ノルディック夫妻の日常 1 エディウス
後日譚をぼちぼち始めていきます。楽しんでいただけたら嬉しいです。
ヴィアと結婚してから、約1年が過ぎた。
毎朝、俺の腕の中でゆっくりと瞼を上げて、彼女の蒼い空色の瞳に俺が映るのを見ることに、ささやかな幸せを感じる。共に過ごす時間の中で、ヴィアは色々な表情を見せてくれるけど、そのどれもが愛おしくて、可愛らしい。そして、俺だけが知る夜の彼女は、艶やかで美しく、俺の独占欲を満たして至高の幸福を与えてくれる。
「ヴィア、おはよう」
「おはようございます、エディ」
寝起きの彼女がボンヤリと俺を見上げて、エディと呼ぶ。
前世持ちの彼女の精神年齢は、その見た目よりはもちろん、彼女よりも歳上の俺より更にだいぶん上らしい。いくつかは聞いたことはないけれど、俺は彼女と対等でいたかった。だから結婚後、俺は敬称は無しで呼んで欲しいと彼女に願ったのだ。
「今日はツェルト山に行く日だっけ?」
「はい。急いで準備しないとですね」
モゾモゾと彼女が身体を起こす。寝台に座り込んだ彼女を引き寄せて軽く唇を啄み、彼女にガウンを羽織らせて抱きかかえる。俺は寝台から降りて、ソファーにヴィアを座らせてからガウンを着て、侍女を呼ぶ。
「俺も支度してくる。食堂で待っているよ」
ヴィアの額に唇を落として、侍女と入れ替わりに続き間の俺の部屋への扉へと向かった。
「朝から色気が凄すぎです〜」
真っ赤に頬を染めるヴィアを、可愛いなあと横目で眺めて、俺は夫婦の寝室を後にした。
ルーベンス王国の北部地域にあるノルディック辺境伯領。そこが俺達夫婦が現在住み、将来統治していく領土だ。約1年ちょっと前まではルーベンス王国国境の最前線で、敵国ザルディアと戦争にもなったのだが、今は彼の国は亡くなり、元ザルディアの地はルディン公爵領として、アルディオ第三王子殿下が治めている。
旧ザルディア王国は、寒冷地であり農耕には不向きで貧しい土地だったが、魔法兵器の開発に熱心で、武力で他国に脅威を与えながらその技術を高く売りつけることで、国を治めてきた。
しかし、今はルーベンス王国の一部となったことで、他の同盟国の脅威とならないよう兵器の開発は行わず、代わりに生活の利便性を上げるための魔道具の開発に力を入れることになったのだ。そして、そのルディン公爵領に投資し協力しているのが、我がノルディック辺境伯領とヴィアの実家のロッドフィールド侯爵領だ。この三領が中心となり、今開発を進めている魔道具がある。魔道具の考案や設計や開発は、ヴィアを中心に三領から選ばれた優秀な魔法技術者が行い、その生産をルディン公爵領で行う仕組みだ。
もともとノルディックの屋敷の敷地内には、ヴィアとの婚約が整ったときに彼女の為に研究棟を建てていたから、結婚後はそこを使って思う存分彼女の好きな研究をしてもらうつもりだった。戦争により、ヴィアの好きな研究ばかりとはいかなくなってしまったが、各領から集まった優秀な技術者と魔道具の作成に関わることも、それなりに楽しんでやっているようだった。
ヴィアの前世の世界は、様々な技術が溢れ、魔力のない人間達がそれは便利な暮らしをしていたらしい。ヴィアは、魔法技術が戦争に使われることなく、人々の生活向上の為に、魔道具を開発したいと言っている。俺は、そんな彼女を全力で応援するつもりだ。
俺は、自分の支度を素早く整えると、父の部屋へと向かう。昨晩ヴィアの研究施設に侵入を試みた賊を捕らえて尋問中、との報告を受けたからだ。
この時間だと、父も朝食前に身支度を整えているはずだ。
現在、我が領の統治は父が中心となり行っているが、俺も半分くらいの業務を割り振られている。以前俺が請け負っていた対ザルディア王国対策が無くなり、今は魔道具開発とその開発者の安全を守り技術の流出を防ぐことや、領内の治安維持が、俺の主な仕事だ。技術開発が我が領で行われているため、これは必然だった。
