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ノルディック夫妻の日常 3 シルヴィア

 屋敷のある敷地内に戻ると、アルディオ達の魔導馬車が到着していた。研究棟に寄ってから本邸に向かうからと執事に伝達魔法で伝えたところ、アルディオとリリア姫は研究棟で私達を待ちたい、と向かったという。

 研究棟では、父様からの紹介でロッドフィールドから派遣された元宮廷魔法師のグレッグが、二人を案内していた。

 グレッグとリリア姫の話している様子は、祖父と孫という感じだわ、とまだ40代のグレッグに対して若干失礼な感想を抱く。

 液化ヘリウムはアーベル達に任せて、エディと私はアルディオ達のもとに向かった。こちらに気がついたグレッグが頭を下げ、アルディオが振り返る。


「久しぶりですね、アルディオ、リリア姫」


 結婚式から1年ちょっと。アルディオはますます大人っぽくなって、精悍な美青年に成長していた。リリア姫の手を取り、大切にしている様子に思わず笑みが零れてしまう。


「ああ、しばらくぶり。エディウス殿、シルヴィアも。相変わらずいろいろやらかしてるらしいな?」


 後半のセリフは私に向けてらしい。ニヤリと悪戯っぽく笑ったアルディオは、グレッグから聞いたのであろう私のやらかしをからかうつもりの様だ。一瞬出会った頃の子供時代の彼の姿が頭をよぎる。


「やらかすって……小さな失敗は大きな成功を生み出すために必要なんですよ?」


 私は横目でチラリとグレッグを見ながら答えると、グレッグはニッコリと笑ってさっさと姿を消した。


「シルヴィア様でも失敗するの?」


 リリア姫が首を傾げて、きょとんと私を見上げる。うわあ、可愛いわあ。


「リリア姫、失敗は成功のもとっていう格言もあるんですよ。たくさん失敗したっていいんです。それが次に活かせれば」


 私はちょっと偉そうに微笑んで見せた。

 まあ、少々魔法の加減を誤って圧縮装置を爆発させたとか、再生医療の見本として有名な、背中からヒトの耳の生えたマウスを育てて逃がしてしまい大捜索したこととか、食肉用の牛の肉量を増やそうと魔法生成した成長剤を投与したら、大型化しすぎた上凶暴化して大騒ぎになったとか……

 確かに王宮の「特魔研」でも、たまにやらかしてましたけど、ここの研究棟では自由にやれている分ちょっと騒動が大き目かも?


「まあ、ヴィアのちょっと派手な失敗は、もはやノルディック家の名物だからね。うちの護衛騎士も驚かなくなったよ。俺は彼女に怪我が無ければそれでいい」


 エディが苦笑しながら、私の頭にポンと手を乗せてそう言った。そう、いつも何かあるとエディは真っ先にとんで来て、私の安全を確認するのだ。申し訳ない。


「で? 明日は飛行船だっけ? 見せてくれるんだろ? まあ、失敗しても驚かないけどな」


 アルディオがからかう様に笑う。大きな金額が動いているプロジェクトだ。きっと開発責任者である私のプレッシャーを思いやってくれての言葉なんだろう。

 でも、大丈夫。

 明日は気象条件もいいし、浮力に魔力を割かなくて良い分、いざとなっても魔法で如何様にでもサポート出来る。


「楽しみにしていて下さい。天気は選びますが、この北部地域でも王都でも、だいたい運行は可能だと思います。風の強い日は無理ですけどね。地方を結ぶ流通に革命を起こしますよ」


 そう言って、私達は、研究棟を後にする。

 その日は本邸に戻って、アルディオ達とゆっくりと晩餐を楽しんだ。




 翌朝、私とエディそして飛行船開発チームは、試運転のための準備に取り掛かっていた。ヘリウムガスをガス袋に充填し、飛行船は6ヶ所を係留ロープに固定されている。

 モデルはツェッペリンNT号で、半硬式飛行船。前世の東京でも一時期飛行していた。

 船体は80m程度、ノルディック辺境伯家の敷地が広く、研究棟の周囲にドックを仮設出来たのはラッキーで、天井には魔法付与がされており、開閉可能だ。今日は屋根が開放されており、きれいな青空が見える。


