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異世界の歩き方  作者: 葉月奈津・男
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逃亡者と行く道


         逃亡者と行く道


 ドカッ!

 無駄に大きな音を立てて扉が開け放たれた。

 朝から降り続けている雨のせいで湿りまくった空気が這うように入ってくる。

 ふと立ち寄った小さな村、一軒しかない飯屋でメニューと格闘していたオレ。

 反射的に向けた視線の先には、わざわざ自己紹介をしていただかなくてもそうとわかる闇社会のおっさんが立っていた。

 暑苦しい長髪の瘦身。

 手には抜いたままの幅広の剣。

 ファンタジーの世界だと、それはもうダニもびっくりの頻度でポコポコと湧いて出る盗賊だが、実際はそこまで多くいるものではない。事実、オレは産まれてこのかた見たことがなかった。

 しかし、それはここで過去形となってしまったようである。

 「この袋に持ってる金を全部入れな。なーに、俺も忙しい身だ。金さえもらえば、無駄な殺生なんてしねぇで消えてやるぜ?」

 金を出さないなら、手間暇かけて殺しますよってことだな。

 殺すと言った以上、自分が死ぬ覚悟はしているとみなす。

 一月くらい前ならば、それはただの戯言だった。

 今は違う。

 人ひとり斬れば免許皆伝。

 こう見えていっぱしの冒険者なのだ。

 オレはゆっくりと立ち上がった。

 飯時に騒ぐ愚か者には退場してもらう以外ない。

 「あ? なんだガキ、文句でもあんのか?!」

 すごまれるが恐縮してやる義務はない。

 「お、おい。お客さんっ」

 騒ぎにはしてほしくないのだろう、店主が止めにかかるが無視だ。

 ガシャリ。

 手にもっていたカバンから、やたらと重い布袋を取り出す。

 言うまでもなく、硬貨の入った財布袋だ。

 「オー。なんだ、物分かりがいいじゃねぇか。お前さんは見所があるぜ?」

 ニヤリと笑って見せるおっさん。

 「それはどうも」

 礼はしつつ、刃物を持った男に近づく気にはなれないので財布袋を投げた。

 男が提示していた袋に入るように。

 そして・・・。

 「くおっ?!」

 財布袋の重さに耐えきれず、身体が前のめりになるおっさん。

 同時にオレが蹴飛ばした椅子がおっさんの脚を直撃。

 ガシッ!

 もんどりうってひっくり返ったところで、側頭部にケリを入れる。

 手から離れた幅広の剣と、もちろんオレの金を拾い上げて終了だ。

 宿酒場の女将、オレの母が酔っ払い相手によく使っていた技だ。

 鼻も激しく打っただろうが、もはやどうでもいい。

 席に座り、メニューの吟味に戻った。

 さて、どう攻めますかね。

 メニューの内容は、まぁまぁ予想の範囲内だ。

 山があるでもなく、川もない。

 平野にポツンとある村なのだ。

 よく知っている野菜を、よく知っている方法で調理するのであろう料理しかない。

 こんなものか。

 毎回毎回新しい発見があるのなら、苦労はない。

 「ん?」

 いや、1個見慣れないものがあった。


 『トムトムのキャドグラ鍋』。


 うん。

 意味不明だ。

 しかし、鍋というからには量はそれなりのものがあるだろう。

 これ一つでいいかな。

 「『トムトムのキャドグラ鍋』を一つ」

 注文した。

 なんか、店主がすごく慌てている様子だったがオレには関係ない。

 それにしても、これは何なのだろうか?

 確か、キャドグラとは『四角』という意味があったと思うのだが、四角い鍋ってなに?

 おでんを売っている店とかでなら、中を小さく区切った四角い鍋で煮ているのを見たことがあるけれど。

 「お、おまちどぉ」

 おおっ!

 そういうことかっ!

 運ばれてきたのは確かに四角い。

 四角いが鍋というには深さがない。

 鉄板だ。

 その中には白くてドロドロしたようなもの。

 ちらほら見えるのは野菜や肉。

 見ているうちに鉄板の上で白いものが焼けて固まっていく。

 アツアツに焼いた鉄板の上に、野菜や肉を溶かし込んだものを入れて客の元へ運ぶ間に焼き上げる。

 独特のスタイルではあるが、これはもう間違いなくアレだろう。

 『お好み焼き』。

 中身はいまだ定かではないが、スタイルとしては間違いない。

 これはもしや、小麦が手に入るのでは?

