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異世界の歩き方  作者: 葉月奈津・男
7/14

誰かさんと誰かさんが・・・野菜畑


「ほっほう」

うんうん。

オレは何度も頷いた。

街道から逸れる細道を何気なく通ってみたら、よさそうな農村があったので立ち寄ったのだが。

さすが農村。

野菜の数が豊富なうえに新鮮。

地元ならではの卓越した調理法のおかげで料理もうまい。

特に根野菜が素晴らしい。

これは間違いなく土がいいのだ。


『焼きミナリカイモ』。

『カモハセリの根とクレミンの塩漬け』。

『ミナミハセリのスープ』。


そして。


『ムンムの炒め物』。


今日の昼食メニューだ。

このうちの四つ目。

明らかに何かの肉を焼いたもの。

これだけは木の皮をかじる方がマシという代物だったが、前三つは素晴らしく美味しくいただけた。

 ミナリカイモというのは名前の通り地中に育つものなのだというが、食味はナスだった。

 色は皮も中も黄色いが、いわゆる米ナスというやつ。

 それが焼きナスで出たのだ。

 泣けたね。

 前世で食べたときはそんなにうまいとも思わなかったが、柔らかさと上質の甘味。

 もう大好き!

 カモハセリの根は、文字通り何かの根っこであるそうだがオレ的にはキュウリだ。

 色は白いが瑞々しさから何からキュウリに間違いない。

 クレミンは緑色のカブだ。

 キュウリとカブの浅漬け。

 お茶が欲しくなったね。

 とどめのミナミハセリのスープはなんと、かぼちゃのポタージュだった。

 これも土の中にできる作物だそうで、イメージとしては落花生のような感じのものであるようだ。

 メニューのバランスがぐちゃぐちゃだがそこはもう気にしない。

 せっかくの食材なのに味付けとかがいまいちであることが残念だ。

 濾し布を使って濾すとか、野菜で出汁をとるとか、昆布を一欠けら入れるとかの気配りがないのだ。

 なんにせよ。

 元世界の料理を再現するのに使える食材が一気に増えそうなのだから、オレはもうウハウハだった。

 ・・・のだが。


 「やめて、ロレンス! 危険すぎる!」


 機嫌よくうまいものの余韻に浸っていたオレの耳に、女性の声が突き刺さった。

 飯屋にざわめきが広がった。

 目を向ければ店の外、通りのど真ん中で言い争う一組の男女がいる。

 見た感じ、飛び出した男を女が追いすがってきて止めようとしている図だろうか。

 「止めるなメリィ! あいつらを止めなければ、この村は終わりだ!」

 「だけど、あなた一人で何ができるのよ!」

 何やら深刻そうな話である。

 機嫌がよかったオレはついつい、腰を浮かせていた。

 「お困りのご様子。冒険者はお役に立ちますか?」

 ギルド証を示して聞いてみる。

 なにより、この村では何としても野菜の苗と土を分けてもらわねばならない。

 村に終わられては困るのだ。

 

 「冒険者が村に来ているとは好都合です」

 テーブルの向かいに腰かけ、見るからに農家の若者という風体ながら腰に長剣を佩いたロレンスさんが、ホッとした様子で事情を説明してくれた。

 事の起こりは3か月前のこと。

 どこからともなく大量のワーム、ウジ虫がなだれ込んできて畑の作物を食い荒らされたのだという。

 ウジ虫と侮るなかれ、全長数十センチにもなろうという巨体なのだ。

 小型犬よりでかいウジ虫なのである。

 襲われた畑は全滅に近い惨状だったという。

 しかしそこはウジ虫。

 強いわけではない。

 数が多く気持ちが悪いだけだ。

 村人総出で掛かれば危険もなく退治できる。

 すぐに全滅させたのだが・・・。

 「その後は2週間に一度ぐらいの割合で同じことが続いているのです。そのたびに退治はしていますが、出たと言われてから駆け付けるので襲われた畑は壊滅していることがほとんど。このままでは村の畑は遠からず全滅です」

 「それは、大変だ」

 冷や汗を拭って呟いた。

 そんな状況では、苗を分けてくれと言いにくくなる。

 「もちろん、どこかでウジ虫の大量発生が繰り返されているのだというのは想像できています。ただ・・・」

 「誰一人確かめに行こうとしないのよっ!」

 で、見ていられなくなったロレンスさんが単身調査に行こうとしていた、と。

 「そういうことですか。わかりました。オレもその調査に同行しましょう」

 こういう調査なら、やはり冒険者の出番だろう。

 野菜の危機を守るためだ。

 全力で働く覚悟である。

 

