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短編

ざまぁされそうでされない王子

作者: 猫宮蒼



 ロデウム王国第一王子アシュクロフト。

 年は十七。母は王妃ではなく側妃。


 第一王子、と言われているところからもおわかりだろう。

 第二王子がいる。


 第二王子シャムロック。

 年齢七歳。兄とは十離れている。こちらは王妃の子である。


 母が違えど兄弟である事にかわりはない。

 この二人の年齢がもう少し近ければ、派閥争いも水面下でそれはもう活発になっていた事だろう。


 いかんせん、こういってはなんだが子が出来るのが遅かった。

 二人の父でもある王は決して不能ではなかったけれど、兎にも角にも子供ができるまでに時間がかかった。

 そもそも王妃との間に子が生まれる事がなかったが故の側妃である。

 そして側妃ともあと一年程子が生まれなければ、もう一人側妃を迎え入れていた可能性がとても高かった。

 三年。王妃との間に子ができず、側妃を迎える事になるまでの期間である。

 そしてそこから新たな側妃を、という声が上がる直前でようやく側妃に子ができた。


 王妃との間に子が出来たのは兄と弟の年齢差を見ればおわかりだろう。

 第二王子はとても遅くにできた子であった。


 なのでまぁ、何が言いたいかというと王はそろそろ退位してゆっくりと余生を過ごしたいと思っていた。

 アシュクロフトの年齢的に即位はまだ少し早いかもしれない。けれどもあと二、三年くらいなら王ももうちょっと頑張れる。

 そうしてあとはアシュクロフトに任せて――なんて思っていたのだが、王の未来想像図はそう上手い事行く感じではなかったのである。


 側妃であるゲルダの元の身分は低かった。

 そもそも側妃になれるだけの身分ですらない。

 元は男爵令嬢で、側妃というより愛妾が精一杯といったところであったのだ。


 だが彼女は側妃になってしまった。


 これは若かりし頃の王の失態でもあったのだが、まぁ学園で真実の愛だとかなんだとか……これ以上はお察し案件だろう。

 本来の婚約者であった現正妃との婚約を破棄して現側妃であるゲルダを王妃に据えようと思っていたのだが、当然そんな事が許されるはずもなかった。

 他に王になれる者がいなかった代でもあったため、先王――父親は学園卒業後すぐに即位させて婚約者との結婚をさせるつもりであったのだが、当然その予定は崩れ去る事となる。


 こんなバカな事を仕出かすと思っていなかったが故に、先王はすぐにバカ息子を即位させるわけにはいかなくなった。ついでにいうならその男爵令嬢が王妃に相応しいというならそれを証明してみせろと王妃教育を短期間マスターさせる事を条件に様子を見るくらいはした。

 この手の馬鹿に何を言ったところで燃え上がった恋心は更に燃え上がる一方。先王はそのため容赦のない現実を突きつけまくったのである。


 下位貴族としてのマナーはあれど、上位貴族としては及第点すら……といった状態だったゲルダが王妃教育を婚約者であり現正妃でもあるミレーヌを超えて修了できるはずもなく。

 王妃としての資格なし、と判断されるのは当然であった。もしここで王妃教育をマトモに覚えこなせるようになっていたなら別の道が拓けていたかもしれない。


 本来なら王家側の有責でミレーヌとの婚約を破棄する事になっていたっておかしくはなかったのだが、ミレーヌは王妃としての道を選んだ。

 馬鹿なことを仕出かした王子に最早愛などなくとも、これを王にして更にその妻にあの馬鹿女が、なんて事になってしまったら国はどうなる。

 馬鹿がどうなろうと知った事ではないが民に罪はない。馬鹿の仕出かしで一番割を食うのは最終的に何の力も持たない民草である。


 王子に愛情など微塵もないけれど、しかし愛国心はそれなりにあったミレーヌは王妃としての道を選んだ。ただそれだけの話である。

 流石にこんなおバカな王子に側妃とはいえ嫁ぎたい、なんぞとのたまう愚かな女は他にはいなかった。だからこそ、三年経っても子ができなかった時は側妃としてゲルダが選ばれたのだ。

 正妃狙いのゲルダは大層お怒りであったけれど、お前が王妃教育を修了させていれば良かった話だと方々から言われて撃沈した。


 若い頃は多少の不作法であろうとも愛嬌で乗り切っていたゲルダだが、しかしそんなものは年を重ねていけば礼儀知らずのババァである。若い頃の醜聞が知れ渡った後ともなれば、貰い手などできるはずもなく完全なる行き遅れでしかない。

 それ以前に命があるだけありがたいと思うべきであった。


 王は本来即位予定だった年から数年遅れて即位した。

 そして中々できない子供。王子時代のやらかしで不出来な王とまで囁かれていたのもあって、大層肩身の狭い思いをしていた。正妃となったミレーヌが優秀であったからこそ最悪の事態にまではならなかったけれど、もしあのまま真実の愛とやらに浮かれて突き進んでいたならば待っていたのは間違いなく身の破滅である、と遅れてようやく理解できる程度にはまだ賢さが残っていた。それすらなければ今頃きっと生きてすらいなかっただろう。



 ようやくできた側妃との子であったが、正直この頃には王の愛はゲルダから薄れつつあった。

 若い頃は可愛いと見ていた言動が、ある程度年をとってから見るととてもじゃないが……となってしまったのだ。あの頃は何もできなくて自分を頼る姿が可愛らしいと思っていたが、いい年して未だにそれすらできないのか、と思えるようになってしまった時点で愛も何もあったものじゃない。

 若い頃の価値観を引きずってドレスの好みもその頃のまま。正直見ていて痛々しい。学園にいた当時であればメロメロだったが、そこそこ年をとって子までできたあとでそういうのを着られても……としか思えなくなってしまったのである。


 学園にいた時は婚約者が疎ましいと思っていたが、ある程度年を重ねてから改めて向き合えばかつて疎ましく思っていた女のなんと美しい事か。どうして自分はあのころ彼女の魅力に気付けなかったのだろう。もしあの時彼女ともっと仲良くできていれば、今頃夫婦仲はもうちょっと違ったものになっていたはずなのに。

 王の後悔はとても今更であった。

 何せ今の王妃は王の事など何とも思っていない。どう言いつくろってもビジネスパートナー。一応家族としての情は最低限あるけれど愛する男という意味での情などこれっぽっちも存在していないというのは、日々の態度で突きつけられていた。


 それでも、側妃との間に子ができたなら王妃との間にもできるはずだと頑張った結果、あまりにも長い年月を経ての今である。

 王の内心としては、あの女との間にできた子が優秀であるとはとても思えず、それ故に現時点で王となりえるのがアレだというのが許せなかった、というのもある。

 王も若気の至りでやらかした実感はあるけれど、別に国を亡ぼすためにやろうと思ったわけではないのだ。彼にもそれなりに愛国心はあった。


 アシュクロフトには一時的に中継ぎとしてもらって、王妃との子であるシャムロックが将来的には王になってほしい。

 王はそんな風に考えていたが、それを阻むのがゲルダである。


 彼女は王の心が自分から離れつつあるのを感じ取っていた。

 真実の愛で結ばれるはずだった。けれど結局自分は王妃になれず側妃である。

 子ができた後、それでも王がゲルダに愛を与えていたらもう少し違った未来があったかもしれないが、年をとっても精神的な成長も見られないゲルダに愛想を尽かしたのだ。

 王妃教育があまりに辛くて逃げだした事もあるので、王だけが悪いというわけではない。けれど、それでもゲルダは納得がいかなかったのだ。


 愛があれば乗り越えられる、そう信じていたからこそ余計に。


 生まれた我が子とゲルダが接する事ができた期間は短い。

 何せ真実の愛とは素晴らしいもの、だとかまだ愛も恋もわかっていない息子によからぬ洗脳教育を施そうとしていたのだ。子を産むだけの役割の女に成り下がった側妃に政治的な仕事ができるはずもなく、彼女は王宮の一画に閉じ込められている。