 平野だし。

 麦や大麦、せめてカラスムギあたりでもあればありがたい。

 どれどれ。

 まずは一口。

 フォークとナイフで焼けただろう所を切り分けてみる。

 柔らかい。

 ふわふわに焼けている。

 これは。

 うまそうだ。

 期待に胸を高鳴らせ、いざ、実食。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・ゴクッ。

 そうか。

 そうなのか。

 柔らかいわけだよ。

 これはほぼほぼ『オートミール』だ。

 ふわふわというより、ぷかぷかだったのだ。

 エンバクとかその辺の穀物を粉になるまで細かくしたものを水で煮ている。

 煮てそれを食べるのではなく、さらに焼いて形にしようとした。

 そんな料理だ。

 スプーンですすらせるのが嫌だったのだろうか。

 無理やり固めました感が半端ない。

 もう少し水分を減らせば、グラノーラに近づけたかもしれないのに。

 底のほうは焼けておこげ状態、中は熱々に煮立ったオートミール。

 んー。

 不味くはないよ?

 でも、うまいとも言い難い。

 オートミールとお好み焼きの中間の食べ物と考えればありのような、なしのような。

 うーん。

 何かが違う。

 「これに使われている主材って手に入りますか?」

 「しゅ・・・? あー、そうだね。そこいらの農家が作ってるものだから、手には入れやすいね」

 ほう。

 栽培しているのなら話は早いな。

 少し分けていただこう。

 かなりカラスムギに近いから、工夫次第ではいろいろなアレンジができるはずだ。

 穀物、ありがたし。

 

 「なんなら、俺が農家に話しつけてやってもいい」

 お?

 店主が仕入れ先を紹介してくれるというのならかなりありがたいぞ?

 ありがたいは、ありがたいが。

 なんなら、という枕詞が引っかかる。

 これはアレだ。

 何かしらの厄介ごとを頼もうというときに使う、交渉の前振りってやつに違いない。

 「えーと。何か頼み事でも?」

 「わかるかい?」

 「そりゃ、まぁ」

 こちとら、冒険者なんぞという仕事を生業としている。

 そういうのはよくある話なのだ。

 で、何を頼もうというのかと思えば。

 「アレをあれして、あれなとこにあれしてくれ」

 「・・・・・・」

 そんなんでわかるわけあるかぁっ!

 怒鳴りつけたかったのだが、残念ながらオレにはそれで通じてしまった。

 「さっきの盗賊を、領主のいる町まで護送して、騎士団の管理する警戒厳重なところに、投獄してもらって欲しい、と?」

 「うむ!」

 力いっぱい頷いてくださいましたよ。

 「トムラスの実を三樽・・・いや、五樽差し上げます!」

 いやそうな雰囲気が顔に出たのだろうか。

 店主が慌てて言い足してくる。

 トムラスというのが、オレの中でカラスムギと決まった穀物の名前らしい。

 それが五樽。

 穀物なら保存も利くし、悪い話でもないか。

 「タネか苗もつけてくださるなら、引き受けましょう」

 こうして、オレはカラスムギを五樽——高さが八十センチほど直径六十センチほどの結構な容積の樽——とそれを採取可能な苗木を五本貰って、依頼を引き受けた。

 ・・・気付いただろうか?

 苗木五本。

 なんと、カラスムギは果樹でした。

 キゥイフルーツぐらいの白い果実に、600粒くらいが詰まってなるものであるらしい。

 成長した木、一本からは年間で1000個くらいとれるということなので、結構な収量が期待できる。

 もっとも、農家の方の話によれば、これの天敵ともいえる鳥型のモンスターがいて、半分は食われるから実際はそこまでの収穫はないそうだ。ということは、おそらく実質は収穫できる実の数が400個くらいと考えるべきだろう。

