それぞれの……
アルディオside
ノルディック領のヘリオーズの基地から、ザルディア国へ進軍するため、馬車に乗り出立する。
シルヴィアと繋がった左手から彼女の魔力が流れ込んで、俺の中の魔力と混じり合い、そしてそれが共有されて一つになる感じがした。国境に向けて走る馬車の中で、次第にその感覚は強くなる。
シルヴィアの魔力に触れるのは、6年ぶり位だけど、あの時と全く変わらず、温かくて心地よい。
「アルディオ、そろそろ国境だ」
ユリウス兄上の合図に俺は頷いて、シルヴィアに意思で伝える。
すると、混じり合った魔力が少しずつ流れ出していく。
「おお!」「あれは!」
馬車の外から、どよめきや驚きの声が上がり、ユリウス兄上が窓を開けて外に顔を出し空を見上げる。
「金色の大きな鳥が、空に向かって飛んで行ったよ。国境付近を飛びながら、キラキラとした光を撒き散らしているようだ」
そう言って、俺に説明してくれた。
外からはノルディック軍の指揮官から声がかかった。
「国境付近の敵兵が次々と倒れています。人を避けながら進みます」
風魔法の遣い手が先行し、道を開けながら進軍する。国境を越えても、敵からの攻撃は一切無い。順調に進んでいるようだ。馬を走らせれば王都まで本来3、4時間の距離だが、魔法を行使しながら、6時間ほどかけて進む。正午過ぎにはザルディア王都に到着する予定だ。
金色の鳥はもはや高く遠くを飛んでおり、進軍中の兵からは確認できないようだが、シルヴィアに意識を向ければ、金色鳥の視界を感じることが出来た。
空高くから眺めるザルディア王国。
街や村、点在する民家など……人のいる場所にシルヴィアの魔法は降り注いでいく。
広範囲に行使される魔法は、確実に効果を現し、人々は眠りについた。
不思議な光景に、進軍中の兵士から感嘆の声が聞こえてくる。やがてその状況にも慣れ、5時間を過ぎる頃には、無事にザルディアの王都に差し掛かっていた。
馬車の外から、ルイスの声がかけられる。
「ユリウス、王都に入る。シルヴィーの魔法が効かない奴もそれなりにいると思うから、窓を閉めて用心してくれ。1部隊先行させ街を制圧する。俺達はそこに続き、王城に向かうぞ」
「わかった。ルイス頼んだ」
兄上とルイスのやり取りを、シルヴィアにも伝える。
シルヴィアからは、王都上空から街の様子を眺めたイメージが返ってきた。確かに一部の兵達が、眠りについた兵達を慌てて起こそうとしていたり、王城に向かったりと混乱している様子が窺えた。
「一部の兵には効いていないようだ。混乱している。王城に向かっている者も多いから気をつけて」
兄上にそう伝えて、俺もシルヴィアの邪魔をしないよう目を閉じた。
馬車は王城に向かって進み始める。
そして俺はシルヴィアの意識に同調するように、外の気配を遮断する。王都全体に魔法を行使し、鳥は更にその先を飛んでいく。
ザルディアのおおよそ3/4の範囲まで魔法をかけたところで、それは突然起こった。
「!? シルヴィア!」
ノルディックの方角からシルヴィアを絡め取ろうとする気配がして、その瞬間の突然のブラックアウト。握っていた手が振り払われるように外されて、強制的に魔力が遮断され、俺の中から彼女の魔力が少しずつ抜けていく感覚がした。俺は慌てて、それを留めるように固定化させる。
そして、倒れ込むシルヴィアを慌てて支え、そのベールを引き剥がした。
「どうした?アルディオ!」
ユリウス兄上も俺とシルヴィアの様子に、驚いたように身を乗り出した。だが同時に馬車の外から声がかかる。