 「そんなわけで、出番だヒルダ!」

 用意はできている、そう言い切ったロレンスさんとともに来たのは飯屋の外。

 馬だとかの騎乗用の家畜やモンスター持ちのための厩だ。

 順調に成長を続けているヒルダはもうオレの肩に乗ってはいられなくなったので、騎乗用モンスター扱いになっているのだ。

 姿もヒドラでは周囲に要らぬ混乱を招きかねないので、大型の騎乗用モンスターアルマジロドンに擬態している。

 どうやらヒドラのデコイ用の体というのは本体の意思で、ある程度変更が可能であるらしい。

 ヒドラの姿だと町に連れていけないかも、とのオレの呟きを聞いていて自分で変えたようなのだ。

 世の混乱を避けられるうえに、オレともう二人ぐらいなら乗れるので実にありがたい。

 二人?

 そう。

 なぜかしらんが、いつのまにかメリィさんもついてくる話になっていた。

 村人が誰一人行こうとしなかったところに行こうというのに、いいのかそれで!

 ツッコみたくなったが、無駄そうなのでやめた。

 それにこんなことで時間を浪費するなど許されなかった。

 前回の襲撃から十日ほど過ぎていて、次は数日中だろうというのだ。

 畑の野菜を守るため、のんびりしてはいられない。

 「おお、立派ですね!」

 「これなら、森なんてへっちゃらね」

 呼びかけに応えて出てきたヒルダを見て、二人がはしゃいでいる。

 うん。うちのヒルダさんは頼もしいからな。


 「これはこれは」

 森へ入るまでもなかった。

 近くまで寄っただけで、どこへ行くべきかを見て取れたのだ。

 「・・・森がない」

 メリィさんの呟き。

 正確には森がないのではなく、森の一角にはっきりとした痕跡が残っていた。

 あるいは、残っていなかったというべきか?

 ともかく、ワームたちが来たであろう方向に向かっていくと、青々と茂る森の一角に水墨画の世界が広がっていた。

 枝という枝から葉が失われ、下草すらも存在していない世界。

 枯死したのだろう、幹を灰色や黒色にした木々が立ち並ぶだけの死の世界だ。

 ワームたちが進む間に、目についたものをすべて平らげて移動したのだろうことが容易に想像できる光景だ。

 「これをたどっていけば、迷う心配だけはないな」

 ロレンスさんの言うとおりである。

 こんなわかりやすい目印はないだろう。

 オレたちは、枯れ果てた樹と死に絶えた土地の間を突き進んだ。

 こんな有様だからだろう、モンスターの気配もない。

 まさに無人の野を行くがごとし。

 ヒルダさんはひた走ってくれた。

 だから、それを発見したのは意外なほどにすぐのことだ。

 ワームの山。

 小さな築山ほどもある高さにまでワームが密集している。

 数百はいるだろうか。

 クリーム色の芋虫が蠢いている。

 大きさは3リットル入れのペットボトルだ。

 「なんで、こんなに!」

 いったいなぜ?

 当然の疑問を持って見つめた先、答えがあった。

 「・・・・っ!」

 震えが走る。

 できるなら、回れ右をして駆けだし、すべてを忘れたかった。

 しかし、そうもいくまい。

 「ロレンスさん、メリィさん。ヒルダから降りて少し離れていてください」

 「ど、どうしてですか?」

 「バカロレンス。戦うからに決まっているでしょうがっ!」

 それだけというわけでもないんだけどな。

 思いはしても口にする理由はない。

 彼らが安全な(どこまで離れることを安全というのかは不明だけれど)ところまで離れるのを待って、こちらは全力で動く体勢を整えた。

 「さて。原因はわかった。問題は『なぜ?』だ」

 それを確かめるためにも、あのワームどもが邪魔だった。

 「ヒルダ。あいつらを後ろに投げるから、片っ端から噛み殺せ!」

 「ぴゅい、ぴゅいぃぃぃぃっ!」

 巨体を揺らしてヒルダさんが返事をくれる。

 マジ頼もしい。


 「『釣華』スキル、『一本釣り』!」

 

以前も使ったスキルを立ち上げた。

 カツオの一本釣りよろしく、ワームを一匹一匹針に引っ掛けては後ろに投げる。

 投げられたワームは地面に叩きつけられ、ヒルダに頭を嚙み潰されて死んでいく。

 しかし、アルマジロドンの顎は一つ。

 ヒドラだったときのような殲滅力はない。

 「ぴゅいっ!?」

 10体に一度くらいはミスも出る。

 オレも一度攻撃に回るべきか?