 ただし、屋外で育てるのなら、ね。

 オレは『調理』スキルの収納スペースで育てるから、丸々収穫できる。

 かなり得な依頼かもしれない。


 「見つけたぞっ!」

 やたらとでかいだみ声が響いた。

 夕食を食おうと入った飯屋でのことだ。

 食べ終えて、少しまったりしようとした矢先である。

 さすがにムカつくが、腹が膨れていたのでキレはせず。

 冷静に考える。

 「こっちだ」

 護送中の悪人を引っ張って、調理場へ続くドアを抜け、勝手口を開ける。

 アントンとヒルダが生ごみの処理中だが、そこは気にしない。

 「こっちへ逃げ込んだぞ!」

 調理場へなだれ込んできた追手ども。

 風に揺れている扉に目を止めた。

 「外へ逃げたぞっ!」

 一声叫んで扉へ殺到、夜の裏街へと消えていく。

 「い、意外と引っかかるもんだな」

 逃げた先で扉を開き、手近な物陰に隠れてやり過ごす。

 もう百年以上使われているだろう古典的な手口なのだが・・・。

 ま、まぁ。

 あれだ。

 厨房はオレにとっては遊び場だったからな。

 勝手知ったるってやつで、地の利がオレにあったってことだ。

 裏町へ消えていく追手どもを見送り、オレたちは店内へ戻った。

 そのとたん、目が合う目つきのよろしくない野郎一行。

 五人ほど残っていたらしい。

 たぶん、オレたちの情報を聞こうと、他の客を締め上げるつもりだったのだ。

 「へ?」

 外へ逃げたと思っていたやつらが間抜け顔で固まっている。

 こっちは、こうなることも予測済み。

 「行け!」

 号令を受けてすっ飛んでいく四つの影。


1、スキル『闇渡り』で、滑るように移動するアントン。

2、尻尾で床を叩き、高速回転しながら移動するヒルダ。

3、たった今、オレが全力で振り回して投げた護送中の犯人。

4、ともかく全力で走るオレ。


 「ぐはっ!」

 同時に吹っ飛ばされる野郎一行。

 床を二回転して壁へ激突、目を回す。

 「しばらく寝てろっ」

 すかさず、冒険者ギルド特製の『捕縛香』を嗅がせて行動を封じた。

 敵アジトの制圧などで、敵を捕縛しても連れ歩けない場合などに使う道具である。

 手足を切り落としておいても、採算度外視なら瞬時に戦線復帰可能な薬や魔術がある以上、戦力封じには至らない。

 かといって、倒した敵全員にとどめを刺すのもまずい。

 そんな必要性に迫られて開発された魔法道具だ。

 どこかの錬金術師が作ったもので、香木型の石に魔力を通すことで麻痺と睡眠の効果が発動する。

 使われると自然に解けるのは七日後。即時解呪したいなら方法は冒険者ギルドのギルドマスター以上の者しか知らないので、ギルドに連れて行くしかないという優れモノだ。

 これでこいつらはもうオレたちの追手に加わることはない。

 「よし。ともかく逃げるぞ」

 飯屋の店主にギルド証を提示しつつ、逃避行に入った。

 そして・・・。

 「お前、なにしたんだ?」

 疲れ果てたオレは、たまらず尋ねたね。

 村から出てからというもの、こんな雑魚になんでってぐらいの追手が引きも切らずにやってくるのだ。

 得ではあるのだろうが、割に合わないくらいしんどい。

 「しるかぁっ!」

 なんか逆切れされた。

 「なんでこんな事にぃぃぃぃぃっ!」

 しかも、泣き付かれた。

 女の子ならいくらでも胸を貸しもしようが、野郎、それもおっさんの涙なんぞいらん。

 「ぴゅいぃぃぃぃっ!」

 おお。

 肩にいたヒルダさんが威嚇しておられる。

 おっさんもようやく顔を上げた。

 「俺の名はダンゼム。ついこの間までは、ちょこちょこ人身売買するだけの気のいい闇商人だったんだよっ!」

 闇商人が気のいいって。

 何かをものすごく間違っている気がするが、ツッコんでもいいことはなさそうなので放置する。

 「それがさ。商売相手が冒険者を騙し討ちにした挙句、身ぐるみ剥いで持ち逃げしたってんで冒険者ギルドに手配されたのが運の尽き。あっという間に転がり落ちて、この様だよ。ぅうっ、ううううぅぅぅぅぅ」

 うっわ。

 そうかぁ。

 あれの波紋はまだ広がっていたのか。

 実行犯が捕まっていないもんで、周囲に拡散しているわけだ。

 って、だとすると追手って冒険者か?!

