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戦争の終わりとやってきた幸せ

本編完結です。

たくさんの方に読んでいただき、とても嬉しいです。ありがとうございます。

本編中の取りこぼしや後日譚もそのうち書きたいです。空白の4年間とか、クロードとキャサリン、ルイスとメイベル、王家の三兄妹とアルディオとリリアのことなど。

……ですが、とりあえずは一旦完結表示とします。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

 アルディオと手を繋ぎ魔力を混ぜ、彼の魔力器官を借りて、私が本来使えない闇属性の魔法を練り上げていく。催眠と暗示の闇属性と光属性の癒やし効果と合わせて構成し、ルーベンス王家に対しポジティブイメージを植え付けるように魔法を振りまいていく。もちろんザルディア王家へのネガティブイメージも。

 視力も聴力も遮断して、意識を金色の鳳凰をイメージして空に飛ばす。羽ばたきと共に、構成した魔法を地上に降らせていく。

 視界は上空の金色の鳳凰からのみ。右手でアルディオと繋がり、意識は鳳凰と共に結ばれている。

 進軍する兵士達に影響しないように、慎重に飛びながら、やがて王都に向けその範囲を広げ、高度を上げながらザルディア王国に魔法を広げていく。ルーベンス軍が王都に入り、順調に王城を制圧した時だった。

 西側の国境付近から禍々しい気配が、飛ばした鳳凰に向かってくる。

 咄嗟にアルディオの手を振り払い、私自身への干渉を全て遮断した。


 身体と意識が切り離される。

 漂う気配は、私の魔力に向かってきている。私は自身の身体を守り、行動の自由度を得るために、一旦意識を切り離したのだ。


 魔力の殆どを使って作った鳳凰に、私自身の意識を宿し、まるで分身のように構成された精神体で、私を呼ぶ声を辿ってゆっくりと西に向かう。


 遥か下の地上をアルディオ達と騎兵が駆け抜けていく。私は、その後を追うようにゆっくりと国境に向かった。


 見えてきたのは、巨大な黒竜だった。

 多くの死者の魂を取り込み、生き血も混ぜて、怨念の塊となった黒竜の核を構成するのは、ザルディア国王の妄執の果てに為された禁術。

 禁術で竜化したザルディア国王と、父様とエディ様達が、戦っていた。アルディオ達も合流したようだ。

 良かった……皆、無事だった。

 でも、私の魔力を感知した黒竜が激しく暴れている。足元を地面に囚われて、飛び立てないようだった。

 魔法騎士達が、攻撃も加えている。

 父様とアルディオが私に気がついて、私を守るために魔力を分けてくれた。

 光属性の攻撃魔法を、黒竜に降らせていく。すると、黒竜と視線が合い、低い男性の声が意識に直接語りかけてきた。





『待っていた……前世の記憶を持ち、異世界に干渉しうる魔力を持つ者』


 これが、ザルディア国王の意識。


『貴方も……別の世界の記憶を持つ前世持ちだったのですね』


『いや、違う。私は、この世界に魂を飛ばされ、死にかけていたザルディアの王子に取り込まれ憑依した者。お前とは、違う存在だ。だから、禁術を使い魔力を増やし、異世界に干渉しうるお前の魔力も取り込んで、世界を越えるためにこの身体を手に入れる必要があった』


『何故? 貴方はもとの世界で既に生きてはいないのでは? この世界で一国の国王となりながら、何故今生を捨て世界を越える必要があるのです? 他の生命を犠牲にしてまで』


『お前がそれを知る必要は無い。ただ、私はどうしても元いた世界に戻らなければならない。この世界を壊し、例えどのようなモノに成り果てようとも、この世界で生き続けるわけにはいかないのだ!……私の存在は、あの場所になければならない!』


