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初めて出来た恋人

「一体何があったんですか?」


 エディ様に連れられて、私とケインは基地のエディ様の部屋に来ていた。寝室と執務室が続き部屋になっている。そこには、同行してきた他の3人の護衛騎士も揃っていた。


「今朝、国境の砦に向かう途中で、爆破事件に巻き込まれた」


「!?」


 慌ててエディ様の身体に怪我が無いか、異常を探ろうとして手をかざした私を、エディ様の手がやんわり握る。

 不安にかられてドキドキと脈打つ心臓が、うるさいくらいだった。


「大丈夫。俺はなんともない。怪我人をこちらに搬送するよう手配して、現場の処理にあたっていた。ヴィア、ここに運ばれた皆を助けてくれたと聞いた。ありがとう」


 エディ様のエメラルドが穏やかな色で私を見つめて、そう言った。安堵で思わず溢れた涙が一筋こぼれる。

 エディ様はそれを人差し指でそっと掬って、それから背中をぽんぽんとたたいて、宥めてくれた。少しずつ動悸も落ち着いてくる。


「3階建ての建物で、宿を兼ねた食堂だった。朝食時で食堂に人が集中していたんだろう。通りかかったところで爆発は起きた」


 思わずビクリと上がった肩に、エディ様が、落ち着けるようにと背を優しく叩き続ける。


「おそらく魔法で起こした爆発らしい。厨房で火を扱っていたから火災にもなりかけたが、水魔法で消し止められた」


 焦げた匂いがしていた割には、熱傷の患者は数人だった。衝撃や落下物による外傷者が多かったのは、そういう訳か。

 そして、エディ様が慌てたように病院へとやってきたのは……

 情報が頭の中で整理されていく。


「患者の中に、誰かに狙われるような人がいた?もしくは、犯人が?……でも、タイミングが……まさか、エディ様が」


 狙われた?

 ハッとして、顔を上げる。


「犯人が特定できていないから? エディ様が狙われている? いえ、爆発のタイミングがエディ様の足止めと、怪我人の治療をさせる為だったのなら、目的は……私?」


 もし、ケインが私から目を離すようなことがあれば、あの場で私を襲うことも可能だったかも。でも、私の確認だけでも、もしかしたら良かった?

 殺すことではなく、誘拐が目的なら、私の魔法師としての力の把握も必要だったから?

 いろいろな考えが頭を巡る。


「やっぱり、聡い君は気がついてしまったね。

 犯人は君を確実に引っ張り出すことを狙ったんだろう。怪我人がたくさん運びこまれれば、現場は混乱し、この基地にいる君は確実に病院へと現れる。そして、俺のことは、事故処理のため現場に足止めできる」


 エディ様は、私の考えを肯定していく。


「だが、ケインが君に張り付いていたし、怪我人の人数と重傷者の割には、混乱なく速やかに治療も行われてしまった。俺も意図に気がついて慌てて戻ってきたけど、すっかり落ち着いていて驚いたくらいだ」


 まさか私が狙われるなんて……

 その時、執務室のドアが叩かれる。アベルが用を聞きに廊下に出ていった。

 やがて戻ると、エディ様に報告する。


「……エディウス様、怪我人として運ばれてきた者が1名姿を消しました」


 ああ。やっぱり。あの中に犯人がいた。背筋が、ゾクッと冷えた。


「そうか……ヴィア、ごめん。君が狙われている可能性があるなら、俺は君から目を離したくない。申し訳ないが、これから俺と行動を共にして欲しい。昼も夜もだ」


 エディ様は私の頬に手を伸ばし、視線をしっかりと合わせると言った。


「夜、も?」


 寝るときも、側にいてくれるの? 未婚の貴族女子としては良い状況では無いけれど、私もエディ様から離れるのが怖かった。


「打って出るにしろ、迎え撃つにしろ、俺の目の届くところで守りたい。

 君が一人になる時間が無くなるし、周囲には俺達の誰かが常に居ることになるが、今はよく知らない人間は、君の側には置けないし、犯人を確保するまでは、屋敷への移動も危険だ。不自由かけるが」