 ギルドを敵に回すつもりなんかないぞ!

 「ギルドにつるし上げられる前にって、借金取りが押し寄せてきやがってよぉぉぉぉ」

 ふう。

 なるほど。

 冒険者ギルドに捕まれば手出しできなくなるから、今のうちにむしり取ろうとハイエナが集まってきていると。

 「ちなみに、その借金取り様はどこのどなたですか?」

 相手が何者なのかも聞いておこう。

 「『月夜の蝙蝠』。犯罪結社だっ!」

 「大物じゃないか!」

 様などと敬称を付けて見たが、どうせそこいらのチンピラだと思っていた。

 それが、とんだ大物の名前が出た。

 『月夜の蝙蝠』。詐欺から人さらい、殺しの代行などなど。

 この辺りの組織犯罪の総元締めみたいな存在だと聞いている。

 各領主が、お抱えの騎士団を通じて取り締まろうとしているが報復を恐れて形だけ、ほとんど野放しだとか。

 ああ。

 だからだ。

 だから、わざわざ騎士団の牢獄を指定されていたのだ。

 マジで割に合わない気がしてきたよ。

 頭が痛い。

 「まいったね」

 後ろ頭を掻いて、オレは笑うしかなかった。


 『黒い影が闇に踊る』。

 刺客に寝込みを襲われたようなときによく使われる表現だが、すまん!

 オレに闇の中での奇襲は通用しない。

 なにしろ相棒が闇の精霊に属しているのだ。

 暗闇は彼の支配領域である。

 「ぐぎゃっ」

 「ごっ」

 「ぐはっ」

 ナイフ片手に襲い掛かってきた暗殺者たちは、アントンの甲羅に弾かれた。

 目ではなく熱感知で敵を捉えるヒルダにもまた、闇は意味をなさない。

 弾かれたうちの一人はアントンに、もう一人はヒルダに噛みつかれて動きを封じられた。

 ・・・はずだ。

 見えないから定かではない。

 残りは一人。

 一人だけなら、オレでもなんとかなる。

 包丁を振り回した。

 もちろん峰打ちになるよう刃の角度は変えてある。

 ぼぎっ、鈍い音と手応え。

 うむ。

 当たったようだ。

 「『明かりよ』!」

 ライティングの明かりで確認すると、黒覆面の男たちが必死の抵抗をしていた。

 むろん、無駄だ。

 アントンは名前の通り顎が凶悪な凶器だし、体長1メートルほどに成長したヒルダの締め攻撃もそうそう解けるものではない。オレのめくら打ちが頭を直撃した男も、昏倒していて動く様子がない。

 「はい。寝ててねー」

 仕上げの捕縛香で終わりである。

 とはいえ・・・。

 「カギは掛けてたよなー」

 金を惜しんでいられる状況ではないと判断して、宿屋の中でも最上級のところのこれまた最高位の部屋を借りていたのだ。

 それなのに、カギが役に立たないとは。

 「だからよぉぉぉぉ、『月夜の蝙蝠』は敵にしちゃダメなんだよぉぉぉぉ」

 なんか、床にへたり込んで泣いてるのがいる。

 しかし、そうか。

 宿屋にも息がかかっていたか。

 となると。

 「逃げるしかないな」

 このままとどまるのは得策ではない。

 二人と二匹は部屋を出て、廊下を走る。

 「あ!」

 角を曲がった途端に出くわしたのは、下っ端が三人。

 「こいつを連れて逃げろっ!」

 ダンゼムを突き飛ばした。

 「え?」

 「は?」

 「なにっ?!」

 「へ?」

 四人して頭の上に「?」を浮かばせて動きが止まる。

 そのすきに駆け寄って、麺打ち棒を三度振る。

 狭い場所で『大丸三徳包丁』は使い勝手が悪い。

 それに、万一刃の当て方を間違えて大量出血などさせたら、あとでいくら請求されるか怖いものがある。

 なにしろ、最高クラスの宿なのだ。

 そんなわけで打撃武器である。

 狙い違わず鼻と首の後ろ、鳩尾を打ち据えられ下っ端どもが倒れた。

 追いかけている相手を突き出されて、思考が一瞬停止した隙をついての頭脳プレイである。

 拍手!

