襲撃 シルヴィア
王宮に飛行船でやってきた翌日、陛下や殿下方の飛行船の試乗も彼らの大興奮のうちに終了して、その後数日で、国内の新しい交通手段としての法整備の原案を整え、王家の認可が下りることになった。ここまで前準備を整えていてくれたセドリック殿下に、感謝。
それから始まった社交シーズン中には、王都に集まった貴族たちへの売り込みも概ね盛況に終わって、国内の要所にある所領10箇所ほどにドックを建設することになり、具体的な候補地が決まって、多くの飛行船の発注がルディン公爵領に舞い込んだ。
今後は、飛行船の販売や、メンテナンス料や広告料の収入がルディン公爵領の収益になり、その運用も引き受けることになるから、雇用の機会も産まれて、あの地を潤す糧の一部になる。前世で言えば、ルディン公爵領のアルディオが社長になって、航空会社と機体製造会社を経営していくようなもの。まあ、大変だけど頑張って。
ノルディックは、飛行船開発に伴う技術料の収入やパイロット養成学校を設立し、また、ヘリウムガスの供給を請け負うことになり、投資分の回収にも目処が立ち、こちらもそれなりに潤うことになる。
あと、うちの研究棟への入職希望者もありがたいことにすごく増えたのだけれど、それはまた帰ってから皆と相談かな? 条件も厳しいしね。機密保持や皆の安全確保を考えると、簡単に人数を増やせないし。
アーベルも技術面の引き継ぎが終わったからそろそろノルディックに戻って、ヘリウムガスの充填時だけルディンに行くことになるし、それもそのうち信頼のできる技術者に引き継ぐ予定だ。パイロット養成も学校で教えるシラバスも整えて、パイロットとしての登録は試験制度にしたから、こちらも研究棟の手を離れることになる。
今年の社交シーズン中、ノルディック家のタウンハウスはいろいろな意味で厳戒態勢を敷かれた。
エディから、これまでノルディックで起こった外国からの襲撃や侵入、誘拐未遂について聞かされて、これまでエディやノルディックの騎士達が、どれだけ私達を守ってくれていたのかを知ることになった。
精鋭と言われているうちの騎士達は、本当に優秀でありがたい存在だけど、負担をかけているのは申し訳ないし、誰一人怪我をしたり生命を失うような事になって欲しくない。ノルディックに帰ったら、セキュリティ関連の魔道具を開発しようと思う。
タウンハウスでは、何度か敵の侵入を許したものの、無事に捕縛もしくは撃退したと聞かされ、シーズン終了を目前に控え、そろそろ王都を離れる時期。
シーズンを振り返ると、エディとは王都での殆どの時間を一緒に過ごして、夜会や舞踏会や茶会での社交をしたり、ロッドフィールドのタウンハウスへと里帰りして両親に会ったり、王宮に出かけて陛下や従兄弟達と過ごしたり、時にはアルディオと共に飛行船運用についての詳細や、他の貴族との契約条件について助言したりと、忙しい毎日だった。うん、私頑張った、と思う。
「エディ、私ちゃんとノルディックの若奥様業、出来てました?」
「ヴィア、君ほど我が領と領民の為を思って、うちを潤してくれる奥様はいないよ。いつもありがとう。俺は君の夫として妻に感謝を示して、騎士として妻を守らないと」
と、滞在中、王都の高級店でドレスや宝石を贈ってくれて、タウンハウスの外に出るときは常に付き添ってくれた。
そんな王都での滞在中の冬、ロッドフィールド領の屋敷では、キャシーが無事に男の子を出産し、私達も王都からの帰りにはロッドフィールドを訪れる予定を立てていた。
そしていよいよシーズンが終わり、王家の皆に別れを告げて、王宮のドックから出立する飛行船に乗り込んだ私達は、今日は操縦をうちの騎士達に任せて、客席にエディと二人並んで座っていた。他に侍女のケイトと護衛騎士9名が乗船している。
ちなみに王都にはもう一箇所、王都の端にドックの建設を始めている。今後通常の民間利用の飛行船は、そちらを利用することになる。
「なんだか、あっという間の王都滞在でしたね」
「そうだね。飛行船は国内の主要都市に拠点を置くことになったから、行き来が便利になりそうだ。君の希望は叶いそうかい?」
「そうですね。1日あれば国内どこでも行けそうで嬉しい。兄様とキャシーや甥っ子にも気軽に会いに行けます。後はアルディオに頑張ってもらいましょう」
「ああ。ルディン公爵領の主要産業になりそうで良かった。それに、この滞在も無事に終わりそうだ。ロッドフィールドに寄って、明日か明後日にはノルディックに帰れるな」
「エディ、いろいろとありがとう」
「いや。ヴィアのことを守るのは、俺の為でもあるからね。君は気にしなくていい。不自由な思いもさせたけど、ノルディックに帰ればゆっくり出来そうだ」