 私は首を横に振る。私こそ、ここまで付いてきてしまって、エディ様に迷惑をかけてしまっている。


「ごめんなさい。私がここに来たいと言ったから」


「違うよ、ヴィア。君のせいじゃない。悪いのは、これを引き起こした犯人だ。大丈夫、ヴィア。君のことはちゃんと守るよ」


 エディ様は優しくて、強い。そして、いつも一番に私を守ってくれる。

 ならば、私は怖がることはない。エディ様を信じて、私も一緒に対峙すれば良いだけだ。

 私は心を決めて、顔を上げる。


「犯人は、ザルディア王国の?」


「おそらくは。ザルディアの国王は、ここ数年のうちに代替わりするだろう。今のザルディアの王太子は、野心家だ。うちに対して、何かを仕掛けてきてもおかしくない」


「わかりました、エディ様。よろしくお願いします」


 決めてしまえば、あとは進むだけだ。




 午後からは、護衛達や基地の幹部達と作戦会議となった。

 姿を消した怪我人や、爆発騒ぎになった宿の主人や食堂の客達に聞き取り調査をし、検問や砦の通行記録も確認することになった。

 情報は、エディ様の下に集約される。

 私はその間、執務室のエディ様の側で、トリアージの概念とタグ、そして、魔法での外傷のスキャンと治療についてまとめていた。

 後でルーカスに役立ててもらえばいいと思う。


 そして、夕食は部屋に運んで貰い、この部屋の続き間のバスルームと寝室を使うように言われた。寝るときは常に扉は少し開けておくようにと。

 寝支度を整えて横になると、エディ様がベッドサイドに立って頭をそっと撫でてくれる。


「今日は、疲れただろう? ゆっくりお休み」


「エディ様は、どこで眠るんですか?」


 当たり前だけど、ベッドは一つしかない。


「そこにあるソファーで」


 部屋に置いてある長椅子に視線を投げて、エディ様が言った。私は思わず体を起こす。


「エディ様、私の方が小さいから、そちらで寝ます」


「駄目だよ。俺はこれでも騎士だからね。お姫様のベッドを奪うわけにはいかない」


 エディ様は首を横に振って、困ったように笑った。私に横になるように促し、上掛けを掛ける。


「う〜、じゃあ、明日の朝、私に回復魔法をかけさせてくださいね?」


「ありがとう。さあ、もうお休み」


 明日、疲労回復の魔法をかけることにして、エディ様の側にいることに安心した私は、あっという間に寝入ってしまったのだった。



 翌朝、エディ様とケイン達に疲労回復の魔法をかけて、部屋で朝食を取っていた。皆、昨晩は遅くまで対応していたらしい。

 それでもそんなこと感じないくらい、エディ様は朝から素敵だけれども。


「ヴィア、敵を誘い込む形で打って出ようかと思うのだが」


 朝食が済んだところで、エディ様が私に言った。

 大丈夫、そう思って私は笑う。


「エディ様、私はエディ様のことを信じていますよ? お任せします」


 私の反応を伺っていたエディ様は、安心したように頷くと、話を続けた。


「ノルディックの屋敷に君を戻す、という触れ込みで動く。私達6人で帰路につく。情報操作はすでに済ませてある。君が狙いなら、この機会を逃すことは無いと思うよ?」


 それから私達は、旅支度を整える。

 襲撃を予想して、彼らの制服に防護の付与魔法も施した。これが皆を守ってくれるはず。

 相手の数も規模もわからないけど、領内にそれほどの大人数は入り込めないと思う。

 そして、来たときと同様に、5頭の馬に乗って出発した。


「ヴィア、来るよ。しっかり掴まっていて」


 そう囁かれたのは、ヘリオーズの街から出て30分程走ったとき。林を抜ける一本道に入ったところだった。

 いきなり矢が何本も飛んできて、ケインとラッセルが打ち払った。私達の前にケインとアベルが出て、後方にラッセルとルードが回る。中央にいるエディ様は、私を乗せているせいで、思うように剣が振るえない。