 けれども彼女はそれですべてを諦めたわけではない。彼女は待っている。

 いずれ、自分の息子が王となり、不当な扱いを受ける自分をここから出してくれるという事を。



 アシュクロフトの婚約者に選ばれた女は公爵家の令嬢であった。

 王命による婚約。

 側妃は自由にあちこち移動できないけれどそれでもそういった情報を教えてくれる相手がいたのでそれをよく知っていた。


 愛のない結婚。

 あの人はすっかり変わってしまった。あの女に騙されているのよ。

 かつて自分に情熱的な愛をくれた、今この国の玉座に存在している王は、かつての彼のように愛の無い結婚をよりにもよって自分の息子に強いようとしている。

 ゲルダは裏切られた気持ちになっていたけれど、それもしかしミレーヌの差し金だと思っていた。


 実際、ミレーヌと友好的な間柄の家から選ばれた婚約者なのだ。アシュクロフトのお相手は。

 自分の息子が敵対している勢力に取り込まれようとしている。ゲルダはそう考えていた。


 ミレーヌとしてはそういった意図はなかったのだが、ゲルダは何を言われても悪いのはあの女狐よと思うだけなので、分かり合える日はきっと一生やってこない。



 アシュクロフトが側妃の子である、という事実は既に誰しもが知っている。

 それ故に彼が王になるにしても、母の生家は頼れそうにないし他に後ろ盾になってくれそうな家があるでもない。アシュクロフト本人がまだ不出来さを発揮したというわけでもなかったが、それでも彼の母親がやらかした事は大小様々なものが社交の場で広まっている。

 マトモな神経をしていたら彼の後ろ盾になってあげよう、と思うよりもそうなった事で訪れるデメリットを考えるし、考えた結果後ろ盾にならない方が賢明であると思うのも無理はなかった。


 王妃ミレーヌも正直アシュクロフトを王にするのは不安があったが、しかし彼自身はゲルダの思想をそのまま受け継いでいるわけでもない。早い段階で引き離してしまった事は少しばかり申し訳ないと思っているが、しかしゲルダが悪いのだ。いくら実の息子相手だからとて、吹き込んでいい内容と悪い内容がある。


 彼自身の人間性は善性だろう、と思っている。まぁできない子であるのは否定しない。

 だが、それなら支える相手がしっかりしていればいいだけの話だ。


 だからこそ王妃は、自分の派閥と良好な関係を保っている公爵家へ婚約の打診をするように王へと進言したのだ。


 そうしてアシュクロフトの婚約者となった令嬢は、若かりし頃のミレーヌを彷彿とさせるような、まさに完璧な令嬢であった。少しキツイ印象を与えるもののその美貌に間違いはなく、また向上心に溢れ学ぶ事を当然と思うその姿勢は皆の手本と呼ぶに相応しく。


 言うなれば、かつての王のようにそのうち彼女の事を煩わしく思いそうだなこの王子……と周囲が思いそうな相手であった。



 学園に通うメリットは、となれば学ぶ事は勿論だがそれよりも重要なのは人脈を作る事ができる、というのに限る。

 親の知り合いの子が同年代であればいいが、年が離れすぎていると関わるにしても接点が少ない。その点同年代の令嬢や令息たちが通う学園は次代を担うというのもあって派閥やらなにやら面倒な部分もあるけれど学園に通う以前であれば知り合う事もないような相手と繋がりを持つことも可能だ。

 メリットばかりではないけれど、成人してから社交に繰り出してまっさらな状態から人脈を作るよりはマシだろう。


 さて、そんな中学園に通っていた王子の評判は、正直に申し上げてあまりよろしくはなかった。


 というのもかつての親のやらかしを知られているのだ。

 むしろ当時の事は今でも鮮明に語り継がれている。

 王のその親――アシュクロフトから見ての祖父母は立派な王族であったけれど、しかしその息子――アシュクロフトの父である――は王家の突然変異とまで噂されてしまっていた。

 ちょっと女に血迷っただとかの言われようは可愛いものだ。


 だがしかし、その王と、身分も能力的にもどうしようもないと評されてしまっているゲルダとの間にできた子であるアシュクロフトは、駄目人間から生まれたダメ人間という烙印が既に押されたも同然であった。

 実際彼がもっと優秀であればそんな風に言われる事もなかったが、しかし悲しい事に彼は優秀とはとても言い難い。

 学園での成績もほぼ中間。

 下から数えた方が早い、とかではないだけまだマシだが、しかしそれにしたって仮にも王族のくせに成績がど真ん中って……と思われているし言われているのである。


 その点彼の婚約者となった令嬢――ルミナスは学園に入った当初から成績は常にトップ。

 周囲の貴族たちから一目置かれ、誰からも好かれ、彼女自身も身分を笠に驕るような事もない。

 アシュクロフトとルミナス、どちらが人気者か、と問われれば答えは一目瞭然であった。

 彼女が王妃になるなら将来的に国は大丈夫そうね、とまで言われているくらいだ。王子の評判など最初から底辺である。



 さて、これがアシュクロフトの父である現王の置かれた立場であったなら、婚約者を疎み自分を認めてくれない周囲を忌み嫌っていただろう。

 けれどもアシュクロフトは自分の置かれている立場をよく理解していた。

 何せ幼い頃から周囲の大人たちが色々と喋っていたのだ。まだ幼いからわからないだろう。どうせ馬鹿だから理解できていないだろう。そんな思いでそれはもう赤裸々に。


 アシュクロフトは自分が馬鹿だという自覚がある。

 だが別に何も考えていないわけではないのだ。

 時間をかければある程度は理解できるものだってある。


 アシュクロフトだって将来的に王に相応しいのは弟のシャムロックだと思っている。

 けれど、王国の人間の平均寿命から考えて、そろそろ自分の両親はのんびりした余生を送ったって許される年齢だと思っている。王妃だけは実年齢よりも若く見えるけれど、あの人だって父というお荷物を抱えてきたのだからそういうの全部放り投げて残りの人生好きに生きてほしいと思ってはいるのだ。アシュクロフトとて。

 ただ、そうなると次代が担う事になるものというのは存在する。

 ここは自分に任せろ! と頼もしく言えるだけのスペックがあれば良かったが、生憎アシュクロフトにはそれがない。親に楽をさせてあげたいけれど、悲しいかな努力しても親に頼もしいと思ってもらえるまでには至らないのである。


 学園に入ったのは十五の時だ。

 来年には卒業する。

 成績は良くはない。ほぼ真ん中。ただの貴族としての――それこそ男爵や子爵、騎士爵あたりならそれでも良かったかもしれないが、王子がこれじゃなぁ、とはわかっているのだ。

 けれども、いくら勉強しても成績は中々上がらなかった。


 どうやらゲルダは将来自分が王になってその時に閉じ込められている自分を救って王の母という立場で今まで我慢させられてきた分贅を尽くした暮らしをしたいと目論んでいるようだが、アシュクロフトがそうする事はまずない。いくら成績が悪かろうともそんな事をすれば国が荒れるというのはわかっている。


