犬?なんのことだ? よくわからないが、兄上がシルヴィアを捕まえておいてくれるなら、間違いない。


「助かる。ありがとう。じゃあ、明後日の昼休みに」


 兄上に礼を言って、俺は自室に戻った。最初から頼んでおけばよかった。




 翌々日、昼休みになった途端、俺は高等科に向かっていた。あれから2日。シルヴィアに会ったら、なんて言おうか?彼女はどんな顔をするだろうか?と何度も考えた。楽しみなような、ちょっと不安なような、複雑な感情。でも、早く会いたいと気持ちは急く。

 途中場所を尋ねながら、小走りで食堂に向かう。すれ違う人に時々振り返られたりするが、構わず進んでいった。

 すると、食堂の入り口に、見覚えのある金髪が見えた。


「兄上!」


 俺は兄上に声をかけて、走り寄る。


「やあ、ずいぶん早かったね?」


 にこやかに兄上が振り返った。


「……アルディオ?」


 すると、兄上の向かいから、懐かしい俺を呼ぶ声が聞こえた。

 シルヴィアの声だ。俺は思わず兄上の横から顔を出し、声の主を確かめる。


「え?」


 そこにいたのは、とても綺麗な人形のように整った顔をした、華奢な女の子。緩いウェーブのプラチナブロンドを横で一つに纏めて下ろして、大きな蒼い瞳を丸くして、驚いた顔をした少女だった。


「だれ?」


 ポロリと思わずこぼれた言葉に、兄上が声を上げた。


「ええっ?ちょっとアルディオ!」


「ああ!ユリウス殿下、大丈夫ですよ。アルディオ、私です。シルヴィアですよ。この格好で会うのは、初めてですね」


 シルヴィアと名乗ったその少女は、いたずらっぽく笑って、両手の親指と人差し指でそれぞれ丸を作り、両目にあてる。

 声も、喋り方も、仕草も、蒼い瞳も、間違いない、シルヴィアだった。


「びっくりした。なんていうか、その……キレイで」


 思ったままに口にしていた。それに気がついて、顔が熱くなる。だって、メガネが無くなっていて、髪を下ろしただけで、まるで別人みたいだった。


「ふふっ。ありがとうございます。一緒にランチでもいかがです?アルディオ?」


 シルヴィアは嬉しそうに笑って、俺に向けて手を伸ばした。その手を握って、俺は答える。


「うん。嬉しい。本当に久しぶりだ。会いたかった、シルヴィア」


 食堂に向かって足を進めようとしたところで、


「じゃあ、私はこれで。君たちを無事に引き合わせたしね」


 と、兄上がそう言って立ち去ろうとしたのを、シルヴィアが引き留めた。


「あら、ユリウス殿下も、ご一緒にいかがです? 私お二人が兄弟仲良くしてるのも、見てみたいわ?」


 俺も頷いて、兄上を見上げる。すると、兄上の視線が、いいのかい?と俺に尋ねてくる。


「? もちろん、兄上もぜひ」


 そうして、俺達は三人で食堂に入っていった。




 食事をしながら、俺達は互いの近況を知らせ合った。

 2年飛び級をして編入したことを伝えると、シルヴィアは手放しで褒めてくれた。シルヴィアは4年だしと言ったら、前世持ちだから当然ですよ、と、あっさりした感じだった。

 声変わりしたとか、背が伸びたとか、ちゃんと食べてるのかとか、学園は楽しいかとか、友達は出来たのかとか、まるで母親のように心配されて、ユリウス兄上に突っ込まれていた。