 それは、彼の苦しいばかりの叫びだった。


 この世界で自我を取り戻し、界を越えてしまったことを自覚したその時から、もといた世界に戻ろうと知識を蓄え、機を窺ってきたのだろう彼の生き方だった。


 おそらく、私とはまた別の世界で生きてきたのであろう。

 常識も概念も法則も、私やこの世界の人々とは違っているのかもしれない。

 私は多分、法則は違えど、比較的近い常識や概念を持った世界から転生したのだと思う。

 でも、そうでないなら……彼の所業の善悪は、私達に決められることではない。


 世界が一つではないことを、私は転生することで知ったけれど、どんな法則でそこを越えるかなんて、私にはわからない。

 だけど彼の中で、元いた場所に戻る為に、どんなことでもして、何にでもなるというなら、彼の存在がこの世界にある限り、この世界にとっての悲劇は繰り返される。


『ならば、私が願いましょう。貴方という存在が、貴方の場所へと戻れるように』


『!? 私は……帰れるのか?』


『わかりません。私には、世界を越える魔法がどのようなものかはわかりません。そして、私はこの世界に大切なものがたくさんあって、貴方に取り込まれて消えてしまうわけにはいかない。だから、貴方が元いた場所に戻れるように、ただ願うだけです』


 私が元いた世界にも、大切なものはたくさんあった。家族も友人もいて、きっと死んでしまったときもすごく悲しませたに違いない。でも、あれが寿命だったのだろうと受け入れられた。


 それから、この世界で生まれ直して、ここで生きて。

 前世と同じように、家族や友人にも恵まれて、やりがいのある仕事もできて……

 ただ一つ違ったのは、私には絶対に手離せない大切な人が出来てしまったこと。

 私もまた、意図せず再び世界を越えることがあるのなら、きっとこの世界に戻ってくるために彼のように足掻くのだと思う。


 エディ様、きっと心配をかけてしまう。

 ごめんなさい。

 でも、どうか私を信じて待っていて。


 私は私の為に、憐れな彼を元いた世界に帰したい。


 エディ様と視線があった気がした。心の中で彼に謝って、私は願いをこめて黒竜を腕に抱く。


「シルヴィア!必ず戻って来い!」


 アルディオの叫ぶ声が聞こえた。

 うん。アルディオ、大丈夫。だから、私の身体をお願い。

 私のかわいい弟子である貴方に任せたわ。





 ここは、どこなのだろう?

 いや、多分どこでもない。空間としてすら存在していない概念だけの……


「礼を言う」


 声として認識した瞬間、視覚的に感じたのは

 銀色の髪に蒼い瞳を持った、20代半ばの美丈夫。おそらくは高貴な位を持つ男性。


「貴方は?」


「お前が認識しているのは、私のもとの世界での姿だな。お前は、あの世界でシルヴィアと呼ばれていた姿をしている。魂の在り処を決めた場所だ」


 そうか。魂の在り処を定めた世界での姿なら、確かに私はシルヴィアだ。


「ここはどこでしょう?」


「どこでもない。この場所から、それぞれの世界に行ける」


「貴方の願いは、叶いますか?」


「ああ、ありがとう。シルヴィア。もう二度と会うことはないだろうが、心からの感謝を」


 そう言って、彼は跪いて頭を下げた。


「そう。よかった」


 そう呟いた私に、彼は顔を上げて言った。


「強い願いと執着が、元いた場所にお前を帰すだろう。大切な感情だ」


 彼の真摯な視線に私は頷く。

 大丈夫。強い願いも執着も、ちゃんと私の中にある感情だ。それに彼は、ちゃんと私をシルヴィアだと定義づけてくれた。だから、大丈夫。


「ならば私はもう行く。巻き込んですまなかった」


 その言葉を最後に、彼の姿が消えた。


 私は願う。

 エディ……エディ様に会いたい。

 彼の隣で、互いを想いあって支え合って生きていきたい。どうか大好きなあの人のもとに帰して。

 もうその手を離したりしないから。


 想い浮かべるのは、彼のこと。


 きっと待っていてくれる。

 そうじゃなくても、今度は私が追いかける。


 ヴィア、早く戻っておいで


 彼の声が聞こえた気がして、私はその声を掴んで追いかけた。





 身体が重い。

 大きく息をするのすら、意識して行う。瞼を持ち上げて、ぼんやりとした視界が、徐々にはっきりとした形になっていく。

 ゆっくりと首を巡らせて目に入ったのは、栗色の髪。

 私の右手を握りしめたまま、顔を伏せて眠っている?


