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異世界の歩き方  作者: 葉月奈津・男
6/14

見上げれば城がある


 「おお。盛大だな」

 城下町は人で溢れ、活気に満ちていた。

 コリーヌ領の領主エドゥアルト侯爵の愛娘エリザベートの生誕16年を祝う祭典、ようは大規模な誕生会があるというので駆けつけてみたのだ。

 領主とはいえ侯爵。

 高望みはしていない。

 それでも、庶民には手の出ないような食材を使った料理もあるだろうと期待はしている。

 会場は城の大広間。

 形式はビュッフェスタイルで、料理を置かれたテーブルの間を出席者が自由に移動できるものとなっている。

 奥の椅子に座っているのが主役のエリザベートなのだろうが・・・。

 どうやらかなり内気な女性らしく、挨拶されてもぎこちなく微笑んで頭を下げるだけといった感じだ。

 きれいな金髪と白磁の肌も相まって、『お人形さん』のイメージである。

 相当過保護に育てられたのだろう。

 「おいしそうではあるな」

 いや、エリザベートのことではない。

 出されている料理の話だ。

 いろいろと並んでいるのだが、見た目にこだわっているのか華やかな色遣いとなっている。

 「どれどれ」

 手始めに取ったのは、何かの肉を焼いたもの。

 香草を添えるというアイディアを初めて見た。

 だがそれだけだ。

 香草は臭み消しにならず苦いだけ、肉が固いので結局香草を飲み込んだあとで肉を噛み千切ることになる。

 そうすると臭み消しがなくなったあとから獣臭さが来て、余計に強調されてしまう。

 思わず咽そうになって、隣のテーブルにあった野菜の煮物っぽいものを口に入れてみる。

 しっとりをかなぐり捨てた、イモ類のパサパサ感に襲われた。

 煮物なのにパサパサとは!

 ここのシェフは天才か?!

 驚きすぎて息が詰まったね。

 これはだめだと、手を掛けていなさそうな果物に手を出したら強烈な渋み。

 もはやどうにもならず、壁際に移動してへたり込んだ。

 料理を食べてここまでのダメージを負うことになろうとは。

 こんななのに、周囲では食事を楽しんでいるらしい声がちらほら聞こえてくる。

 オレ以外には好評を得ているようだ。

 なぜだ?

 食文化の精華を知らんからだ。

 ううっ、哀しい。

 ちびちびと果実ジュースを舐めながら、涙した。


 「きゃぁぁぁぁっ!」


 唐突に、悲鳴が上がった。

 周囲のざわめきが、その種類を変える。

 楽しげな談笑が消え、不安を吐露する囁きが高くなった。

 何事が起きたのか?

 答えは数分後にもたらされた。

 息を切らせて駆け込んできたのは、若い騎士だ。

 「なにごとか?!」

 騎士が姿を見せるや否や、侯爵が詰問した。

 「そ、それは・・・」

 辺りに視線を泳がせて、騎士が言い淀む。

 八割方は演技だろう。

 ここで報告してはまずいと思われる、そう侯爵に進言しているのだ。

 そうと承知の上で、侯爵は報告を促した。

 この場を取り繕っても意味はないとの判断だ。

 正しい判断だと、オレも思う。

 報告の内容を隠すことは侯爵への不信感を高めるだけで、なにもいいことはない。

 「アンデッドです。不死の魔物どもが攻めてまいりました」

 簡潔に告げられた言葉に、誰も反応しなかった。

 噂話程度でなら耳にしたこともあるが、身に迫る危機とは感じたことがない。

 どう反応すべきかわからなかったのだ。

 「規模はどれほどか?!」

 自失の数秒を経て、侯爵が問いを深める。

 噂話程度と言いつつ、まるっきり想像もできないというものでもない。

 領主や、その下で働く騎士団にとっては、備えておくべき災害の一つなのだ。

 台風や地震ぐらいの感覚と考えて間違いない。

 どの国でも年に一・二回、どこかの領地で発生するもの。

 たいていは数か月ほど支配されるにしても、そのあとは奪還に成功する。

 武力か、金で。

 ようは、死霊魔術を極めた魔術師が、自分の力を誇示したいという野心と、金が欲しいという欲求に負けて行う犯罪に過ぎないのだ。領地を奪って権力者になろうなどという考えがあるわけではない。