 階段を降り、ロビーを兼ねた食堂へ。

 待ち構えている黒装束たち。

 うっわ。

 そこで気が付いた。

 気が付かざるを得なかった。

 オレたちの置かれた状況に。

 宿の主人ばかりか、客室係の女性までもが武器を握り締めている。

 息がかかっているどころか、犯罪結社の経営でしたか。

 くっそ。

 裏社会が表に出てくるなよ。

 だが、逆に言えば遠慮はいらないってことだ。

 麺打ち棒をしまって真打『大丸三徳包丁』に持ち替えた。

 その瞬間を待つ義理のない黒装束どもが、好機とみてダッシュで突っ込んでくる。

 武器変更とか変身のタイミングでは、攻撃をしてはいけないお約束を知らんのだろうか。

 知っているわけなどないけどな。

 かわいそうに。


 「『調理』スキル、『炙り焼き』!」


 周囲のものを遠火で焼くためのスキルを発動した。

 オレの正面と左右前面に炎の柱が出現する。

 今回は意識もはっきりしている。

 狙いは外さない。

 炎は三柱でも、遠火で焼くための能力である以上、熱による壁が形成された形だ。

 いわば、熱による攻性防御結界である。

 不用意に突っ込んできた黒装束の六人が見事に燃え上がった。

 動きやすさと音の出ない装備ということで、布製の服しか着ていなかったのだ。

 そりゃ燃える。

 残りの黒装束が散開して態勢を整えつつ襲い掛かってきた。

 「遅い」

 こっちには『目利き』がある。

 速度が二割引きになっているのだ。

 襲ってくる方向が一定で、ほぼ一人、多くて二人なら対応できる。

 今回はきっちり殺す気での斬り合い。

 手加減なしで対処した。

 剣技スキルなんてないが、殺す気の太刀筋を見切られて致命傷を避けられてしまいながらも、重傷を負わせることには成功する。

 「なんてことをぉぉぉぉぉ!!!」

 怨嗟の叫びをあげているのは宿屋の主だ。

 勢いよく上がった火柱が天井を貫いて、絶賛延焼中なのだ。

 全焼は免れまい。

 「ダンゼム。すぐそこに受付がある。金をいただいてこい!」

 少なくとも払わされた高額の宿代だけは取り戻さねばならない。

 「くっ、くそっ! 『月夜の蝙蝠』は敵に回すなって言ってんのによぉおぉぉぉぉ」

 悲痛な叫びをあげつつも、気のいい闇商人はしっかりと働いてくれた。

 その間に、黒装束と宿屋の主、野郎どもが床に這いつくばっている。

 女どもは、男どもの不甲斐なさに呆れ果ててやる気をなくしているようだ。

 よし!

 ド派手な方法で先制攻撃、一気に体制を崩して戦意を奪う作戦が功を奏した。

 「逃げるぞ」

 ダンゼムに一声かけて火柱を撤収。

 女たちの間をすり抜けると、正面から脱出した。

 野次馬が集まり始めた大通りを駆け抜けるオレたちの背後で、でかい建物の焼け落ちる音が盛大に上がっていたが知ったことではない。あんな強盗宿、燃えた方が世の中のためというものである。