「え……」


 エディ様と言おうとして、思うように声が出ない。

 右手に力を入れて、握られた手に力を入れた。


 すると、ガバっと音がするようにエディ様の上半身が起き上がる。

 大好きなエメラルドの瞳が驚いたように私を見た。


「ヴィア……夢じゃ、ない?」


 恐る恐るといった様子で私を見つめるエディ様の左手が、そっと私の頬に伸ばされた。

 私は一所懸命表情筋を動かして笑ってみせる。


「はい……お待たせ、しました」


 なんとか出た声は、少し掠れていて。


「どのくらい、寝てました?」


 そう尋ねた私は、寝台から引き起こされるようにして、エディ様に抱き締められた。

 苦しいくらいの力で、でも微かに震える彼の腕が、私を待っていてくれたことを教えてくれた。


「ひと月、君は……何の反応もなく眠ったままで……もう、会えないのかと、俺は」


 私の右肩に顔を埋めたエディ様のくぐもった声が、彼が感じていた痛みと苦しさを私に告げる。じんわりと温かく私の肩を濡らすのは、きっとずっと耐えていた彼の涙。


「あの時、待っててと言われなかったら…………狂っていたかもしれない」


 小さな声だった。あれが俺の希望だった、と。

 胸が……苦しい。まるで心臓を握られたように。


「ごめんなさい。ごめんなさい、エディ様。待っててくれて、ありがとうございます」


 私も両腕を持ち上げて、彼の背中に回して、力を込める。腕が重くて、思うように抱き締められなくて、両手で彼の服を握りしめた。


 触れ合う互いの体温が同じくらいになって、やっと私達は身体を離して見つめ合った。

 まだ少しだけ潤んでいるエメラルドの瞳は、いつもの穏やかな彼のもので。相変わらずキレイに整った顔立ちだけれども、少し……痩せた?

 そんなふうにじっと見つめていたら、顎を掬われて、合わせられた唇。

 啄むように何度か触れて、そして、どちらからともなく深く求め合った。

 互いに伝え合う熱が、言葉よりも雄弁に気持ちを伝えてくれる。エディ様の苦悩も、不安も、深い愛情も。


「エディ、様……もう」


 すっかり力が抜けてしまった私が、彼の胸に凭れ掛かる。彼は私の背を優しく撫でながら静かに言った。


「……ん。無理させた。今はまだ夜なんだ。ヴィア、皆君が目覚めるのを待っている。でも、全部明日でいい。今日は、もう休もう」


「エディ様、じゃあ、明日まで私を抱きしめていて?」


 私は掛布を持ち上げて、エディ様をベッドに誘う。

 エディ様は一瞬目を見開いて私を見たけれど、大きく溜息をついて上着を脱ぐと、スルリと隣に横になった。


「エディ様の、したいようにしてくれていいんですよ?」


 私達は婚約者だ。だから、そう言ってはみたけど。


「今日はこうやって君を抱き締めて眠るだけだ、体調も万全じゃないだろう? ヴィア、君が腕の中にいるだけで、やっとゆっくり眠れる気がする」


 エディ様は、私の額に軽く口づけを落とすと、私の肩まで掛布を引き上げて、腕枕をしてくれる。


「もう、おやすみヴィア。これまで、長い事待っていたんだ。結婚式を楽しみに、もう少しだけ、待つよ」


 エディ様が私を見つめる視線が、甘くて色っぽくて……図らずしも心拍数が急上昇した私は、多分真っ赤だろうと思う。

 クスクスとエディ様の笑う声が直ぐ側で聞こえて、負けを悟った私は、クルリと反対側に寝返りを打つと、ギュッと目を閉じた。


「おやすみなさい、エディ様!」


 あたふたとそう言い捨てて、エディ様の温もりに包まれた私は、なんともいえない安心感に包まれて、今度は本当の眠りに落ちたのだった。


「ヴィア、おやすみ。もう、離さないよ」


 そんなエディ様の声を聞きながら。




 翌朝、私の目が覚めると同時に、エディ様の知らせを受けて、次から次へと部屋に人が押し寄せた。

 医師や侍女、父様やルイス兄様。


 医師と父様に、メディカルチェックや魔法器官や魔力の確認をされて。ルイス兄様にはぎゅうぎゅうと抱き締められて無事を確認された後、侍女に食事や入浴の世話をされ、身嗜みを整えられる。