 まぁでも、婚約者であるルミナスがいるのであれが将来の王とかないわー、と思っている貴族たちもしかしルミナス様が王妃になるのであれば国は安泰ですね! と言っているので。

 アシュクロフトは自分の立場をよくよく理解していた。


 だというのに。

 何故か二年になってから学園に途中編入という形でやってきた男爵令嬢が付きまとうのである。

 もとは平民だったらしく、しかし最近養子となり貴族の仲間入りを果たした。

 そんな男爵令嬢はまだ貴族社会のルールやマナーを理解しておらず、時として奔放に振舞い周囲に話題を提供してきた存在であった。

 小柄な体躯。華奢な身体つき。しかし胸だけは圧倒的存在感を主張している。

 動き回る様は小動物を彷彿とさせ、くるくる動く表情は彼女が以前まで平民であるというのを象徴しているようだった。


 数名、彼女のそんな愛らしさにやられたのか仲睦まじくなった者もいたようだが、その男爵令嬢は何故か自分にも付きまとってきたのである。

 正直勘弁してほしい。


 もし父なら、もしかしたらコロッと絆されていたのかもしれないな、と自分の母を思い出してそんな風に思う。けれども自分は父ではないし、女の好みも異なっている。なのでいくら男爵令嬢が自分に対して付きまとってきても、迷惑でしかないのだ。


 なんだかまるで自分の事を知り尽くしているかのように王子は頑張ってますよ、だとかあまり頑張りすぎてもよくないだとか、自然体でいいんですだとか色々と言ってくる。時として腕に絡みつくようにして身体を押し付けられる事もあった。


 もう一度言おう。

 父なら絆されていたと思う。

 だがしかし、いくら裏で馬鹿と罵られるような両親から生まれたサラブレッド馬鹿であれ、別人なのだ。

 男爵令嬢のその行いはアシュクロフトにとっては迷惑でしかない。

 しかも何が最悪って、この男爵令嬢人目を憚る事もせずにやらかしてくるのだ。

 つまりは、目撃者、多数。

 正直突き飛ばすとかして拒絶したいが、下手に女性に暴力を振るった、という噂が広まるのもアシュクロフトにとってはよろしくない。ちなみに言葉で言っても通じない事は既に証明済みである。

 関わらないでくれ、と言ってるのにそんな悲しい事言わないでとか言われてより一層付き纏われた。

 周囲の自分に対する評価が低いが故に、自分だけはせめてもうちょっと前向きにやらないと精神的に潰れてしまうな、と思っていたアシュクロフトではあるけれど、この男爵令嬢の前向きさは自分を遥かに上回っていた。何言ってもいい方に解釈される。助けて言葉が通じない。いや、言葉は通じているけれど話が通じていない。

 知能指数があまりにも異なると会話もままならない、という話をアシュクロフトは聞いた事があるけれど、しかしとても優秀なルミナスは自分との会話も難なくこなしている。

 ルミナスからすれば自分の頭の悪い会話は苦痛だろうなと思うのだが、それでもルミナスはこちらにもわかるように話をしてくれるのでアシュクロフトはそんなルミナスを尊敬していた。こんな虫けら相手にも優しくしてくれる……好き。

 えっ、こんな素敵な女性が自分の婚約者でいいんですか!? 自分なんて何もないのに。あるのは生まれながらに王族っていう血筋と身分だけですよ。


 だがしかし、そんな頭はあまりよろしくないアシュクロフトと、更に成績が下の男爵令嬢とは驚くくらい会話がかみ合わなかった。自分がもう少し賢ければこの令嬢にもわかるように話ができたのだろうか。そう悩んだ事は両手の指ではもう数えきれないくらいだった。


 ちなみに男爵令嬢は王子が何を言ったところでポジティブに捉えてくるはずなので、王子の悩みは全くの無駄である。


 何故なら、男爵令嬢は夢見がち選手権なんてものを開催したら間違いなくダントツで優勝を掻っ攫える程に夢見がちの乙女であったからだ。

 平民だった自分が貴族に。

 そして貴族たちの通う学園へ。

 そこは今までの生活ではお目にかかる事のないようなキラキラした世界で。

 麗しい令息たちとの出会い。

 更には王子まで。


 自分はきっと、物語の主人公にでもなってしまったのではないかしら。

 そんな風に思い込んでしまったのである。

 だって今までの生活と比べると、あまりにも非日常が過ぎたのだ。


 平民だった時は娯楽書など読む暇もなかったけれど、それでも全く見なかったわけじゃない。

 わからない部分も勿論あったけれど、内容を知ってる他のお友達とキャッキャと話に花を咲かせてはこんな素敵な恋をしてみたいねなんて笑いあっていた。

 いつか王子様みたいな素敵な男性が自分を迎えにきてくれたらなぁ……なんて、実際にあったら恐怖だろうものですら頬を紅潮させて夢を見ていたくらいだ。

 正直いくら素敵な男性だろうとある日突然何の接点もない相手が迎えに来たとかやらかされたら恐怖以外ないと思うのだが。


 だから彼女はそんな物語の主人公だという気分のまま、主人公ムーブをかましていたのである。怖れ知らずもここまでくると天晴……と言えなくもない。


 そうやって素敵な男性と仲良くなると、今度はそれを良く思わない女性から色々と言われる事が増えてきたがそれすらお話の中にあった展開と同じね! と捉えるだけだった。生存本能とか危機感とかどこに置いてきたのだろうか。

 残念な事にその後は知り合った男性もよそよそしくなってしまったけれど、しかしこの学園には本物の王子様がいたのだ。

 自分に自信を持てない王子様。一生懸命頑張っているのに周囲がそれを認めてくれない王子様。なんて可哀そうなのかしら。でも大丈夫、私がいるわ。私だけは貴方を認めてあげる。

 王子様の唯一になって、私の応援できっと王子様は今まで以上に努力してその成果を実らせるの。

 私の存在が必要不可欠になったなら、きっと私、王妃に選ばれちゃうんじゃないかしら。


 そんな思い上がりから、彼女は王子に付きまとっていたのだ。

 妄想極まれり。


 すると今度は王子の婚約者だという女から、婚約者のいる異性にみだりに近づくのは淑女としてよくない行為だと言われた。

 それは貴族としては当然の常識であったのだが、しかし自分を物語の主人公だと思い込んだ彼女には通じなかった。

 ただ、王子と自分の仲を妬んでいるのだと思い込んでしまった。


 だから後で王子と出会った時に、あの人に酷い事を言われたんですぅ、と泣きついたのだ。

 そうしたらきっと彼は自分の事を守ってくれると信じて疑う事もなく。


 だがしかし、王子の反応はと言えば。


「ルミナスが? 酷い事を? そんなわけないだろう」


 一蹴であった。

 実際王子は正しい。ルミナスはただ常識を教えてあげただけだ。別段そこに嫌味を織り交ぜたりもしていない。ただただ事実をそのまま伝えただけ。

 それを悪意たっぷりに受け取ったのは男爵令嬢である。


 それが、思えば彼女に火をつけた原因だったのだろう。

 その後彼女はルミナスの周辺をうろつくようになり、時としてわざと接近しぶつかっておきながら自ら勢いよく地面に倒れ、突き飛ばされたとのたまい、またある時は物を壊されたのだと言う。

