救出2 シルヴィア
「すごいのね、蓮くん。一体どういうふうに魔法を使ってるの?」
エディ達と合流すべく街から出るルートを、私を片手で抱えたまま走る蓮くん。体感だけど、速めの自転車位? しかも人1人抱えて、スピードを落とすことなく、息も乱さず走る蓮くんに、私は半分は感心して、半分は呆れて声をかける。
「どういうふうって……逆に聞くけど、お前はどうしてるの?」
え?ああ、そうだよね。この世界の魔法理論を知らない蓮くんには、ピンとこない質問だったかも。
「魔力器官にある自分の魔力を、属性に合わせてイメージして使ってる。魔法式はそのイメージを具体化して定義づけるから、属性に合わせて発動すると素早く効率的に……」
「ああ、待って、全然わかんない」
「え?」
途中で全くわからないと言われて、遮られてしまった。蓮くんは、走りながら続ける。
「確かに魔力溜まりは感じるんだけど、魔法式とか定義づけがわかんなくてさ。結局、身体の筋力や持久力を上げたり、感覚を鋭くしたり、気配を消したり、回復とか治療はさすがに本職だから、特定部位を修復させる感じで。防御もさシールド張る感じ。なんていうか俺自身が認識して、イメージしやすいものが使えるんだ」
走りながら普通に答える蓮くんにも驚きだ。そして、彼の魔法の使い方も。でも、イメージで使えるのなら、攻撃魔法が使えないってどういうことだろう?
「攻撃魔法が使えないって言ってたよね?」
「人を傷つけることを根本では拒否してるからだな。俺、空手やってたけど、やっぱ医者だし、なんていうか……」
無意識でストッパーがかかるのかな?
「なんとなくわかる気がする。ところで、私に使った麻酔薬?あれはどういうこと?」
「俺が生成したセボフルランだよ。布を魔法で細工して気化器に代替させた。後は肺胞に一気に入るように微妙な濃度調整だな。魔法で意識を奪おうと思っても俺には無理だからさ、薬の方を上手く使えるように試行錯誤した」
「はあ〜、蓮くんにすっかりしてやられたわ」
まさかの薬剤生成や魔法付与までやってたってことか。なんだか、私達似た者同士かも?当たり前か。同じ世界から来て、幼馴染で、職業も元は一緒だった。
蓮くんは、私をチラッと見上げて、ニヤリと笑った。
「制限はあるけどさ、魔法っていろいろ使えて面白いよな」
あ〜、これが落ち着いたら、蓮くんにうちの研究棟に来て欲しいな。
「うん、私もそう思う……追いつかれるね」
おそらく馬を使って追いついてきた敵の魔力の気配が近くなって、私は後方に目を凝らした。
既に街を出て、月明かりが照らすだけの暗い街道だ。辺りは街道を挟んで林が広がり、時々夜行性の鳥や動物の声が聴こえる。
「だな。シルヴィアの旦那は、まだ距離があるか。直線距離じゃないから、あと10分はかかる。幸いなのはルーベンス側がまだガンクルドに感知されてはいないことだな」
後方から馬の蹄の音が聞こえ出した。
「そうなのね。じゃあ、ここで迎え討とう。降ろしてくれる? 10分なら持ちこたえられると思う。ルーベンス側の気配を遮断することは出来る?」
「多分できる。だがお前にも感知出来なくなるぞ?」
「ええ、構わないわ。お願い」
私はそう答えて、エディに伝達魔法を飛ばす。街道名と現在のおおよその場所、そして、交戦すること。
私は、道に降り立ち、蓮くんと並んで敵を待つ。やがて、10名ほどの聖騎士と聖魔導師が、馬に乗って現れた。ただ、彼らの他にも同数程度の魔力の気配は近づいている。
彼らも馬を降り、私達と相対した。
「トードー、聖女様を渡せ。法皇様への裏切り、本来ならその命は既に腐ちているはず。大人しく渡せば、お前のことは見逃してやる」
聖騎士の一人が一歩進んで、高圧的に言い放つ。制約魔法から解放された蓮くんは、もう怯むことはない。
「断る。彼女は、俺がこの世界に来た理由だ」
蓮くんは、堂々と断った。
だけど、敵も諦めない。
「ならば共にガンクルドに帰ればいいだろう。ルーベンスでは、聖女様はあの忌々しいノルディックに囚われたままだ」
これは、聞き捨てならない。沸々と込み上げる怒りが、自分でも意外なほど冷たい声となって表に出る。
「黙りなさい。私は望んで彼のもとにいます。そして、私が夫と共に生きていくと定めた場所は、ノルディックであり、ガンクルドではない」
「聖女様はご存知ないのです。21年前、法皇様がまだ少年だった頃、奇跡のお力を使い、この世界にお呼びした魂が貴女です」
なんですって⁉ 一体ガンクルドの法皇は何者? 私は思わず、並んで立つ蓮くんを見上げる。でも、彼はゆっくりと首を横に振った。迷うな、と言われているようだった。
私はもう一度聖騎士に向かい合う。
「……そうだとしても、私はこの地に生まれ、幸せに育ちました。このルーベンスから離れることは、決してありません。貴方がたが力づくで私を連れ去るつもりなら、私も全力で抵抗します」
「……トードー」
一段声が低くなった騎士が、唸るように蓮くんの名を呼び、部下の魔導師に視線を投げる。
魔導師が何やら詠唱し、おそらく精神系の闇魔法が蓮くんに向けて放たれた。だけど、彼の魔法は簡単に弾かれる。