 一瞬、そんな考えがよぎったが、その必要はなかった。

 「俺に任せろっ!」

 長剣片手に田舎の農民が前へ出る。

 10に一つの穴ならば、ロレンスがカバーできるようだ。

 どんどん進めよう。


 「え?!」

 一時間ほども続けただろうか。

 ワームが半分ほど減ったところで、メリィさんが驚きの声を上げた。

 気が付いたらしい。

 ワームが集まっているのは築山ではない。

 そのくらいの大きさの生き物だ。

 光沢のある空色の鱗。

 トカゲに似たその体躯。

 同色の翼がある。

 そんな生き物といえば一つしかあるまい。

 ドラゴンだ。

 いわゆるブルードラゴン。

 竜種の中では比較的弱く、温厚な性格で知られている。

 もちろん、竜族の中では「比較的弱い」のであって、ここらの森でなら断トツの強さを誇るはずの生き物だ。

 生態系のトップに君臨する王者が、最下層に属するワームに集られている。

 驚きもする。

 だが、理由はすごく単純だった。

 「ケガしているぞ!」

 そう。

 傷を負い、その傷口が腐っているせいでワームに集られているのである。

 ワームは、この滅多にないごちそうのおかげで力を得て、繁殖爆発を起こしていた。

 「なら、話は簡単ね。私にだって治癒魔法ぐらいかけられるわ」

 自信たっぷり、メリィさんが胸を張った。

 だからか。

 万が一の時にはヒーラー役を買って出ようと、ついてきていたのだ。

 だが。

 「やめろっ!」

 怒鳴りつけた。

 素人はこれだからっ!

 本気で罵声を飛ばしかけた。

 びっくり顔でこちらを見たメリィさんが、それでもいけないことなんだとは理解したらしく、引っ込んだ。

 なんか、不満そうだ。

 ロレンスともども。

 彼女が治癒魔法の初動を始めた途端、膨れ上がった殺気に田舎の農民二人は気が付かなかったらしい。

 ヒルダさんが、思わず首をすくめたほどの濃密さだったというのに。

 殺気を向けてよこしたのは、治療を施そうとした相手。

 ドラゴン自身だった。

 これがあるかもと思ったから、二人を遠ざけていたのだ。

 ワームの山の向こうにドラゴンがいることには気が付いていた。

 ケガをしていることも。

 そう。

 ケガをしているのだ。

 死体にウジが湧いているわけではない。

 ドラゴンは生きている。

 それなのに、傷を治そうとしていないから「なぜ?」なのだ。

 理由が判明するまでは、勝手なことをするべきではなかった。

 農民二人が、もう余計なことをしようとしないことを確認する。

 「続けるぞ、ヒルダ!」

 一声かけて、作業再開だ。

 ワームを一匹ずつ引きはがしては、ヒルダが処理する。

 そう。

 古き良きゲームにおいて、ひたすらスライム退治をするがごとくである。

 そうしてさらに30分が経ったころ、ようやく一筋の光が見えた。

 謎を解くヒントという比喩であると同時に、リアルな話だ。

 青白い輝き。

 聖なる力。

 「治癒魔法だな」

 紛れもなく、傷を治すための魔術。

 だけど・・・。

 弱すぎる。

 絶対に治癒を目指して行使するのには魔力が足りていない。

 魔法力が尽きているのかとも考えられるが、そうではなさそうだ。

 まだまだ蓄えられている。

 オレの『目利き』は最大深度にすれば相手のHPとMPをも確認できる。

 目が痛くなるし、精神的に疲れるから普段はやらないけれど。

 それによれば、このドラゴンは竜族ならではの大量の魔力を持っているはずなのだ。

 それを全く使っていない。

 違う。

 使ってはいるが、ひどく神経質な使い方をしているようなのだ。

 針に糸を通すような繊細さで、魔力を絞っている。

 元より傷付いている体。

 ワームに食いつかれている激痛。

 繊細な魔力操作を行える精神状態ではないはずなのに。

 とてつもない集中力だ。

 一体なぜ?