 また矢が飛んでくる。おそらく追尾の魔法付与がされている?数が多く狙いも甘いのに、確実に馬や騎士たちを狙って飛んでくる。


「私が落とします」


 私は風魔法で周囲に飛んでくる矢を巻き上げ、付与魔法を打ち消して、四方にバラバラと落とした。


「すげえ!」「へえ!」


 アベルとルードが声を上げた。目を丸くして私を見る。


「ぼやっとするな!出てくるぞ!」


 ケインがそう叫んで馬から飛び降りた。林の中から私達を囲うように14、5人の男達が現れた。皆、手に剣を持っている。対するこちらは5人だ。

 エディ様やラッセル達も馬を降りた。


「驚きました。医療魔法だけではなく、防御魔法もずいぶんとお上手だ」


 後方に立った痩せぎすの男が言った。この人だけ剣は持っていない。魔法師だ。昨日確かに病院にいた。

 エディ様が目を眇めて硬い声で問う。


「昨日宿を爆破したのは、お前だな?」


「ええ。少々計画とズレましたがね。お嬢さんをいただきに参りました」


 男はニヤリと口角を上げると、私を見る。気持ち悪い。私を見る目が、人を見る目じゃない感じで。

 思わず身を強張らせた私の耳元に、エディ様の声がした。


「大丈夫だから、ここで待っていて」


 そして、私の前に立ち男の視線から隠す。


「行け!」


 声を合図にして、皆が動き出す。剣を合わせる音が響いた。私は皆の服に付与した魔法に魔力を流す。これで体に傷はつかないはず。

 エディ様は、魔法師の男に向かっていく。

 それを阻む剣士がエディ様に斬りかかった。


「え?」


 一瞬後、剣士が倒れる。何が起こったかわからなかった。剣士に外傷はない。ただエディ様が通り過ぎたら、倒れていた。

 だがすぐに大きな火球が、エディ様に向かってきた。エディ様が風魔法で、それを魔法師の男に押し返す。そして、舌打ちして火球を打ち消した魔法師の男に近づき、剣を振るった。男は身を引いたが、ローブが裂け血が吹き出した。

 思わず息を呑んだが、男の体から光が出て、傷が塞がる。火と光の属性持ちだ。

 周囲も激しい戦いが続いている。ケイン達は皆とても強くて、魔法騎士でもある。敵にも魔法騎士は何人かいたけれど、少しずつ敵の人数は減っていった。

 魔法師の男はしかし、傷つけば自己治癒し、彼を守る魔法騎士と一緒にエディ様に攻撃を繰り返す。エディ様は2人を相手に引けを取らずとても強いけど、ジワジワと押されている? 敵の魔法騎士も強いし、魔法師の攻撃魔法の手数が多い。


「水よ……」


 私は心を決めた。微妙なコントロールが必要なので、珍しくはっきりとイメージ化するために詠唱する。動き回る魔法師の男の喉に指を向けた。


「!? ぐっ……」


 魔法師の男が喉を押さえ、藻掻くように掻きむしる。その顔色がみるみる悪くなった。

 その間も魔法騎士の男とエディ様は打ち合っていたけれど、魔法騎士の男が魔法師の男を気にする様子で振り返り、その隙に、エディ様が騎士の腹部を蹴り上げて昏倒させた。

 そして、私を振り返る。


「ヴィア、もういい」


 私は、魔法師の男の気道を満たしていた水を取り除いた。

 倒れ込む男に、エディ様は魔法封じの拘束具をかけた。

 他の剣士も全て倒し、時間を開けて後を追っていた後続の軍人達に身柄を引き渡す。

 私は、半ば放心してその様子をぼんやりと眺めていた。


「ヴィア……」


「エディ様、私……」


 私を呼ぶ声にのろのろとエディ様を見上げる。震える指先を反対の手で握り込む。

 人を殺しかねない魔法だった。

 前世医師であった私が、直接的に人から呼吸を奪う魔法を使ってしまった。

 エディ様が痛ましそうに私を見て、私の両手をそっと握った。

 そして、私を立たせると、


「基地に戻ろう」


 と抱き上げた。


 執務室に戻ってきた私を隣の寝室のソファーに座らせて、エディ様は私の前に片膝をついた。私の頬に片手をあてて、視線を合わせる。


「ヴィア、大丈夫だ。あの男はちゃんと生きている。もう話も出来て、今尋問中だ」


「本当に?」


 ちゃんと生きていた?大丈夫だった?

