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開戦

 ザルディア王国がノルディック領に侵攻し、国境で戦闘が始まった。


 王都には未だ影響は無いものの、国軍は相次いでノルディック領へと進軍を開始しているという。我がロッドフィールド領もノルディックに隣接するため、領軍や他地域からの軍隊を通過あるいは一時的に駐留させる為、クロード兄様はロッドフィールドへ向かって行った。


 王都に住む人々も、開戦の知らせに落ち着かない。

 身内や親しい人が戦地に向かったり、食料品や日常品の値も上がり始める。

 戦況を知らせる新聞は売れ、王室からの掲示板には人が群がった。


 エディ様とノルディック領を視察して回ったのを思い出す。

 今、あの国境付近で、エディ様も戦っているのだろうか? TVもネットも無いこの世界では、現地の状況をリアルタイムで知ることが出来なくて、戦況も安否もよくわからない。伝達魔法はあるけれど、軍の通信が私達に知れることは無い。

 戦時下では情報や伝達魔法の規制があって、エディ様やノルディックの皆の様子が知れず、とにかく不安でしかなかった。


 エディ様……

 きっと領軍を指揮して、最前線で戦っているであろう婚約者を想うと、焦燥と心配とで気がおかしくなりそうだった。


 人は意外と簡単に死んでしまう。

 前世で私がそうだったように。

 だけど、誰も失いたくない。前世以上に強い絆を結んできた皆を、誰一人として失いたくない。


 今の私には、豊富な魔力も知識もあって、魔法だって自由に使える。前世の体験や物語、映画やファンタジーだって知っている。この世界にはあり得ない事も、イメージを魔法に乗せて、操ることが出来れば、あるいは。


 私は、不安や怖れを紛らわすように思考に沈む。

 どうすれば? お互いの国民の間に深い溝を作らず、可能な限り血を流すこと無く、戦争を……今後の侵略も、終わらせることが出来る?


 ノルディックに行こう。

 そして、終わらせよう…………私には、多分出来る。


「お父様、お話があります」


 私は、王宮に詰めている父様の執務室の扉を叩いた。





「セルディオ、シルヴィア、2人揃ってとは珍しいな。お前達の希望通り、セドリックとユリウス、アルディオを呼んでおいた。人払いも済んでいる。早速話を聞こう」


 私と父様は、陛下にお願いして話し合いの場を設けてもらった。皆が非常に忙しくしているのは承知の上だが、この戦争を少しでも早く終わらせ、更にその後の統治まで考えると、絶対に必要なことだった。

 父様が早速口火を切る。


「陛下、皆様、お時間をいただきありがとうございます。早速ですが、防音魔法をかけさせて下さい」


 そう断って、父様は厳重に防音結界を張り、言葉を続けた。


「この戦争を終結させる提案が、ございます」


「何?」


 王家の面々が一様に驚きの表情を浮かべて、私達を見る。


「シルヴィア、私では上手く説明出来なさそうだ。君の方から頼む」


 父様は私を見て、その先を促した。自然と皆の視線が私に集中する。私はゆっくりと聞き取りやすいように口を開いた。


「ザルディア国へ、広域の催眠魔法を使ってマインドコントロールを仕掛けます」


「催眠魔法?マインドコントロール?」


 王家の当然の疑問に頷くと、わかりやすく噛み砕いて説明する。この世界には、催眠やマインドコントロールを個人に対してはともかく、おそらく集団に向けて行うという概念はなさそうだった。


「簡単に言うと、ザルディア国民の軍隊や国民達に夢を見せて、我が国の支配下に置かれた方が幸せになれる、今のザルディア王家を廃した方が、困窮から逃れられるという暗示にかけます。武器を捨て、我が国との戦いをやめ、悪政を敷いている現ザルディア王家や暴利を貪る貴族を、ルーベンス国と共に撲滅しよう、と」


「な!?……そんなことが、可能だと言うのか?」


 当然の反応だ。統治者としてこの方法が使えるのなら、好きなように国を動かせる。

 国民の意思や人格を無視する非常に危険な魔法だし、私もこれを父様や陛下に打ち明けるのにかなり悩んだ。私達家族と王家に対する信頼関係が無ければ、当然取れる手段ではなかった。