 物を壊された事に関してルミナスは一切関与していない。ただ、ルミナスにわざとぶつかった時の事を持ち出してその時に壊されたのだなどとのたまった。

 悪手ここに極まっている。


 何と怖れを知らぬ元平民だろう。

 そうまでして死にたいのか、と周囲は思った。

 こんな手の込んだ自殺を目の当たりにする機会、正直今まで一度だってなかったのだ。



 そうしてある日、学園中庭に存在している噴水付近にいたルミナスに性懲りもなく接近した男爵令嬢はまたもわざとぶつかろうとして――だがしかしいい加減相手の手の内を読み切っているルミナスがそう何度も同じようにしてやられるはずもなく、すいっと華麗に回避してみせた――不発に終わるはずだった。

 だが男爵令嬢は見えない力に弾かれたかのような勢いで自ら、そう、自ら噴水へ飛び込んだのだ。


 見ようによっては……そう、ルミナスに突き飛ばされた、と言えなくもない程度の勢いで。


 だがしかし華麗な回避を周囲は目の当たりにしているし、男爵令嬢がルミナスに突き飛ばされたなんて喚いたところで証人が大勢いすぎる。誰も彼女の狂言など信じるはずがない。

 というか、味方をしたところで何の旨味もないのだ。


 片や男爵家の元平民である令嬢。

 片や次期王妃でもある公爵家の令嬢。


 肩書だけで味方をするのは早計かとも思われそうだが、しかし実際に起きた出来事を見てもどちらの味方をするかなど、明々白々。理解していないのはただ一人、愚かにも夢を見ている男爵令嬢だけだった。


 彼女は悲劇のヒロインになり切っていたのだ。

 身分違いの恋。妨害される不遇のヒロイン。

 それらを乗り越えた先にはきっと幸せが待っている――


 彼女が最初から貴族として生まれ、貴族として育てられていたならば多少夢見がちな部分があったとしても、こうはならなかっただろう。けれども彼女は平民として生きてきたところで、まるで別世界のような貴族社会に足を踏み入れた。

 表向きはキラキラとしたそれにすっかり心を奪われてしまったのだ。

 いくら表向きが輝かしかろうとも、裏はどろどろとした世界だというのに。


 びしょ濡れになった男爵令嬢は瞳に涙を浮かべながら、ルミナスに酷いことはもうやめてと訴えた。

 周囲で見ていた令嬢・令息たちからすればもうやめろはこちらのセリフだと思ったが、生憎彼女に手を差し伸べるまではするはずもない。実際誰かに突き飛ばされてしまったならば、もしかしたら手を貸したかもしれない。けれども彼女は自ら飛び込みそれを人のせいにしているのだ。

 下手に手を貸したらどんな厄介な事が待ち構えている事か――


「酷い事も何も……全て貴方の自演ではありませんか」

 もしここにルミナスの両親が、特に父親がいたならばこんなバカの相手をするんじゃない。バカの相手は王子だけで充分だと言ったかもしれない。

 けれども、ルミナスはこの男爵令嬢をバカだとは思っていなかった。愚かだとは思っている。

 というか、確かにこの男爵令嬢も頭はよろしくないけれど、王子と比べるのもそれはそれで王子が可哀そうだと思っている。


 確かに最初は、色々と彼の両親がやらかした話を聞かされていたので血は争えない……という言葉もよぎった。いずれは王妃となるが、あの王子は王となるのだ。望む望まざるとも。

 だからこそ、せめてもうちょっとどうにかしないとと思って色々と厳しい事を言った覚えも勿論ある。それを煩わしく思って自分を甘やかしてくれる女にコロッと靡いたとしても、おかしくはないとルミナスは思っていたくらいだ。


 けれども。


 確かにあの王子はお勉強が苦手で物覚えも悪い部分はあるけれど、しかし救いようのない馬鹿ではない。一応きちんと考えればそれなりにマトモな結論を思いつく程度には賢さを持っていた。ただ、頭の回転はあまり早い方ではないからすぐに答えが出てこないのもあって、それが頭の悪い王子、という認識になっているのだろう。


 そんな王子はもう多分死後も消えない噂レベルで色々と言われていた彼の父のように、軽率にあの男爵令嬢に靡くような事はなかった。

 何やら彼を甘やかすような発言をされていてもそれらを全て微妙な表情で受け流し、更にはその豊満な胸を押し付けるように腕に絡みつかれても迷惑そうな表情を浮かべていた。

 ちょっとでも嬉しそうだったとか、顔を赤らめていただとか、鼻の下を伸ばしていただとかの事実があればルミナスもやはり彼もあの父親と同じなのか……と思った事だろう。

 だがそうではなかったので、ルミナスの中でアシュクロフトの評価はちょっとだけ上がっていた。


 男爵令嬢はなおも何やら喚いている。

 そもそもこういうのって、人の少ないところでやらかして、その上で私に罪を着せようとかするものじゃないかしら……とルミナスは思ったのだが、男爵令嬢が今しがたやらかしているこの状況、何とビックリするくらい周囲に人がいる。

 無理もない。

 何せ先程授業に関わるお知らせなどを講堂で一斉に知らされたばかりなのだ。そこからそれぞれのクラスへ戻ろうとしている途中であった。

 とはいえ、最優秀成績を修めるルミナスと、落ちこぼれクラスの男爵令嬢が行き着く先が同じであるはずもない。そもそも校舎が異なる。

 中庭の噴水辺りまではまだ行き先が同じかもしれないが、ここを過ぎれば目的地は別々なのだ。


 だからこそこうしてここで仕掛けてきたのだな、とはわかるのだが、それにしたってこんなに大勢の目撃者がいる前であからさまな自演をやらかして、彼女は何がしたいのだろうか。ルミナスとしては呆れるしかない。


 わざわざルミナスの向かう校舎付近で待ち構えるより、ここにいた方が彼女にとっては確実だったのだろう。そもそも成績が下から数えた方が早い彼女がルミナスのいる校舎へ行く事はまずない。下手をすれば不審な事をしていると思われて教師に捕まる可能性もあるのだ。

 ここは貴族が通う学園で、それなりに警備もされているし明らかに誰かを害そうという者はいない。いたとしてそれは余程頭の出来がおかしい者だけだ。

 マトモな貴族であればやるはずがない。


 だが、この男爵令嬢はマトモではないと思われているので、普段の彼女の学園内での行動範囲――というか、いてもおかしくない場所以外にいたならばその時点で不審であると思われても何もおかしくはないのだ。


 だがしかしこの噴水がある場所は基本的に誰が通ってもおかしな事はないのだ。

 目撃者も多数いるからこそ、彼女はきっと可哀そうな目に遭っている自分というのを売り込むためにここを選んだ。

 もう少し他に考えを回すべきだとは思う。


「わたしとアッシュはたまたま身分が離れてしまっただけ! それに、貴方の方がたまたま先に出会っただけよ。わたしとアッシュは愛しあっているの!」


「んなわけない」


 男爵令嬢の言い分は、何も知らない者が聞けば身分を超えた恋だとか、そういう風に受け取れたかもしれない。けれどもその言葉に否定の言葉を返したのはルミナスではなかった。


「そもそもそのような呼び方を許可した覚えは一切無い。次その呼び名を口にしてみろ、タダでは済まんぞ」


 人ごみの中から現れたのは、ある意味渦中の王子である。


 アッシュ! と呼ぼうとして口を開こうとした男爵令嬢を睨みつけたからか、その口からその名が飛び出る事はなかった。


「全く……まず先に言っておくがこの国での宗教は基本的に女神教だ。だがそれ以外の神の信仰を許していないわけではない。しかし、邪教崇拝だけは許されない」


 ん?


