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エディウスの回想と決意

 俺にとっての妹とは、小さくてか弱くて、お伽噺のお姫様に憧れる、甘えん坊の女の子だった。


 王立学園の初等科1年生になって、実家を離れて寮に入った俺は、急に変わった環境に戸惑いながらも、同年代の男子達と毎日を賑やかに楽しく過ごしていた。

 入学して数ヶ月もすると気の合うやつも出来て、寮で同室になったルイスって侯爵家の男子とはとにかく気が合って、常に一緒にいることが多かった。

 必然的にルイスの兄貴の2歳上のクロード先輩と一緒になることも増えて、すごく親切に面倒をみてくれて、まるで本当の兄貴が出来たみたいだった。


 そんな俺達には、時々妹から手紙が来る。

 俺には病弱であまり外には出られない5歳の妹がいる。気管支が弱く、発作が起きやすい妹は、ちょっとしたことで体調を崩してしまう。家の中で本を読んだり、絵を書いたりして過ごしている、お伽噺が大好きな女の子だ。いつも外の話を俺に強請っていた寂しがりやの妹は、拙い字で一生懸命手紙を書いてくれる。まだ文章も上手く綴れないのだけれど、絵を描いてくれたり、押し花を入れてくれたり、と微笑ましい手紙が届くと、実家を懐かしく思うこともあった。

 クロード先輩やルイスにも可愛がっている妹がいるのだが、これが俺もちょっと引くくらいの妹バカだ。クロード先輩は妹をお姫様呼びだし、ルイスは天使呼びで、彼らの妹がいかに賢くて可愛くて癒しなのかを力説するのだ。俺の妹と同じ歳だというから、まあ、話半分で聞いていた。


 1年生の前期が終わり、夏休みを前にして、俺はルイス達に夏休みを共に過ごさないか?と誘われた。

 俺達の領地は隣り合っていて、ノルディック辺境伯領は国境沿いだが、ロッドフィールド侯爵領は王都寄りにある。両親同士は知り合いで、交遊もあるらしいのだが、侯爵家の当主は王宮筆頭魔法師であるため、夏の短い期間しか領地には戻らないのだと聞いていた。実家に夏の予定について連絡を入れてみれば、妹の病状が落ち着かないから、侯爵家にお世話になれればその方が俺のためだろう、と返事があった。

 そんな事情もあって、俺はクロード先輩やルイスの言葉に甘えて、夏の休暇をロッドフィールド家で過ごすことになったのである。


 そして、学校の寮から、ロッドフィールド侯爵家の王都にあるタウンハウスに三人で訪れたとき、俺はクロード先輩とルイスの言葉が、事実であったことを知ったのだ。


「はじめまして、エディウス様。シルヴィアです。夏休み中兄様達とゆっくりお過ごし下さい」


 そう言って、綺麗にカーテシーをして迎えてくれた少女に、俺は一瞬言葉を失った。

 ゆるくウエーブした艶のあるプラチナブロンドに、大きな蒼い空色の瞳。白い陶器のような小さな顔に完璧なバランスで配置されたパーツ。まるで精巧に作られた人形のように美しい少女だった。クロード先輩もルイスもそれぞれ整った顔立ちだけど、なんていうか、シルヴィアは別格だった。

 二人に抱き上げられた彼女は、今度はニコニコと嬉しそうに笑って言葉を交わしている。人形じゃなかった、と当たり前のことを思い、笑ったり、拗ねたり、甘えたりとクルクルと変わる彼女の表情を見ていると、彼女に抱く感想は、美しいから可愛いに変わった。


 それから、ロッドフィールド侯爵領に移動して四人で過ごす夏休みは、本当に楽しかった。


 シルヴィアは人形か妖精かと思うような容姿なのに、俺達と一緒に外遊びも平気でやるし、虫もカエルも平気で驚いた。魚釣りだって一緒にやる。運動はまるっきりセンス無いけど、俺達の剣術の稽古も喜んで見ているし、馬に乗せてもらうのも好きだった。俺達の手を全く煩わせるようなことはしないし、むしろルイスに注意を促すことだってある。