 私は毎日父様に、浄化と体力維持の魔法を掛け続けて貰っていたらしい。ありがとう、父様。


 ここは、亡きザルディア王国とノルディックの国境の街ヘリオーズにある基地。

 ここの家族面会用の客間を、私は1ヶ月も占領していたらしい。


 父様からは、このひと月のことを教えてもらった。


 あの戦争が終わった日、特に大きなトラブルもなく王城を占領したユリウス殿下は、

「ザルディア国王が私欲の為ルーベンス王国に侵攻し、一部の国民を犠牲にした禁術を発動し黒竜となったが、ルーベンス軍に討伐され死亡したため、この地を我が国に統合する」

 と発表した。

 私の魔法の効果もあり、ザルディア王国の国民からは反発もなく、むしろ歓迎をもって迎えられたという。

 今回、ルーベンス王国の同盟国からは、支援も援軍も受けずに我が国だけで早期に解決したこともあり、他国からも特に介入も口出しも無かったとのことだった。

 しかし、このヘリオーズの街や国境周辺地域の被害はかなり大きく、敵側にはそれなりの死傷者も出ていたため、復興や戦後処理などで、エディ様はここに残りその処理を進めていたとのことだった。

 ユリウス殿下とアルディオは、もとザルディア王国の王都で、我が国の統治下に組み入れるため体制を整えるべく、中心となって働いているのだという。

 今朝早く、私のことを知らせたら、午後にはアルディオがここに到着するのだと言っていた。


 午後になり、関係者が揃ったから……と私は会議室に呼ばれた。


 ケインに連れられて会議室に入ると、エディ様を始め、父様やルイス兄様、ケイン、ラッセル、ルード、アベルが揃い、そして、アルディオがいた。私が入室すると、防音結界が張られる。


 立ち上がったアルディオが私の側まできて、その赤い瞳を僅かに潤ませて、軽く抱擁される。

 私も彼の背に手を回し、宥めるように軽く叩いた。


「アルディオ、いろいろありがとう」


「シルヴィア、よかった。無事に戻ってきてくれて」


「ふふっ……かわいい弟子が、幸せになるのを見届けないとね」


 彼に対しては、姉や師匠というより母親に近い気持ちだった。手を引いたのはほんの僅かな期間で、あっという間に彼は成長してしまったけれど。

 いつだって、大切な家族のように感じている。


 アルディオは複雑そうな顔に笑みを浮かべて、ありがと……と小さく呟いて離れていった。


 私がエディ様の隣に腰を降ろすと、まずは私に何が起こったかを話し始める。

 ザルディア国王と交わしたやり取りと経緯を私は語った。


 そして、私が今回使った魔法の記録をどうするか。

 結論としては、秘されることとなり、この場にいる全員に誓約魔法が使われた。


 そして、もとザルディア王国について。


「ザルディア国王には今年7歳になる王女がいたんだ。正確には前国王の娘なんだけど」


 アルディオがそう話しだした。


 聞けば、ザルディアの前国王は多くの妃を後宮に囲い、王子や王女も多くいたらしいけど、アドルフ王は自身の兄弟を全て殺し、国王となった。だが、その王女は彼が王位に就いたときはまだ5歳と幼く、粛清を逃れたらしい。

 アドルフが王位についてから前王の後宮は解体されたが、その王女だけは、たいして世話もされずに後宮に残されていたという。

 アドルフは、誰も妻帯していなかった。

 きっと、元いた世界に帰るために不要だと、そう思っていたのだろう。

 それに多分、彼には何よりも大切な存在がいる。その為にどんな犠牲をも厭わないほどに、執着している相手が。

 この世界など、彼にはきっとどうでも良かったのだと、今はわかる。だからといって、彼の所業は決して許されることではないが。


「旧ザルディア王国は、ルーベンス王国のルディン公爵領として、俺が治めることになった。しばらく王都でセドリック兄上の下で学ぶ間、ユリウス兄上が統治することになるが、俺が成人したら正式に領主となる。