 さらに深まった謎を解明しようと、意識のすべてをドラゴンへ向けた。

 ワームはすでに駆逐されている。

 あとは謎解きが終われば問題解決は早い。

 そう思った。

 そのとき。

 「ぴゅいっ、ぴゅいぃいぃぃぃいぃっ!」

 急を告げるヒルダの叫び。

 慌てて振り返ったオレの目・・・いや、耳が異常を捉えた。

 「そうか、そりゃそうだよ!」

 自分の間抜けっぷりに腹が立った。

 いくら最上級の栄養源ドラゴンの肉がそこにあるとしたって、ワームが大繁殖する理由にはなりえても原因とはならない。

 なぜなら、そこに卵が産みつけられなければ、そもそもウジが湧くことはないからだ。

 卵が産みつけられているということは、産んだものがいるわけで。

 「殺虫剤が欲しいよな!」

 包丁を抜き放って叫んだのは現実逃避のためだ。

 空一面に、ベッドサイズのハエが飛んでいるなんて、認めたくなんかない!


 「ひぃっ、ひぃいぃぃぃぃぃ!!!!」

 メリィさんがムンクの叫びみたいな顔で悲鳴を上げている。

 正直、オレだって悲鳴を上げたい。

 ヒッチコックの映画並みにハエが飛んで来るのだ。

 これだけで失禁しそうな恐怖である。

 「手数がまるで足りてない!」

 ハエといえばハエ―・・・もとい、素早いことでも有名なやつらだ。

 それが密集して飛んで来る。

 包丁がハエ叩きだったとしても対処なんてできるものではなかった。

 いったん逃げるか?

 本気で検討し始める。

 そんなオレの背中を押したのは、やはり彼女だった。

 「ぴゅ・・・・ギィギャゴォォォォォォォオォォォォッッ!」

 すさまじい雄叫び。

 見れば、アルマジロドンの擬態を脱ぎ捨てたヒルダが、爆発的な膨張とともにヒドラへと変化していく。

 蛇の首を一本出したかと思うと、その首はすぐさま無数に転がるワームを貪った。

 次の首を作るための栄養とするためだ。

 二本目が生えてくると、今度は二本の首が同じことをする。

 倍々と首が増え、瞬く間に18本の首を持つ巨大ヒドラが完成した。

 そうとなれば、やることは一つ。


 「『調理』スキル、『下拵え』!」


 『レシピ』と同様に、自動モードのあるスキルを発動した。

 下拵え、魚の鱗取りや野菜の皮むきなどの事前準備の総称。

 その中には当然に、虫の翅と脚を取り除くことも含まれる。

 ハエをすべて倒そうとすることを諦め、翅と脚を取り除くことに専念する。

 移動手段をなくしたハエどもなら、ロレンスでもとどめをさせるしヒルダにはエサでしかない。

 「って・・・おいおい。マジかよ!」

 ビビった。

 なんと、脱ぎ棄てられた擬態アルマジロドンまでもがハエの踊り食いに参加しているのだ。

 モンスターの生態をほぼ完コピしている擬態なのだから、体の構造上は可能なのだろうが脳はないはずだ。

 いったいどうやっているのかと興味がわくが、今はヒルダの能力研究をしている場合ではない。

 空を埋め尽くすハエを叩き落とすことに、全力を挙げて没頭した。

 