そう……だからもう、無事に帰るだけだと思っていた。
飛行船に乗ってしまえば、帰路で襲撃を受けることも無いだろうと過信していたのだ。
王都の上空を出てしばらくのことだった。
いきなり、ガタンと激しい揺れを感じて顔を上げる。
「エディウス様襲撃です!ガス袋が破られガスが漏れています」
「シルヴィア様、機体がコントロール出来ません!」
続いたのは悲鳴のようなパイロット達の声だった。機内が緊張に包まれる。
「全員シートベルトは締まっていますね? 衝撃に備えて下さい。大丈夫ですよ。機体をコントロールします。操縦システムには触れないで下さい。ロックします」
私は努めて冷静な声で言い、無詠唱で魔力を練り、風魔法を駆使して機体の揺れを安定させる。同時に結界魔法で破損部分を覆い、降下速度を落とした。ガス漏れの速度が緩やかになり、調整することにより降下のスピードが減速する。
乗員はパニックになる事なく指示に従ってくれる。さすがは騎士達だ。
「ヴィア、手伝おうか?」
隣に座っているエディが、私の手を握って覗き込んできたけど、私は首を横に振る。今エディに無駄な魔力を使わせるわけにはいかない。
「ゆっくりとこの先の平原に飛行船を降ろします。着陸直前に衝撃吸収の結界を張りますが、多少は揺れると思います。着陸自体は私がコントロール出来ますが、その後襲撃があるかもしれません」
「わかった。頼んだヴィア」
エディはしっかり頷くと、今度は声を張り上げた。
「聞いた通りだ。総員戦闘準備。着陸時は衝撃に備えて防御態勢を取り、その後討って出る。飛行船から距離を取った、着陸点から後方5時方向の森林地帯で敵を迎え討つぞ!」
「はっ!」
騎士達の揺るぎない声に安心すると同時に、忠告しておく。
「敵にかなりの魔法師がいると思います。しかも複数。どうか気をつけて」
「ああ、大丈夫だヴィア。君は着陸に集中してくれ」
エディが握っていた手を緩め、そっと私の手の甲を撫でてから、自身の装備を確認していく。私は横目で数年前に彼に贈ったブルーダイヤのペンダントを確認する。彼の鎖骨の下でいつも揺れている大き目のブルーダイヤは私の魔法を込めたもの。プラチナのチェーンに下げられたそれが、彼から外されることはない。エディは約束通りずっと身に付けていてくれる。彼は寛げていた首元のボタンを止めて、ペンダントは軍服の下に隠された。
いつも全ての危険から過保護に守られて、私は悪意による安全対策が欠如していたかも?と反省する。前世でいろんな危険について知っていたはずなのに……
ハイジャックや空の上での襲撃に対するノウハウや、機体を安全に降ろすためのトレーニング、外敵から守るための結界を魔法付与した魔道具など、追加しないといけないわね……と思いながら、やがてボワンとトランポリンを跳ねるような衝撃と共に飛行船は不時着した。
着陸と同時に、私はエディに抱えられ、侍女のケイトと共に飛行船のゴンドラを出て、身を隠すことが出来る森林地帯へと運ばれていく。騎士達も散開して敵の襲撃に備えた。
飛行船は開けた平原地帯に降ろしたので、遠距離攻撃の魔法戦には不利だし、飛行船を巻き添えにしてしまう。一応結界魔法で覆ったものの、破壊されるのは割に合わない。
途中で、雷や竜巻や氷の矢で襲撃を受けたものの、上手く躱して森林地帯へ身を隠した。
敵たちも予想していたのだろう。風魔法や水魔法を使っての攻撃、魔道具を狼の首輪にして従え、群れで私達を襲って来る。黒装束で正体不明の、武器を持って攻撃してくる兵士達は20人ほどか。他に魔法師もおそらく5人ほど。これだけの規模の襲撃を、我が国に察知されずに準備していた、おそらくはガンクルドの周到さに背筋が冷たくなる。
エディ様も私とケイトを後ろに下げ、共に戦っていた。ケイトも討ちこぼしを見事な剣捌きで倒していく。
私も騎士達に守護結界をかけながら、時々感知する大きな魔力の気配に楔を打つように発動を邪魔していく。
だが狼まで操る敵の数に、こちらは負傷者はいないもののジリジリと押されていく。
予想外に追い詰められていく様子に、こんな状況に慣れない私の中で、焦りが生まれてくる。
ケイトの邪魔にならないよう後ろに下がり、木の幹に軽く背が当たったその時、
「悪いね、お嬢さん」
すぐ背後で囁いた男性の声を認識したと同時に、私の口元にあてられた布。揮発性の吸入麻酔薬? と思った瞬間に襲ってきた強烈な眠気に抗えず、意識が遠くなる。
囁かれたその声に、なんとなく懐かしさを感じながら、私は意識を手放した。