 昼休みは、あっという間で。


「また、会いに来てもいい?」


「ええ、もちろんです。でもお友達も大事にしてくださいね? ユリウス殿下に伝言して下されば……」


 シルヴィアが穏やかに笑って、許してくれた。

 兄上がそれに拗ねたような声で文句を言う。


「従姉妹殿は、人使いが荒いなあ」


「王太子殿下ほどじゃないですよ?」


 しれっと答えたシルヴィアに、兄上は


「あ〜、それ言われると弱いなあ。わかったから、ほら、アルディオ、そろそろ行きなさい」


 手をヒラヒラと振って、俺を見た。気安い感じの二人が、ちょっと羨ましい。


「ありがとうございました、兄上。シルヴィア、また!」


 名残りは惜しいけれど、俺はとりあえず満足して立ち上がる。兄上には感謝をこめて頭を下げて、中等科に走り戻ったのだった。




「なあ、アル。君が一生懸命探していた女子って、見つかったの?」


 男子寮のプレイルームでは、夕食後友人達と集まって、ボードゲームやカードゲーム、ビリヤードやダーツをすることがある。

 中等科の寮は二人部屋なのだけど、俺は、王族だからという理由で個室だ。兄上達も初等科では四人部屋だったらしいけど、中等科からは貴族間の関係や公務に出る都合上、個室になるのだと聞いていた。

 友人関係にも気を使う。寮や学園での閉ざされた環境では、結構密な付き合いになるけど、気が合うからと言って、簡単に関係を深めるわけにもいかない。その理由や必要性もちゃんとわかっているけど、俺はその辺経験値が少ないから、兄上や姉上を頼っている。なにせ、王宮に来てから引きこもりだったし、飛び級しているから周囲は2歳上の男子ばかりだ。

 俺は今、兄上からお墨付きをもらって結構仲良く付き合っているザインに、ボードゲームに誘われて、チェスをやっていた。駒を動かそうと手を伸ばしたところで、冒頭の台詞だ。

 俺は、そのまま駒を動かして、顔を上げた。


「ああ。高等科にいた。4つ飛び級して9年生にいて、容姿もだいぶん変わってたから、最初はわからなかった」


「ええっ!? ちょっと待って!4つ飛び級したシルヴィアって、幻姫のこと?」


 いきなり声を上げて立ち上がったザインに、俺のほうが驚いて目を瞠る。


「落ち着いて、座ったら? 幻姫ってなに?」


 周囲の注目を集めていることに気まずさを感じて、ザインに声をかける。ザインもハッとして、慌てて腰を下ろした。

 少し声を落として続ける。


「シルヴィア・ヴィン・ロッドフィールド侯爵令嬢。俺達と同級だけど、噂によると前世持ちで、4つ飛び級して我が国の最高学府である学園高等科の編入試験に、満点で合格した神童で天才魔法師。可憐で美しい妖精姫。ロッドフィールドの隠された至宝。中等科の男子達に出会う機会すら与えられなかった幻姫」


「はあ? なんだそれ……」


 ザインが並べるシルヴィアを表す言葉の羅列に、俺はなんと言っていいかわからず、眉間にシワを寄せる。

 ザインは、トゥールース子爵の次男で、俺の2歳上の赤毛に茶色の瞳を持つ、なんとなく可愛らしい熊を連想させる男だ。魔法が好きで、将来は魔法師か魔法騎士になりたいと言っている。子爵家の次男だから、独立しないといけないそうだ。

 結構な情報通で、女子の氏名や爵位にも詳しい(本人はトラブル回避のためだと言っている)ので、シルヴィアを探すときには最初に頼った男だ。そういえば、家名と爵位を聞かれたんだけど、すっかり失念していたんだよな。俺にとってシルヴィアはシルヴィアで、従姉妹だっていうのは知っていたけど、家名なんか関係なかったから。


 それにしても、ザインにかかれば、すごい称号持ちになっていた。


「一般的な彼女の評価だよ」


 そう言ったザインに、俺は首を傾げた。


「なんかイメージ違う。天才魔法師は合ってるけど、ダサい格好して……あ、これも本当は違ったか、あと運動音痴で、年上風吹かせて、母親ぶって、優しくて、穏やかで、あたたかい……」