 とその場にいた者たちは思わず眉を顰めた。


 いやあの、今そこの男爵令嬢の言い分ってどう考えてもとりあえずルミナス様と一人の男を巡っての争いでしたよね……? それがどうして邪教信仰とか崇拝の話題に……?

 馬鹿の考える事ってわかんないな……と口にこそ出しはしていないが、その場で見物していた半分くらいはわけがわからないといった表情をうっすら浮かべてしまっていた。


「改宗を迫るにしても、もう少し穏便なやり方を選ぶべきだったな。人に甘言を囁く程度ならまだしも、肉欲に溺れさせようとするその行為、言語道断である」


 う、うーん。

 いやまぁ? 確かに?

 男爵令嬢は人目も憚らずに王子に近づいていたし、たまに聞こえる会話から彼を持ち上げようとしてそれはもう甘やかすような言葉をのたまっていたのもこの場にいる半分くらいの生徒は知っている。

 ついでに、何かあるたびに男爵令嬢は身体を密着させて色仕掛けっぽい事をしようとしていた事も。


 だがそれは普通に、王子を手玉にとろうという所謂恋愛のあれこれ的な意味での接触であって、決して宗教に関する話ではなかったと思うのだがなぁ……となんだかとてもしょっぱい表情を周囲にいた者たちは浮かべてしまっていた。違うそうじゃない、という突っ込みを口にしなかっただけギャラリーは自重していた。


「いやあの、違いますけど」


 男爵令嬢も思わずそうじゃない、と言い始めている。


「何を言っている。人の人生をめちゃめちゃにしようとしておいて。悪魔の使いめ」


 しかし王子は聞く耳持たぬ、とばかりに言い切った。

 天使のように愛らしいと言われた事はあっても悪魔の使い扱いをされた事など人生で一度もなかった男爵令嬢は、王子の言葉に思わず「んなっ……」とよくわからない呻き声を上げてその身を震わせていた。


 何がアレって、この王子お勉強はそこまでできるわけでもないが、血筋というか身分と顔に関しては言う事無しなのだ。黙ってその場に立っているだけでとても絵になるくらいには整った容姿をしている。

 そしてそんな王子を夢見る男爵令嬢はまさに理想の王子様! と認識していた。

 だからこそ、そんな素敵な王子様にそんな事を言われたとなれば、ショックを受けるのも仕方がない。


「あの、アシュクロフト様」

「なんだいルミナス。あぁ、違う、そんな畏まらなくていい。もっと気軽にアッシュだとか犬だとか呼んでくれて構わないよ」

「犬はちょっと……流石に王族に対して不敬になりますわ」

「そうかい? ルミナスが言うなら何も不敬にならないと思うけれど」

「いえそうではなくてですね。

 そちらのご令嬢と私が何の話をしていたか、わかっていますか?」

「手の込んだ宗教勧誘だろう。あの悪魔の使いはこの私を堕落させようと日々甘言を用いあまつさえ、ルミナスに宗教独特の一体何の意味があるかもわからない修行をもちかけている」


 ほら、こんな季節に噴水に飛び込むあたりがまさにそれ、とか言われてルミナスはそっと頭を振った。


「違います。あのご令嬢は、王子と恋に落ちて目障りな婚約者である私を排除して、そうして何かのイベントの時にでも大々的に私に対して王子自ら婚約破棄を突きつけて、結果真実の愛で結ばれた二人とかいうのをやりたいだけなのです。

 身分的に彼女が王妃になる事は不可能だというのに。

 今はせっせと意地悪な悪役令嬢に嫌がらせをされているという実績を作ろうと必死なところなのですわ」

「なんと。理由が違うだけでやっている事は同じではないか」

「そう、でしょうか……?」


 そう言われると何となくそんな気がしてきたな、と思ってしまった。


 ついでに自分が思い描いていた展開をずばりと言い当てられて男爵令嬢は「なっ、なんで……」と戦慄いている。

「なんでも何も、わかりやすすぎます。ちょっと調べればぼろぼろと情報は落ちていましたし」


 そもそも虐められている可哀そうな自分、というのを周知させるために目撃者の多い場所でやらかしていたのだ。失敗してばかりだったけど。ついでにちょっと家の者を使って男爵家を調べさせれば男爵令嬢の人柄だとか、趣味嗜好だとか、まぁボロボロ出てくる。

 恋愛物のお話が好きらしく、そういった話を好んで見ているという話は特に秘匿された情報というわけでもないので、簡単に男爵家の使用人から話を聞く事ができてしまったくらいだ。


「この婚約は王命なのだから、私の一存で決められるはずがなかろう」


 しれっと言ってのけた王子に、周囲はピシャンと雷に打たれたような衝撃を確かに感じていた。


 その常識は知ってらしたんですね王子! と叫ばなかったのは皆英断だった。

 大体彼の父がやらかしているのだ。その劣化版みたいに思われていた息子が仕出かしてもおかしくはないと思っていたので、そんな王子の口から常識的な発言が出ただけでもなんというか、とんでもない驚きであったのだ。周囲のギャラリーたちにとっては。


 だがしかし、と周囲は改めて思い直す。


 確かに現国王が色々とやらかしたのは事実で、しかもその時のお話は同世代の親たちからそれはもう戒め話としても聞かされてきたけれど、王子自身は別にそこまで酷いものではなかったな、と。

 身分を笠に着て我儘を言って周囲を困らせたわけでもないし、婚約者を放置して他の女に鼻の下を伸ばした事もない。勉強は苦手で成績は王族としてはどうかと思うレベルではあるけれど、苦手だからやりたくない、やらぬ、とサボったりはしていない。授業は真面目に受けているのだ。

 一応簡単な公務あたりも城でコツコツやっているらしい、と城勤めの文官貴族たちから話を聞いている生徒もこの場にはいたが、そんな文官たちからも面倒だからやりたくないとのたまって婚約者に仕事を押し付けたなどという話は出た事がない。次期王としての教育も真面目に受けてはいるらしいのだ。進みがちょっと遅くとも。


 そう考えると現国王と比べて何かを仕出かしたわけでもないし、むしろマシでは? と思えてくる。

 王族という身分や血筋だけで偉ぶるでもなし、己の実力も弁えず大口を叩いて厄介ごとを持ち込むでもない。


 こういった人間にはなってはいけませんよ、と語られた現国王と比べると、むしろあまりにもマトモなのでは……?