「うわあ!大きい!」


 リリア姫の声が上がった。元来表情も感情の起伏も乏しかった彼女が、この1年で随分と子供らしい一面を見せてくれるようになって、私としてはとても嬉しい。隣でアルディオが、ほほえましげにリリア姫の頭に手をやっている。きっとリリア姫に向き合って心を通わせた、アルディオの努力のおかげなんだろうとも思う。優しい子に育ってくれてよかった、と思わずアルディオの母親気分になってしまう。

 私が彼女に向かって手を振ると、リリア姫も小さく振り返してくれた。

 飛行船は、流線型のガス袋の後方に方向舵と昇降舵、サイドと最後尾に魔法付与した3方向回転式のプロペラをつけ、下部のゴンドラにも同様のプロペラをつけた。着陸は、風魔法と結界魔法を組み合わせ更にプロペラを使っての垂直着陸を可能にしている。


「いよいよだな」


 緊張と期待の表情を浮かべたアーベルが、じっと飛行船を見つめている。


「ええ。アーベル行きますよ」


「ああ」


 頷いたアーベルがまずはゴンドラに乗り込んだ。続いてグレッグも乗り込む。


「ヴィア、手を」


 エディが私の手を取り、昇降台から共に乗り込んだ。続いてケインとルードが念の為と同行する。護衛は要らないと思うけれど、二人共風魔法が使えるので一緒に来てもらうことにした。



 ゴンドラ内では各席に分散し、バランス良く着席してもらった。定員は14名だが今日乗っているのは6名。一方向に偏らないよう声を掛ける。皆それぞれ窓側に座り、シートベルトを嵌めてもらった。

 パイロットは2名。プロペラに魔力を流し方向操作を行う者と、風魔法を行使し機体のバランスを取る者。今日は、アーベルと私で担当する。

 拡声器を使い、船外のスタッフに指示を伝える。


「離陸します。ロープを合図に伴って一斉に外して下さい。3、2、1ロープ解除」


 ふわっと浮き上がる感じがして、飛行船は静かに上昇を開始した。


「シルヴィア、プロペラを全機上方に向けた。プロペラに魔力を流すぞ?」


「了解。離陸を軽く補助します」


 アーベルが、プロペラに付与された魔法に魔力を流し回転させ、下方向に風を起こす。私も風魔法を調整して、離陸のスピードを上げる。開いたドッグの天井から、空へと向かって飛行船は浮かび上がった。

 船外から歓声が聞こえる。研究棟にいる職員やノルディックの屋敷の者達を始め、護衛騎士、アルディオ達に至るまで、空に浮かび上がる飛行船を見ようと、庭に出て空を見上げる。


「やった!離陸成功!」


 アーベルが、歓喜の声を上げた。


「そうですね。アーベルプロペラを前方へ、領内をゆっくりと旋回します」


 高度400m程度まで上がったところで、空中を前方に進み出す。


「これは、すごい!空を進んでいる」


「長生きはしてみるもんだねえ。素晴らしい景色だ」


「ああ。気がついた人達もいるみたいだ。空を見上げてる」


 ルード、グレッグ、ケインが感嘆の声を上げる。私はすぐ後に座っているエディを振り返った。


「おめでとう、ヴィア。素晴らしいよ。君の夢が1つ叶ったかな?」


「はい。これで王都の父様や母様、サザランドのルイス兄様にも会いに行きやすくなります」


 私達は視線を合わせて頷き合うと、エディが嬉しそうに微笑んだ。


「お〜い。シルヴィア、飛行中だぞ〜集中してくれ〜」


 アーベルの声が、エディとの間に割って入る。今度はお互い苦笑して、視線を前方に戻した。

 快晴で風も殆どない今日は、まさにフライトの好条件日。天気も良くて、景色も素晴らしかった。ただこの高度で山脈方面への飛行は不可能だ。領都から海岸線の見えるところまでとしておく。