「ルイス様!殿下!大変です。城内の制圧が済み、隅々まで探しましたが、ザルディアの国王陛下が見当たりません!」
「何?」
王城の制圧に向っていた部隊からの報告だ。兄上が窓を開けて、ルイスと顔を見合わせる。
「アルディオ、ルイスとお前にここを任せる。ケインの部隊と私はとりあえず城内に入って戦争終結の勝利宣言を行い、残った王族の処断を下す。何かあれば、伝達魔法で知らせろ」
「わかった。ケイン、ユリウスを頼む」
ルイスが頷き、兄上が馬車から降りた。
ケインの部隊と共に、そのまま足早に護衛達と城内に消えていく。ザルディアの王都と王城を制圧し、国王以外の王族も確保した。一応の勝利で戦争は終わる。国王が城内に見当たらないが、この状況で王位に返り咲くのは不可能だ。早々に勝利宣言を出し、ルーベンス王国の支配下に置くことが必要だった。
後続の軍や文官も、統治の為の治安維持や法整備や支援のために入国させるよう、采配することが必要だった。
シルヴィアを任された俺は、彼女の手を握り、意識を繋げようとするが、反応がない。呼吸も脈も異常はないが、目は閉じられて、意識もなかった。白い顔には血の気が無い。
「アルディオ、何があった?」
馬車に乗り込んできたルイスが、シルヴィアを見て心配そうに俺に尋ねた。
「わからない。突然シルヴィアとのリンクが切れて、倒れた。呼吸も脈も正常だけど、意識が無い。リンクも切れて繋げない」
ルイスがシルヴィアの額に手を当てて、おそらくその魔力を探っている。
「駄目だ。シャットアウトされている感じだな」
とその時、緑色の伝達魔法がルイスの下に届いた。ノルディック卿からだ。ルイスが触れると、するりと彼に吸い込まれていく。
と、一気にその視線が厳しくなった。
「禁術が発動した。国境近くに現れた国王が、禁術にその血を注ぎ竜化した。狙いはシルヴィーだから、守れと。とりあえずユリウスに知らせておく」
「!?」
このタイミングで、禁術の発動。シルヴィアと繋いだ手に、力が籠もる。ジリジリと嫌な予感が沸き起こる。
「……竜化って?」
初めて聞く言葉だ。俺はルイスに聞き返す。
「禁術を使った竜だ。文献によると巨大で破壊力もある凶暴な生物兵器みたいなもんだな。父上が向こうにいるのが救いだが、厳しいな。こっちの脅威が無いなら向こうに加勢したいが……だが、狙いがシルヴィーならここから動かさない方が良いか」
凶暴な生物兵器か。
シルヴィアのこの状況と禁術が、無関係であることはない。事態打開の為には、俺が動いた方が良い。俺は兄上に伝達魔法を送る。
「俺が行く」
「え?」
ルイスが驚いたように、俺を見た。
「1部隊連れて、俺が行く。ルイスは、シルヴィアと兄上を頼む」
俺はルイスをまっすぐ見てもう一度言った。何かを言おうとして口を開きかけたルイスを遮って、俺は続ける。
「兄上には伝えた。おそらく、シルヴィアのこの状況は禁術が関与している。俺を巻き込まないために強制的にリンクを切ったんだ。侯爵とノルディック卿に合流して、状況を探る」
ルイスは少し考えて、だが俺を気遣うように尋ねる。
「お前、今まであんな魔法を展開していて、大丈夫なのか?」
「俺の方の魔力は殆ど使っていない。シルヴィアの魔力を混ぜて、魔力器官を貸し出したようなものだ。体力も有り余ってるしな。禁術も、なんとなく方向も場所も感覚でわかる。多分、俺の中に残っているシルヴィアの感覚だ」
「ユリウスはなんて?」
俺の下に届いた兄上の伝言魔法を見て、ルイスが言った。