 俺の知っているシルヴィアと、噂の彼女は違う人みたいだ。シルヴィアを思い浮かべながら、俺はザインに彼女を語る。そうしてるだけで、なんだか気持ちがあたたかくなったけど、とても言葉では言い表しきれないし、ちょっと勿体ない気もして言葉を止めた。


「……アル」


 ザインが、なんとも言えない表情で、じっと俺を見ている。


「ん?何?」


 尋ねた俺に、ザインは首を横に振る。


「いや。無自覚なんだな……」


 緩く笑うザインに、早く打てよ、と俺は次の手を促す。シルヴィアのことは、なんとなく俺の中だけで大事にしたい気がしたから。




 学園の勉強は、そこそこ難しいところもあったけど、語学以外はまあ、そこまで苦労しなかった。試験では、ちゃんと首位を維持している。

 体育は、背も伸びて体重も増えてきて、もともと剣術は得意だったし運動も好きだったから、年上の男子達にも引けを取らなくなってきた。まだ細いけど、あと1年もすれば多分トップになれると思う。


 シルヴィアにも月に一度位は会えるけど、意外とスケジュールが合わない。最高学年で忙しいのだと言っていた。


 あと、最近女子からよく声を掛けられる。手紙をもらったり、お菓子をもらったり。姉上には、食べ物にはくれぐれも気をつけろと言われているから、受け取れないと断っても、机やカバンに入っていたりするのが、不気味だ。悪いけど、捨てさせてもらう。

 手紙は、なんと答えていいかわからないので放置だ。よく話したこともないのに、好きだとか仲良くなりたいとか。

 この件も姉上に相談したら、女子あるあるで、結婚相手探しの手段だと言われたので、それからは断るか処分するかしている。


 季節は進んで、初夏。

 俺はユリウス兄上の部屋に呼ばれた。父上からの手紙を預かってきて、それについての話もあるという。


「舞踏会でお披露目?」


 手紙には、王家の第三王子として、俺の披露目をやるから、秋の舞踏会に向けて準備するようにということだった。

 王子として侮られないように、主に国内の貴族の把握とその関係性、領地や特産品など、事前に情報を集めて頭に叩き込めってことだろう。

 これまで学んだことのない分野だ。地理と併せて勉強してみるのも面白そうだ。


「そう。王族は中等科に入ると公務が始まるから、進級した年の社交シーズン最初の舞踏会で、お披露目をするんだよ。11月に国王主催で行われる舞踏会だ。貴族子女のデビュタント達の社交界デビューと一緒に行われるんだ」


「デビュタント?」


 どうやら王族の披露目とはまた違うニュアンスに首を傾げる。


「ああ、貴族子女は16〜19歳の間に社交界デビューするからね。成人は男女共18だが、家の都合とか学校の都合とかまあいろいろあるから、いい時期にデビューする。私達王族は、16でデビューだね。私は昨年やったし、リズは来年だよ。

 お披露目は、年齢的にお前はまだ若いけど、能力的に公務は問題ないと父上の判断だ。中等科に編入した今年やることに決まった。衣装の準備は、夏が終わってからがいいだろう。今身長が伸び盛りだからね。仕立ては、2ヶ月もあれば可能だ」


「わかった。いろいろありがとう」


 社交界デビューとはまた別らしい。舞踏会も初めてになるから、休暇中に準備も始まるんだろう。王族とはいろいろ忙しい。華やかだが、国が平和で国民が安心して暮らせるようにと細やかに気を配っている。


「いや。お前はよくやっているよ。本当に優秀だ。父上や兄上も褒めていたよ」


「俺は……いや、兄上、シルヴィアは最近忙しいかな?」


 優秀だと、そう言って褒めてはもらえるけど……俺の頭にシルヴィアの顔が浮かぶ。彼女は貴族として何をしているんだろう?