 惜しむべくは、能力が低い部分だろうか。だがしかしそれらを補うためにルミナスがいる。

 国王だってそう変わらぬ環境だったはずだが、しかしそこで側妃となった女にコロッとやられて悪い例として語られるようになったのだ。アシュクロフトも同じようにやらかせば、親子二代でどうしようもないな、と更なる伝説を築いていたかもしれない。けれども、アシュクロフトは語られた駄目な王と比べるとむしろスペックが低いだけで努力をしているし、驕り高ぶったりもしていないし、婚約者を蔑ろにもしていない。


 そういや、クラス皆でやるような課題もきちんと協力していたな、と同じクラスのギャラリーは今更のように思い出していた。何で王子である俺がこんな事しないといけないんだ、なんていうセリフが出た事は一度もないのだ。


 あまりにも現国王の駄目エピソードがありすぎて、その息子である王子も能力的に低く駄目なんだろうなと思われていただけなのだ、と気付いてしまった。


「ですがその、殿方はこう言ってはなんですが……胸の大きな女性がお好みなのでは?」

 ルミナスが言いにくそうに王子に声をかける。ちなみに男爵令嬢と比べるとルミナスの胸は無いわけじゃないが控えめである。

「それこそ好みなど人それぞれだろう。胸の大きさで女性の価値を決めるなど失礼な話だ」


 親から聞かされた現国王の駄目エピソードではかつて、まだ若かりし学生時代、王は女性の顔や胸をやたら注目していたという割と最低な話もあったが故に、アシュクロフトがマトモな事を言うだけでなんだか彼の株がどんどん上がっていくのを感じていた。一部の生徒などは早々にむしろ駄目王子だとか思ってて申し訳ない……と内心で懺悔を始める始末である。


「まさかそれで靡くと本気で思われていたのか……? 冗談などではなく?」

「えぇと……先入観、というやつでしょうか。アシュクロフト様が悪いわけではないと思うのですが」

「あぁ、父上の影響。本当にどうしようもないな。

 結局色々やらかした挙句、王妃に尻に敷かれる始末。今更名誉返上……いや挽回だったか、する機会もない以上、残りの人生など削りすぎて最早何も残らぬ木炭のようなものよ」


 この王子、実の父親に対してかなりボロクソである。

 そもそも木炭削るような事ってあります……? と思った者もいたけれど、削られた木炭なんてあっという間に燃えるだろうしそうなれば灰になってパッと消えて……えっ、もしかしてそういう事? と一部の察しのいい者は勝手に深読みまで始めてしまった。

 確かに退位した後王妃と一緒に残りの人生を、とはならないだろうと思われているけれど。

 下手すりゃ側妃と一緒に世間様に関わらないような場所に追いやられてそうだけど。


「それにだな。

 仮に、そこの男爵令嬢と私が恋に落ちたとしよう。有り得ないが」


 仮定の話と言われても、実際似たような案件が貴方の親の代にあったんですよ、とは言わなかった。仮に、だとか言ってるし男爵令嬢と恋に、の部分で男爵令嬢がちょっとだけ救いを見出したみたいな顔をして王子を見ていたけれど、直後の有り得ないがの一言で轟沈した。


「物語の中であればまぁ、そうして二人は幸せに結ばれましたとさ、という終わりになるだろう。何せ物語だからな。だが現実で考えたらそうはならないだろう。

 まず王命の婚約を私の一存で破棄などできるはずもなく、また私が次期王となる事になっているのはあくまでもルミナスが婚約者として、王妃となる事が決められているからだ。後ろ盾の問題もあるしな。

 その婚約を無かったことにした時点で、私が王になる道は断たれる。当然だな。

 更に王命を軽々に扱うような者を王になどできようはずもない。勿論私には優秀な、血筋としても正当な王妃の子である弟のシャムロックがいるので、あと数年国王夫妻には頑張ってもらう事になるが、つまりはそれって私の代わりがいるという話であって。


 となると、つまりルミナスとの婚約がなくなって真実の愛だとかのたまう愚かな王子など別に存在しなくても構わないわけだ。

 まぁ普通に考えて廃嫡だろうな。子もできないように処置されてルミナスの家への賠償金だとかを稼ぐべく労働奴隷か借金奴隷への道が拓ける。あぁ、顔だけは良いのもあるから最悪男娼の道もあるな。考えたくもないが。

 もしくは手っ取り早く離宮に閉じ込めて病気で死にましたという事にして毒杯で始末するか。

 後々の事を考えるならこっちの方が手間が少ない。

 他……他に使い道があるならその可能性もあるがすまないな、それは私には思いつかない。何分そこまで賢くないのでな」


 いやめっちゃ考えてる~~~~!! と周囲の生徒たちは思った。

 あの王と側妃の子というだけで、てっきりろくすっぽ何も考えてない王子なんだろうなと思っていたけれど、思った以上に自分の立ち位置理解できてる~~~~!!

 でもそれ口から出したらとても不敬なので一同はそっと口をきゅむっと閉じた。

 充分だよ、むしろそんだけ理解できてたらもう充分だよとすら思ってしまう。


「有り得ないとは思うが、まぁ父の事もあるからもし、万が一そこの男爵令嬢と私が結ばれる事を許可されたとして、普通に考えれば市井に放り出しコースだとは思うのだが、そこの男爵令嬢が王妃教育を修了できれば王妃としての道もある、となったと仮定しようか。

 まぁ無理だとは思うが。何せ学生時代そこの男爵令嬢よりは成績が上だった我が母ですら王妃教育に匙を投げ早々に諦めたくらいだ。私より成績の悪いそこの男爵令嬢が成し遂げられるとは思えない。

 愛の力だとかで乗り越えられるなら、そもそも我が母親がとっくにそれを成し遂げていたはずだからな」


 せやな。

 そこに関しては誰も否定しようがない。

 大体あの側妃は王妃という立場をとても軽く考えていた。王様の奥さん、くらいの認識。いやそれは事実だけれど、王妃として自らにかかる重責については一切何も考慮されていなかった。だからきっと、王妃教育に関してもとても気軽に考えていたのだろう。

 愛の力で乗り越えて、そうして真実の愛で結ばれた王と王妃として讃えられるのだと教育を始める前にはそんな風に夢想していたかもしれない。


 だが実際そんな甘い話であるはずもなく。

 故に側妃は側妃でしかなかったのだ。むしろ側妃になれただけでも……と言えなくもない。まぁ側妃とはいえ政治的な仕事は一切任されておらず、名ばかりの側妃でしかないのだが。子を産んだから一応その肩書をつけられているようなもの。愛妾だと色々と国側の事情で困るから仕方なく。そんな側妃に関して配慮など一切されていない事情でしかない。



「それ以前に、胸だけが取り柄の頭の悪い女を王妃にしたとして、国はどうなる。私とて優秀な人間ではない。多くの者に支えられて今こうしてこの立場にいるだけなのに、更に使えない王妃を迎えるだとか有り得ないだろう。国が傾く。私が優秀で王妃の能力などどれだけ低くとも構わない、と言えるなら違ったかもしれないが、生憎と私とて側近たちに色々とお膳立てされている状態だ。それでより使えない王妃を、なんて周囲にどれだけ迷惑をかける事か……」


 将来的にルミナス様が王妃になるなら……という事でお情けで王子の事も一応立てておくか、みたいな感じで臨んでいたこの場にいた側近その1はちょっと罪悪感に駆られた。

 すいません自分それが仕事なんで王子はあまり気にしないで下さい……なんて思えてしまう。

 これが側近の手柄は全部自分の功績で失敗はそいつのせい、とかいうタイプの王子ならこんな風には思わなかったのだが。


 何せ今の国王の若かりし頃の話が色々と酷いものが多すぎたのだ。自然とその息子までそうなのだという思い込みが発生していたというのは否定できない。



「先程の宗教の話に戻るが私は女神信者だ。そして女神信仰の多くはこの世界の創造主である女神を示すが、他にも女神がいないわけではない。

 ここにいるルミナスとて女神と言っても過言ではないかと思っている」

「え……?」


 いきなり話の矛先が自分に向けられて、流石のルミナスもちょっと話についていけなかった。


「考えてもみろ。こんな不出来な王子を支えるためだけに王命で政略結婚させられても文句一つ言わず王妃となるべく努力できる女性だぞ。

 美しく聡明というだけでも素晴らしいのに人望もある。そんな女性に惚れない奴がいるか? いないだろう。身分を悪用する事もなく下の者にも優しくできる。故に彼女が王妃となるなら安心だと皆も思っている。

 王子という立場に生まれただけの私には勿体ない相手だ。だが私が王子として生きていられるのは全てルミナスのおかげなので今日も生きていられる事を女神に感謝しよう、というわけで私は毎日我が女神へ祈りを捧げているのだ。


 故にそこの口先だけ聞こえの良い言葉を囁く悪魔の使いに堕ちるわけがない」


 宗教の話に戻ってきた――!!