 そうぼんやりと聞き返した。


「すまない。君にこんなことをさせてしまって」


 エディ様が傷ついたように謝ったのを見て、私はハッとして首を横に振った。エディ様のせいじゃない。これは私が自分の意志でやったことだ。


「いいえ!私、エディ様に傷ついて欲しくなかった」


「……うん。ありがとう。誰も傷つかなかったのは、君のお陰だ。でも、ごめん。君の魔法をこんなことに使わせてしまって」


「エディ様」


 エディ様の手が私の両手を握って、指先に唇を落とす。


「君の手は、いつだって人を救う為に差し伸べられていたのに。でも、ありがとう。俺は君に助けられたよ」


「エディ様……私」


 でも私の魔法は、あんな簡単に人の命を奪うことも出来るの。そして、あのとき私は、それを躊躇わなかった。そして、そんな自分が怖かった。

 エディ様は、私の瞳を覗き込んで、真剣な表情で続ける。


「ヴィア、君が大事だよ。俺には君が必要で、どんな君でも俺にとってはたった一人の大切な女の子だ。だから、俺は君を守るために、敵の命さえ奪うことに戸惑いはない。

 好きだよ。君が好きだ。だから、ごめん。君を傷つけてごめん。こんな、辛い魔法を使わせて、ごめん。もう、二度と君が人を傷つけ無くても良いように、俺は、もっと強くなるから」


 エディ様が……私を好き?

 大事にされていることは知っていた。兄様が私を大事にするように、エディ様は、私やキャシーを大事にしてくれていた。幼馴染として、彼の特別であることは、知ってはいたけど。

 でも、私がエディ様の為に人を殺せる魔法を使ったのと同じ覚悟を持って、エディ様は私を好きだと言ってくれるの?

 そして、全部ひっくるめて私を守れるように、強くなると言ってくれる。

 涙が勝手に溢れてくる。嬉しい。


「エディ様。私もエディ様が好き。たとえ、他人を傷つけることになっても、エディ様だけは生きていて欲しい。だから、ごめんなさい。こんな自分勝手な私を許して。嫌いにならないで」


 涙がボロボロこぼれて、しゃくりあげる私の顔は、きっと酷いことになっているだろうけど、そして私は、これからも自分の為に、エディ様を守るためなら他人を傷つける魔法を使ってしまうかもしれない……でも、お願い。どうか嫌いにならないで。


「ヴィア、好きだよ。誰よりも何よりも。君を嫌いになることなんて、絶対にないから」


 エディ様は、そう言って私を抱き締めてくれた。


 気がついたら、ベッドの上に寝かされていた。目元に冷たいタオルがのっている。きっと腫れないようにエディ様が気を遣ってくれたのだろう。

 起き上がると、まだ日は高かった。隣の部屋からは、人の声や足音が響いている。

 私はバスルームで、顔を洗って、鏡を覗き込む。

 なんだかまだ目が腫れぼったくて、思わず治癒魔法を使ってしまった。

 スッキリしたところで、先程の会話を思い出して、顔が自然に赤くなる。


 エディ様に好きだと言ってしまった。

 エディ様も私を好きだと言ってくれた。

 恋人に、なるの? なってもいいのかな?