 自動モードは、文字通りの意味である。

 おかげで、戦闘終了時にも精神的疲労がほぼない状態でいられた。

 自動モードが終了した瞬間の周囲の状態には、少なからず衝撃を受けたけれども。

 見える範囲すべてにハエがいる。

 幸いなのは、空が抜けるような青空なこと。

 うん。

 もう飛んでない。

 「ひー、あは、ふふ、ひぇー、ひゃはは」

 メリィさんがちょっぴり壊れた感じで笑い続けているのと、その横でロレンスが途方に暮れているのは・・・もはや愛嬌だな。

 もちろん、黙々と処理を続けているヒルダさんも。

 おっと。

 「アントンも手伝ってやってくれ」

 相棒のリクガメも出してやった。

 今日は食べ放題である。

 二人がもりもり平らげていくのを眺める。

 大食い王の称号をあげたくなったね。

 見事な食べっぷりのおかげで、ハエまみれだった記憶がわずかながらも拭われていく。

 悪夢は見なくて済みそうだ。

 メリィさんもそうであることを祈ろう。

 最悪でも、ハエを見るととりあえず叩き潰したくなる衝動に襲われる、くらいで済んでくれれば大丈夫。

 間違っても、自分で食べ始めないことを願う。

 ロレンス君のために。


 ハエが片付くのに小一時間ほどかかった。

 アントンは途中で影に戻っていったが、セシルさんは食べ続けだ。

 その間、ヒルダさんは首を何度となく挿げ替えていた。

 即席だった擬態が、完全な形になるたびに自切して新しい首を出すというのを繰り返しているのだ。

 体を大きくしても意味がないが、栄養はどんどん増えるので消費する必要があるのだろう。

 あと、たぶんだけど食材提供という意味もありそうだ。

 以前の首は、オレが蒲焼にして全部食べたからな。

 タレがいまいちだったが、最後のほうではいい感じに熟成されていた。

 これから継ぎ足しして育てていこうと思っている。

 なので、首のほうはオレが収納スペースへと運び込んでいた。

 内臓とかはそもそもない。

 あるのは食道だけなので、下処理もいらないからな。

 保存もしやすいのだ。

 ああ、それでいえばアルマジロドンも。

 いつの間にか停止していたのでこれも収納してある。

 どうやら、本体から脱ぎ捨てられた後も最後の思考のまま動けるが、一定時間経過後は動けなくなるようだ。

 思い切り膨らんでいたが、ハエやワームが詰まっているのではなくて、きちんとアルマジロドンの肉としてから停止しているようなので、これもまるまる食材となる。

 ・・・一人では食べきれんかもしれん。

 ヒドラの擬態肉は死肉と違う。

二か月から三か月は保存できるから、問題ないけれどね。

 どこかでまた屋台をやればいいだけだ。

 「片付いたな」

 食べ終わるのを待って、移動した。

 ハエがどこから来たのか確認する必要がある。

 元を絶たないことには安心できないからな。

 少し落ち着いたらしい二人もついてきた。

 彼らも原因を確認しないことには落ち着かないそうだ。

 わからなくはないので、連れて行く。

 そして・・・。

 「なにこれ!?」

 元は意外なほどすぐに見つかった。

 10分も歩いただろうか?

 そのぐらいの距離に、それはあった。

 ハエとワームが食い散らかしたのだろう。

 すでに骨が見えている巨大な生物の死骸がある。

 「ドラゴンのオスだな」

 腐臭に顔をしかめつつも、つぶさに観察してそう結論付けた。

 頭の形と数、翼、鱗に覆われた体。

 さっきのメスよりも一回りでかい。

 これらを総合してみれば、そうなる。

 「いったい、何が起きたんだ?」

 ロレンス君の呟きが、全員の疑問であるわけだが・・・。

 「もしかして?」

 一つの可能性が頭に浮かぶ。

 

 『モンスターの中にはメスの妊娠中、番のオスを殺し且つメスの体内の子種をも破壊することで、メスを強制的に発情させるモノもいる。メスはパートナーの死と体内の子種を破壊されることで、種族保存の本能を刺激されて目の前のオスを拒絶不能になるのである。モンスターのすることとはいえおぞましいことだが、これは人間にも当てはまる。喪服を着た女が美人に見えるという男の心理は、まさにここからきているものと推察する』

 (ゲオナ・ロドウェイ著。『モンスターの生態に見る人間の生き方』より抜粋)

 

 「つ、つまり、どういうことなの?」

 「ここにあるオスのどちらかが、さっきのメスのパートナーのA。もう一体は横恋慕したオスB。AはBに殺されつつも反撃して相打ちになって死んだ。Bも死んだが、このときメスを傷つけることには成功していた。メスはこの場から逃れたものの傷が深くてそれ以上は逃げられなかった」

