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中身がおばちゃんの転生少女は暴言王子様に怯まない

本編ラスト15話まで、毎朝8時予約投稿済。

どうぞお楽しみ下さい。

「なんだよ!今度はこんな女を連れてきて!!ふざけんな!こんなのやってられっか!」


 机に並べられた教科書やらノートやら筆記具を乱暴に払って、その子は、ギラギラと憎しみさえ籠もった目で私を睨みつけて言った。


 黒髪に紅玉の瞳の、美しく顔立ちの整った男の子。だが今は、怒りの表情に覆われて、感嘆よりも怖れを感じるかもしれない。

 私には効かないけどね。


 男の子は10歳とのことだけど、痩せていて小さいから、もう少し幼く見える。

 この国の第三王子アルディオ様といって、先日まで国境近くの都市に平民として暮らしていたという。


 現在、この国の国王陛下には亡くなった王妃様との間に、今年19歳になる王太子、16歳になる第二王子、14歳になった王女と三人のお子様がいるが、王妃様は王女を産んで数カ月後、産後充分回復しない時期にたちの悪い流行病に罹り他界してしまった。

 その数年後、南の国境付近が隣国の王位を巡ってきな臭くなり、国王陛下が現地に赴くことがあったのだけど、その時に美しい踊り子と懇意になり、どうやら子供が出来ていたらしい。

 相手が踊り子だったこともあり、その後陛下は彼女を王宮に召し上げず、懐妊していたことも知らずに王都に戻ったため、陛下はもちろん王宮は、アルディオの存在を知らずに過ごしていた。


 ところが先日、その地方都市街のスラムで暴動があり、捕縛された子供達の中に陛下の御印を持つ者がいるという連絡が入った。

 どうやら陛下は、彼女にカフスボタンを渡していたらしい。

 黒髪紅瞳はその踊り子の色だったが、顔立ちは陛下に瓜二つ。最近私が研究していた鑑定魔法、親子や親族の遺伝関係が証明できる魔法の結果、100%親子関係であると証明された。彼の母親は、2ヶ月前に他界していて、身寄りがなかったアルディオは、つい先日王宮に引き取られてきたのだ。


 アルディオは10歳の少年。まだまだ親や大人からの愛情も必要なお年頃。

 急激な環境の変化やら、制限され堅苦しい王宮での生活に到底馴染めず、さらに身内も彼をどう扱っていいか困惑し、その結果アルディオは、癇癪を起こしては世話係や教師達を困らせ、追い返し、とうとう同年代の従姉妹である私に白羽の矢が立ったのだった。


 伯父上である陛下は、私に言った。


「すまない、シルヴィア。侯爵には随分と渋られたのだが、もう君しか頼る先が見つからないのだよ。この王宮で、アルディオの教育係と遊び相手を引き受けてはくれないだろうか?

 この休暇が明けて、来月から学園も始まることは知ってはいるが、その後も週末はここで過ごして彼の教育を頼みたい。ゆくゆくはあの子も学園に編入させたいんだ」


 と、頭を下げられ、私も彼の境遇に同情をおぼえたので、家庭教師としてやってきた、というわけ。


 私はつい先日12歳になったところ。

 王家の親戚の中では、確かにアルディオに一番年齢が近い。でも諸事情で、中身は50歳近いおばちゃんだ。前世で、こことは違う世界の日本という国で36歳で死んだ私は、この世界に転生して12年。今も昔も子供の相手はしたことは無いけれど、自分より遥かに若い子供に何を言われようが傷つくほど繊細ではない。

 それに、私が転生して幼かった頃、たくさん優しく甘やかしてくれた兄達との思い出が、この子にもそんな時間や身内を持てるといいのに……と私の背中を押す。


「かしこまりました、陛下。お役に立てるかわかりませんが、精一杯務めさせていただきます」


 そんな風に引き受けてしまったので、今更後に引く気もない。なんと言われようが、この子にもちゃんと、子供らしく幸せな少年時代を送ってもらうのだ。



「まあ。ではどんなことなら、やれそうですの?」


 アルディオに怯むでもなく、女子らしく泣くでもなく、ニッコリと笑いながら野暮ったい黒縁メガネのブリッジを押し上げた私を、少年はギロリと睨んだ。


「あぁ?」


 うん、なかなかドスが効いた声と目付きですが、10歳児がやればかわいいだけだ。


「俺はこんなキラキラした場所で、うるさいしきたりや、おべっかばかり使う大人に囲まれて暮らすなんて真っ平ゴメンだ!こんなところに閉じ込めやがって!どうせお前も俺の機嫌取りとやらに連れてこられたんだろ? もう、帰れよ!ダサ女!」


 うん、そうね。ダサ女、ね。

 確かに私は今、髪を引っ詰めてお団子にし、化粧もせずすっぴんに黒縁の丸メガネをかけ、ドレスも地味で質素なもの。

 とても侯爵令嬢には見えないし、この部屋にもそぐわない。でもこの装いは、今回の件に大反対した妹バカの兄様が、この格好なら、と厭々譲歩した結果だ。私も他人の目を気遣わなくていいから、結構気に入っている。

 ダサ女上等!

