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ノルディック夫妻の日常 2 シルヴィア

 エディと結婚してからほぼ毎日、私の心臓は日に何度となくドキリと脈打っている。もうこれ、健康的にどうなのかしら?と心配になるレベル。

 だって、朝からあの麗しくも男らしい大好きなエディの腕の中で目が覚めるって、どれだけ幸せなんだろう。しかも彼は、いつも思いっきり私を甘やかしてくれて、今だってガウンを羽織らせてくれて、ソファーまでお姫様抱っこで運んでくれた。ケイトが扉を叩くのを確認すると、額にキスを落として、続き間の彼の部屋へと消えていく。


「朝から色気が凄すぎです〜」


 熱くなった頬に両手を当てて冷やしていると


「おはようございます、奥様。お茶をどうぞ」


 エディと入れ替わりのタイミングで、廊下側から入ってきた侍女のケイトが、モーニングティーを淹れてくれた。


「おはようケイト。今日のお茶も美味しいわ」


 ドキドキしていた心臓が、目覚めのお茶を飲んで次第に落ち着きを取り戻していく。


「奥様が今日も幸せそうで何よりです。今日はツェルト山へお出かけでしたね? いつものように軽く湯を使ってからお支度されますか?」


「そうね。お願い」


 平坦な声音は穏やかながらも、エディの溺愛ぶりに少々呆れたような視線を投げるケイトにも慣れたものだ。結婚後につけられた私専属の侍女であるケイトは、私よりも3歳ほど歳上の少々表情に乏しい美人さんなのだけれど、身の回りの世話から護衛まで何でも熟すスーパー侍女なのだ。

 月経時以外は毎晩に近い頻度でのエディとの夫婦生活の後、疲れて熟睡してしまう私が朝起きた時に湯を使うのは、いつものことだ。余裕があれば夜のうちに二人で入浴することもあるのだけれど……前世では経験なかったけど、世の中の夫婦って大変なのね。


「では、まずは浴室へ。私は奥様の部屋でお支度を整えてお待ちしていますね」


 ケイトは私を浴室に連れて行くと、湯浴みの準備を整えて、エディの部屋とは反対側にある私の部屋への扉の向こうへと姿を消した。ケイトには入浴は自分でやるからとお願いして、特別な支度が必要でないときは、独りでお風呂を堪能することにしている。



 湯に浸かりながら、今日の予定について考えを巡らす。

 ツェルト山は、ノルディック領の領都から馬で半日ほどの距離にある低目の山だけど、その麓で何やらガスが出ていると報告があって、エディと一緒に様子を見に行ったのが半年前。魔法を使って分析したところ、なんと希少なヘリウムガスが10%程度も混入していたのだ。

 問題は精製分離と液化出来るか?だったけれど、光属性魔法の応用で量子力学の知識とレーザー冷却トラッピングの原理を思い出し、イメージを魔法に乗せて冷却を試してみたら、超低温での冷却に成功して、諸々の過程を経てヘリウムガスを液化出来てしまった。MRIの仕組みに興味を持っていろいろ調べていたのが、功を奏した感じ。……となると、作ってみたくなったのは、飛行船。


 この世界では、陸路は魔法導力馬車、海路は魔法導力船が最速だけど、空路は重力に逆らっての浮力に非常に多くの魔力を消費するため、実現出来ていなかった。私程の豊富な魔力保持者でも、空中を移動となると結構な魔力を消費するので、滅多に使うことはない。それでも、非常時に使うことは考えられるので、訓練をすることはあるけれど。