 でも今は、とりあえず事実のみを淡々と説明していく。是非については、情報を揃えてから皆で検討すればいい。


「はい、アルディオの協力が必要なのですが」


「俺の?」


 アルディオの視線を受け止めて、私は頷く。


「ええ。闇魔法をアレンジして使います。私は闇属性を持たないので、本来なら闇魔法を使うことは出来ません。ですが、アルディオの魔力の回路を開き、約半年間共に魔法の訓練を行ったので、私の魔力と魔法発動とアルディオの闇属性をリンクさせることが可能です。早い話が、闇属性の魔法を、私の魔力を使い私のコントロール下で発動させます」


 闇魔法には、影を使った攻撃魔法や、物質を吸引したり消滅させたりという他に、人を眠らせたり、夢に介入したりという使い方も可能だった。後者の人の精神に介入する魔法は、術式も複雑だしその性質上一応秘匿されてはいるのだけれど、父様が筆頭魔法師である上、私も研究やアルディオの教育の為に禁書の閲覧が許可されているので、当然知っていることだった。


「だが、危険だ。そんなことが可能だと他国に知れ渡れば、シルヴィアは……」


 陛下はやはり、危険性と私の安全もちゃんと考えていてくれた。

 ほっとしながら、右手の人差し指を唇の前に立て、続ける。


「ですから、他言されないよう、わざわざこのように厳重な防音結界とこの中にある魔道具の無効化をして話しているんですよ?」


「確かに、この方法なら無駄な戦闘も要らず、人的被害も最小に抑えられるか?」


 思考に沈む陛下に、セドリック殿下が声を掛ける。


「暗示の内容では、ザルディア王家を廃したあと、早急に我が国の支配下に置く必要がありますね。父上、今回の戦争ではまだ同盟国からの支援は受けていませんよね?」


「今のところ、うちだけで対処可能なレベルだからな」


「ならばこのまま支援や援助は不要と。シルヴィアのことを知られず、戦争を終結させ、ザルディアの支配まで一気に進めてしまいたい」


「向こうにユリウスを派遣して、国を再建する必要もあるな。暗示の内容が、国民の期待値を上回り過ぎると少々やりにくい」


 陛下とセドリック殿下が方針を決めていく。暗示の内容について、2人は私を振り返った。

 どうやら私の提案は受け入れてもらえたようだ。ならば……と詳細を説明する。


「その辺りも上手くコントロールします。問題は魔法を行使している間、私とアルディオは無防備になります。

 あと、催眠状態で眠らせておけるのは、おそらく10時間ほど。覚醒し始めるまでにザルディア王家を討つ必要があります。夢の中と現実が乖離して情報統制が取れなくなると、マインドコントロールが効かなくなるので。夢の中から覚めた国民が、ルーベンス王国をスムーズに受け入れて貰えるように、ある程度の食料援助なども考えておいて下さい。今は相当酷い状況だとも聞いていますから、受け入れてもらいやすいとは思いますが……」


「具体的には、どのように?」


 ザルディアに派遣されるユリウス殿下が、魔法の行使について尋ねてきた。


「空に、そうですね……鳥のようにして魔法の目と魔法を行使する飛行物を飛ばします。私達はそれを追いかけながら、飛行物を介して、広範囲に魔法を展開していきます。同時にザルディア王都に向かって、進軍していく形になります」


「シルヴィアとアルディオを馬車に乗せて、周囲を騎馬兵で囲み進軍させるか?」


 ユリウス殿下が父様を見た。


「アルディオ殿下とシルヴィアの馬車は、私とルイスで守ろう。あとは機動性重視でザルディア王都に入れるか、だな?」


 頷いてそう答えた父様に、陛下も軍の動きを決めていく。


「ザルディアの情報もそれなりに持っているノルディック領軍と王都から派遣している駐留軍併せて3,000騎程をユリウスに付けて、そのままザルディア王家を討つか?催眠状態となったところを進軍すれば、反撃は来ないと思っていいのか?」


 私の魔法も完璧ではないし、あまり強い暗示もかけるつもりもない。あくまでも、現王家よりもルーベンス王家の方が、国民のことを考えてくれるいい君主になるな……位にするつもりだった。


「一般市民や徴兵されて日が浅い、あるいは、軍部でも王家に不満がある者達は催眠暗示にかかりやすいのですが、ザルディア王家の熱心な信奉者は催眠中コントロールを断ち切って反撃してくると思います。その者達は残念ですが……」


 言い淀んだ私の言葉を陛下が引き取った。


「捕虜にするか粛清するか、だな?」


「はい。ですから、ある程度の兵力は必要です」


 私は、目を伏せた。戦争が始まってしまった以上、犠牲者がゼロということはないだろう。この戦争を引き起こしたザルディア王家は、責任を取らなければならない。

 軽く頭を振って、思考を切り替える。


 ノルディックの国境からザルディア王都までは、40km程。馬に回復魔法をかけながらか、回復薬を使いながら進んで3時間程度。

 王都さえ制圧してしまえば、その先は王都から飛行物を飛ばして魔法の効果範囲を広げればいい。

 あとは、私の魔力をいかに効率よく使って、国中に夢を見せられるか?