 と、ますます笑顔になった。


 ここに来て、アルディオの表情が引き攣る。

 これだけキツく当たっても、めげずに笑っている女が、さすがに気味悪くなったのだろうか?


「ご機嫌取りというのは、あながち間違いでもないですよ? アルディオと仲良くなりたいので、貴方がやりたい事にはお付き合いしましょう。あ、逃亡以外で!」


 子供の遊びくらいなら私も付き合えるだろう。イザとなれば魔法もあるしね。

 だが、この私のセリフを馬鹿にしたようにアルディオが嗤う。


「はあ? 何言ってんの? ダサ女が俺のやりたいことに付き合えるわけないだろ?」


「やってみなければわからないじゃないですか? それとも、ああ、女に負けそうですか?」


 少年のプライドを刺激してみる。


「バカにしてんのか、お前? お城育ちのダサ女に俺が負けると思うなよ?」


 ふふっ、引っ掛かった。やっぱり10歳児らしいところもあるのね。

 私はちょっとホッとして、散らかった机や床を見て魔法を使う。風魔法で、本や筆記具やノートをキレイに一纏めにした。

 よし、じゃあ、何をしようか?とアルディオを見ると、


「お前、それ、魔法……」


 アルディオが目を瞠って、驚きの表情でつぶやいた。


「あれ? アルディオは見たことないです? というか普通に使えませんか? 魔力ありそうですけど……」


 この世界には魔法があるけど、それは全ての人が使えるわけではない。ある程度の魔力と知識と訓練があってこそ、初めて使えるものだ。

 だから、この世界の人々は、3歳になると教会で魔力測定と属性判定を受け、一定以上魔力があるものは、魔力を上手く循環させ、魔法を安全に使えるよう、制御訓練と練習が必要になる。それは、魔力を持つ親が教えるか、そうでない場合は教会で無償で教育を受けることが出来る。

 だが、保護されていない孤児や身元が怪しい子供などはこれを行わず、魔力が多いにも関わらず、教育が受けられないまま成長する者も稀にいて、第二次性徴が現れる頃に魔力を暴発させて、死亡事故を引き起こすこともあった。一定量以下の魔力であれば、その時期に少々体調を崩す者が出るくらいでたいしたことはない。

 貴族の方が高い魔力を持つものが多いが、一般市民にもある程度の確率で高い魔力持ちが生まれるので、安全のために判定と教育が義務付けられている。


 陛下の血をひいているアルディオなら、魔力も結構ありそうだし、10歳なら初期段階の簡単な魔法も当然使えるだろうから、この反応は意外だった。


「わからない。魔力があるかなんて。周りにも魔法を使えるヤツなんていなかったし……うわっ!?」


 アルディオの言葉に、私は思わずその細い肩を掴んでいた。

 まさか?判定を受けていない?


「アルディオ!貴方まさか、魔力判定を受けていないのですか!?」


 私のただならぬ様子に、さすがのアルディオも不味いと思ったのか、素直に答える。


「うん。母さんは魔力なんてほとんど無くて、大丈夫だろうって。それよりも俺が教会に行って、王様に見つかって、取り上げられるのが怖いからって……」


 ああ……悪意のない素人判断が、とんでもないことを引き起こす典型例だ。私はアルディオにしっかりと視線を合わせて、真剣な表情で聞かせる。


「なんてことを! アルディオ、聞いて下さい。魔力が無いか、一定以下ならさほど問題ではありませんが、一定以上の魔力を持つものが知らずに大人になれば、成長に伴い魔力の暴発を起こし、最悪死に至ることがあります」


「え?」


 アルディオが動きを止めて、ぼんやりと私を見た。私は、彼の肩を掴んだ手に、力を込める。


「貴方のお母様は魔力がほとんど無かったので、その危険性を知らなかったか、軽く考えていたのでしょう。でも、貴方にはおそらく、それなりの魔力があります。

 今アルディオに必要なのは、勉強でもマナー教育でもありません。魔力測定と制御訓練です!」


 そうして私は、部屋の角に控えていた侍女を呼び、陛下に知らせるように指示をして、同時に父様に、緊急の伝達魔法を使ってこのことを知らせる。


 数分後、魔力測定の器具を一式抱えて慌ててやってきた父様が、私を見るなり一瞬ギョッとして目を見開いて、だが慌ててその目を逸らしアルディオに向き合った。


「王宮筆頭魔法師のセルディオ・ヴィン・ロッドフィールドと申します。殿下は、魔力測定と属性判定を受けていらっしゃらないと伺いました。ただいまより測定してもよろしいでしょうか?」