「行ってこいと」
口角を上げ、俺は立ち上がる。シルヴィアを預け、俺は馬車を出た。
ノルディック領軍からラッセルの部隊を率いて、ノルディック国境に向けて馬を走らせる。他部隊から集めた回復薬を使いながら、早駆けで国境まで駆け抜けていく。
願うのはシルヴィアの無事だった。
初めて出会ったときから、多分ずっと好きだった。4年半前、ノルディック卿のデビューで彼の隣に立つシルヴィアを見て、恋心を自覚した。
いつか彼女の隣に立ちたいと、それを目標にノルディック卿を超えるためにがむしゃらに努力を重ねた。
シルヴィアのデビュー後婚約を結んだ2人に、悔しくて辛くて、でも、彼女への想いを捨てることなんてとても出来なくて。
弟のようにと注がれる家族のような愛情ではなく、一人の男として俺を愛して欲しくて。
せめて自分に自信が持てるまでと足掻き続け、彼女への気持ちを告げることもせず、ここまで来てしまった。
本当は知っている。
俺の初恋が報われることは、決して無いのだと。
ノルディック卿と共にいるシルヴィアは、いつも幸せそうに微笑んで、ひたむきに愛情のこもった瞳で彼を見つめていることを。
羨ましかった。そんなふうに愛されたかった。でも、それは俺じゃなかった。シルヴィアにとっての俺は、弟であり弟子だった。
……ならばせめて、愛するシルヴィアが心から笑っていられるように。
シルヴィアを無事に、ノルディック卿のもとに帰さなくては。
ノルディックとの国境まで2時間ほどで戻って来た。
街道から外れたザルディア側の山裾の平原で、激しい戦闘が繰り広げられている。
俺は迷うことなく、そちらに馬を進めた。
エディウスside
ザルディアからの大規模魔法攻撃による突然の侵攻と宣戦布告から、約3週間。
俺は国境付近の基地で、防衛戦の総指揮を取っている。父上は今回中継点である領都で、王都からの国軍の駐留の補佐や調整を引き受けてくれていた。
先日、陛下から「魔法による軍事作戦でザルディア王国を一気に占領する為、ユリウスと作戦の実行部隊を送った」と伝達があり、今日がその到着予定日だった。
内容については、特級の機密事項にあたる為、ユリウス殿下に直接聞くことになる。
陛下はとうとう防衛戦ではなく、ザルディア王国そのものを叩くことにしたらしい。
ザルディア国王の代替わり以降、彼の国は軍備を増強し、我が国を占領する動きを活発化させていた。さすがにこれ以上防衛のみに徹することは出来なくなったのだろう。
ザルディアを占領し、我が国の一部とすれば、この辺りも平和になる。ヴィアをノルディックに迎えるにあたり一気に片を付けるのは、俺としても有り難い方針だった。
気がかりなのは、開戦以降、ザルディア側の国境付近、街道外れの広大な平原にあるザルディア王国の離宮辺りから漂う不穏な気配だ。
離宮は、ルーベンスとの国境を隔てる山々の裾野に広がり、大きな湖と自然豊かな美しい草原が広がるザルディア王国の景勝地に建てられている。
開戦から日が経つにつれ、ジワジワと大きく強くなる淀んだような魔力の気配に、魔力持ちは一様に警戒感を刺激されていた。
しかし、それが何かは特定できず、王都への適切な報告も出来ていなかった。
魔法による大規模な軍事作戦を行うなら、筆頭魔法師であるロッドフィールド侯爵もこちらにやってくるだろう。この件は彼に任せるしかなかった。
王都からユリウス殿下達が到着したと知らせがあり、アベルに司令部への案内を頼む。