 地図を見る限り、ルーベンス王国よりもかなり国土は小さく、ノルディック領とロッドフィールド領を合わせたよりも少し広い程度なので、私の魔力量でなんとかなりそうだった。


 顔を上げた私と陛下の視線が合う。

 陛下は一つ頷くと、全員を見回して口を開いた。


「では、ユリウス。お前はザルディアを占領した後、暫定政権としてしばらく自治を任せる。後にアルディオも合流し、これを助けよ。現在ノルディックに駐留している国軍と、進軍中の軍をそのままユリウスとアルディオに付ける。文官もノルディックに待機させておき、占領後にザルディア王都に向かわせよう」


「はい。承知いたしました」


 ユリウス殿下とアルディオが答えた。


「セルディオ、シルヴィアは、ユリウス、アルディオ、ルイスと共にノルディックに向かい、ノルディック領軍に合流せよ。作戦の詳細は極力口外しないよう、ノルディック卿のみに明かし、その後は彼の指示に従え。上手く計らってくれるだろう」


「かしこまりました」


 父様と私も答えて頭を下げる。

 するとセドリック殿下が、私に向かって言った。


「シルヴィア、お前は我がルーベンス王国にとって、決して失うことの出来ない唯一無二だ。それを決して忘れず、己の身の安全を第一に考えよ」


「セドリック殿下、ありがとうございます。気をつけます」


「まあ、ノルディック卿が絶対守り抜くとは思うがな。健闘を祈る」


 そうして、私達はノルディック領に向かうことになったのである。





 6日後、私達はノルディック領の国境付近、ヘリオーズ前線基地に到着した。

 周囲は大規模な攻撃魔法が展開されたらしく、砦や街も一部が破壊され、死傷者も出ていた。ただ現在は、敵の攻撃魔法にも対応した防御結界が張られ、武力衝突はあるものの国境線は破られておらず、膠着状態となっている。

 私の知るこの街の景色とは大きく変わってしまった状態に、ひどく胸が痛んだ。


 そして、もう一つ。

 ザルディアの方角に嫌な雰囲気を感じる。

 おそらく魔力が多い者だけが感じることの出来るチリチリとした感覚に、なんだか不穏な予感がした。


 軍の司令部に通された私達を迎えてくれたのは、エディ様とケイン達側近だった。

 エディ様の無事な姿に、どうしようもなく安堵する。涙が溢れそうになるのを懸命に耐えた。聞いてはいたけれど、実際に会うまでは不安でどうしようもなかった。

 ルイス兄様が私の頭を軽く叩いて、気持ちの切り替えを促す。エディ様はチラリと私を見たけど、視線が合うことはなかった。


「陛下から、作戦と実行部隊を送ると伝達が届きました。この場にロッドフィールド侯爵令嬢がいる理由を聞いても?」


 尋ねるエディ様の声が硬い。多分怒っている。

 当然だ。エディ様は私を戦場に出したくはなかったはず。ましてや実行部隊を送ると聞いているなら、尚更だ。

 私は俯いて、唇を噛んだ。


「ノルディック卿、まずは人払いを。申し訳ないが、君以外には明かせない内容だ。防音結界やこの空間にある魔道具無効化をかけさせて貰ってからの話になる」


 ユリウス殿下がそう言ってケイン達の退室を促した。エディ様がケイン達に視線を投げると、彼らは頷いて部屋を出ていった。父様が扉の閉まるのを確認して、魔法をかける。

 俯く私の背にアルディオの手がそっと添えられた。


「シルヴィア、大丈夫?」


 そう囁いたアルディオに頷いて、私は顔を上げた。ルイス兄様がアルディオとは反対隣で溜息をつく。


「エディの気持ちもわかるけど、うちの天使を傷つけるのはなあ……」


 ボソッと小声で呟いたルイス兄様に、私は小さく首を振った。

 うん。わかってるから大丈夫。エディ様は私のことが心配で戦場には出したくなかった。だから、ここまで来てしまった……いや来させてしまったエディ様自身に腹を立てている。