 「あーあ」

 町のほぼ中央で火の手が上がっている。

 全焼で済めばいいが、周囲も巻き込んで延焼しまくっているのではないだろうか。

 「お、おまえ。なんてことを・・・」

 隣でダンゼムがへたり込んでいる。

 夜明け前の美しい空が広がっているというのに、なぜか悲しそうだ。

 「ん? オレは何もしていないけど?」

 「はぁっ?!」

 信じられんって顔で叫ばれた。

 唾は飛ばさないで欲しい。

 「あんだけ盛大に炎の魔法使っておいて!」

 「うんうん。自分の宿屋だからって、火炎系魔法を使うのはよくない、よくない」

 大きく何度も頷いて見せる。

 まさか、という顔でオレを見上げるダンゼム。

 「ぜ、全部奴らに擦り付ける気か!?」

 「人を二人殺すために、宿泊先を燃やそうとするなんてヒドイことするよね」

 ため息を吐きながら、首を横に振ってみた。

 「お、おそろしいやつ」

 「寝込みを襲うやつらが悪い!」

 オレはたいていのことには寛容な人間だが、『食うこと』と『寝ること』に関しては融通が利かないのだ。

 それはさておき。

 「なあ」

 ふと思いついた。

 「こんだけ必死に取り立てに来るってことはだ。お前、何か財産を持っているよな?」

 こんなおっさん、捕まえて売り飛ばしたところで多寡が知れている。

 にもかかわらず、名前の通った組織が人手を割いて追いかけさせるとなると、何か目的があるはずだ。

 この世界、所持しているスキルによっては収納スペースが付属しているものがあるから、手ぶらに見えても実は大金を持ち歩いていたりするのだ。

 かく言うオレも、冒険者用の装備を山ほど持ち歩いている。

 足が付くのを恐れて売り飛ばしていないので、収納スペースの場所塞ぎと化していた。

 「へ? イヤ、ソンナモノハアリハシマセンデスヨイヤホントマジデ」

 あるな。

 確信したね。

 なんてわかりやすいのか。

 こんなんでよく闇商人とかやれていたな。

 ・・・ああ。

 だから失敗して、このザマなのか。

 なんか、すげー納得した。

 「いやいやいや。あるよな? 言ってみろ。モノと次第によっちゃぁ悪いようにはしないぞ?」


 『月夜の蝙蝠』首領テミット・フィアネは38歳。

 ほんの5年前までは親の脛をかじるだけの無害な引きこもりだった。

 それが、両親の突然の病死で一変する。

 当たり前だが、働かなければ食うにも困る身分となったのだ。

 とはいえ、30過ぎるまでまともに働いたこともない彼に、働き口などあるはずもない。

 そこで考えたのが、親の名を騙っての詐欺である。

 息子を引きこもらせていられただけあって、彼の両親は地域では有名な商人だったのだ。

 そうやって手に入れた金で、人を雇った彼は商家から用心棒代と称して金を巻き上げさせた。

 これが犯罪結社『月夜の蝙蝠』の始まりである。

 両親の才能を受け継いでいたのか、はたまた根が臆病なことで無理をしなかったことがよかったのか。

 組織は順調に成長して、今や領主ですら容易に手出しできない存在へと上り詰めた。

 悪ではあるが、成功者といえるだろう。

 だが、彼は不満だった。

 人生を失敗したと、後悔ばかりが募っていた。

 「こんなはずじゃなかったんだよ」

 組織の本部となっている砦の奥で、テミットは深々と溜息を吐いた。

 何もかもが裏目に出ていた。

 組織の巨大化は、彼の望みではなかった。

 なぜなら。

 「組織経営とかめんどくせー!」

 これである。

 彼はただただ、なにもしないで暮らしたかったのだ。

 部下を集め、指示をして働かせ、その上がりを吸い上げる。

 こんな作業もしたくなかったのだ。

 なにもしないで、どんな安物でもいいから、飢えない程度に食えればいい。

 砦とか邸宅なんていらない。

 雨と風さえ防げるなら、小屋でいい。

 それなのに、砦に住み、数百人の部下を従え、それぞれに指示を出して働かせなければならない。

 面倒だった。

 勝手にやれよと言いたかった。

 なのに、バカな部下どもは自分で考えようともせず、いちいちお伺いを立ててくる。

 うんざりだった。

 とある財宝の話が飛び込んできたのは、そんなときだ。

 部下の一人が聞き込んできたもので、噂とかではなく確かにあると証明できるという。

 テミットは、これだと思った。

 これこそが、自分の求めていた理想を実現してくれるものだと。

 何とかして手に入れようと、テミットは必死に考えをめぐらして準備した。

 その甲斐あって、お宝は手の届くところまで近づいている。

 手が届きさえすれば、掴み取れるのだ。

 お宝の名は『砂金シジミ』。

 その名の通り、砂金を吐くシジミである。

 三センチにもならない小さな貝で、川や湖の砂中に棲む『砂潜りシジミ』のユニーク個体だ。

 その特性はエサと共に吸い込んだ砂と、周囲の魔力とで砂金を作り出すこと。

 そう。

 砂の中で飼うだけで、定期的に砂金を吐き出してくれる『使い魔』。

 そんなものになりうる魔獣。

 こいつを手に入れさえすれば、もう面倒なことはなにもしなくても食っていける。

 「早く、早く手に入れてこい!」

 部下のことを面倒な無能どもとしか思っていないテミットは、ここ数日それしか言わなくなっていた。

 「ボ、ボスがおかしくなっちまった」

 古くから彼を盛り立ててきた古株が、頭を振って嘆くがテミットには届かない。

 そこへ。


 バタンっ!