 というか王子貴方婚約者の事そんな風に思ってたんですか。


「それにな、そこの男爵令嬢、あぁ、名はなんだったか……いや、言わなくてもいい。どうせ覚えるつもりなどないのでな。

 そなたはルミナスに虐められた、などと荒唐無稽な話を聞かせてきたが、そもそも彼女は公爵令嬢。男爵家を潰そうと思えばそなたが今まで口にしてきた虐めの内容など自らやる必要などどこにもない。

 学園でなくとも家に帰ってから、邪魔だとか目障りだとか呟けば、後は勝手に従者がどうとでもするのだから。こうして生きている時点でそもそも虐めなどないと証明しているようなものだ。

 自演をするにしても、やるならまずは一思いに腕の片方でも切り落としてから言うべきだったと思うぞ」


 今日はいい天気だな、なんていうくらい軽い口調で言われて、男爵令嬢は顔を一瞬で青ざめさせた。

 最低でも隻腕にならねば虐めの件は信用されなかったとか、今まで平民として生きてきて、貴族社会に足を踏み入れたばかりの女にわかるはずもない。彼女の知る虐めの内容はあくまでも平民基準で、貴族の行う嫌がらせや虐めといったものがどういったものであるのかなど、知るはずもなかったのだ。


 身体を張ってまで噴水に、冷たい水の中に飛び込んだというのに。

 今までの事も今回の事も何もかも無駄だったと知って――


 王子に名前も覚えてもらえなかった男爵令嬢はガクリと項垂れたのであった。



 さてその後の事ではあるのだが。

 男爵令嬢にお咎めらしいお咎めは特になかった。

 いや、全くないわけではなかったのだけれど、処刑だとか追放だとかそういうところまではいかなかった、というべきだろうか。

 だがしかし流石に目撃者多数の中でやらかしたので、今回の件は男爵家に報告されたし、公爵家からもちくりとした程度の抗議文は届けられた。あの娘を処分しろとは言わないが、貴族社会でやっていくには不向きである。そういった内容の手紙を見た男爵令嬢の父は、学園を卒業できた後娘を修道院に送る事に決めたらしい。


 まぁ、また平民に戻されて前より酷い生活を送るよりはマシ……なのだろう。清貧な暮らしではあるけれど、少なくとも食べる事には困らないし住む場所もある。ドレスはないけれど着るものだってある。

 綺麗なドレスや宝石に囲まれる生活を夢見ていた乙女には辛く厳しいかもしれないが――


 まぁ、生きているならいずれ他の方法で幸せになれる事もあるだろう。




 それ以外で変わった事と言えばやはり周囲の王子に向ける目だろうか。


 今まではあの両親にしてこの息子――みたいに思われていたが、男爵令嬢の一件で思っていたよりもマトモである事を知ったのだ。

 むしろ親の話を聞いて、親がそうなら子もそうだ、と思い込んでいた視野の狭さに多くが反省した。

 今まではルミナス様が王妃になるなら国は大丈夫だと思うけど、でもいずれはシャムロック様に即位してほしい、と思っていた者たちも案外マトモそうだしこれならアシュクロフト様が王のままでいても大丈夫なのでは……? という方に天秤が傾きつつあった。


 少なくとも今の王よりはマトモに常識を持っている。

 お勉強は苦手みたいだけど、それでもコツコツと努力ができるなら……と他の者がちょくちょく王子に勉強を教えるようになってからは、コツを掴んだのもあってか前に比べて成績が徐々に上がってきた。

 学園を卒業する頃にはトップまでいけるか……は微妙だけれど、それでも平均より上を維持できるのは確実だろう。



 強いて言うなれば。


 あの一件でまさか自分の婚約者である王子が自分を女神扱いして崇拝していたと知った公爵令嬢の心中がちょっと大変な事になってしまったけれど。


 いやだって、確かに王命で婚約をしたけれど、思い返せばあの王子、別に自分を軽んじるような事など一切してこなかったのだ。けれどもどこか一線を引かれていた。

 将来王になるのだから、とあまりに多くを高望みしたわけでもないが、それでもいくつか口うるさく言ってしまった事だってある。だからてっきり、自分の事など疎んじているのだろうな、と思っていた。


 しかし思い返してみればよくある話のように季節の挨拶などと一緒に贈り物だとか、誕生日にメッセージカードとプレゼントだとか、そういうものを一切してこなかった王子と違い、アシュクロフトは何かの折には決まって贈り物をしていたし、手紙だって……まぁ、それなりに届いてはいた。

 恐らく勉強とか公務の合間合間で書かれたのだろう事はわかる。多分、手紙を書く余裕まではなかったのかもしれない。けれども、それでも。

 王子がルミナスを明らかに嫌っているとまでは断言できるようなものでもなかった。


 ただ、それでもあまり好かれてはいないのだろうな、と思った事もある。

 社交の場にて二人で行かねばならない時、事前にドレスなどは贈られてこなかった。

 だが、手紙は届けられた。

 料金に関してはこちらで支払うのでドレスはそちらで仕立ててほしい――


 毎回これだった。

 確かに支払いは王家が婚約者のために使う分があるのでそこから支払われていたようだけど、しかし一度たりともドレスは王家で仕立てなかった。

 これはもしかして、やはり王子に嫌われているからだろうか、まぁ、口うるさく言うような女、面倒でしょうしせめてこれくらいの嫌がらせなら騒ぎ立てるものでもないと思われているのかも……

 なんて、思ってしまっていたのだ。


 だが、今まで国中の貴族たちのほとんどが王子に対する偏見の目を向けていた状況で、そんな中アシュクロフトはルミナスを女神とまで言ってのけた。

 女神相手にそんな失礼な事を仕出かすとも思えない。いや、あの時はあの時でそういう風に言っておけば王子に対する悪い印象にはならないだろうと思っての事かもしれないが、しかしそこまで果たして王子が考えていただろうか? とも思う。


 なのである程度落ち着いてから、ルミナスは意を決して問いかけたのだ。

 ドレスをこちらで仕立てるようにと言ったのはどうして、と。


 対するアシュクロフトは少し困ったような表情を浮かべて、少しだけルミナスから目を逸らした。


「こちらで仕立てると、母がな……無論知っていると思うが私の母は側妃だ。あの、頭の中身が空っぽのお花畑咲き乱れるどうしようもない女だ。今は自由に動けないよう軟禁状態にあるが、それでも私の婚約者に思うところしかないようで、仮にこちらでドレスを仕立てるとなればおかしな時だけポテンシャルの高い女だ、どんな妨害を仕掛けてくるか……困った事に私はそこまで賢くもないし、ましてや実の母だというのに相手がどう動くかもわからない。つまり、ちょっとでも出し抜かれる可能性があったなら、その時点でやらかされてもおかしくはなかったのだ。


 その、一応シャムロックにも相談して、そちらの母親経由でも相談したのだが……困ったことに城の中には未だ側妃を支持している者もいる。どんな妨害があるかわからない以上、こちらでドレスを仕立てたとして、そのドレスがマトモであるかもわからない。なので、とても最低ではあるのだけれど金はこちらで払うのでそちらでドレスを仕立ててもらった方が余程安全だったのだ……