「エディウス、また間諜が入り込んでいたらしいな」
侍従が父の服を整えて退室したところで、早速本題に入られた。昨晩の件は父にも報告が行っていたらしい。
「ええ。懲りずに困ったものです。我が領はもともとザルディア相手にこの手の対処には慣れていますからね。遅れを取ることはありませんが、国内はともかく、最近は国外からの手の者が多く、まあ、地道にやりますよ」
我がノルディック領軍は優秀な魔法騎士も多く、戦争がなくなった今、領内の治安維持や、ヴィアを始め研究施設の護衛に力を発揮してくれている。ヴィアとの結婚前から、彼女を手に入れようと動いていた傭兵や賊を片っ端から捕らえてきた。国内の他領の貴族の手の者もいたのだが、決定的な証拠が出てこないこともあり、表立って抗議することも出来ないでいるのは歯痒い限りだ。最近ではそこに、国外からの手の者が交じるようになってきた。
彼女が開発した魔法技術や魔道具、医療知識など、また、ザルディアとの戦争の際に出現した黄金の美しい鳥にヴィアが関わっているのではないか?と、彼女から得たい情報は多く、リスクを引き換えにしてもヴィアを手に入れたいのだろう。当然、そんなことを許すつもりはないが。
「私やサーシャの仕事は部下も優秀で余裕がある。必要なら手伝うから、いつでも言いなさい。シルヴィアは我が領だけでなく、我が国の至宝だ。彼女を少しでも損なうことは、あってはならないことだからね」
父の仕事である領内の産業発展や流通、領外との取引や運営は、順調らしい。母の仕事である子供たちの教育や福祉についても、滞り無さそうだ。
今回我が領はヴィアの事業にも大きく投資しているが、ヴィアを義娘として可愛がっているだけでなく、彼女を国の至宝だと言う父は、明らかに王家やロッドフィールド家からもくれぐれも……と言われているに違いない。
俺がヴィアを愛し妻にと望んだ為に、父にもいろいろと負担をかけてしまったらしい。
「ええ。よくわかっておりますし、ヴィアを守ることは俺の為でもあるので、手を抜くことはありえませんよ。父上のお力も必要とあれば遠慮なくお借りしますので」
「そうか……あとは、孫の顔も見たいものだが」
「……ヴィアはまだ19です。子供は彼女が20歳になってから考えると言ったでしょう? しばらくはヴィアを堪能させて下さい。ただでさえ、共同研究の技術者達に邪魔されているんですから」
結婚した時に、ヴィアをしばらく独占したかった俺は、彼女に言ったのだ。避妊の魔法を使い、子供はヴィアが20歳を過ぎたら自然に任せて考えようと。
そして、彼女はそれを了承してくれた。
今、魔法具の開発に熱心な彼女が、技術者との意見交換に目を輝かせているのは、可愛い反面少々面白くないが。
「邪魔されてるって……仕事だろう? お前ずいぶんと狭量だな」
「母上を屋敷から1人では出さない貴方に、言われたくないですね」
「……」
「……」
俺と父上は互いに黙って視線を交わした。ノルディックの男は、自分の唯一に並々ならぬ愛情と独占欲を持ち、妻を溺愛する。俺もずいぶんと前から、その自覚があった。今更父親に指摘されるまでもない。これ以上の言い合いは不毛だ。
「今日もシルヴィアは外出の予定があるな」
1つ咳払いをした父が、話題を変えた。
彼女の開発している魔道具にツェルト山から出ているガスが必要なんだそうだが、これがなかなか出ることがない珍しいものだそうで、このガスが出るから、開発を思い立ったとヴィアは言う。
今日は、そのガスを採取しに行くという。ガスをどうやって採取するのか見当もつかないが。
「はい。俺も同行します」
「気を付けて行け」
「はい。では」
俺は父上へに朝の報告を済ませると、ヴィアが待つ食堂へと向かった。