 と、膝をついて目線を合わせて尋ねた。

 アルディオは、黙ったままただ頷くと、父様に従って測定を始めたのだった。




 結果、彼にはかなり魔力があり、急ぎ制御訓練を始める必要があった。

 呆然とするアルディオに、とりあえずまた来るから少し待つように言い、侍女に彼を任せて、父様と私は陛下の執務室にいた。


「まさか、判定を受けず、訓練もされていなかったとはな……」


 陛下が深く溜息をついて、蟀谷を中指で揉みながらそう言った。無理もない。私達からすればあり得ないことだが、踊り子であった彼の母親とはそもそも認識が違う。

 一方的に彼の母親を責めることは、特にアルディオの前ではやりたくない。

 私はこれからのことを、陛下に提案する。


「それでも、栄養状態が悪く成長が遅かったことが幸いしました。明日からでも訓練すれば、充分間に合いますし、いざとなっても私ならなんとか対処出来ると思います」


 私はおそらく今現在、この国で最大の魔力量の持ち主だ。筆頭魔法師である父様をも軽く超えている。属性的にもおそらく、魔力暴走による被害を最小限に抑えることが可能だろう。

 だが父様は、私が学園に通うことを楽しみにしていたことを知っている。様子を伺うように私に尋ねた。


「しかし……シルヴィー、君は来月から学園に行く予定だろう?」


「そうですね。でもさすがに殿下の命が掛かっていますから、後期からにずらしますよ。絶対に行かなきゃいけないものでもないですし」


 これに思わず喜びの声を上げたのが陛下だった。


「本当か?シルヴィア!」


「陛下、シルヴィーに多大な負担をかけていることは、ご理解いただけていますか?」


 父様の陛下を見る目が冷たい。「そもそもお前が、無責任に外で子供を作るから、こんなことになったんだ」という声が、聞こえてくる気がする。


「あ、ああ、もちろんだ、侯爵。シルヴィアには充分礼をするよ」


 父様の視線にやや腰が引けた陛下が、助けを求めるように私を見てそう言った。

 納得はしてなさそうだが、それ以上言っても埒が明かないこともわかっている父様は、今度は私を見た。


「ところで、シルヴィー、その格好はどうしたんだい?」


 どうやら私の、アルディオ曰くダサ女スタイルが、気になったらしい。


「クロード兄様が用意してくれました。私も出自がバレず、思うようにやれるので気に入っているのですけど」


 そうですよね、父様がアルディオの部屋に来たときに、スゴイ目で見てましたものね。

 でも、私があまり気にしていないのを聞いて、苦笑した。

 私は、一通り話も終わったので立ち上がる。


「それでは、私はもう一度アルディオ様にご挨拶して、今日は帰宅します。あとで父様のところに行ってもいいですか?」


「ああ、もちろんだよ。一緒に帰ろう」


 そうして私は陛下の執務室を後にした。






「アルディオ? ずっとそこで座りこんでいたんですか?」


 私がアルディオの部屋に戻ると、彼は部屋の片隅に座り込んでいた。覇気がなくなって、表情も暗い。彼のことを頼んだはずの侍女は、少し離れたところからその様子を窺っているだけだった。

 私は一つため息をつくと、彼の前にしゃがみこむ。


「さっきの勢いはどこに行っちゃったんです?」


 目を合わせて、彼の顔を覗き込む。


「魔力が暴発したら、周りも巻き込むんだろ? お前も巻き込まれたくなかったら、どっか行けよ!」


 アルディオは、私を睨みつけて乱暴に言った。

 そんな傷ついたような眼で言っても、逆効果ですよ。私はちょっと切なくなって、アルディオの左手を取った。そっと両手で包んで、笑って見せる。


「大丈夫ですよ。そうならないように制御訓練をすれば良いですし、私は結構強いので、もし貴方が魔力暴発を起こしても、なんとか出来ちゃいますよ?」


「お前が、強い?」


 訝しげに首を傾げるアルディオに、私は自信を持って頷く。


「ええ!こう見えて、そうですね……ドアのところに立っている近衛二人くらいなら、あっという間に無力化出来ますよ」


「え?」


 驚いて目を瞠ったアルディオに、私は畳み掛ける。


「そんな私が、明日から毎日、朝から夕まで、つきっきりで貴方に訓練をしてあげます!途中でバテて音を上げないように、精々今日はしっかり食べて、お風呂に入って、眠って下さい。」


「ダサ女が、毎日?」


 確認するように尋ねるアルディオに、私は頷いて立ち上がる。そして、胸を張って宣言した。


「ええ!覚悟してくださいね? 私、厳しいですよ?」


「……っつ。ふん。すぐに制御出来るようになってやる!」


 泣き笑いの顔で、私を指さしてそう言った少年に、私は完璧なカーテシーで応えた。


「それでは、アルディオ殿下。明日からよろしくお願いいたします」


 アルディオがびっくりしたような顔で、私を見る。私は部屋の扉を開けて、最後にこれだけは言っておかなければ、と振り返った。


「それから、私、ダサ女ではなくて、シルヴィアと申しますの。明日から貴方は私の弟子です。せめて名前で呼んでくださいね」



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