ノルディック夫妻の日常 5 シルヴィア
秋になった。
あれから飛行船の製造もパイロットの養成も上手く行って、いよいよお披露目とPRを兼ねて新機体で王都への飛行を行うことになった。
北部地域の空では、ノルディック、ロッドフィールド、ルディン領を行き交う、パイロット養成を兼ねた試作機の飛行船を頻繁に見かけるようになり、領民にもすっかりお馴染みの光景となっている。
因みに私とエディの操縦で、ロッドフィールドにいるクロード兄様とキャシーも9月に一度この機体に乗船した。
初飛行の時に大興奮したキャシーに、クロード兄様はお腹の子供は大丈夫か?と、えらく心配していたけど、安定期に入っているし、揺れや衝撃があるわけでもないので、問題ない。冬にはきっと可愛い赤ん坊に会えるはず。私達はその頃王都にいる予定なので、甥っ子か姪っ子に会えるのは、春になるかしら? 楽しみ。
新機体は4機造られて、今回は、そのうち2機を飛ばす予定。1機は王都に常時係留出来るよう、王宮の敷地内に2機分の収納用ドックの建設も済んでいた。天候に問題なければ1日1往復はさせるつもりなので、パイロットはローテーションを組んで乗機することになる。
残り3機体のうち、2機をルディン公爵領に、1機をロッドフィールドに常駐。ノルディックには試作機があるので、それをそのまま運航させる感じだ。
今後フライトを希望する地域があれば、ドッグの建設を行い、機体とフライトを増やす予定だ。
今回、社交シーズンの幕開けに行う飛行は、その宣伝と売り込み、説明を兼ねている。
飛行船のガス袋には、1機は無地、もう1機にはルディン公爵領の旗をペイントしてある。空白部分は、広告スペースとして売り出し予定だ。うちの試作機も、ノルディック辺境伯領の旗をプリントしてあって、広告部分は検討中。
王都への出発の朝、エディと私、そして侍女のケイト、護衛のケイン、ラッセル、ルード、アベル、そして王都への荷物を積んで、うちの試作機でルディン公爵領へと向かう。
その他の辺境伯領の護衛騎士達は、5日ほど前に陸路で王都に向かって出発していた。彼らは、王都のノルディック家のタウンハウスで、私達の滞在期間中の警護と護衛任務に着く予定になっている。
そしてルディン公爵領で新機体に乗り換えて、アルディオ達の乗るもう1機と一緒に、2機揃って王都に向かう。王都までは約4時間。ルディン公爵領から王都まで魔導馬車で6日掛かる行程が、空の旅で4時間とは、ずいぶんと行き来しやすくなるだろうと思う。ちなみにノルディック辺境伯領からは陸路で4日、空路で3時間位だ。
フライトは順調に進み、王宮が近づくにつれ高度を下げていくと、民衆が空を見上げて手を振っているのがよく見える。評判も上々そうで嬉しい限り。
王宮の敷地に造られたドックへの着陸もスムーズだった。
ゴンドラを降りると、そこにはなんと王太子夫妻が待っていた。
「久しいな、シルヴィア。元気そうで何よりだ」
相変わらず、金髪碧眼の笑顔がキラキラしいザ・王子様の風体で、気安く声をかけてくる。人の目もそれなりにあるので、エディと私は最敬礼で挨拶するべく、腰を折って視線を下げた。
「セドリック殿下こそ、お変わりなくご健勝で何よりですわ。王太子妃様もご機嫌麗しゅう」
「畏まらなくていいぞ、エディウス殿、従妹殿」
許しを得たので、
「あら、ありがとうございます」
と顔を上げた。これもいつものことだ。
「エディウス殿も久しいな。シルヴィアとは仲睦まじくやってそうで何よりだ」
「恐れ入ります」
エディにも気楽に話しかけているが、彼はそれほどセドリック殿下と親しいわけでもないので、ちゃんと敬意を払って丁寧に対応する。まあ、当たり前か。
すると、もう1機の方から、アルディオとリリア姫もやってきた。
「兄上、義姉上、こちらにいらしてたんですね。変わらずお元気そうだ」
「アルディオも。また背が伸びたんじゃないか? リリア姫も初めましてだな」
「そんなに伸びませんよ、兄上。リリア、俺の兄でこの国の王太子セドリック殿下と王太子妃のセリア妃だ」
セドリック殿下とアルディオも気軽に挨拶を交わし、リリア姫に王太子夫妻を紹介する。
「お初にお目にかかります、リリアです。王太子殿下、妃殿下」
リリア姫が綺麗なカーテシーを披露する。相変わらず可愛らしい。
「偉いな。まあでも私的な場だ。気楽にしてくれ」
セドリック殿下も笑顔で応えて、リリア姫を誉めた。
が、今度はこちらを見てニヤリと口角を上げる。飛行船を指で指して、
「で? 私もアレに乗せてくれるんだろう?」