 ユリウス殿下は、そんな私を気遣いつつ、作戦とその内容を話し始めた。


「……作戦内容と国の方針については理解しました。しかし、皆様もお気づきかと思いますが、ザルディアから不穏な気配が漂って来ます。不確定要素がある中でのザルディア国内への進軍は許可できない」


 ユリウス殿下の話を聞いたエディ様が、私達にそう言った。

 すると、それまで目を伏せて何かに集中していた父様が顔を上げた。


「エディウス君、おそらくこれは禁術の類だと思う。多くの生命を犠牲にして完成するような類の……心当たりは無いかな?」


 父様の言葉に皆がハッとしたようにエディ様を見た。この街に入ってから感じていた不穏な気配が禁術というなら、この戦場で何が起こっているか知っているのは、彼だ。


「生命を犠牲に?……国境での敵の無謀な武力攻撃はその為か?」


 エディ様の瞳が冷たく眇められた。


「国境線での武力衝突において、敵はたいした武装も与えられず、無謀にこちらに突っ込んで来ると。仕方無しに駆逐していますが、死に際には強い恨みの言葉を吐きながら死んでいくと報告がありました」


 エディ様の言葉に一同が凍りつく。

 なんて言うことを!ザルディアが国民に強いている残酷な行為に、私達は言葉を失った。呪詛と殺害が禁術の贄になっているのだ。


「……シルヴィー、この状況で作戦は実行可能かね?」


 父様が私を見て、静かに意思を問う。想定外の現状に私の魔法が有効か?と聞いているのだ。

 皆の視線は今度は私に集中した。


「状況的には一刻の猶予もありません。禁術の発動条件と内容はわかりませんが、犠牲になる生命はこれ以上増やさないほうがいいと思います。ただ、進軍と、禁術発動した場合の対策は分ける必要があります。私の魔法については、前線にいる敵もある程度洗脳状態にあることを仮定して、少し改良しますが、禁術対応までは不可能です」


 そう言い切った私に、父様とルイス兄様、そしてエディ様の視線が揺れた。

 ユリウス殿下がそれを受けて、頷いた。ここでの最高位は彼になる。彼の決意が作戦実行を決めた。


「わかった。ならば命令する。

 シルヴィア、アルディオの両名は催眠とマインドコントロールによる作戦を明日の早朝に開始する。

 現在国境線で行われている武力衝突は、物理結界魔法を使い、早々に敵の死傷者を減らせ。

 禁術対応には、セルディオ叔父上、ノルディック卿を中心として全力で当たれ。ノルディック卿、この辺りに詳しく、敵の攻撃の際に即時に対応出来るのは君しかいない。申し訳ないが、ここの守りを頼む。