 そして、王女はザルディア王国最後の王族だ。政治的に俺の婚約者となる」


 アルディオは、決意を持った目で全員を見渡した。


「ルーベンス王国の王族として、そしてルディン公爵として皆に約束する。この先のこの地の平和と安寧を。

 共に手を取り合い、この先助け合って、北部地域を繁栄させていきたい」


 アルディオは今年17歳になる。飛び級していた彼は、昨年末に学園を卒業したけど、成人は来年だ。エディ様と同じ魔法騎士科に在籍していたので、今度は王宮でセドリック殿下から政治や国の動かし方について学ぶのだろう。

 本当に、もうすっかり立派な大人になってしまった。きっと幼い王女の成長を見守り、ルディン公爵領の領主として、これからもたゆまぬ努力を続けていくのだろう。


 私は立ち上がり、アルディオに対し最敬礼としてカーテシーをとる。


「ルディン公爵アルディオ様、貴方のこれからに、私も出来うる限りの協力を惜しみません。ノルディック領に嫁ぐこの国の魔法師として、北部地域の発展に力を尽くすことをここにお約束します」


 私の隣で、同じように最敬礼をとったエディ様もまた、


「私も将来の妻と共に、生涯に渡り、この地の平和と安寧を守ることをここに誓います」


 と、アルディオにそう誓った。

 私達の後ろには、ケイン達も控え膝をついて頭を下げている。


「これは重畳。陛下にいい報告が出来そうです」


 父様がにこやかにそう言って、この場はお開きとなった。



 翌朝、ここからルーベンス王国の王都に戻るというアルディオ達を見送るために、私とエディ様は馬車止めに出てきていた。

 荷物もまとめ、準備も整ったアルディオがこちらに向かってくる。

 父様とルイス兄様も一緒に王都に戻るということで、途中ロッドフィールド侯爵家にも立ち寄ると言っていた。

 私は、もうこのまま結婚までこちらに居残るそうだ。

 エディ様の戦後処理も落ち着いたので、明日にはここを立って、ノルディック領の辺境伯家に身を寄せることになるのだけれど。


 父様とルイス兄様とは挨拶が済んでいたので、私とエディ様はアルディオと向かい合う。


「アルディオ。道中気をつけて。あと、婚約者になった王女様を大切にね?」


「うん。夏には一度ルディン領に来ることになると思うから、シルヴィアの結婚式にも来られると思うよ」


「ぜひ、王女様と来てちょうだい。待ってるわ」


 私達はそう言い合って笑い合うと、軽い抱擁を交わした。

 私達が離れると、今度はエディ様が、穏やかに微笑みながらアルディオに言った。


「殿下。私がヴィアと出会った時、彼女は5歳で、私が10歳を迎える頃でした。あれから13年経ちますが、大切に育てた花は、私の唯一になりました。

 どうか殿下もご婚約者様との時間を大事になさって下さい。

 それと、会えないときは文通をお勧めしますよ」


 アルディオの赤い瞳が驚きの色に染まる。

 でも、それはすぐに消えて、彼もまた穏やかな微笑みを浮かべた。


「そうか……ノルディック卿、どうか今後はアルディオと気軽に呼んで欲しい。シルヴィアを、俺の師匠をよろしく頼む。彼女がずっと笑っていられるように」


「もちろんお約束します、アルディオ様。どうか私のことも、エディウスと。結婚式ではお待ちしております」


「エディウス殿、世話になった。また会おう」


 彼らは互いの手を握り、再会を約束した。

 そうして、アルディオは踵を返して馬車に乗り込む。

 私達は彼らの馬車が見えなくなるまで、その場で見送った。


「君も、一緒に帰りたかった?」


 エディ様がポツリとそうこぼした。


「いいえ。私は貴方の側にいたいので」


 私がはっきり答えると、こちらを向いたエディ様と視線が合う。


「私がこの世界のエディ様のもとに帰ってこられたのは、貴方の隣に在りたいという強い願いと執着があったから」


「え?」


 目を瞠ったエディ様に向き合って、私は続ける。


「アドルフ王にそう言われました。それがあれば、望む場所に帰れるからと」


 エディ様の腕が伸びて、抱きしめられる。


「きっと、俺が持つ君への執着ほどじゃないだろうけど、嬉しいよ。俺は今、君を側から離すことが不安でしょうがないから、このままノルディックに残ってくれてほっとしている」