 夜になれば、ボードゲームやカードゲームも一緒にやったけど、驚いたことに俺やルイスが負けることもあるくらいだった。

 彼女が5歳であることを思い出すのは、小さすぎる身体で手が届かなかったり、抱きかかえる必要があったりするときくらいで、話したり一緒に過ごしたりしている中で5歳であることは全く感じさせない。

 俺の妹のキャサリンのことを考えると、彼女の賢さや行動は確かにおかしいはずなのに、これがシルヴィアなのだな、と特段不思議にも思わなかったのだ。

 ただ、賢い子だな、とそう思っていた。


 その夏の終わり、侯爵家の一家が今度はうちの家に訪ねてきたときのこと。

 妹のキャサリンとすぐに仲良くなったシルヴィアが、ずっと女の子同士二人で過ごすようになり、それになんとなく寂しさも感じていた頃、キャシー、ヴィアと呼び合い文通の約束をする二人が羨ましくて、俺も彼女に愛称呼びと文通を強請っていたのである。


 文通……魔法を使える者同士の情報のやり取りなら、本当は伝達魔法という手段もある。でもそれは、形には残らない。ただの用を伝えるだけのものだ。

 文章をしたためる便箋を選び、相手を思って言葉を綴る。手紙が届けば嬉しくて、ときには、何度も手にとって読み返す。字や綴り、言葉選び一つとっても、相手を思い浮かべて心が温かくなる。ヴィアの優しさや思いやりに溢れる手紙に、どうしようもなく会いたくなるときもある。

 初めて家族以外の女の子と手紙を交わし始めた俺は、ヴィアと交わす手紙が、いつしか大切な宝物になっていた。


 その夏以降、ロッドフィールド家とノルディック家の子供達は、時々文通をしながら、毎年夏になるとお互いの領地で一緒に過ごすようになった。キャサリンもすっかり健康になり、五人で過ごす年に一度の夏休みの逢瀬が、皆の楽しみになったのである。


 俺が、15の誕生日を迎えた夏休み、俺達に、ヴィアが前世持ちで、実年齢よりも精神年齢が高いこと、とても賢くて、魔法もかなりの遣い手であることが明かされた。そして、最初に出会った夏に、キャサリンの病気をヴィアが治してくれたことも。

 ヴィアは何度もお礼を言うキャサリンに、


「ううん。私が元気なキャシーと遊びたいって思ったから、お願いしてさせてもらったの。元気になって、いつも遊んでくれて、ありがとう」


 と、なんでもないことのように言うのだ。


 ヴィアは、本当にいつも周りのことをよく見ていて、助けが必要な人には自然に手を伸ばして、息をするように手助けをしている。彼女の言葉や手紙や魔法に、何度癒やされたり、助けられたか、もう数え切れない。


 最初はヴィアのことを、もう一人妹が出来たみたいだと思っていたけど、年齢を重ねるごとに、だんだんとその気持ちは違うのだとわかってきた。


 中等科も後半になると、たくさんの女子達から声を掛けられたり、交際を申し込まれたりしたけれど、全く興味が持てなかったし、彼女達の顔の見分けすら怪しかった。当然すべて断って、それでも減らない誘いに、女子に向ける表情や視線さえ凍りついていく。

 ルイスも同じ位声を掛けられていたけど、あいつはヘラリと笑って、上手く躱していた。

 俺にとっての女の子はヴィアだけで、彼女だけが特別で。

 クロード先輩やルイスが呆れるくらい、ヴィアとその他の女子に対する態度が違いすぎる、と言われたけれど、俺はヴィアしか興味がないのだから、仕方がない。


 今のところ、クロード先輩やルイスと同一線上の兄ポジションにいる俺が、ヴィアにどうやって意識してもらうか、二人の兄が許してくれる範囲で、結構考えている。


 だがこれと言って進展もなく、俺は中等科最終学年の7年生の秋を迎えていた。


『敬愛するエディ様

 秋深くなってきましたね。先日の演習お疲れ様でした。その後、体調など崩されてはいませんか?