 だから、慌てはしない。

 慌てはしないが、内心では冷や汗ものだろう。

 奪還に成功するのは確実だが、そのあとも領主でいられる保証はないからだ。

 管理不行き届き、危機対処能力の欠如、敗戦責任、何らかの理由をつけられてペナルティーを負わされ、地位を剝奪される公算のほうが高かった。

 「数百から、千ほどとみられます」

 「くっ!?」

 ついに、侯爵の顔から余裕が掻き消えた。

 この場で報告させたことに後悔する様子が見られる。

 現在ある城の防備では、勝てる確信が持てない規模ということか。


 「失礼ですが、不死の魔物と申されていましたが種類は? どのように攻めてきているのですか?」

 

 騎士団だけでは荷が重いということであるならば、居合わせた冒険者として捨て置くわけにもいかない。

 より詳しい情報の開示を求めた。

 「!? 貴殿は?」

 訝し気に問いかけてくる。

 頭ごなしに罵声を飛ばさないあたり、領主子飼いの騎士にしては礼儀がなっているようだ。

 「冒険者ギルド所属の冒険者シェルフ・ボードフロント。緊急事態であるとお見受けした。緊急クエストとして対処させていただく」

 冒険者には緊急時に周辺の安全確保、一般人の生命及び財産を守るため必要なことをする義務と、その権利が与えられている。

 「冒険者殿でしたか」

 少しほっとしたように息をついている。

 が——。

 「しかし、冒険者殿とは申せ、何ができるのか・・・」

 すぐに不審そうに眉が寄せられた。

 まぁ、見た感じ勇猛な戦士には見えないからな。

 「オレもそれが知りたい。だからこそ、お尋ねしたのですよ。種類と攻めかたとをね」

 不死と言っても色々ある。

 ゾンビやスケルトン、死霊の類、などなど。

 当然、各々対処法にも違いが出るのだ。

 はっきり言ってしまえば、オレの場合だと死霊系ばかりならできることはない。

 「種類は七割がゾンビ、残りがスケルトンです。ちらほらとグールの姿も見られます」

 「死霊系はいないのですね。それなら、少しは役に立てそうです」

 自信をもって答えられた。

 「攻め方としては、ともかく前進を優先している様子でした。兵士や騎士を見かけても、大半は素通りしてしまうのです」

 「ほほう」

 それなりに考えているな。

 それがオレの感想だ。

 不死の魔物を操る術師への評価である。

 それがにじみ出てしまったのか、騎士が不思議そうな顔になった。

 「だとすると、魔物たちは立ち向かってくる相手を倒せと命令されている可能性が高いですね」

 不死の魔物というのは名前の通りすでに死んでいる者を魔術で動くようにしたもののことを言う。

 動くようにしただけのため、命令して動かそうにも複雑なものでは実行不能だ。

 ようは頭が悪いということ。

 とある有名な話では不死の兵を率いて城を攻めた死霊魔術師が、配下の魔物に「城内の生きている者はすべて殺せ」と命令していたために、落城ののちに入城したとたん背後から斬りつけられて死んだという笑い話がある。


 (古書店で発見。メーゼル・クレリオ著『死霊術師のよもやま話』)


 自分もまた、「城内の生きている者」のカテゴリーに入ることを失念してしまっていたのだ。

 「侯爵閣下」

 この場で最上位のものに声をかけた。

 「なにかな?」

 「お客さんたちとともに、最上階へお逃げください。万一、騎士団が敗退するようなら抵抗は一切せず、ゆっくりと脱出を試みられるがよいでしょう」

 騎士団だけで対処できれば、それが一番いいのだが対処できない場合も脱出の道がある。

 暗にそう伝えることで、一般客が暴徒と化す可能性を下げるのが目的だ。

 前門に不死の魔物、後門に暴徒というのはぞっとしないからな。

 「そ、それなら!」

 客のご婦人が一人、耳が痛くなるような高い声を上げた。

 「今からでも脱出すればいいではないのっ!?」

 一刻も早く逃げ出したいらしい。

 気持ちはすごくよくわかる。

 「それは、賭けですよ」

 「賭けですって?」

 「そうです。私が不死の魔物を操る魔導士で、この城を金銭目当てに襲撃しているのだとしたら、魔物だけではなく生きた人間も雇います。いままさに、あなたがおっしゃったように抜け出す者を捕らえさせるためにね」