だがアベルから飛ばされてきた伝達魔法で、そこにヴィアがいると聞いた俺は、怒りとも恐怖とも言えない感情で、心が冷えていくのを止められなかった。
「エディウス様」
ケインが気遣わしげに俺を呼ぶ。
「……ヴィアが、ここに来た」
なんとかそう答えた俺に、ケインも表情を歪めた。
「大規模な魔法での軍事作戦は、まさか……」
「ああ。実行部隊を派遣すると陛下からの伝達だった」
ヴィアの魔力量は、筆頭魔法師である侯爵の魔力量を大きく超え、彼女がこの国で最も強大な魔法師であることは知っていた。だが、ヴィアは魔法で人を傷つけることをひどく忌避している。だからまさか戦場にやってくるとは、思ってもいなかったのだ。
彼女を傷つけたくなかった。ましてや、こんな危険な戦場に来てほしくなかった。ここではない安全な場所で、人々を癒やす為に魔法を使っていて欲しかった。
戦場に来てしまった彼女に、いや、彼女がこの場所に来る原因になってしまった自分の不甲斐なさに、ひどく腹が立つ。
やがて扉が叩かれ、アベル達が入室して来た。
ユリウス殿下を先頭にロッドフィールド侯爵、その後にルイス、ヴィア、アルディオ殿下が並んでいる。
ヴィアが俺を見て、傷ついたように目を伏せたのがわかった。そして、ヴィアの背に手をやるアルディオ殿下にどうしようもなく苛立ちが募る。
それを必死で押し隠して、俺は、人払いされた部屋で作戦の詳細を聞くことになった。
作戦は、我が国にとって理想的な統治となる最善の方法だと思われた。人的物的被害を最小限に、ザルディア国民からの反発も殆どなく、終戦に持ち込める。
しかし明らかになった禁術の気配と、明らかにヴィアに負担がかかるやり方に、いくら彼女の発案だからといっても、心情的に素直に賛成は出来なかった。
俺は彼女にどうあって欲しいのか……
好きな研究や興味のあることに瞳を輝かせ、生き生きと取り組んでいるヴィアが好きだ。家族や兄弟、友人達に囲まれて、幸せそうに笑っているヴィアにほっとする。
俺を見て、嬉しそうに微笑んで、大好きだと甘えてくるヴィアがどうしようもなく愛おしい。
彼女の傍で、自然に寄り添って、二人で過ごす時間は、俺にとって至上の宝物のような時間だった。
昔、ヴィアの魔法で敵を傷つけたとき、震えながら涙を浮かべた彼女に、俺はもう二度とそんな想いをさせないよう守ると決めた。
なのに、彼女は大人しく守られているだけじゃなかった。
その力をもって、俺や周囲の人や国を守りたいと、俺と肩を並べて対等に互いを守りたいと、成人して大人になった彼女は、そう言った。
そんなヴィアが眩しくて、そして俺はまた彼女に惹かれていく。
きっとどんな彼女だって、ヴィアがヴィアでいる限り、惹かれ続けていくのだと思う。
だから、彼女を失うことなんて考えられない。考えただけで、どうにかなってしまいそうなその恐怖をなんとか抑え込む。
ヴィアは俺のところに帰ってくると、約束したから。だから、彼女を信じよう。
禁術の気配を辿って、約1万の軍を率いてザルディア王国の離宮近くまで進軍した俺達は、一般兵を平原に残し、ロッドフィールド侯爵と魔法師団と魔法騎士のおよそ50名程を連れて離宮に踏み込んだ。
離宮内に人の気配は殆どない。
禁術の影響を受けて、どうしようもなく禍々しい空気が立ち込め、どうにも居心地が悪い。その素を辿るように進み、着いたのは聖堂と思しき建物だった。
扉を開けた先には、10人程の魔法師が倒れており、中心の祭壇に置かれた大きな黒く濁った水晶に手を当てて、こちらを見ている男が一人。