 ルイス兄様からもお手紙が来て、演習でのエディ様のご活躍、ワクワクしながら読みました。野営しながら自給自足で1週間を過ごすなんて、騎士科の皆様のサバイバル力に感心するばかりです。夏の休暇中、狩りや魚釣りがあんなに上手で、ピクニックでも大活躍なのは、きっと演習の成果なのですね!

 私の日常はあまり変わりません。屋敷から出ることはあまりありませんが、家庭教師の先生方が世界のことをたくさん教えてくれるので、毎日学ぶことが楽しいです。

 魔法もいろいろ使えるようになりました。父様が、たくさん本を紹介してくれるので、最近は魔法付与に嵌っています。

 エディ様、外が寒くて訓練が辛いとき、同封のハンカチをポケットに入れてお持ち下さい。そして、手が冷たくなったら、ポケットに入れてみて?ちょっとした魔法を付与してみました。

 それでは、またお便りしますね。体調には気をつけてください。  ヴィアより』


 中等科の騎士科を選択している俺とルイスは、先日演習が終わり、寮に戻ってすぐにヴィアに手紙を送ったところだった。

 割とすぐに来た返事に、気分も上がる。手紙には、彼女が刺繍したハンカチが同封されていた。俺のイニシャルと魔法式が刺されている。

 一般的な魔法付与とは、少し違うらしい。刺繍からわずかに魔力が感じられる。これはヴィアの光魔法の気配だった。どうやら俺が魔力を流す必要はなさそうだ。そのままポケットに入れて持ち歩くことにした。


『かわいいヴィアへ

 先日は、可愛らしい刺繍の入った、手も心も温まるハンカチをありがとう。魔力を流さなくても効果が続いているから、ルイスと驚いているよ。本当にいつもすごいアイデアだね。そして、君は変わらず楽しく学んでいるみたいだね、素晴らしいと思う。

 俺達もそろそろ、年度末試験に向けて準備を始めるところだ。君のように全てを楽しんでは学べなくて情けないけど、その後冬季休暇の帰省前に、君の顔を少しでも見られると思うと、それを目標に頑張ろうと思う。