 そう考えれば、この状況の辻褄は合う。

 もう一つ。

 「メスが治療魔法を使うのに慎重なのは、パートナーとの子供を守るためなんだと思う」

 「守りたいなら、治療すべきだろ?」

 「たぶんだけど、治療することと妊娠機能のリセットがイコールなんだよ」

 傷を治そうとする行為が、そのまま今ある子種の消去と妊娠機能の再生を促すものだとしたらどうだろう。

 人間でも、妊娠した母親の免疫機能が子供に過剰反応するケースがある。

 母体にとって、子供は異物なのだ。

 「それって、愛する人の子供を産むために、自分の命を危険にさらしてるってこと?」

 胸元で手を組んだメリィさんが、すでに泣きながら聞いてきた。

 本人の中で答えはもう出ているが、確認したいってことだろう。

 「うん。きっと、あのメスはパートナーが死んだとき自分が生きることも諦めたんだろう。だけど、自分の中に愛する相手の子供がいることに気が付いて死ぬのは思いとどまった。そして、生きることではなく産むことに残りの命を使うことを決めた」

 その先に確実な死があると理解したうえで。

 「あ、危なかったわ。あなたが止めてくれなかったら、わたし、そんな大切な子を殺しちゃうところだったのね」

 殺すというより「消す」だけどな。

 意味は間違っていないから指摘しないけども。

 実行していたら、「消される」のはメリィさんだっただろうと思うし。

 「事情ははっきりしたな」

 深くため息を吐く。

 覚悟を決めた。

 「ロレンスさんとメリィさんは村へ帰ってください」

 「なに?」

 「え?」

 「ここにいてもすることはもうなさそうですからね。それより村の人たちに報告を。ワームの襲撃はもうないとね」

 いまだ、二体のオスに群がり蠢いている無数のワームを睨みつけたまま断言した。

 「まさか?」

 ロレンスが探るような目を向けてきた。

 そう。

 オレはこのまま残って、これの始末をつけるつもりでいる。

 「俺も残って一気に片付けた方がいいんじゃないのか?」

 「いや、メスの出産まで付き合うつもりなんだ。一か月や二か月はかかると考えた方がいい。そうなると、瀕死のドラゴン。ワームだけでなく、狙ってくるモンスターは多いだろうからな」

 こんなチャンスそうあるものではない。

 付近のモンスターたちはこぞって狙っているはずなのだ。

 出産まで付き合うのなら、急いで片付ける意味はない。

 三人で待つのはリスクにしかならない。

 ここはオレ一人が残るのが効率的だ。

 「二人だけで帰れるか?」

 無理そうならヒルダに送ってもらうが?

 顔を見合わせて無言の相談をする二人。

 夫婦かよ!?

 ってツッコミが頭をよぎったが。口にするのは野暮だな。

 「ワームが通った道を使えば、安全だろう」

 来るときもモンスターの気配すらなかったからな。

 「夜通し歩けば明け方には着くと思うわ」

 夜もリパークせずの強行軍か、身体にはきついが安全ではあるな。

 二人して頷く。

 「じゃ、お別れだな。無事出産したら報告はさせてもらうよ」

 「待っているわ」

 「ずいぶんと手間をかけるが、クエスト報酬はいくらくらいになるかな?」

 ちょっと怯えつつ、ロレンスが確認してきた。

 知らぬふりで立ち去ろうかと何度も考えながら、余計に怖くなったので聞いたって感じがする。

 「そうだな。ミナリカイモ。カモハセリ。クレミン。ミナミハセリ。これらの苗と種。それから畑の土を分けてもらいたい。村の人たちの説得を頼む。それが報酬だ」

 「そ、それだけか?」

 信じられないって顔をされた。

 まぁ、当然か。

 二か月もかかるとなれば、普通は金貨が百数十枚消える話だ。

 「足りない分は、こいつらが支払ってくれるさ」

 背後を親指で示して見せる。

 「こいつら?」

 「あ。竜の採取部位ね!」

 理解したようで、メリィさんが明るい声を上げた。

 その通りと頷いて見せる。

 竜は捨てるところのないモンスターだと言われている。

 腐りつつある肉や内臓はどうしようもないが、それ以外なら採取できるものもあるようだ。

 クエスト報酬に充分なくらいは手に入るだろう。

 安心したロレンスとメリィさんが二人手を取り合って去っていった。

 妙に肩が触れ合っていたのは、ドラゴンの愛に感化されたからか?