と、ワクワクしているのを隠そうともせず言った。
「そうおっしゃると思っていましたよ。良いですけどね。陛下とは別に乗ってくださいよ? 万が一にも落とすことはありませんが、念の為私と一緒に乗って下さい」
まあ、予想の範疇だったので、こちらもそのつもりだったけど、
「父上も乗るのか?」
と、意外そうにセドリック殿下に尋ねられた。いや、むしろ陛下の方が先約だから。
「もう、アルディオから話が行ってから、しつこい程こちらに打診されてますよ」
ため息をついてそう答えると、何やら入り口付近が騒がしい。
「シルヴィア!待っていたぞ」
噂をすれば……だった。
近衛を引き連れて、早足でこちらへと向かってくる。2機並んだ飛行船を見て、おお!大きいな!などと言っているし。初見の反応がリリア姫と一緒だわ。子供か……
「陛下、落ち着いて下さいね? ちゃんと乗っていただきますから。明日でいいですか? 今日はもうすぐ日没なので」
ルディン公爵領を昼過ぎに出発したので、そろそろ夕方だった。夜間フライトは訓練していないので、しばらくは日中のみのフライトだ。夕陽も綺麗なんでしょうけどね。
「ああ、楽しみにしている。エディウス殿もようこそ。ゆっくりしていってくれ。アルディオとリリア姫も良く来たな。会いたかったよ、姫」
やっと落ち着いたらしい陛下が、エディやアルディオ達に向き合った。エディは挨拶の口上を述べて再び頭を下げ、リリア姫は二度目のカーテシーを披露して、陛下に言った。
「国王陛下いつもお優しいお手紙ありがとうございます。お会い出来て嬉しいです。アルディオ様にはとても良くして頂いてます」
リリア姫の親しみをこめた挨拶に、陛下も嬉しそうに微笑む。そっか、陛下はリリア姫に手紙を送っていたのね。相変わらず家族に連なる人には優しい。もちろん、公人としての顔もちゃんと持ってはいるのだけれど。
「そうか。君が健やかに過ごせているようで良かったよ。これからもアルディオと仲良くな」
「ありがとうございます」
リリア姫も嬉しそうで良かった。
そして、陛下に少し遅れてユリウス殿下も現れる。
「シルヴィー、エディウス殿。アルディオとリリア姫もようこそ」
「ユリウス殿下もお変わりなく」
「ユリウス様お久しぶりです」
エディとリリア姫が、陛下たちよりは少し砕けた感じで挨拶した。こちらは結構付き合いもあるので、気安い感じ。
「で、シルヴィー。私ももちろん乗せてくれるよね?」
王家の男性陣の一様の反応に、さすがのエディも肩を震わせている。
「はあ。この似たもの家族……」
思わずポロッと本音が零れた。
「……ん?」
ユリウス殿下には聞こえたらしい。にこやかに首を傾げてこちらを見る。私はため息をつきたいのを我慢して、皆に宣言した。
「いいえ、何でも。順番ですからね? 明日までに誰から乗るのか決めておいて下さい。貴方達一応王族ですからね。一緒には乗せませんよ?」
胸を張って堂々と言った私に、セリア妃も堪らずといった感じで吹き出した。
「ふふふ……シルヴィア様、皆さんの母親みたいですわ」
「セリア、我々は昔から前世持ちのシルヴィアには何かと世話になっているからね。頭が上がらないんだよ」
セドリック殿下の台詞に、エディが何とも言えない表情で私を見下ろした。確かに私は前世持ちで、前世から合わせれば、精神年齢は陛下より歳上かもしれないけれど。うん、そこは突っ込まれたくないので、適当に誤魔化しておく。
「昔からいろいろと無理難題を押し付けられまして。でも王家の皆様には我儘も聞いてもらってますから」
そう言ってこの話題を終わらせようとしたのだけれど、リリア姫が私の傍に来て真面目な顔で続けた。
「シルヴィア様は時々、アルディオ様のお母様のようです」
「はあ?」
これにはアルディオが心外だと思ったのか、声を上げる。ああ、でも確かに……私はアルディオに対しては、時々母親目線かも知れない。
「ふふっ……そうですねえ。息子のように彼の成長が楽しみですよ」
「ちょっ……シルヴィア!」
アルディオが慌てて私の言葉を遮ろうとするが、私の手をそっと握って続けたリリア姫の言葉に口を噤んだ。
「じゃあ、私のお母様にもなってくれますか?」
「まあ、リリア姫、喜んで」
ああ、本当に素直で可愛いらしい。そして、彼女の過ごしてきた環境を思うと、私を母のように慕ってくれると言うのなら、誠心誠意その想いに応えたいとも思う。
「ハハハッ、良かったな、リリア姫」
ユリウス殿下が、笑顔でリリア姫の頭を撫でながら、そう言った。