 いつも通り休暇前に、ちょっと早目の君への誕生日の贈り物を届けにお邪魔するよ。年が明けたら12歳になるんだね。

 寒くなってきたけど、風邪には気をつけて。ご両親にもよろしく。  エディより』


 ハンカチをしまったポケットに手を入れると、体温の高いヴィアにそっと手を握られて温められているようだった。ルイスも同じものを贈られたらしい。

 冬期休暇前には、一目だけだけどヴィアに会える。でもその前に、卒業前のクロード先輩に保護者役を頼んで一緒に街に出てもらった。


「クロード先輩、今年からシルヴィアへの贈り物は、装飾品でも良いかな?」


 今までは、ぬいぐるみや文箱やペンや手鏡など、傍において使ってもらえる物だったけど、ヴィアを飾るものを贈りたくなった。


「ああ。シルヴィーも12になるからな。ただし、お前が学園を卒業するまではキャサリンと揃いのものにしておいてくれ」


 そう許可が出て、選んだのは俺の瞳の色の石がついた髪飾り。誕生日がヴィアと近いキャサリンには、同じ意匠のヴィアの瞳の色石にした。

 ヴィアがこれを着けてくれると想うだけで、心が弾んだ。いつか、彼女の耳や指や首元を飾るものを贈って、俺の手で着けてやりたい。

 なんて楽しい想像をしていたら、クロード先輩が思い出したように言った。


「そうだ。エディ、シルヴィーの学園編入が決まった。来年度から高等科8年生、お前やルイスと同学年だな」


「え? ヴィアと毎日、会える?……っていうか、いつわかったんです?それ。キャサリンの編入試験結果は少し前に出てましたよ?」


 キャサリンも来年度から中等科4年生への編入が決まっていた。まさかヴィアが高等科への編入試験を受けているとは知らなかったが。

 彼女の能力なら、国内高等教育機関で最難関と言われる学園の高等科の編入試験も、問題なかったのだろう。

 どうしよう、かなり嬉しい。


「試験中だっただろ?僕の配慮に感謝してくれ?」


 ニヤリと笑ってそう言われて、確かにと俺は肩を竦めた。


 そして冬期休暇の始まりに、俺はヴィアに贈り物を届けて、彼女の笑顔に見送られて実家に帰ったのだった。


『敬愛するエディ様

 新年おめでとうございます。今年もエディ様とご家族の皆様のご健康とご多幸をお祈りします。

 先日はお会いできて嬉しかったです。お会いする度にエディ様や兄様達の背が高くなっていて驚きます。

 誕生日の贈り物もありがとうございました。お約束通り、当日一番最初に開けました。エディ様の瞳の石と綺麗な雪の結晶の髪飾り、とても嬉しい。また一つ宝物が増えました。

 一つ残念なお知らせがあります。

 先日お話しした学園への編入の件、後期に先送りになってしまいました。キャシーやエディ様、ルイス兄様と学園でもお会いできると思っていたのに、残念です。理由は、お二人が王都に戻っていらっしゃったときにお話しますね。

 北部はとても寒くて、この冬は雪も多いと聞きます。どうかご家族皆様、お体には気をつけて。新学期が始まる前、王都でキャシーとエディ様にお会いできるのを楽しみにしています。  ヴィアより』


 この知らせは、俺とキャサリンを新年早々打ちのめした。

 一体何があったのだろう? だが、理由は彼女が話してくれると言うし、後期からは編入出来るという。高等科になれば今までより自由に外出も出来るから、学期中に顔を見に行くことも可能だ。


『かわいいヴィアへ

 新年、そして改めて12歳のお誕生日おめでとう。

 髪飾り、気に入ってくれたようで嬉しい。この間は少しだけだったけど、君の顔を見られて良かった。君も本当に大きくなった。そしてかわいいだけじゃなくて、とても綺麗になった。

 こちらの雪は、毎年のことながら大変だけど、年越しの飾りなどはとても幻想的で綺麗だよ。いつか君にも見せてあげたい。

 先日聞いた編入の件、飛び級にも驚いたけど、優秀な君のことだからと、家族皆で感心していた。後期からになったのはとても残念だけど、俺は楽しみに待とうと思う。もちろん理由は、聞かせて欲しいな。では、ヴィアも風邪を引かないように。2週間後、また会おう。    エディより』


 新年度が始まる前、俺とキャサリンはロッドフィールド侯爵家のタウンハウスに招かれて、一泊してから学園の寮に向かうことになった。

 俺は毎回休み前に訪問しているけど、キャサリンは初めてだ。


 迎えに出てくれた三兄弟に向かって、いやヴィアに向かって、キャサリンが走り出し、そしてヴィアに抱きついた。

 本当に羨ましい。俺に許されているのは、軽い抱擁くらいだ。

 ただ、俺の贈った髪飾りを、ハーフアップに結い上げた綺麗なプラチナブロンドに挿していて、嬉しいと喜んでくれるヴィアの髪に思わず口付けたのは、許して欲しい。

 頬を赤くしたヴィアに、初めて異性として認識されたような気がして、俺の心が満たされる。


 だがその後、聞かされた今回の編入を遅らせる原因となった話に、俺は今までに感じたことのない焦燥感を覚えたのだった。


 彼女と年齢の近い、王家の第三王子の家庭教師を、半年間引き受けた、と。

 しばらく前に発見され、王家入りした先月10歳になったばかりの少年。平民として育った少年が、魔力判定を受けないでいた為魔力暴走の危険があり、ヴィアならそれを防げるから引き受けたと聞いたときは、肝が冷えた。