 領主主催のパーティーに呼ばれるようなものならば、当然に名士や富豪だろう。

 それらを一人残らず捕えれば国に対する人質とできるし、各人の関係者に身代金も要求できる。

 金目的なら、ここを外すのは愚策だ。

 まして、城を襲撃なんて危ない橋を渡っている。

 手に入れられる財貨は金貨一枚でも集めたいに違いない。

 「無事に抜け出せるか、人質一号になるか。やってみますか?」

 「止めはしない、と?」

 「守るべきものは少ない方が何かと動きやすいので」

 これが本音だ。

 勝手に抜け出して勝手にくたばるのなら、オレに責任はないからいくらでも切り捨てられる。

 しかし、最後の最後まで忠実についてこられると全部オレの責任になってしまうのだ。

 「なるほど」

 ご婦人は一つ頷いて引き下がった。

 結局、オレの指示に従うつもりらしい。

 いや、そこは「好きにさせていただきます」と、取り巻き連れて逃げて欲しいぞ。

 残念ながら、全員が同じ道を選ぶようだ。

 仕方がない。

 「行きますか」

 報告に来た騎士と共に、不死の魔物を迎え打ちに出る。

 「戦えるでしょうか?」

 先に立った騎士から気弱な発言が出た。

 「我々も剣で攻撃はしたのですが、何事もなく反撃されてしまいまして」

 おいおい。

 不死の魔物とわかっているなら対応策ぐらい考えろよ。

 「聖なる加護のある武器は騎士団全体で数本しかないのです」

 う。

 そう言われるとやむを得ない気もする。

 もともと世に出る数が限られるうえ、値段もそれなりにしてしまう。

 普段は何の役にも立たない飾りだし。

 盗賊とかにも使える武器を充足させるほうが重要度は高い。

 「数と密度によります」

 さすがに10体ぐらいが固まってやってきたりすると対処しきれない。

 ・・・かもしれない。

 「逃げろ。もう持ちこたえられそうにない!」

 角を曲がり、城のロビーに到着すると緊迫した声が上がった。

 見れば城門がすでに破壊されていて、数人の兵士が盾をかざしてゾンビの侵攻を食い止めようとしている。

 今声を上げたのは、その中でも一番でかい盾を構えた黒髪の女性だった。

 キリリとした眉が精悍さを醸し出している。

 全身をプレート鎧で覆い、腰に長剣を佩いた重装歩兵。

 相対しているのは肌がどす黒く、異臭を放ちまくっている腐れかけの死体。

 ゾンビだ。

 うーむ。

 この対比はすさまじいな。

 若くて華奢な体つきの女性と大盾というのもすごい取り合わせだけれども。

 人間相手の戦闘なら絶対の防壁として活躍しそうではある。

だが、不死の軍団が相手では文字通りの壁となるので精いっぱいだろう。

 「あー、そのままそのまま」

 壁があるなら、オレ的には好都合。

 押しとどめ続けるよう指示をした。

 で、結局何をするのかといえば、『浄化』だ。

 不死系の魔物に対して有効な技といえば、当然これしかない。

 

 『調理』スキル、『包丁研ぎ』。

 

 モンスターとの戦いや調理後に武器を洗い清める能力だ。

 オレは戦闘が終わるたび、きちんと包丁をまっさらな状態にしてからしまうことにしている。

 もちろん、普段の調理でもそうだ。

 食材が変わるごとに行っているので熟練度が高い。

 覚えたばかりのころには魔力を30ぐらい使っていたのが、今や3くらいで済む。魔力の総量も比較にならないほど上がっているから、いまや息をするくらいの感覚で使える能力となっている。

 「え?」

 黒髪女性が呆然としている。

 目の前で盾を押していたゾンビが、一瞬にして腐肉を失い白骨化。

 崩れ落ちたのだ。

 「え? え? え?」

 それが連続で発生する。

 詠唱無用のスキルテクニックだから、連発も可なのだ。

 10体くらいに囲まれたらピンチだが、こうして防壁が機能しているのなら単純作業でしかない。

 イメージとしては蛇口につないだホースで水まきをしているようなものだ。

 水は放っておいても出てくるから、ホースの先を任意の位置に向けるだけでいい。

 楽な作業である。

 「いや、待て。なんでこんな少ないんだ?」

 ほとんど無意識レベルで使えるのをいいことに、オレは疑問を口にした。

 あまりにも少ないのだ。

 不死の魔物のことではない。

 騎士団の騎士と兵士のことだ。

 っていうか、報告に来ていた騎士以外の騎士が見当たらないのはなぜ?

