ノルディック夫妻の日常 4 シルヴィア
飛行船の試験飛行が無事に終わり、今後の製造計画や運用についても、2日間に渡って、エディはもちろん、アルディオや開発研究者、技術者を交えて話し合った。
今後の運用計画が次々に決まっていく。後は最大の懸念事項を残すのみとなった。
この話し合いに参加しているノルディック家研究棟の研究員は、基本的に紹介制で入所しているのだけど、機密保持の観点で、それなりの厳しい条件をクリアして、面接を経てきた者ばかりだ。もちろん事前調査始め身辺調査もしっかりされているので、ただ優秀なだけでなく信用もおける人達だった。
この研究所はどういうわけか大人気で、色んな意味で振るい落とされて、残った者がここで一緒に働いている。
エディの同級生で友人の魔法技術者アーベル(24)、父のかつての部下で元宮廷魔法師で研究者のグレッグ(45)、王立学園の師であり以前ワクチンを共同開発した研究者のニールセン先生(52)、クロード兄様の学園時代の先輩で王都一の腕前と言われた魔法技術者のジルベスター(28)。
何故そんな凄い人たちがこんな国の端っこの研究所に来たのかと聞くと、皆が口を揃えて言うのは「前世持ちの私の発想が面白くてワクワクするから。もちろん給料もいいし」だそうで、お陰様で私の突拍子もない意見を、実現に向けて真剣に具体的に落とし込んでくれる素晴しい仲間だ。
だから、彼らを色んな意味で守る義務が、私にはある。
「エディ、アルディオ。飛行船は、私の前世で軍事利用のために開発されました。でも私は、絶対にそれだけは避けたい。旅行者や病人の移送、各地の特産品を希望の場所に短期間で届ける、そんな平和的な利用を希望しています。でも飛行船が公開された事により、その技術や情報を狙ってくる国もあるはず。どうしたら守れるか? 皆からも意見が聞きたいです」
「そうだね。ノルディック領としては、君達研究員それぞれに護衛を付けて誘拐や脅迫から守ることかな? 既に家族とここで暮らしている者は纏めて護衛するが、離れて住んでいる者は希望があれば護衛を手配しよう」
「ルディン領でも同様だな。今回こっちに来てもらうアーベルには、うちの護衛をつけるつもりだ」
エディとアルディオが責任を持って、それぞれ護衛を手配してくれるらしい。
ニールセン先生が口を開く。
「ルディン領での飛行船製造は分担して行って、製造現場では総合的な設計がわからないようにする方がいいだろう」
「浮力の源である液化ヘリウムの扱いは、最小限の人数でやった方が良いんじゃないか? ある意味これが無ければ飛ばせないからな」
ジルベスターの意見には、アーベルが頷いた。
「だな〜。精製と液化はシルヴィアしか出来ないんだ。俺のところにノルディックのいつもの魔法騎士が運んでくれれば、そいつと一緒に扱うさ」
ヘリウムガスの充填をアーベルとケイン達がやってくれるなら安心だ。
「あとはパイロットだな。今のところ試作機を除いて4機を運用する予定なんだろう? 20人もいれば良いだろう。信頼できる北部地域の風魔法使いの騎士から選んで養成するのは?」
グレッグの意見には賛成だ。下手に外から入れるより良いと思う。
「そうですね。エディ、アルディオ、パイロットの選出をお願いしてもいいですか?」
「ああ、構わないけど。俺も覚えたいな、操縦」
アルディオが興味深げに言った。
「俺もだな。ヴィア俺達にも可能かな?」
それにエディも続く。貴方達、仮にも領主と跡取りよね?こういうところ、男の子だなあ、なんて思ってしまう。まあ、非常時に備えて覚えるのは悪くないかしら?
「アルディオは風の属性はないけれど、操舵なら大丈夫ですよ。エディは問題ありませんね」
アルディオは風の属性はないけれど闇属性がある。絶妙なコントロールで吸引とか重力制御が出来て、気圧を変化させられるなら、或いは可能かもしれないけど。それはここでは言わないでおく。
早速、それぞれに護衛の手配がされ、アーベルは翌日、アルディオ達と一緒にルディン公爵領に向かうことになった。
私は4機分のヘリウムの精製をすることになり、飛行船完成予定の2ヶ月後にラッセルとルードがルディン領に運んでくれることになった。
同時に、パイロットの選出と養成だ。
試作機がノルディックにあるので、ここで養成して訓練も出来る。ニールセン先生とグレッグに座学をお願いして、ジルベスターと私で実践トレーニングをすることになった。
ちなみにアルディオは別口になる。彼の座学はアーベルが担当してくれるらしい。
3ヶ月後の秋には、本格的に運用を開始出来そうだった。
その夜、早目に寝室へと引き上げたエディと私は、ソファーに座ってスパークリングワインで乾杯した。
グラスの中で金色の泡が立ち昇り、キラキラとして見える。飛行船の事がやっと一段落したから、ホッとした気分でエディとお祝いできるのが嬉しい。
「お疲れ、ヴィア。飛行船の運用がなんとかなりそうで良かったよ」
「本当に。エディ、いろいろありがとうございます」
「いや。俺は楽しませてもらってるよ。空から見たノルディックの領都や海岸線は素晴らしかった。父や母も感動して、ヴィアに感謝してた」
エディが私の大好きなショコラを一粒、口の中に入れてくれた。口溶けが良くて美味しい。甘苦い舌の上にワインを含んで転がす。
「喜んでもらえて良かった。父様や兄様達、キャシーにも乗って欲しいな」
彼の手がいつものように優しく頭に置かれる。そして、髪を梳くように撫でられた。エディを見上げると、優しく微笑んでいる。ああ、好きだな……と心が暖かくなった。
いつだってエディは私をこうして甘やかして、言葉通り好きなことをさせてくれて、守ってくれる。こんな風に大切にされて、大好きにならない訳が無い。そして、私からもエディに気持ちを返したい。愛してるって伝えて、彼を甘やかしたい。
「そうだね。王都にも行くつもりなんだろう?」
エディの言葉に、私は頷いてそれに答える。そして、空いている手で髪を撫でていたエディの手を取って、頬にあてる。少し低目の彼の体温が、ワインのせいで火照った頬に気持ちいい。
「陛下にはちゃんと報告しないといけませんから。ザルディアとの諍いも無くなったし、王都まで時間がかからず飛べるなら、お義父様達も私達も、これからは王都に行きやすくなりますね」
これまで、ザルディアとの小競り合いが続き、いつ攻めてこられるかわからない状況で、辺境伯である義両親は、遠く移動に日数がかかる王都へはなかなか行けなかった。昨年の私達の結婚後の社交シーズンは、私達がこの地に残り、義両親は15年ぶりに王都でシーズンを過ごしたのだ。
「ああ。今年の社交シーズンは、俺達が向こうで過ごすことになりそうだ」
「私はここに居る方が気楽で良いですけど。そうも言っていられなくなりますね。飛行船の宣伝もしないと」
「そうだな。王都を離れて2年弱か。結婚後初めての社交だ。精々売り込んでくるとしよう」
「ええ。頼りにしてますね、エディ」
本当に頼りにしてる。頬にあたる手のひらはそのままに、私はエディを見上げた。エメラルド色の瞳に熱が籠もる。
「うん。愛してる、ヴィア」
いつの間にかエディにグラスを抜き取られて、彼の唇が落ちてくる。そして、寝台へと寝かされた私は、そのままエディに翻弄された。