 フワフワして、なんか信じられない。


「ヴィア、目が覚めた?」


 扉を叩く音がして、思わず振り返った。


「は、はい」


 扉越しにエディ様の声が響いた。


「大丈夫なら、こっちにおいで。事情を説明するよ」


 そう言われて、気を引き締める。ざっと全身を確認して、私は執務室への扉を開けた。



「ザルディア王国の間者だったよ」


 こちらに闇魔法を扱う尋問官がいたらしく、情報はあっさり取れたらしい。ザルディア王国の王太子の命令で、私を隣国に攫い、王太子の後宮に入れるつもりだったと。

 夏の休暇に毎年一度はノルディックに来るため、しばらく前から計画されていたのだという。


「そうですか。なんで私なんでしょう。ザルディアの王太子は確か24でしたよね。こんな子供を後宮にって……」


 数年後には代替わりを噂されている王太子には、まだ妃や婚約者はいない。一夫多妻を認めている隣国だが、こんな子供を後宮に入れようなんて、ちょっとどうかと思う。


「え?シルヴィア嬢、自覚なし?」


 ルードがぎょっとして、私を見た。他の3人も呆れた様子で私を見る。

 エディ様が苦笑して、口を開いた。


「ヴィアは、自分がどんな風に噂されているかなんて、興味ないんだ」


「噂、ですか?」


「ルーベンス王国の妖精姫。王家の親戚筋で魔力も高くて、特に光魔法による癒しは随一。結構有名だよ?」


 アベルが教えてくれた。

 なんだかすごい噂が流れてる。妖精姫って柄じゃないと思うけど。まあ、後宮に入れれば、うちの国にとっては充分人質としての価値はあるわけだ。

 複雑な顔で黙り込んだ私に、ラッセルが続けた。


「妖精姫には、鉄壁の騎士がいるとも言われてるね。ロッドフィールドの金狼とノルディックの若獅子」


 それって……私はエディ様を見上げた。エディ様も私を見て肩を竦めた。なんだかすごい二つ名がついてる。


「まあ、噂なんてそんなもんだよ?」


 ルイス兄様もなんかごめん。



 その後、私はケインと一緒に病院に向かい、強面の医師であるルーカスに、昨日纏めたトリアージについてや外傷についての資料を渡し、明日ゆっくり説明に来ることを伝えた。

 これまでは、感覚的なものでやることも多かったり、魔力を大量に使って全体的に正常に戻そうとしたり、逆に問題の部分の除去だけを行って来たりと、光魔法があるからアバウトにやってもどうにかなっていたらしいけど、無駄をなくして適正に治療すれば魔力の消費はかなり抑えられて、助けられる患者も多くなる。

 軍の医療魔法師は限られているから、効率よく運用されればいいと思う。



 そうして、5日目。

 私達は、今度こそノルディックのお屋敷に戻ることになった。


 早朝から、休憩を挟み馬を走らせてほぼ10時間。馬達に回復魔法を掛けながらきたので、1日で80km程移動できて、領都のお屋敷も見えてきた。エディ様は護衛達を先に帰し、少し寄り道をして帰るという。

 高台に差し掛かると、馬を止めて降りる。エディ様が手を引いて、突き出した崖の上に私達は立った。


「ヴィア、見てご覧」


 大きな夕陽が山の稜線に掛かり、周囲の薄雲と空を赤く染めている。黒く連なる山々が領都を囲むように続いていた。


「わあ!すごい!」


 私は思わず歓声を上げた。本当に綺麗な夕暮れだ。


「ねえ、ヴィア」


 後ろから私を抱き込むようにエディ様の腕が回された。耳元に唇が寄せられて、私の胸がドキリと高鳴る。


「屋敷に帰ったら、君は、俺の恋人だって、キャサリンや両親に報告してもいい?」


 多分、夕陽のせいじゃなく私の顔に熱が上って、真っ赤だと思う。

 恋人に、してくれるの?


「私も、王都に帰ったら、両親や兄様やメイベルに、エディ様と恋人になりましたって、伝えてもいいですか?」


 私は振り返って、エディ様を見上げる。エメラルドの瞳が嬉しそうに微笑んでいた。


「もちろん。嬉しいよ、ヴィア。やっと……君を恋人と呼べる。大切にするよ」


「私も嬉しい」


 エディ様の手が頬にかかって、ゆっくりと唇が落ちてくる。目を伏せた私の唇に、温かな熱がそっと重なった。




 それから、ノルディック家では、キャシーが大興奮で喜んでくれた。ロッドフィールド家では、兄様達にやっとかと言われたけど、父様には、婚約は私が社交界にデビューしたら、結婚は私が成人してからと、エディ様に散々言っていた。

 私まだ13ですからね。エディ様も当然です、約束しますと言っていた。

 私精神的には大人というか、おばさんなんだけどな……あ、でもなぜかエディ様や兄様達のことは年下には思えないんだよね。幼い頃からの、刷り込みかしら?


 エディ様の社交界デビューのパートナーになることも、両家の両親に伝え、ルイス兄様とメイベルとエディ様と一緒にメゾンに行って、採寸したりデザインを決めたりした。

 舞踏会前には仕上がってくるという。

 とても楽しみ。


 ルイス兄様とメイベルの婚約も正式に整い、皆で揃っての夏季休暇も終わって、私達は学園に戻り後期が始まった。

 私はいよいよ本格的に研究に入り、忙しく慌ただしい毎日が過ぎていく。

 気がついたら秋も深まり、そろそろ冬が始まる時期になり、舞踏会はやってきた。


 舞踏会の支度は王都のタウンハウスに戻って準備していた。メイベルもサザランド伯爵家のタウンハウスに帰っている。サザランドのご両親も王都に出てきているので、ルイス兄様は後で迎えに行くと言っていた。