「私のせいですね。ごめんなさい。でも、もうこれからはずっと一緒です」


 私を離したエディ様と、顔を見合わせて笑い合う。

 そう、結婚式まであと2ヶ月。

 何の憂いもなくなったこの地で、私達は結婚する。




 それから、それはもう毎日が慌ただしく過ぎて。


 辺境伯家で再会したキャシーには、散々泣かれてしまった。


 翌月、ロッドフィールド侯爵領で行われたクロード兄様とキャシーの結婚式に参列したときには、母様やクロード兄様にも怒られるやら無事を喜ばれるやらで、大変だった。王都からやってきたメイベルにも、大泣きされてしまった。

 こうして、家族皆で兄様と親友の結婚を祝えて、幸せだった。


 翌月には、ノルディック辺境伯領で私達の結婚式となった。

 ロッドフィールドにいた一同は、そのままノルディックに移動して、結婚後新婚旅行に出ていたクロード兄様とキャシーも合流した。

 そして、王家からはユリウス殿下。ルディン公爵領から、アルディオと婚約者のリリア姫が来てくれた。


 今日、冬が終わる前から準備していたウエディングドレスを着て、エディ様と私は二人、司祭の前に立つ。


「君と出会ってからずっと、そしてこれから二人の人生が終わるその時まで、私が愛し慈しみ、伴に生きていく伴侶は君だけだ。どんなときでも、君と手を取り、支え合って、幸せに生きていこう。シルヴィア」


「はい、エディウス様。貴方にずっと大切にしてもらいました。そして、いつでも私を信じて支えてくれて、ありがとうございます。私のただ一人、生涯を伴に歩いていく伴侶である貴方に、永遠の愛情と誠意を捧げます。どうかこの先もよろしくお願いします、エディウス様」


 誓いの言葉を交わし、互いの手を取って司祭に向き合う。


「あなた方二人の誓い、神の御前とこの場に集う皆と共に、しかと聞き遂げました。神の御名の下、二人を夫婦と認めます。この先、死が二人を分かつその時まで、互いを愛し貞節をもって幸せな家庭を築いていくように。誓いの口づけを」


 司祭の許しを得て、エディ様と私はもう一度向かい合い、そっと唇を重ねた。


「おめでとう」「やっとだな」「幸せになれよ」


 皆の祝福の言葉を受け、ひとりひとりにお礼を言いながら、エディ様のエスコートで私達は聖堂を後にした。





 前世持ちの国一番の魔法師としてルーベンス王国に大きく貢献し、後に聖女と呼ばれたシルヴィア・ヴィン・ロッドフィールドは、ノルディック領の嫡男エディウス・ノルディックに嫁ぎ、北部地域に祝福をもたらし、生涯を仲睦まじく夫と共に幸せに暮らし、三人の子供に恵まれたという。

 また、隣のルディン公爵領の領主のルーベンス王国第三王子アルディオのかつての師として、後に彼の妻となる亡国の王女リリアの魔法の師ともなって、優秀な光属性魔法師へと育て上げた。

 北部地域と言われる、ロッドフィールド、ノルディック、ルディンの三領は、その後も協力し合って発展を遂げ、ルーベンス王国の王室を支え続けたという。

こちらが一旦完結したので、明日の朝から、新連載始めます。

不定期連載で、連作短編形式です。

そちらもどうぞよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アルディオがシルヴィアを思って身を引いたこと 彼にも幸せになって欲しいですね [気になる点] 自らの目的の為だけに大量殺戮を行ったザルディア国王が帰った先で盛大なざまぁを食らったらいいなと…
感想一覧
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