 一般兵しか見えないんですけど?

 「・・・逃げた」

 「はい?」

 「全員逃げたのだ。攻撃さえしなければ、反応しないと気が付いた途端にな!」

 忌々し気に吐き捨てられた。

 マジであるらしい。

 「ひどいな」

 なんだそれはと呆れかえる。

 確かに戦いようがなかっただろうことは予想できる。

 しかし、いきなり逃げ出すとかありえない。

 事実一般兵の彼女はこうして踏みとどまっていられている。

 城を守ろうという気がありさえすれば、できることはありそうなものなのに。

 うん。

 つまり、守る気がなかったってことだな。

 ちなみに、女性兵士の名前はエトワール。

 どこかの騎士にあこがれた母親が付けた名だそうだ。

 そのあこがれた騎士とやらが父親らしいと疑っているが真相は闇の中だという。

 兵士になったのもそのせいだそうな。

 「ぼ、冒険者殿?!」

 女性歩兵と話しているさなか、騎士が注意を促すように腕を上げて何かを指さした。

 作業中暇なので雑談していたのだがな。

 「ああ。大丈夫ですよ」

 そこにいたのはスケルトン。

 言わずと知れた白骨だが、やることは変わらない。

 肉体という物質に取り憑いた悪霊を洗い流して、追い払えば無力化できる。

 同時に、もとより骨のため失うもののない彼らは浄化されるとチリとなって消えてしまう。

 完全消滅だ。

 あとで掃除は大変だろうけど。

 その意味で危険なのは、ゾンビから腐肉を洗い流したあとに残った白骨だ。

 術者のレベルによっては、これらが今度はスケルトンとして動き出しかねない。

 「足元の骨を外に向けて投げていただけませんか?」

 横にいる騎士に頼んだ。

 盾も持っていないので暇そうなのだ。

 足場に転がっている骨は邪魔だしな。

 「わ、わかった」

 手持ち無沙汰だったのだろう、大きく頷いて騎士が動き出す。

 『包丁研ぎ』の効果で肉の欠片などは全部削ぎ落されている。

 純粋に骨だけなので、触るだけで手がどろどろというのはない。

 どんどんと放り投げられていく。

 それに合わせて、わずかな兵士たちによる防御線も前進した。

 盾の壁の前に密集していたゾンビが駆逐され、散発的に歩み寄ってくる状態にまで状況が好転しているのだ。

 このまま城外まで押し除けていこう。

 『ぐぅぅぅおぅぅぅぅぅ』

 「ああ、やはりいたか」

 低いうめきのような声・・・音ともに姿を現したのは懸念していた死霊、レイスだ。

 物理的な攻撃手段を持たない代わりに、こちらからの物理攻撃も通じない厄介な敵である。

 オレの『包丁研ぎ』は物理攻撃に分類されてしまうので、出てこられたら困るとは思っていた。

 困ると思っていた。

 そう。思っていたのだ。

 当然、対策も考えている。

 外に投げ捨てさせた白骨だ。

 死霊は大概の場合、とり憑く肉体を欲している。

 通常は術者以外の人間にとり憑こうとして相手を状態異常にするわけだが、今回はお誂え向きに白骨が落ちている。

 しかも、周囲は死霊魔術師の魔法効果範囲。

 散らばった白骨が組み合わさり、スケルトンとして復活していく。

 立ち上がるのも待たずに浄化していくけどね。

 死霊と足元の骨、双方がどんどんと消えていく。

 「冒険者殿っ!」

 「ああ、見えているよ」

 薄くなったゾンビとスケルトンの壁の向こう、生きた人間が立っているのだ。

 遠目だが、意外と若いように見える。

 周囲を比較的新しそうな死体が守っているようなので、たぶんあれが死霊魔術師だろう。

 「生きた人間に友人はいないのかな?」

 「うるさいっ!」

 おお。

 思わずつぶやいた言葉に反応された。

 聞こえたらしい。

 「死体としか付き合えないなんて、寂しい奴」

 「やかましいって言ってんだろうがっ!」

 本気の怒声が飛んできた。

 うむ。

 気にはしているようだ。

 実際、魔導士なんて術の研究で自室にこもる傾向があるので、社交性に乏しいものなのだ。

 死霊魔術師なんてものになると、そりゃ友人は作りづらいだろう。

 常に死臭と腐臭を纏わせているのだから。

 「で、こんな騒ぎを起こした理由は? 寂しくなったのでかまって欲しくなったのか?」

 「・・・」

 あれ?