 私も今日は朝から磨き上げられ、デビューもまだのデビュタント特例パートナー枠ということで、少し大人びた化粧をされて、辛うじて16位には見えるかな?という感じ。

 エディ様に並ぶのに、あまり子供っぽいのも恥ずかしいし、あんな素敵なエディ様に恥もかかせたくなかった。

 侍女達が頑張ってくれて、鏡に映った私は、これならなんとか釣り合うかな?とほっとする。

 母様も褒めてくれて、ワクワクしながらエディ様を待っていたら、彼の到着が告げられた。


「ヴィア、驚いた。とても綺麗だよ」


 会うなり、一瞬動きを止めたエディ様が、私の右手を取って指先に唇を寄せる。

 エディ様は、黒のスワローテイルコートにホワイトタイのデビュタントの衣装で、栗色の髪をきれいにセットし額を出し、高い鼻梁で整った顔立ちがいつもより大人びて格好良く見える。エメラルドグリーンの瞳が優しく緩んで、思わずぼうっと眺めてしまった。


「ありがとうございます。エディ様、素敵です」


「そう? 君に褒められるのは、嬉しいな。ドレスも君に良く似合ってる。首飾りも着けてくれて嬉しいよ」


 今日私はデビュタントではないので、白のドレスではない。

 エメラルドグリーンをメインに白のレースやスカートを合わせたボールガウンに、開いた首元には華奢なデザインのエメラルドのネックレスをつけている。

 エディ様から今日のために贈られたものだった。


「あと、これも」


 エディ様が手に持っていた黒いビロードの箱を開ける。

 エメラルドの耳飾りだった。ネックレスと揃いの意匠になっている。


「きれい……」


「つけてもいいかな?」


 頷いた私の耳に、エディ様の指が優しく触れる。翠の瞳がゆるりと微笑んで、目が離せなくなる。

 駄目だ、これ。すごいドキドキする。

 固まってしまった私に、エディ様は小さく笑うと耳飾りを着けてくれたのだけど、体中の血が顔に集まったんじゃないかと思うくらいだった。


「出来た。かわいいよ、ヴィア」


「…………ありがとう、ございます」


 もう、お礼を言うのもいっぱいいっぱいだった。

 エディ様の色気と破壊力がすごい。


 ぼうっとしているうちに連れ出されて、気がついたら王宮だった。

 

 王宮に入った私達は、しばし控室で待機だった。低い爵位から順にコールされるため、辺境伯の嫡男であるエディ様は、侯爵家の次男であるルイス兄様よりも後になる。

 ルイス兄様とメイベルの後に、エディ様と私がコールされ、会場へと歩き出す。


「大丈夫だよ、ヴィア。俺が一緒だ」


「はい」


 会場中の視線が私達に注目する。

 いつだって、エディ様の言葉は私を支えてくれる。エディ様の隣に立てることが嬉しい。だから、顔に浮かぶのは自然な微笑みだった。

 顔を上げ、背を伸ばし、エディ様にエスコートされ、立ち居振る舞いは母様のお墨付き。私は自信を持って、足を踏み出した。


 デビュタントのコールが終わったあとは、国王陛下の挨拶があり、新しく王家の顔として公務が始まる王子殿下の紹介があった。


 黒髪に紅玉の瞳の端正な顔立ちの少年だ。黒のコートに暗めの赤に金糸の刺繍のウエストコートを併せた衣装が良く似合っている。

 国王陛下の横で姿勢良く立つ姿に、立派になったと感慨深くなる。


「アルディオ……」


「第三王子殿下だね。今日が披露目だったんだ。中等科に入ると公務が始まるからね」


 思わず呟いた私に、エディ様が答えてくれる。


「飛び級なのに、公務はもう始まるのね」


「心配?」


「いえ。アルディオ殿下なら、きっと大丈夫です」


 アルディオは努力家でこの2年弱でものすごく成長した。兄弟とも上手くやっているし、きっと大丈夫。


「そう……さあ、ファーストダンスが始まるよ」


 デビュタントのファーストダンスだ。運動音痴の私だけど、ダンスだけは得意。エディ様のリードでホールに向かった。


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