黒髪に黒瞳の偉丈夫、ザルディア王国の国王アドルフ・ヴァン・ザルディアだった。
本来ここに居るはずのない国王に、俺達は一瞬息を呑む。同時にこの禁術を構成しているのが、彼であることを理解した。
「ようこそ、我が離宮へ。ロッドフィールド侯爵閣下、ノルディック辺境伯御令息。私はアドルフ・ヴァン・ザルディア。つい先程まではザルディアの国王だったのだが、生憎我が国と城が占領されてね。どうやら王位は簒奪されたようだ」
ザルディア国王は、王都が占拠され、その座を追われたことをさして気にしていないように、笑いながら言った。
その様子に背筋が冷たくなるような不気味さを感じる。
直接相見えるのは初めてだったが、この男を国王として生かしておくのは危険な気がした。
「何故貴方はここに?」
ロッドフィールド侯爵が静かに尋ねた。
「私は始めからザルディアなんていらなかった。欲しかったのは、ロッドフィールドの姫君シルヴィア嬢だったからね」
「何だと?」
可笑しそうに、だが、思わず怒気を見せた侯爵と俺を挑発するように見ながら、国王は続ける。
「あれは異世界で生きた記憶を持つ前世持ち。異世界に干渉しうる魔力を持つもの。ふふっ……まさかあんなふうに相反する闇と光魔法を使うなんてね。とても綺麗で心地の良い魔力だ。残念なことに、他人の魔力も混じってはいるが。
さて、私のこの術の贄は充分集まったとは言えないが、不足分は我が血で補おう。今ここで禁術を成し、シルヴィア嬢の魔力を得て、私は再び世界を越える」
「何を勝手なことを……!?」
ヴィアを取り込むような物言いに、不快感が募り思わず剣を抜く。
だが、国王が話しながら魔法でその腕を傷つけ、水晶にその血を吸わせるのが先だった。
「エディウス君!まずい!皆、結界を張れ!」
侯爵が叫び、その場にいた魔法師が味方を覆う物理と魔法防御の結界を張る。
それとほぼ同時に、国王から吹き出す物凄い圧と澱んだ魔力。彼の周囲に吹き上げる竜巻。
聖堂がボロボロと崩れ、瓦礫やガラスの破片が降り注ぐ。
濃密な魔力が渦巻き、国王の身体がその形を変え巨大化した。
やがて眼の前に現れたのは、文献でしか見たことのない竜と思しき巨大な生き物。聖堂は破壊され、高さ20m程の黒竜がそこにいた。
「これは一体……」
魔法師の一人が恐る恐る口にした。その声に答えたのは、ロッドフィールド侯爵だ。
「禁術が成された……ザルディア国王が竜化した。シルヴィアのもとへ向かわせるな!ここで仕留めるぞ!まずは翼を狙え!脚を固定化しろ!」
「はい!」
魔法師達が一旦結界を解除し、魔法騎士が散開する。
地属性魔法師が足元を土で固め、魔法騎士はその翼を傷つけるために攻撃を加えた。
俺は、念の為ルイスに、こちらの状況と共にヴィアを守れと伝達魔法を飛ばす。
そして、竜に向かい合った。
黒竜は暴れ、その力は凄まじくそこに当たった騎士たちが弾き飛ばされていく。その口から黒い炎を吐き、結界すら長持ちはしなかった。
攻撃魔法は、おそらく光属性の攻撃魔法しか効かないようで、その行動を抑えられても致命傷には至らない。
光属性の魔法は癒やしや治療に使われることが多く、攻撃で使える魔法師はそう多くない。ロッドフィールド侯爵は光属性の攻撃魔法の遣い手だが、どう攻めるか攻めあぐねているようだった。
とにかく、竜を飛び立たせないようにするのが精一杯という感じで、ジリジリと押されている。
長い膠着状態が続き、時間だけが過ぎていく。こちらは徐々に消耗していくが、黒竜へのダメージはほぼないと言って良かった。