 黙られてしまった。

 もしや、真実を突いてしまったのだろうか?

 「・・・いたかったんだ」

 黙ったのではなく、声が小さかったらしい。

 最後だけ聞こえた。

 「なんだって?」

 距離を詰めて、もう一度訊ねる。

 すでに、不死の魔物は二体にまで減っていた。

 グールだ。

 ゾンビより頭はいいが、汚さでは上を行く魔物である。

 「エルザベート様を祝いたかったんだ!」

 「妹を?!」

 ああ。

 誕生会だっけ。

 っていうか・・・。

 「あんた、領主の息子なのか?!」

 「そうだが?」

 騎士団が総出でいなくなっている中、一人残ったのは息子だったからか。

 つうか、身内以外には逃げられているわけで・・・ここの領主は人望ないのか?

 「祝うのに不死の軍団引き連れて襲撃はないだろ?」

 呆れるとかのレベルじゃないぞ。

 「しゅ、襲撃?! してないっ! してないっ!」

慌てたように顔の前で手を振っている。

 まさかとは思うが、自覚ない?

「じゃ、あの数のゾンビとスケルトンは何のためだ?」

 「ひ、一人じゃ恥ずかしくって心細いから、ついてきてもらった」

 小学生が友達に付き添ってもらうパターンかよ。

 本気で死体が友達らしい。

 「アホですかーっ!」

 スパーン!

 横から飛び出した女性兵士が思い切りひっぱたいている。

 「生きた友人連れてくるのだって情けなくて受け入れがたいのに、死体連れてくるとかありえません!」

 女性の立場からの忠告が飛んだ。

 「だいたい、死体の臭いが付いた身体で来られたら食事もまずくなるってわからないのですか?!」

 うんうん。

 「清潔感も誠実性も皆無の人に祝われても迷惑なだけです!」

 憤然と言い切られた。

 いや、もちろんそうなんだろうけど、男としては死霊魔術師が哀れになってしまった。

 なんか、涙ぐんでいるぞ?

 「でも、でも、だって、エリザちゃんと友達に・・・」

 いきなり愛称になったぞ。

 困ったものだが、どうやらもう襲撃の警戒は必要なさそうだ。

 「よし。じゃぁ、こうしたらどうだ?」

 オレは今回の事件に収拾をつける方法について提案した。

 付近で魔術の研究をしていた魔術師、つまりここにいる死霊魔術師のことだ。

 名前はルスルス・シムチエールというそうだ。

 彼は自分の能力にある程度自信を持っており、領地を統べる侯爵の下で働くことを考えた。

 しかし、名もなき魔術師が突然訪ねても門前払いされるかもしれない。

 そこで、先に力を示そうと誕生会というタイミングでアピールに乗り出したのが、今回の騒動である。

 非常識な方法ではあるが、効果が絶大なことは誰の目にも明らかだ。

 「本人と出会い、そのことを知った次期当主・・・えっと?」

 「セドリックだ」

 「セドリックは、この魔術師を城中魔術師として雇うことにした」

 「ば、バカな。こいつを雇うだと?!」

 ありえないと目を剥くが、考えて欲しい。

 「揃って逃げ出した騎士団よりは役に立つと思うぞ」

 一人分の給料で騎士団を全滅させる魔術師が雇えるなら安い買い物ではないか?

 「今回のことは領地の内外に必ず伝わる。いまのままだと騎士団全滅で治安維持は大丈夫かってことになるわけだが、こいつを雇い入れるならば正規の騎士団を全滅させられる魔術師を手に入れたと外部の者に喧伝できる」

 力を得たと思わせられるわけだ。

 近隣への影響力が増すことになるはずである。

 国王や貴族たちの見る目も変わるだろう。

 騎士団に逃げられた侯爵では、領主の地位剥奪は確定的だ。

 それを防げる。

 「いわれてみれば・・・」

 そうかもしれぬとセドリックは顎に手を当てて俯いた。

 検討してみる気になったようだ。

 「城の中と町のはずれに部屋を用意してやれ。ルスルスはそこで研究をつづけながら、領主の手助けをして働け」

 「え、で、でも、でもでも。僕は死体を操ることしか能がないぞ」

 えーい。20半ばかそれ以上のくせに泣きべそかくんじゃないっ!