「ああ。今地方に実習に行っているんだよ。1ヶ月かけて、地方の医療施設や研究設備、地方の薬草栽培施設などを回っている。戻ってくるのは半月後位かな?」


「そっか。シルヴィアも頑張っているんだな」


「シルヴィーはすごいよね。彼女は将来、国を救う聖女になるかもしれない」


「聖女……なんだか、遠いな」


 なんだか王族の俺達より、すごそうだ。ユリウス兄上が、素直に女性を称賛することはあまりない。


「そう? でも私達兄妹の中では、お前はシルヴィーの一番近いところにいるんじゃない?」


「え?」


 どういう意味で、だろう?でも尋ねる前に、兄上は首を横に振って、続けた。


「まあ、彼女が戻って時間が空きそうなら、また声をかけるよ。夏季休暇前に一度会えるといいよね? 休暇中、彼女は毎年領地に行ってしまうから」


「そうなのか? 領地って、北のロッドフィールドか」


 最近知った彼女の姓から、爵位と領地を調べてみた。北部地域の一つロッドフィールド領を治める、侯爵家。

 領地持ちの貴族は一般的に、春から夏にかけて領地に戻り、秋から冬に王都で社交をするのだという。ただ、王都中央に職を持っているものは、1年の殆どを王都で過ごすことが多い。


「そう。昨年から休暇中は、北部地域の領地の視察に回って、経営について勉強しているらしいよ」


「領地経営って、女子も勉強するんだ」


「貴族女子も結婚すれば領地経営に関わることもあるからね。やるところはやってると思うよ?」


「結婚……」


「シルヴィーにはもうちょっと先の話かもね? なにせ侯爵が、シルヴィーが成人するまで婚約はさせないって豪語してるから」


 結婚とか婚約とか、シルヴィアとは関係ないと、勝手に思っていたけど、彼女も貴族の令嬢だ。まだ先の話っぽいけど、いつかは誰かと結婚するのだろうか……


「そうなんだ。侯爵って俺達の叔父にあたるんだよね?」


「そうそう。王宮の筆頭魔法師だよ。会ったことあるでしょ?」


 兄上に言われて、魔力判定のときを思い出した。


「あの人か! シルヴィーも一緒にいるときだったけど、あんまり父娘って感じじゃなかったから」


 あの人が俺の叔父。シルヴィアの父親だったんだ。

 兄上は肩を竦めて続ける。


「仕事中はそんなものでしょ。そんなわけだから、シルヴィーはしばらくいないし、アルディオも期末試験に向けて頑張って?」


 そんなわけで俺は、試験勉強やら、舞踏会のお披露目の準備やら、結局シルヴィアには会えずそのまま夏季休暇に入れば、結構な量の課題やら、その後も公務に向けての準備やら、まあいろいろとやることもあって、気がつけばその舞踏会の日を迎えていたのである。


 そして、舞踏会当日、王族としてひな壇に設けられた椅子に座って、貴族子女のデビュタント入場のコールを聞いていた俺は、そこにいるはずのないシルヴィアの姿と名前を聞いて、愕然とした。


「ノルディック辺境伯令息 エディウス・ノルディック様、ロッドフィールド侯爵令嬢 シルヴィア・ヴィン・ロッドフィールド様」


 スラリと背が高く、バランスの取れた体格の、栗色の髪の美丈夫に手を取られ、美しく着飾った華奢で可憐な美少女が入場してくる。

 開場中の視線を全て攫う、完璧な一対。


 何故?と呆然と二人を見つめる俺の中に、これまで感じたことのない感情が湧き起こってくる。

 隣にいる男は誰? 何故俺じゃない?

 辛い、苦しい、悔しい、羨ましい、妬ましい、そんな感情が入り混じった胸が痛むような未知の感情。


「アルディオ、笑いなさい。貴方は今、第三王子よ」


 隣から、リズの囁く声が耳に入った。俺はハッとして、必死で笑顔の仮面を被る。


 シルヴィアに抱く感情は、いつだって、あたたかくて、優しくて、俺に幸せをもたらすものだったけれど……それだけじゃないことを、この日俺は知ったのだった。

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