 騒がしい音とともに扉が開く。

 息せき切って駆け込んでくる一人の部下。

 「どうした?!」

 「たっ、大変です! ダンゼムの野郎が・・・」

 「死んじまったのか?!」

 財宝を奪う前に死なれては元も子もないぞ!

 「ち・・・違います! 来るんです!」

 「なんだ、捕まえたのか。ならいいことじゃないか」

 「攻め込んできやがったんですよぉおぉぉぉぉっ!」

 「なぁあにぃいぃぃぃぃぃっ?!」

 砦は、いきなりパニックに陥った。


 犯罪組織である『月夜の蝙蝠』には暗殺者も含まれている。

 戦いの素人なんていない。

 それなりには剣を使えるものが揃っていた。

 しかし、手練れの多くはダンゼム追跡を命じられて出払っている。

 よもや、自分から本部へ特攻をかけてこようとは!

 誰も予想していなかった。

 領主も手を出しあぐねる勢力。

 その言葉に偽りはない。

 正面切っての戦いではないという条件付きならば、だ。隙ができるのをひたすら待っての暗殺者の投入、防備の薄い場所と時間を突いての町への放火、そういったことで領主を追い詰めることならできる。

 砦にこもっての防衛戦?

 なにそれ?

 美味しいの?

 「てってってッてめぇらっ! なに考えてやがるっ!」

 反射的に向かえ撃ちに出た犯罪結社構成員Aが、精一杯の威嚇を放った。

 問答無用!

 すれ違いざま、麺打ち棒の一撃が鼻を叩き折る。

 営業成績常にトップの童顔男。

 ぼくぼく詐欺師が撃沈した。

 「う、うそだ。これは夢だ。そう、俺は今ベッドの中さ」

 現実逃避に走ったダンゼムも、泣きながらそこらで拾った棒切れを振り回していた。

 釣銭詐欺の老人や美人局用の女などが、あおりを受けて倒れていく。

 「ようし、幹部たちは上だな?」

 いい感じに下っ端どもが沈黙していく。

 オレは機嫌よくダンゼムに声をかけた。

 「ぞうだよ゛ぉ゛ぉ゛」

 「うっ?!」

 涙とよだれでボロボロの顔を向けられて、思わず麺打ち棒を振り下ろしかけるのをすんでのところで止めた。

 あぶない、あぶない。

 一気に階段を駆け上がる。

 ほとんどの者はもはや戦意喪失か逃亡。無人の野を行くがごとくだが、ときどき思い出したように突っかかってくる輩もいる。そういった者たちをなぎ倒しつつ、オレたちは最上階へとたどり着く。


 「・・・逃げないのか?」


 ただ一人、椅子に座っている人物に言葉をかけた。

 ちらりと視線を向けた先で、ダンゼムが頷く。

 目の前の男が『月夜の蝙蝠』首領に間違いないようだ。

 「あ? どうせ意味ねーだろ。めんどくせー」

 脱力した声で答えが返ってきた。

 やる気なさそうだ。

 「このザマだ。組織は終わりだよ。逃げたところで疲れるだけだろ」

 お手上げ、と言わんばかりに両手が上がった。

 事前にダンゼムに聞いていた人となり通りのようだ。

 「なぁ。ある条件を飲むなら10年はボーっとしていられる境遇にしてやると言ったら、どうする?」

 「!? 聞かせてもらおう」

 オレは、用意していた誘い文句を並べたてた。

 結論から言えば、提案は受け入れられた。

 数日後、彼は冒険者ギルドに逮捕された。

 これまでの犯罪歴だけでなく、先日の冒険者略取未遂事件の首謀者として。

 本人がそう証言をしたし、奪われた冒険者の装備品や伝来の宝物が砦の部屋から発見された。

 容疑を否定する材料はない。

 これにより、領主と冒険者ギルドの連名で、首領は『呪樹の刑』に処せられることとなる。

 これは、人体に寄生する魔界樹を挿し木して、罪人を樹へ変えるという刑罰だ。

 定められた期間、どこかに植え付けられて過ごす。

 樹となっているため労役はなく、ただただ光合成をしながら立ち続けることになる。

 人としては最悪の人生だ。

 彼にとってはどうだったのか?