国王の目的は、ヴィアを得て、この世界から異世界へと渡ること。時間が経ち俺達が黒竜をここに留めておけなくなれば、ヴィアを奪われてしまう。
どうしてもここで倒しておく必要があった。
「ロッドフィールド侯爵!ノルディック卿!状況を」
2時間ほどが過ぎたところか? やってきたのは、アルディオ殿下とラッセルの隊だった。
「黒竜が王都に向かわないよう足止めが精一杯だ。魔法の使えないものは下げろ。魔法防御が出来ないものは、致命傷を負うぞ!」
侯爵がそう言って、一般兵を後方に下げるように指示する。
俺はアルディオ殿下に国王の目的を伝える。
「黒竜はヴィアを得て、世界を越えるつもりだ。攻撃には光属性の攻撃しか効かないが……」
「どこまでも勝手な奴だな」
アルディオ殿下がそう吐き捨てた時だった。
眼の前の黒竜とアルディオ殿下が、同時に同じ方向の空を見上げる。俺も彼の視線を追って、そちらを見た。
金色の大きな鳥が、こちらに向かって飛んでくる。
「あれは……シルヴィア?」
ポツリと呟いたアルディオ殿下に、俺は目を瞠った。
「なんだって?」
「シルヴィアは向こうで意識を失って自身への干渉をシャットアウトしてしまった。多分、金色の鳥はシルヴィアの意識そのものなのかも」
ヒヤリと背筋が冷たくなる。ヴィアの意識が無い? あれがヴィアだと言うなら、黒竜の目的は成されてしまうのでは?
そんなことになれば、ヴィアは……
「アルディオ殿下シルヴィーの意識が無いとは?」
ロッドフィールド侯爵の硬い声がアルディオ殿下に問いかける。
「それは……」
「ギュアー!!」
答えようとしたアルディオ殿下を遮るように、黒竜が暴れ、咆哮が響いた。飛び立とうと、足元の拘束を逃れるために身を捩る。
「チッ。拘束を緩めるな!エディウス君来るぞ!結界を!私はシルヴィーに同調して、彼女をサポートする!」
「侯爵!俺も手伝います。シルヴィアの魔力なら、俺も可能だ!」
侯爵とアルディオ殿下の魔力が、金の鳥に向かっていく。ヴィアの魔力に寄り添える2人が羨ましい。
金の鳥は、彼らの魔力を受けて、一層光り輝いた。
そして、黒竜に対峙する。
暴れる黒竜から放たれる攻撃やブレスは、容赦無く周囲を破壊し、対峙する魔法師や騎士の魔力と体力を奪っていく。
竜の周囲を飛び回るヴィアの化身の、その羽ばたきから零れ落ちる金色の粒子に、黒竜の肌が焼け、苦痛にのたうち回る。苦し紛れに口元から吐き出されるブレスの黒い炎からは、おそらくアルディオ殿下の魔力が盾になり彼女を守っていた。
黒竜と金色の鳥は、戦いながらも何かを語り合っているようで、俺は竜の翼の動きを邪魔しながら、その様子を祈りを込めて見守るしか出来ない。
彼女を守ることも出来ず、こうしてただ見ているだけの現状が辛い。
頼む、ヴィア、無茶をしないでくれ!
「エディ様、ごめんなさい。待ってて」
彼女の声が、頭の中に響いた気がした。俺は顔を上げ、金色の鳥を見上げる。その視線が一瞬交じ合った気がした。
何をするつもりだ? ヴィア!
そして、金色の鳥は黒竜に覆い被さるように、その羽で頭部を包み込む。
ヴィア、待て!駄目だ!
そう言おうとして手を伸ばした次の瞬間、黒竜と金色の鳥は跡形もなく消えていた。俺の傍で、アルディオ殿下が何事か叫び、侯爵が呆然とその空間を眺めている。残されたのは、瓦礫の山と戦いの形跡。
「何が……何が起こった? ヴィアはどこに?」
俺の言葉に答える声はなく、その日ルーベンス王国とザルディア王国は終戦を迎えたのだった。