「後に乗りたい人もいるでしょうから、早目に戻りましょうか?」


「ああ、頼む」


 エディに問いかければ、笑顔で頷いてくれた。


「アーベル右旋回します。右側プロペラを停止」


 旋回時に飛行船が揺れないよう、風魔法でサポートする。


「了解」


 飛行船はゆっくりと旋回し、やがて屋敷へと戻ってきた。

 魔法で位置を調整しながら、着陸の為に高度を下げる。


「プロペラを下方向へ。降下します」


 ドッグの上方まで来ると、ガス袋の上から少々圧力をかけてやる。

 やがて機体はゆっくりと定位置に降下した。ドッグにいる係の者が、係留用ロープをかけていく。

 ドッグに到着してゴンドラを降りると、一斉に見学していた人々が集まってきた。


「やったな!」「成功おめでとう!」「すごい!感動した」


 口々に讃える言葉を陳べながら、着陸場所に詰め掛けた。


「シルヴィア、素晴しいよ。時代が変わるな!」


 アルディオが興奮したように私の手を取った。


「シルヴィア様、凄いです」


 リリア姫もまっすぐな言葉で称賛してくれる。


「ありがとうございます。アルディオ、リリア姫も乗ってみますか?」


「良いのか?」「いいんですか?」


 目を輝かせて返事をするアルディオとリリア姫に思わず笑ってしまう。


「ええ、ぜひ。今後はルディン公爵領で製作していく予定ですから。リリア姫も高いところが怖くないならどうぞ」


 ケインに目配せすると、二人をゴンドラへと案内してくれた。


「私達も乗れるかね?」


 お義父様とお義母様だった。思わずエディを見上げる。


「構いませんよ。どうぞ」


 エディが二人を連れてゴンドラに乗り込んだ。その他に、グレッグ以外の開発に関わった研究者と技術者そして護衛の騎士合わせて4名を乗せ、私とアーベルが再び操縦席に座る。


「ヴィア、疲れていないかい?」


 後方からエディが心配してくれたけど、


「大丈夫ですよ。でも、フライトはこの一回で終わりにしますね」


 本日2回目のフライトも無事に終了した。




 後は、パイロットの養成なんだよねえ。

 飛行船についている魔法付与したプロペラは、方向性を決める舵取り的意味合いで動かすのでさほど魔力を必要としていない。問題は、ヘリウムを使って浮かび上がっている飛行船を、空中で上手くバランスを取らせるようにプロペラと風魔法で調整すること。だから、パイロットはある程度風魔法が使える者から、気象学や物理学、流体力学を学ばせて養成することになる。まあ、仕組みを知っていれば私でもなんとかなるのだから、基本を抑えて育てるしかない。浮力に魔力を割かなくて良い分、バランスを取るための風魔法は中程度の魔力があれば可能だろう。

 あとは、製造費とランニングコスト。

 収納場所の確保や人員も含めて採算が取れる運用機体数も計算して……

 と、試運転が成功したので、考えることも山程ある。ある意味、造るだけならそう難しくはなかったのだけれど。


 2回のフライトが終わって、辺境伯家から軽食や飲み物が振る舞われ、周囲がお祭り騒ぎの中、メモ帳にいろいろと書き込みながら考えていたら、エディがひょいと覗き込んできた。


「奥さんは考え事かい?……ああ、さすがだね。次を見ているんだね」


 ざっとメモを見たエディが、一口サイズのサンドイッチを私の口に入れてくれる。ついでに飲み物も手渡してくれた。


「投資分を回収して、利益を挙げなければいけませんからね。貨物専用と、旅客専用と、どのくらい必要かな?と。あとは広告料も取れそうかな?って」


「広告料?」


「バルーン部分にペイントするんです。例えば商会名とセールとかイベント情報とか。王都で飛ばしたら目立つでしょう?」


「なるほど」


「まあ、運用はルディン公爵領なので、夜にでもアルディオと話し合いですね」


「うん。今は試運転成功を祝おうか。ほら、皆君を待っているよ。ヴィア」


 エディに手を引かれ、騒ぎの中心へと連れ出される。書いていたメモはケイトが受け取ってくれて、保管しておきます、と持ち帰ってくれた。


「やっと来た!シルヴィア、おめでとう!」「すごかったな!」


「空を飛んで行けるなんて、夢にも思ってなかった」


「ありがとう!」


 お祝いや感謝の言葉が降りかかる。良かった、皆が喜んでくれて嬉しい。

 ジンワリと成功を実感する。でも、同時に改めて誓いを立てる。


「エディ、飛行船は絶対に軍事利用させません。その為のアイデアを皆で話し合いたいです」


 小声でエディに囁いた言葉に、彼はしっかりと頷いて、繋がれた手をぎゅっと握ってくれた。



飛行船に関しても素人です。すみません。

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