 少なくとも、提案した時点では乗り気だった。

 現実に刑が執行されたあとどう考えているかは知らない。

 知りようがない。

 どこに植えられているかなんてわからないからな。

 興味もない。


 「うんうん。かわいいね」

 黒地に金の縞模様。

 『砂金シジミ』が『釣華』スキルの収納スペース内、生け簀の中にいる。

 なんと五匹だ。

 オレの粋な計らいで冒険者ギルドからも『月夜の蝙蝠』からも追われることのなくなったダンゼムが、泣きながら譲ってくれた。

 お礼を言いたかったのだが、なぜか逃げるようにして去って行ってしまった。

 照れ屋さんなのかもしれない。

 新たに『使い魔』となったシジミたちは、生け簀の中の砂とオレの魔力とで一日に三粒、しめて15粒の砂金を吐き出してくれている。半年で金貨一枚分の価値というところだろう。

 儲けがあるかといえば、正直意味はない。

 それでいい。

 オレ的には砂金よりもシジミの方が可愛いのだ。

 心がなごむ。

 気がかりだった事件も解決した。

 めでたし、めでたし。



名前:シェルフ・ボードフロント。

種族:人間(異世界転生者)。

職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。

スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣人華』。5、『土操作』以下『?』。

手に入れた食材: 竹モドキの大根。イモだと思いたくなるショウガ、ニンジンだと思わせて裏切ったセロリ。チューリップピーマン、バラツタネギ、稲穂イクラ、ペリカン鶏むね肉、ヒドラウナギ。キウイエンバク。

使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』、ヒドラ『ヒルダ』、砂金シジミ五匹。



     閑話休題(とある樹状生活者の独白)

 

 ああ。

 今日は天気がいい。

 陽の光を感じて、俺は枝の先に気持ちを向ける。

 根から吸い上げた水を送るのだ。

 枝先の小さな新芽がふっくらと膨らみ、芽吹く。

 開いたばかりの小さな葉が、暖かな陽光を浴びる。

 エクスタシーにも似た快感とともに、オレの中で新たなエネルギーが生み出されていく。

 

 『光・合・成』!

 

 すばらしい能力だ。

 太陽の恵みを余すところなく用いるこの魔法は、誰にも頼ることなく俺に生きる力をくれる。

 何物も傷つけなくていい。

 何物にも障害とならない。

 あえて言うなら、俺の下に茂る草に日光が届きにくくなることぐらい。

 それだって、問題はない。

 昔のオレがそうだったように、まばゆい光が苦手な者たちが好んで茂っているからだ。

 障害になるどころか、陽射し避けになり、雨避けになっている。

 そう。

 俺は今や、いくつかの者たちにとってなくてはならない、生活を支える存在なのだ。

 周囲数メートルに限られるとしても。

 ああ。

 俺という存在が役に立っている。

 弱った葉を捨てれば下の者たちの栄養源となり、延ばした枝は鳥たちの休憩所、青く茂った葉や幹から出る液は虫たちのエサとなる。

 なにも不要なものがない。

 ただ、そこにあるだけで世界と繋がっている。


 弾んだ音が聞こえる。

 鳥たちが集まってきた。

 雨が降り出したのだ。

 葉を濡らし、枝を伝う水滴が、幹を駆け下りていく。

 雨に濡れるのもまた気持ちがいい。

 ゆっくりと、根から水を吸い上げる心地よさよ。

 甘露、天の恵み慈雨に感謝を。

 

 そして、俺はまた枝先に葉をつける。

 いつか花を咲かせ、実をつけたなら、動物たちも来てくれるだろうか?

 俺の作り出したものを食べ、お礼として根本へと栄養源を置いていくのだ。

 そして繰り返す。

 栄養と水で葉を茂らせ、作り出したエネルギーを蓄える。

 蓄えたエネルギーで花を咲かせ、小さき虫たちの協力を得て実を成す。

 実を求めてやってきた生き物たちが、お礼をくれる。

 そして繰り返す。

 世界が回り続ける。

 俺という存在と共に。

 決して多すぎない。

 満たずとも足りる生き方。

 穏やかな日々に感謝し、俺は今日も立ち続ける。



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