 あと困った事に私にそういうセンスはないので、どんなドレスだろうと着こなすとは思っているが流石に、自分の駄目なセンスで仕立てたドレスを着てもらうとかあまりの不甲斐なさに憤死しそうで……」

「あっ、わかりました。わかりましたから大丈夫ですよアシュクロフト様」

「アッシュって呼んで。もしくは犬」

「犬は流石に……その、アッシュ?」

「すぐさま要望に応えてくれるとかなんて心の広い人なんだろう……」

「あっ、あっ、あの、拝むのはやめて下さいませ。あっ、だからって祈らないで……! 跪かなくてもいいですから……! 五体投地はもっと駄目です……!」


 ルミナスは今までの人生で、なんて素敵な人だろうと羨望の眼差しを向けられてきた事は何度だってあった。

 憧れの女性。淑女の鑑。そんな風に言われて、王妃としても相応しく彼女が王妃となるのなら、この国は安泰だとまで言われてきた。

 なのでまぁ、崇拝にも似た感情を向けられたことだってあるのだけれど。


 だがしかしこうも真正面から自分を崇拝してくる相手は今までいなかったのだ。しかも相手は王子である。確かに公爵家、一応王家の血がちょっとは入っているけれど、言ってしまえば分家みたいなものだ。その王家の血だってそこまで濃いわけじゃない。

 なのでしっかりと王族である相手からそんな風に崇拝されるのはとても困るとしか言いようがない。

 しかも相手は自分の婚約者。


「わかった。では本人に直接祈りを捧げる事はしない。かわりにとても我儘言って弟経由で王妃に頼んで作ってもらった女神ルミナス像に祈ってくるとしよう」

「なんて物作ってもらってるんですか!?」



 今の今までルミナスは王子にあまり好かれていないと思っていた。

 王妃教育のために城に足を運んだ時もそもそも王子はその間必死に勉強中でルミナスと顔を合わせる余裕すらなかったので、仲を深めるというような事も正直あまりできていなかった。

 とはいえルミナスは自分は鬱陶しがられていると思っていたし、どのみちビジネスパートナーみたいなものと割り切るようにしていたのでそれを少し寂しくはあったけれど、仕方ないと思っていた。

 王妃にアシュクロフトの事を聞いてもあまり詳しくは語られなかったし、時々王妃と共に顔を合わせるシャムロックからも、

「兄上は努力はしているんですよ。えぇ、頑張ってはいるんです」

 などと言われるだけで。


 もしかしてこの二人ともあまり仲はよくないのかもしれない、と思っていたのに。


 しかしいざ蓋を開けて話を聞いてみれば、思っていた以上に王妃とシャムロック、そしてアシュクロフトの仲は良好だった。ただ、それを表側に出していなかっただけで。

 王妃と仲が良い、などと噂でも聞こえたならば側妃が暴れまわるのがわかりきっているので、わからなくもない。

 側妃と比べれば学ぼうとする意欲があるだけ王子はマシであったようだし、王妃も王妃なりに目をかけていたようだ。しかも国王と違い一応マトモに常識を持ち合わせている。

 これでプライドばかりが高く性格もクソな王子であったなら王妃とて上手い事失脚させるように仕向けてシャムロックを王にするべく舵を切っていただろう。だがしかし、血筋は文句なし、優秀である弟のシャムロックをアシュクロフトは妬んだり邪魔者扱いをした事もないのだ。


 むしろシャムロックがいるならいつ自分が死んでも安心だな! なんてのたまう程だ。

 それに対するシャムロックの発言は、いえ、兄上に死なれると困ります。王になろうとなるまいと自分のやる事にかわりはないので、王という立場は兄上がやってください、だ。

 十歳も年下の言う事とはとてもじゃないが思えなかった。


 表向き仮面夫婦よりもよそよそしいのに裏ではとても仲が良い。

 その輪に入っていないのは王と側妃だけである。


 あっ、これはアシュクロフト様が即位したらあのお二人、間違いなくどこかの田舎に引っ込む事になりそうね、とルミナスは確信してしまった。まぁ、今までのツケを自分たちで支払うようなものだと思って諦めてほしい。


 ともあれ、一体誰が思うだろうか。

 将来自分の伴侶となる男が自分を疎んでいるどころか女神として崇拝しているなど。

 愛のない結婚になるかと思われていたが、どうやら一応愛はありそうだ。

 とりあえずは――


「アッシュ、一つお願いがあるのです」

「なんだって聞くよ、我が女神」

「その女神呼びと崇拝だけはやめて下さいまし」

「信仰を捨てろと!?」

「いずれ貴方の伴侶、妻となる女を崇拝してどうするんですか。普通に創造主たる女神信仰で満足して下さいと言っているのです」

「まさかの改宗……! ぐ、しかし……」


 ものすごく葛藤されている。

 けれどもこれはルミナスにも譲れなかった。


 自分を信仰してくるのをそのまま放置してしまうと、そのうちうっかり新たな宗教とかできそうで。

 ルミナスは自分の人気度合をほぼ正確に把握していた。そこへ王となったアシュクロフトが常々人の事を信仰している姿を見られるような事になれば。

 下手をすれば国教として祀り上げられかねない……!


 流石にそれは御免被る。


「いけませんか? 駄目ですか? 私、アッシュとはそういう信仰を交えた間柄ではなく夫婦になりたいだけなのです」

「わかった、愛する人の頼みだ受け入れよう」


 即断だった。


 というか。


(愛されて、いたのですか私は……)


 崇拝、信仰。そういった感情だけではなく、愛もあったのか。


「わ、私もお慕いしております……って、えぇーっ!?」


 王子との婚約の話が出た時、ルミナスは王子の事はそこまで好きだったわけではない。何せ周囲から聞こえてくる話から、身分と顔だけが取り柄だと散々言われていた程だ。けれども、それでも引き受けたのはこのままでは国が大変な事になるかもしれないという事と、あとはまぁ、駄目王子と言われていようともその顔はルミナスにとってとても好みであったのだ。

 なのでまぁ、お飾りの王の隣で自分が王妃として国を支えていけばいいかな、と思っていた。


 だがしかし、その王子は噂されている程中身が酷いというわけでもない。むしろ彼の父と比べるならば圧倒的にマトモである。

 周囲から何を言われようとも事実を受け入れ腐らず努力をする姿はとても好ましく思えた。

 何よりあの男爵令嬢の一件でそれがよりハッキリした。


 中身の人間性が駄目であっても見た目は好みだから……なんていうとても本人が知ったら幻滅しそうな理由ではあったけれど、中身は全然ダメではなかった。むしろルミナスからすれば好ましいと言える。


 そんな人から向けられる愛に、自分も応えようとしただけなのに。


 ルミナスの言葉で王子は目を見開いて立ったまま気絶したのである。

 流石に女神として信仰しないと言ったものの、直後の愛の言葉に色々と耐えられなかったのだろう。前途は多難である、がまぁ、恐らくはゆっくりとではあるけれど。


 この二人ならばうまくやっていけそうだ。

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― 新着の感想 ―
散々なレッテルを貼られて、よく腐らなかったなぁこの王子……
[一言] 「主人公、劉邦タイプ疑惑」 凄く安定した国家運営をする未来が想像出来ました(笑) 面白かったです。
[一言] 夫婦は旦那が尻に尻に敷かれるのが良いって事です。
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