 ただ、そのあたりはロッドフィールド侯爵自身が、問題なしと判断したらしい。

 でも晴れない不安は、きっと半年間も毎日過ごすことになる、俺が知らない少年とヴィアの時間を考えてしまったから。

 ヴィアが王子のことを思い出しながら優しげに語る様子に、ツキリと胸が痛んだ。


 ヴィアとキャサリンが応接室を出ていった後、残された俺達三人の話題は、必然的にヴィアのことになった。


 ルイスが胡乱げな視線で、クロード先輩を見ながら言った。


「で?クロード兄、シルヴィーと第三王子の件、穏やかじゃないよねえ」


 ルイスは単純そうに見せているけど、結構周囲をよく見ていて勘もいい。


「ああ、以前セドリックにシルヴィーを婚約者にと望まれたことがあってな。さすがに血が近いからと陛下と父上が止めてくれたんだが、もしかすると第三王子との婚約を狙っているのかもしれない」


 クロード先輩の答えに、一瞬息がつまる。王太子殿下の側近になるクロード先輩は、王家の事情にも結構詳しい。信憑性がある情報に、ヒヤリとする。


「え? 先輩、それは、本当に? 王太子殿下は、ヴィアのこと……」


「セドリックは、前世持ちで優秀なシルヴィーを王家に取り込みたいのさ。まあ、好ましくは思っているとは思うが、別に愛情な訳では無い。だから、アルディオ様の婚約者でも問題無いわけだ」


 恐る恐る尋ねた問いに、政略的な側面が強いらしいという返答だったが、王家がその気になればヴィアの気持ちなんて関係なく話が進むんじゃないかと不安になる。


「あ〜。そういうとこ俺合わないんだよな、セドリック殿下とさ。まあ、王太子としては悪くないけど、シルヴィーが関わっているなら別。

 うちの天使は、王家とは関係ないところで、幸せに笑っていられるようにしてくれる奴じゃないと、嫁にはやらないよ! ね?エディ」


「そういうことだ、エディ。僕達はお前にならと思っているけど?」


 ルイスとクロード先輩の二人に、俺の気持ちを問われるように見つめられる。どうやらこの兄弟に、俺はヴィアの相手としては認められているらしい。


「本当に?」


 いいのか?と二人に確認する。

 ルイスがにっこり笑って、右手の人差し指を立てた。


「でも、シルヴィーが、エディのことをちゃんと好きにならなかったら、この話は無し!ま、頑張ってよ」


「そうだな。シルヴィーの気持ちは大前提だな」


 クロード先輩もニヤリと笑って言った。


「ああ、もちろんわかってる。俺もヴィアの気持ちを大切にすると誓う。もし……彼女が別の誰かを選ぶことがあれば、ちゃんと祝福するつもりだ」


 だから、俺はちゃんと誠意を持って二人に答えた。ヴィアが他の誰かを選ぶ、なんて本当は考えたくないけど、お互いに想い合えないのなら無理強いは出来ない。辛いけど身を引いて見守る覚悟もしておかないと。


「ふうん? ま、出来ない努力をするより、シルヴィーに好きになってもらう努力をするほうが何倍もいいよね?」


「そうだな……クロード先輩、第三王子はどんな感じなんだ?」


 挑発するように俺を見たルイスに頷き、俺はクロード先輩に尋ねる。


「まあ、今のところ教師に懐く生徒って感じだな。一応、シルヴィーの美しさを隠す変装をさせて王宮に通わせているが、初対面でダサ女呼ばわりされたらしい」


 変装?ダサ女? 一体先輩は、どんな格好をさせたんだ? ヴィアならどんな格好をしてもかわいいだろうに。


「ダサ女って、シルヴィーを? でもさ、別にシルヴィーの天使っぷりって、容姿関係なくない?」


 うん。ヴィアの美点は、容姿に限ったことじゃない。ヴィアが、ヴィアだから良いんだ。


「ああ、だが王宮の外野にはいい目眩ましになる。まあ、僕もこれからは、王宮勤めだ。出来る限り気を配っておこう。

 ああ、あと言うまでもないが、エディ? シルヴィーはまだ12歳だからな? 婚約はせめてうちのお姫様が成人を迎える頃にしてくれ。多分父上もそれだけは死守すると思う。同様の理由で、他家からの婚約は、全部断っておくように伝えておくから」