 急に気弱になったな。

 「例えば、土木工事とかあるだろ?」

 道路の整備とか、農地開拓とか。

 人手のいる仕事は多い。

 それを死体使ってやればいいのだ。

 死霊魔術師が普通にいることからもわかる通り、世間では死体が動いているぐらいで驚く者はいない。

 その不潔さと臭いに不快感を示すだけのこと。

 町から離れたところで作業をさせ、死体集めで墓地を掘り返したりしなければ文句は出ない。

 死体が欲しいなら、古戦場にでも行けばいい。

 スケルトンならいくらでも作れるだろう。

 「そ、それなら、できるかも」

 表情が明るくなる。

 大丈夫そうだ。

 「お待ちください!」

 なんとか解決に向かおうかというところで、再びの女性兵士エトワールさんが待ったをかけてきた。

 「この死体臭い人を城になんて入れられるわけないでしょう?!」

 「うぐっ」

 ルスルスがまた泣きそうになる。

 「あー。おまえさ、死霊魔術師としての腕はいいのか?」

 「師匠には100年に一度の逸材と言われてた」

 ず、ずいぶん持ち上げられていたんだな。

 まぁ、この業界もなり手不足で後継者に飢えていたのかもしれないが。

 「なら、当面の研究は臭くない不死の魔物づくりだ。あと腐っていく見た目も何とかしろ。とりあえず、きれいに洗ったスケルトンに全身鎧を着せるとかだな」

 「んー、腐敗菌の増殖を止めればいいのかな? 鎧でなくても服とか?」

 何か考えつくらしい。

 「それならどうだ?」

 「それなら、まぁいいかもしれません」

 渋々といった感じではあるが理解が得られた。

 「城の中に入れるんだから、エリザベートと友達になる機会も増える。あとは自分で勝手に頑張れ」

 「う、うん」

 「エトワールは一応こいつの監視をしてやれ。こいつがバカなことして嫌われるのはどうでもいいが、そのたびになにかしらダメージを受けるとエリザベートが可哀そうだからな」

 「そうします!」

 「セドリックは親父さんの説得を頼む」

 「いや。親父には任せられん。俺の直属として雇おう」

 何やら考えていたセドリックが何か黒いものを背負って答えてくる。

 なんか怪しげだが、オレの知ったことではないので良しとする。

 「一件落着!」

 それが一番大事!

 

 その後しばらくして、侯爵が隠居して息子に領主の座を明け渡したとか、街道が整備されて商人が増え領内が活性化しているとかの噂を耳にした。

 おおむねうまくいっているらしい。

 オレはといえば、きちんと報酬をいただいたので文句はない。

 旅の空から、彼らの幸せを祈るだけである。



名前:シェルフ・ボードフロント。

種族:人間(異世界転生者)。

職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。

スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣華』。5、『土操作』以下『?』。

手に入れた食材: 竹モドキの大根。イモだと思いたくなるショウガ、ニンジンだと思わせて裏切ったセロリ。チューリップピーマン、バラツタネギ、稲穂イクラ、ペリカン鶏むね肉、ヒドラウナギ。キウイエンバク。

使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』、ヒドラ『ヒルダ』、砂金シジミ五匹。


 ・・・今回の収穫は金だけだった。

 無念。


     閑話休題(とある死霊魔術師の研究日誌)


 臭くない不死の魔物を作る。

 それがとりあえず必要な研究となった。

 不死の魔物を作るだけなら造作もない。

 半月かけて500体のスケルトンを生み出し、街道の拡張と強化をさせているくらいだ。

 そっちは街道の先にある町から何か言ってこない限り、放置しておけばいい。

 何か言ってこられたら、スケルトンを撤退させ、公開処刑の代わりとして労役を課せられた騎士団と交代するだけのことだ。

 でも、臭くない死体なんてない。

 スケルトンにしてもいくらきれいに洗ったところで、生物であった名残を完全除去はできないのだ。

 香水でも付けるか?

 ふと思いついて自分の臭いを嗅いでみる。

 街道敷設にスケルトンを送り出したあと、当分死体と触れ合わないことを伝えたときに重装歩兵の女性から渡されたものだ。きつすぎるくらいにつけることを約束したうえで、城内の研究室へ入ることを許可してもらった。

 この臭いなら、いいのだろうか?