 とにかく、浮力さえ魔力を使わずになんとかなれば、方向性や推進力の調整は、風魔法がある程度使えるならなんとかなりそうなのだ。

 飛行船さえあれば、隣同士のルディン公爵領やロッドフィールド侯爵領には半時間ほど、王都には半日程度、南部のサザランド領までも1日かからずに行くことが出来る。

 人数や荷物もある程度運べるから、メイベルやルイス兄様にだって気軽に会いに行けるのだ。

 だから、ここしばらくは飛行船の開発と試作機の作成に没頭してきた。仕組みや構造は前世の知識があったので、割と簡単に図面は引けて、魔法技術者達の協力で、素材の調達や加工もスムーズに進んで、先日試作機が完成。風船部分の気密性には気を遣ったけど、技術者達がキャンパス生地に施した緻密な結界魔法の応用で、ガス漏れは起こさないように加工できた。本当に魔法って素晴しい。


 今日はヘリウムガスの精製に行って、液化ヘリウムを持ち帰る予定だった。

 浴室を出て、ガウンを羽織って部屋に向かうと、ケイトが乗馬服を用意して待っていてくれた。

 服を着て髪を結い上げてもらい食堂に向かうと、既に領軍司令官の服を着たエディが席に着いていた。


「エディ、お待たせしました」


「いや、俺もつい先程来たところだ。今日も馬で行くから、しっかり食べていこう」


「はい。楽しみです」


 馬でのお出掛けは、いつもエディに乗せてもらっている。未だに乗馬の才能は開花しないのだ。


 食事が終わると早速二人揃って研究棟に向かう。

 ここには私の魔道具開発の共同研究者や補佐してくれる魔法技術者が住み込みで滞在していて、万全の体制で私をサポートしてくれている。エディと婚約してから建設が始まって、結婚と同時にノルディック家が私に贈ってくれた設備と人材だ。本当にありがたい。エディはいつも私のやりたいことを理解してくれて応援してくれていて、本当にたくさんの愛情をもらっていると思う。だから、私もこの地の発展のために力を尽くして、エディの想いに応えたい。


「エディ、愛してる」


 気持ちが溢れて、突然ポツリと漏らした言葉に、エディの歩みが止まる。彼の左腕に手をかけていた私もつられて足を止めた。


「ヴィア」


 彼の右手が頬に伸びて上向かされたところで、


「そこのお二人さん、独身男性達もいる中、朝から目の毒ですよ~」


 と、間延びした男性の声がかかった。ビクッと私の肩が上がったのを見て、エディがため息をついて顔を上げ、赤くなっているであろう私を隠すように前に立つ。

 研究棟の前に立ち、出発の準備をしていた魔法技術者のアーベルだ。精密な魔力コントロールで、繊細な魔法付与や結界魔法を得意としている。


「アーベル、お前、気がついても見ないふりくらい出来るだろ? ほんの十秒程だ」


「あ〜、エディウス? 学園時代のお前を知る俺としては、お前のデレっぷりが怖いわ」


 気安い口調で交わされる二人の会話に、ちょっと羨ましくもなる。アーベルはエディの初等科入学時からの同級生で、高等科では魔法研究科で魔法理論や技術の研究をしていたらしい。飛び級編入して1年半だけエディと同じ学年で医療コースに在籍していた私は、直接の知り合いではなかったけれど彼の評判は聞いていて、今回この研究所に志願してくれたのは素直に嬉しかった。


「ツェルト山まで行くんだろ?さっさと行って、用事を済ませて来ようぜ。明日には試作機が飛ばせるだろ?」


 アーベルの言葉に、周囲にいた同行者達の視線が私に集まる。


「そうですね。明日の天気も良さそうですから。きっと大丈夫ですよ。アルディオもリリア姫と一緒に今晩到着するのでしょう?」


 エディに尋ねると、彼は頷いた。試作機が成功すればルディン公爵領で本格的に生産を始めることになる。ここで設計と制作に関わった技術者の代表として、アーベルが公爵領に派遣されることになっていた。


「ああ、先程ヘリオーズを立つと知らせが来た。魔導馬車で向かっているから、夕方には到着するだろう」


 アルディオとリリア姫に会うのも1年ちょっとぶりだ。彼も先日成人して、今ではルディン公爵領の領主として、立派に領地を納めていて、評判もとても良かった。飛行船試作機の試運転に立ち会い、その後ルディン領で製造の指揮を取るアーベルとの面通しを兼ねて、アルディオが来ることになっている。