 ……ヴィアは大人びているからつい忘れそうだけど、そうか、まだ成人まで6年もあるのか。確かにキャサリンと同じ年なら、あまり焦らせるのも良くない。

 それまで婚約を止めてくれると言うなら、彼女が余所見をしない程度には傍にいて、ヴィアとゆっくり恋人になればいい。

 ロッドフィールド侯爵にも俺の気持ちを伝えて、許されたなら、うちの実家にも連絡しておこうと思う。


 果たして、その日のうちに侯爵には私的な面会が叶い、俺の気持ちだけは伝えて、ヴィアが許せばと、交際の許可もいただけた。

 婚約も彼女の意向があるまでは、止めておいてくれるとのことだった。

 俺は、その日のうちに実家にも手紙でそのことを知らせ、後日、父親からは了承の、母親からは激励の手紙が届いた。



 新年度が始まりしばらく経った頃の学園内での昼休み、俺は珍しくキャサリンに呼ばれて、昼食を一緒に取っていた。


「お兄様。ヴィアに会ったんですの? 元気でした?」


「ああ。クロード先輩も一緒にな。ここの卒業生で、王太子殿下の側近の一人も一緒だった。彼が書いた論文にヴィアがいくつか指摘をしたらしくて、意見交換を希望したらしい。先輩が気を遣って、俺にも声をかけてくれたんだ。なかなか面白かったよ」


 先日、俺はクロード先輩に連れられて、ロッドフィールド侯爵家を訪ねた。ヴィアの前世の歴史を参考に、現在の我が国の政策方針について考察する感じで、その方針のもとになった論文を書いたマクベル殿がヴィアと意見交換を希望したらしい。

 話自体は面白かったが、彼のヴィアへの興味が恋愛的なものにならないよう牽制するのも忘れなかった。

 ヴィアの変装姿とやらにもお目にかかれたが、茶目っ気があるというか、チャーミングというか、かわいいし余計な男の気を惹かなさそうなので、学園でも推奨したいくらいだった。

 だが、キャサリンはどことなく不安そうにしている。


「……ヴィアは、大丈夫かしら? ちゃんと後期からは学園に来れる? 王家はヴィアを自由にしてくれる? ねえ、お兄様、ヴィアは私のお義姉様になってくれる?」


 キャサリンなりに、ヴィアのことを心配していたらしい。王家の都合で半年間も留め置かれたことに、このままヴィアの意向を無視されないかと気にしているのだろう。

 まあ、あとは、俺の気持ちに気付いているキャサリンが、発破をかけてくれているのだと思いたいが、妹に詳しく話すつもりはない。


「キャサリン……大丈夫。ヴィアは秋からちゃんと学園に来るよ。夏の休暇を共に過ごせるのを楽しみにしていた。最後の質問は……俺の努力しだいかな?」


 キャサリンは探るように俺を見ていたが、やがてため息を一つつくと席を立った。


「お兄様、私をがっかりさせないで下さいね?」


 ロッドフィールド家とノルディック家からの、期待と圧がすごい。まあでも、あとはヴィアの気持ちだけなんだと思えば、俺はとても恵まれているんだろう。

 幼い頃から、ずっと見守って大事にしてきた。いつの間にか好きになって、側にいるのが当たり前になって、ずっと隣にありたいと願うようになった。最初に彼女と出会ってしまったから、他の女子なんて全く視界に入らなくて……自分でも極端だと思う。

 ヴィアはどんどん綺麗になっていく。そして、学園に編入すれば、彼女もたくさんの男に出会うのだろう。ヴィアにとって俺が一番魅力的に見えるように、彼女にも俺と同じ想いを返してもらえるように、努力しなければ。

 でもとりあえずは、俺が兄ではなく男だってことを少しずつ認識してもらわないと。

 俺は彼女の唯一に選んでもらうべく、考えを巡らせるのだった。


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