 進軍の指揮は、ルイスお前に頼む。ノルディック卿、信用のできる者をルイスにつけて欲しい」


「御意」


 殿下の言葉を受けて、私達の話し合いは終了した。

 具体的な作戦実行に向け、軍の割り振りを行うためにユリウス殿下や父様やルイス兄様、エディ様と側近達がその場に残り、話し合いを続ける。

 私とアルディオは司令部から出て、与えられた居室に案内される。

 部屋の前まで来て、アルディオは私と向き合った。


「シルヴィア、大丈夫か?」


「ええ、心配ありませんよ。禁術はきっとお父様とエディ様ががなんとかしてくれます。私達は私達の仕事を成し遂げましょう」


 心配そうに私を伺うアルディオに、安心させるように笑ってみせる。


「……そうだな。じゃあ、また明日。おやすみ」


 アルディオは何かを言いかけて、だが少し表情を歪めてそれを飲み込んで、そう言った。


「ええ、ゆっくり休んでくださいね」


 私も敢えては聞かずに、挨拶を返すと、部屋に入った。




 体を清めて夕食を済ませ、私は明日の魔法について、考えを巡らす。

 すると、控え目に扉を叩く音がした。


「ヴィア……」


 エディ様だ。私は慌てて扉を開ける。

 扉の前に、エディ様が一人立っていた。先程とは変わって、いつもの優しげな顔でそこに立つエディ様に、私はどうして良いかわからずその場で立ち尽くす。


「入っても?」


 エディ様の言葉にハッとして、私は頷いて彼を招き入れた。

 扉を閉めて、私達は無言で向かい合う。


「……エディ様、ご無事で、本当によかった」


 王都にいる間、本当に不安だった。夜もよく眠れなくて、夢を見て飛び起きることもあった。

 司令部で無事な姿を見たとき、どれだけ安心したか……こうして向き合っているともう、涙を止めることが出来なかった。

 そんな私をエディ様が抱き寄せて、涙を拭うとギュッと抱き締める。

 私もエディ様の背中に腕を回した。エディ様の鼓動が感じられて、彼が生きていることに心から安堵した。

 しばらくして落ち着くとエディ様は、私をベッドに座らせて彼は傍らの椅子に腰掛けた。

 そして私の両手を、彼のそれで握りこむ。


「すまなかった。司令部での俺の態度は、君を不安にさせたな。あの時君の姿を見て、俺は……」


「エディ様、わかっています。多分私達、お互いに心配し合って、自分が至らないと思うことに、どうしようもなくやるせなくて……だから大丈夫です」


「ヴィアには、かなわないな……」


 吹っ切れたようにエディ様が笑って言った。

 私は彼のエメラルドの瞳を見つめて、思いを伝える。


「エディ様、私もこの国の民で、力を持つ貴族の娘です。だから、私もこの国やノルディック、そして貴方を守りたい。エディ様が、私やこの国を守って戦ってくれているように、私も貴方を守りたいんです」


「うん。君がそういう女性だと、俺は知っているけど……それでも安全なところにいて欲しかった」


 握られた手に力が込められて、彼が顔を伏せて私の両手をその額にあてた。


「ごめんなさい、エディ様」


 私は素直に謝る。エディ様の気持ちもちゃんとわかるから。

 すると顔を上げたエディ様は、右手を私の頬にあてて親指で目元をそっと撫でた。


「でも、ヴィア。俺はどんな君も好きなんだ。だから謝らなくていい。これは俺の我儘だから。そのかわり約束して欲しい。絶対に君を損なうことのないように。そして、ちゃんと無事に帰って、俺と結婚すること」


「はい。約束します、エディ様。ありがとう」


 懇願するように約束を告げられて、また涙が溢れる。

 絶対にエディ様のもとに戻って来ると心を決めて、私は頷いた。エディ様はそんな私に微笑んで、触れるだけの口づけを贈ってくれた。




 翌朝の早朝、準備を整えた私は、ルイス兄様と共に集合場所に立っていた。父様とエディ様は別部隊を率いて出立するので、顔を合わせることはない。

 やがてユリウス殿下とアルディオが並んでやって来る。エディ様は、私達の護衛にケイン達をつけてくれていた。


「おはようございます。殿下方」


 軽く頭を下げた私に、ユリウス殿下が緩く笑う。


「おはよう、シルヴィー。よく眠れたかな? 今日は頼んだよ。ルイスもね」


「ああ、護衛は任せろ。エディはこっちにずいぶんと優秀なノルディックの精鋭を付けてくれたからな」


 ルイス兄様は、昨晩は遅くまでノルディック領軍との打ち合わせをしていたらしい。


「そうだな。ケインと言ったか? よろしく頼む」


「はっ」


 ケインが敬礼をもって、ユリウス殿下に応えた。


 ケインを始めラッセル、ルード、アベルの4人がそれぞれ1,000人程の部隊の指揮官としてこちらに付いてくれている。そして殿下達と私の護衛の総指揮を、ルイス兄様が取ることになっていた。

 私はケインに声を掛ける。


「ケイン、皆がこちらに来てくれていて心強いけど、エディ様は大丈夫かしら?」


「心配ありませんよ、シルヴィア嬢。ノルディックには他にも優秀な指揮官はいますし、国軍にもいたエディ様は、そちらも指揮しやすい。我々はルイス様との連携も慣れていますからね。どうぞ安心して作戦に集中して下さい」


 ケインがそう言って、馬車にシルヴィアを促した。

 ユリウス殿下とアルディオも馬車に乗り込み、馬車の扉が閉じられた。

 私はそこで視覚と聴覚を遮るベールを頭から被る。ドレスも全身を覆うもので、素肌が出ているのは右手だけだった。

 全ての感覚をシャットアウトし、右手だけをアルディオとリンクさせ、魔法の行使に集中する。


「アルディオ、よろしくお願いします」


「うん。シルヴィア」


 差し出した右手とアルディオの左手が繋がれた。大きな手のひらに握りこまれて、彼の成長を実感する。

 ゆっくりとアルディオに魔力を流しながら、互いの魔力を混じり合わせていく。


「ユリウス殿下、国境に近づいたらアルディオに知らせて下さい」


 ユリウス殿下の声はもう聞こえない。アルディオから了承の意志が届いた。


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