「準備は出来ているか?」


「はい、滞りなく」


 エディが領軍の精鋭である騎士達に声を掛け、ケインが全員の姿をざっと確認してそれに答えた。今日は十人程でツェルト山に向かうが、私とアーベルの他は荷運びも兼ねた全員が戦闘職だ。


「厳重だな」


 アーベルが呟いた言葉に、私も頷く。


「妻と友の安全には万全を期したいからね」


 エディはそう言って微笑むと、彼の愛馬であるレオンに私と共に跨がった。




「アーベル、液化ヘリウムの取り扱いには厳重な注意が必要です。一歩間違えば周囲を巻き込む大事故になるので、頭と体に叩き込んで、ルディン領でも取り扱う技術者に徹底して下さい」


 ツェルト山の麓に着いて、ガスが湧き出るガス田で、結界魔法と冷却魔法を複数展開させながら、ヘリウムの精製や液化を行う傍ら、私はアーベルに液化ヘリウムの危険性をレクチャーする。

 残念ながら、−270℃までの冷却魔法を施しヘリウムガスを液化する事は、何度となくアーベルに説明したものの「無理!さっぱりわからん!」と早々に匙を投げられ、基本的な知識がない魔法師には不可能ということが判明したので、私がやるしかないのだけど、運搬用の冷却装置の維持なら私が魔法付与した装置にアーベルが魔力を流すことで可能だった。

 でも、非常に低温で、蒸発するとかなり膨張するため爆発、窒息、凍傷に細心の注意が必要なことは、口を酸っぱくして言っておく。特に換気だけは怠るな、と言ったけど、どうも窒息についてはイメージ出来ないようだったので、映像にして見せたら、同行の騎士達も顔を青くしていた。


「で、シルヴィア、お前今いくつ魔法を複合展開させているわけ?」


「5つ……厳密には6つかな?」


「はあ~? これだから天才は」


 ヤダヤダと首を振りながら、魔法付与した冷却装置に魔力を流しながらアーベルがボヤいた。

 天才じゃなくて、前世の知識なんだけどね。

 この世界に生まれ直して、現象に魔法を上手く掛け合わせる事で、テクノロジーを魔法で補うことが出来ていると言うか。ある程度の原理原則を知っているとそこに働きかける事で僅かな魔力で効果が出やすいけど、浮遊するとか転移するとかは前世でもなかった現象だから、現象事態をイメージするしかなくて。そうなると、膨大な魔力を使ったり、不発だったり、とまあ一般的には不可能なのだ。

 この世界の魔法師達が、魔法の行使を可能にしているのは、目に見える現象のメカニズムをある程度理解しているからで、その法則性を魔法式という形にして脳内でイメージして、魔力器官を通して発動してるのでは無いかと想像している。これは学園を卒業して、いろんな研究をしながら気がついたことなのだけれど……

 私の場合は、ありとあらゆる現象に対するメカニズムの理解が深いから、魔法式という形式に囚われずに少ない魔力で自由に魔法を使えるのかもしれない。それでも生まれ持った属性で、関与できる現象に縛りはある。あとは、一応この国の筆頭魔法師に教育を受けたので、魔法式についての理解もあるけど、魔法付与以外ではあまり意識することもない。

 まあ、総じて天才と言われるのには慣れないけど、他者から見ればそう見えるのね、という諦めに似た感情もある。


「ヴィア、進捗状況はどう? そろそろ戻る時間だよ」


 エディが私の頭に手をやり、優しく言った。うん。そろそろいいかな?


「予定量は収集しました。あと数分で予備量も完了です。撤収の準備を始めてもらっていいですよ」


 そうして無事に液化ヘリウムを収集した私達は、帰路についたのだった。


すみません。冷却やヘリウムの液化については素人ですのでツッコミはご勘弁下さい。ガスの運搬をするために液化して運ぶことにしたので。

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