 ダメそうな気がする。

 女の人はやたらと臭いに敏感らしいのだ。

 重装歩兵女性が特別なのではなく、女性全般がそうであるらしい。

 それどころか、厳しすぎると思っていた重装歩兵の女性ですら、一般的には臭いに無頓着な部類だと聞かされて震えが走った。

 おそろしい。

 だとすれば、貴族令嬢になんて絶対認めてもらえない。

 匂いでごまかすのは無理だ。

 まてよ。

 臭いのしない不死の魔物ならいる。

 死霊ということではない。

 スケルトンだ。

 死んで何年も土の中に埋まっていたようなものは、腐敗菌がすでに去っているせいか臭いがしない。

 せいぜい土臭いだけだ。

 土の匂いなら、洗えば多少落とせるだろう。

 でも完全ではない。

 難問だ。

 だけど・・・。

 ふと気が付いて、カバンからあるものを取り出してみる。

 L字型の茶色いもの。

 先端が大きなこぶ状になっている。

 臭いを嗅いでみた。

 無臭だ。

 まぁ、当然ではある。

 陶器なのだ。

 いや、陶芸作品というべきなのか?

 あるものと土を練り固めて焼いて作りだしたものだ。

 あるものとはモンスターの骨。

 なんのためのものかといえば、股関節が欠落していたスケルトンの補強用部品だ。

 全部これで作ったパーツで組み上げたスケルトンならどうだろう?

 死霊魔術の定義は、死体に低級霊を取りつかせて使役するというもの。

 死体でなくてはならない理由は、たんに土でゴーレムを作り出す技術がないからだったりする。

 より正確に言えば、死体を使った時と同等ぐらいの動きができるゴーレムを作る技術がない、ということ。

 そう。

 魔法理論上はゴーレムの制作技術と違いはあまりないのだ。

 ただ、低級霊というのは元人間。

 憑依させる体が人間に近いほど、能力が高くなる傾向があるというだけのことだ。

 つまり、死体を利用するのも、好んでゾンビを作りたがるのも、この理屈があるため。

 人間の体のほうが使い勝手がよく能力も高くできるからにすぎない。

 それ以上でも以下でもない。

 なら、いけるのではないだろうか?

 死体を探し出して憑依させるだけでいいはずの死霊魔術なのに、わざわざ全部作るというのは無駄な手間という気がしなくもないが、女性とお近づきになるための手間だと考えれば・・・こんなもんだろうと思わなくもない。

 やってみる価値はあるかもしれない。


 100%人口骨のスケルトンが完成した。

 材料は土と石だけだ。

 それのどこが死霊魔術なのかと言われそうだが、死霊を憑依させて操るのだから間違いなく死霊魔術である。

 問題ない。

 例の重装歩兵の女性が、モンスターのとはいえ骨が原料というのは気になるというのでもう完全に死体という要素はなくしてしまったのだ。土と石なら食器やアクセサリーと同じだから、身近に置くことに忌避感なんてないはずだ。

 ただし、姿は完全に骨である。

 でも常に監視してくる重装歩兵の女性のおかげで、解決策は見えていた。

 全身鎧を着せればいいのだ。

 たまたま、古くなって捨てようとしていたものがあるというので譲り受けて着せてみた。

 頭部以外はいい感じになる。

 問題は、陶器とプレートなので動くたびにガチャガチャうるさいのが難点なくらい。

 これも解決は簡単だ。

 金属の全身鎧を直接着せるから音がする。

 スケルトンに服を着せた。

 カバンの材料となるモンスターの革を使って作った革服だ。

 もちろんちゃんと着られるよう骨と服の間にパットをつけたりしながら調整はしなければならなかったが、形は整った。

 そこに金属鎧を着けさせる。

 あとは頭部にも頭巾をかぶせ、ヴェールで顔を隠せばいい。

 完全装備の重装歩兵にして女性兵士たるスケルトンが完成した。

 女性というのは全身鎧が女性用だったからそう見えるということだ。

 臭いはせず、見た目も整った不死の魔物の完成である。

 死霊魔術師としてのプライドは、取り憑かせる死霊を厳選することに向けた。

 より精度の高い働きが可能になるだろう。

 重装歩兵の女性にも合格をもらえた。

 制作に時間がかかりすぎる気がしないでもないが、これなら貴族令嬢に話しかけられる。




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