「藤堂の制約魔法は解除しましたし、彼の心も彼のもの。外部からの干渉を受けないよう魔法で保護しました。誰も彼に命令は出来ない」
そう、私は彼の制約魔法を解除する時に、彼の生命と心を守る守護魔法へと書き換えた。
「チッ……行け!トードーは殺せ!聖女様は多少傷つけても構わん。連行するぞ!」
苛立った騎士が、剣を抜き戦闘態勢になる。
蓮くんが私を守るように前に出て、振り向かずに言った。
「本性が出たな。シルヴィア魔法の対処は頼んだ。聖騎士は任せろ」
「ええ、気を付けて」
そして、武器を持つ騎士達に、素手で向かっていく。身体強化しているのか?シールドを張っているのか?腕で剣を受け止めて、蹴りや拳を打ち込み体術で敵を圧倒する。さすが空手の有段者だ。
私は、近づかれないように魔法で敵の足元に氷の刃を出したり竜巻を起こしたりして牽制しつつ、魔導師が魔法を発動するのを防いだり、魔法をぶつけたりして、蓮くんが魔法攻撃に合わないようサポートする。
それでも、数に不利な差は埋まらず、かと言って大魔法を使うわけにはいかず、ジリジリと状況は悪くなっていく。
エディ、お願い、助けて……と心のなかで、彼を呼んだときだった。
「ヴィア!」「シルヴィア!」
呼びかけられた懐かしい声に、思わず振り返る。林の中から、剣を手に現れたのは、エディやアルディオを始めとする、ノルディック領とルーベンス王国の魔法騎士たち。
「エディ!アルディオも!」
エディが走り寄って、私をその腕の中に強く抱き締めた。
「無事だな。敵を包囲しろ!一人も逃がすな!油断するなよ」
彼のエメラルド色の瞳が、心配そうに私を覗き込む。大丈夫、と想いを込めて視線を返すと、彼は私を離し、部下たちに次々に指示を飛ばした。
エディとアルディオは相当数の騎士を連れてきたらしい。次々に敵が倒されていく。
「ふう、助かったな。大丈夫か?」
蓮くんも傍にやって来て、私に声を掛ける。彼が戦っていた聖騎士は、視界の隅に倒れているのが見えた。
「もう魔力が尽きそう。魔法を何重にも同時行使したから、結構消費したわ」
私は肩をすくめて、蓮くんにそう答えた。「俺も……」と答えながら、彼も疲れた様子で汗を拭く。
すると、私達のやり取りに気付いたエディが、こちらを振り返って手を伸ばし、私の腰を引く。エディの腕の中に引き寄せられて、彼は首を傾げて私を見た。
「ヴィア?」
ああ、私、蓮くんとは日本語で話していたんだった。
私はエディを見上げて、まずはお礼を言う。
「エディ、来てくれてありがとう」
本当に、来てくれて嬉しかった。エディは絶対に来てくれると信じてた。今更ながらに、自分がここに、エディの隣に、帰って来られたのだと実感する。エディの瞳も安心したように緩んだ。
「ああ、本当に無事で良かった。こちらは?」
そして、蓮くんに視線を向ける。
「彼は……話せば長くなるのだけれど、今回の逃亡の協力者で、藤堂蓮太郎さん。前世の縁なの」
最後の言葉に、エディが息を呑む。瞳を見開いて、蓮くんをじっと見つめた。
「……そうか。俺はエディウス・ノルディック。妻を助けてくれて、感謝する」
蓮くんもエディを真っ直ぐに見て、でも、すぐに首を横に振った。
「いや、礼を言われることは無いんだ。俺は」
「蓮くん。後でゆっくり話そう? エディもね」
私は蓮くんの言葉を遮って、二人にそう伝えた。今、この場で話すには、事情は複雑すぎるから。
「わかった」
二人が頷いたその時、ケインが私達に声を掛ける。
「エディウス様、アルディオ様が残りの敵を拘束したようです」
彼の声に、エディは私の腰の手を外すと、ケインに向き直り指示を出す。
「そうか。では、まとめて尋問に入れ。敵は最低でも25名はいたはずだ。残党もいるはずだ」
「了解しました」
そんな二人のやり取りを聞きながら、エディの方を見た私は、咄嗟に彼の腕を引き、彼の背中を庇うように抱きつく。展開したつもりの結界魔法は発動せず、私の背中には3本の氷の刃が突き刺さった。
「⁉……あ」
思わず漏れた声。危ない、と伝える間もなかった。蓮くんが倒した聖騎士の渾身の魔法だったのだろう。エディ目掛けて飛んでくる魔法に思わず飛び出して、彼を庇うのが精一杯だった。結界は魔力が底をついていたせいで、思うように発動しなかったらしい。
「ヴィア⁉」
まるでスローモーションのように、視界がゆっくりと変わっていく。倒れる私に伸ばされた手は、エディのもの。
「ヴィア!」「有紗!」「シルヴィア様!」
皆の声が私を呼ぶ。
「……エディ……ぶじ?」
でも、私が気になるのは、彼のことだけ。彼が無事なら、それでいい。
「喋るな、ヴィア。誰か!」
言葉と一緒に、溢れたモノは生温い鉄の味がした。
「クソッ!大血管の損傷か?出血量が多い」
ボンヤリと温かな魔力が私を包む。蓮くんかな? でも、それ以上に私の体は冷えて、視界が暗くなっていく。
「ヴィア!駄目だ!目を開けてくれ!」
エディの必死な声が私を呼び止めるけど、ごめんなさい、ちょっと休ませて? すごく寒くて、眠たいの。
「逝くな!頼む……」
そんな私を温めるように、エディが力強く抱きしめてくれる。
ありがとう、エディ。愛してる……ごめんね。
次の瞬間、私は眩しくも穏やかな魔力に包まれて、意識を手放した。