 まぁ、勝手にしていただこう。


 こっちはこっちで仕事があるからな。

 ワームが繁殖しないよう随時退治しつつ、採取可能な部位を確保、その間にメスドラゴンの護衛もする。

 動きが取れない以外は、それほど困難な仕事でもない。

 オレが部位の採取をしている間はヒルダを護衛に残し、退治したワームや取り除いた腐肉の処理をヒルダがしている間はオレがメスドラゴンを護衛する。

 結果的には、オス二体の処理に十日ほどかかった。

 素材部位の骨、牙、角、皮膜、鱗。

 宝石部位の眼精水晶、血珠、涙石。

 各部位をきれいに洗浄しながら回収、収納したのだ。

 肉については最終的にはヒルダとアントンが始末をつけた。

 そのあとは、ときおり現れるモンスターからメスドラゴンを守りつつ、付近の森で採集作業に勤しむ。

 

 二か月後。

 「冒険者様っ!」

 久々に村へ入ると、目ざとく見つけてくれたメリィさんが駆けつけてくれた。

 「どうでしたか?」

 期待はしつつも、万一の覚悟もしている目で問うてくる。

 「無事に生まれたよ」

 卵は収納スペースに保管してある。

 オレの魔力を吸収しながら成育されていくはずだ。

 「メスドラゴンは助からなかったけどな」

 残りの体力と生命力のすべてを卵へと送り込んだメスドラゴンは、最後には骨と皮という姿になっていて、卵を産み落とすと静かに命の灯を消したのだ。

 「そうですか」

 寂しげに呟いて、メリィさんはオレの注文通りに野菜の苗と種、畑の土を用立ててくれた。

 畑の土に関しては予想以上の量だったことに驚いていたけれど。

 ちなみに、ロレンスは出かけていた。

 婚礼に使う道具などを集めるために奔走中だそうな。

 頬を染めて話してくれたメリィさんがいじらしいやら、恨めしいやら。

 人の恋路を呪う気はないけどな!


 速足で村を去ったことは言うまでもない。


名前:シェルフ・ボードフロント。

種族:人間(異世界転生者)。

職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。

スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣人』。5、『土操作』以下『?』。

手に入れた食材:竹モドキの大根。チューリップに見えて花がピーマン、バラのツタネギ、稲に見えて黄色いイクラ、鶏のむね肉、ヒドラの首ウナギ、木の実だけどエンバク。黄色くて地下になるナス。白い根キュウリ。緑色のカブ。落花生みたいなカボチャ。

使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』、ヒドラ『ヒルダ』、砂金シジミ五匹。



         閑話休題(護衛の合間)


 ロレンスたちが去って10日余りが過ぎた。

 すでにオスの解体は終わり、メスの護衛をすればいいだけとなっている。

 だが、はっきり言って暇だった。

 護衛と言っても、相手は全く動く気がないのだ。

 そして、忘れている者も多かろうが(かく言うオレ自身が忘れかけていた)、オレの本職は『結界師』である。

 定位置での防衛ならお手の物なのだ。

 周囲に結界を張るだけでいい。

 メスドラゴンも治癒魔法をかけるのでなければ、無関心であるようなので二重三重の防御結界を張らせてもらった。

 そうなれば、護衛とは名ばかりの見張りでしかない。

 ヒルダだけで充分だ。

 そんなわけで、オレは時間を有効に使うことにした。

 まず行ったのが、森の再生のお手伝いだ。

 ワームに食い荒らされて枯れ死した樹木を取り除き、新しい木が生えてくるための場所を空ける。

 なんでそんな手間を?

 そう思われる方もおられよう。

 頼まれもせんのに慈善事業なんてって考える方は多いだろうからな。

 だが、心配していただかなくて結構である。

 慈善事業ではない。

 徹頭徹尾、オレの欲得によるものだ。

 どういうことか?

 またとない好機なのでスキルの練習を行ったのだ。

 主に『境界』のな。

 ワームに皮をはぎ取られて枯れ死した樹木なら、どうなったところで誰からも文句は出ないだろうからな。

 いろいろな方法で結界を張る練習だ。

 燃やしたり凍らせたり、ついでにそこいらの種を促成栽培で苗にして植樹したりした。

 我ながら「おそっ!」だが、『境界』スキルは意外なことに柔軟性があることが分かった。

 『調理』と違って街中での練習は無理だから、仕方ないけどな。

 今後はいろいろと使えるかもしれない。



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