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異世界の歩き方  作者: 葉月奈津・男
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ヒドラがいる風景



    ヒドラがいる風景


 『モーモーのボーボー焼き』

 『メーメーのピトピト煮』

 『カラマランのラクラタ風サラダ』


 これが、この町での最初のメニューである。

 モーモーというのはなんとなーくわかる。

 たぶん牛系モンスターのことを言いたいのだろうとはわかるのだ。

 むろん、ボーボーは強火で焼くということだろう。

 確かに、よく焼けていた。

 一部が炭化するほどに。

 あー、うん。

 炭化したぶん食感がパリッとはしていたと思う。

 けれども、そのとたんに鼻を突く焦げ臭さ、舌に張り付く苦みに咽そうになった。

 この町の人たちには、炭も調味料なのだろうか?

 まさか町民みんなが火属性の精霊にまつわる人々で、炭が大好物だとでもいうのだとでも?

 そんなわきゃねーだろって呪いたくなったね。

 だが、めげてばかりはいられない。

 まだ一口目。

 さらなる境地を目指して、突き進む。

 オレはそのまま顎に力を入れて踏み込んだ。

 ぐちゅっ!

 半焼けの肉が潰れ、生臭い汁がほとばしる。

 表面は炭化しているというのに、中はほぼ生というミラクルレア。

 狙っているとしたら、この料理人は侮れない。

 少なくともオレには目を瞑っていてもできんし、しないと断言できる。

 遠火の強火でじっくりと、なんて焼き方はくだらないとばかりに火に直接肉を放り込むかの如く、近火の強火で一気に焼いたのに違いあるまい。

 ごきゅっ!

 涙目になりながらなんとか呑み込み、次の料理へ立ち向かった。

 メーメー。

 モーモーに次ぐ鳴き声パターンだとすれば、羊系モンスターだろうか?

 そうだとしても、ピトピト煮とは何ぞや?

 ひたひたと煮る、という表現なら前の人生で聞いた覚えがある。

 あんな感じなのだろうか?

 ともかく、肉を煮たものなのだろうと当たりをつけて、いざ進まん。

 「煮」とあるだけに汁気はある。

 何かの根野菜らしきものと肉が煮られているようだ。

 まずは、この野菜から行ってみようか。

 どれも一口大、食べやすそうに見えなくもない。

 そんな中から選んだのは、オレンジ色の角の取れたもの、ニンジンぽい君からだ。

 フォークを指した途端、ごりっとした感触が伝わってきた。

 のっけから不安を煽ってくれる。

 それでも突き刺して、口に入れた。

 うーん。

 フォークで感じたよりもさらにゴリゴリだ。

 あれだな。

 しけったゲンコツせんべい。

 これは一度煮た方が・・・ああ、煮ていてもこれだったか。

 黄色く見た目ホクホクのジャガイモっぽいものを口に入れてみた。

 おお、神よ。

 我を救いたまえ。

 びっくりした。

 これはグミだ。

 味がないのでコンニャクと言ってもいいが、この弾力はグミだろう。

 素材が何なのかはわからないが、おそろしく鉄臭い。

 もしや!

 おいおい、冗談だろ?

 気が付いてしまった。

 味を感じなかったので気付くのが遅れたようだ。

 血だ。

 これは血の塊だ。

 色と元からの煮汁が血の臭いであることで気付けなかったのだ。

 思わず、前の町で作ったものを思い出してしまったよ。

 ゲンコツせんべいとグミを苦戦しつつ攻め落としていくと、ついに本丸が姿を現した。

 肉だ。

 羊系だろうから、若干の臭みは予想内。

 ためらわずにひた走る。

 っ!

 足が止まった。

 無理だ。

 これは進めない。

 生臭さがひどすぎる。

 もはや食べ物とは呼べないほどのものだ。

 臭み消しという発想を、当地の料理人たちは得なかったのだろう。

 客に美味いものを食わせようという意志がそもそもなさそうである。

 そして最後。


 『カラマランのラクラタ風サラダ』


 もはや予想すら封じる名称だ。

 意味がまるっきり分からない。

 見た目は濃い緑色の葉野菜と、コーンのような黄色い粒をまぜ、マヨネーズのようなものをかけたサラダだ。

 一見したところでは不味くなさそうだ。

 まずは、葉野菜から。

 見た目は普通だが。

 ぐほっ!

 あぶない、あぶない。

 噴くところだった。

 なんだこれは?!

 知らない食感だが、どこかで知っている気もする。

 落ち着け!

 オレは飯を食っているだけなんだ。

 飯?

 そうだ。

 わかったぞ。

 食べ物だと思うからわからないのだ。

 これは、段ボールだ。

 ぱさぱさで噛めば噛むほど口から水分を奪っていく。

 なおかつ、幾重にも重ねられた紙の層が歯の侵入を許さず嚙み千切ることは不可能。

 飲み込むこともできん。

 恐るべき敵だ。

 『メーメーのピトピト煮』、これの煮汁を口に含んで、なんとか呑み込む。

 飲み込むことはできたが、唾液のなくなった口内に生臭さが残ってキツイ。

 口直しになってくれ!

 祈る思いでコーンに似ている黄色い粒に突進した。

 うおっ?

 そうきたかっ!

 全身に震えが来た。

 これは魚卵。

 イクラだった。

 黄色くて見た目コーンなのに、イクラ。

 ここにきての海産物の食味。

 なんだこの取り合わせは?!

 待て、待て。

 落ち着こう、これはサラダだ。

 マヨネーズのようなもの、ドレッシングがある。

 これでなんとか・・・。

 葉野菜も込みで、うまく絡ませて口へ入れてみる。

 あー、なるほど。

 ドレッシングの意味が分かった。

 しけたゲンコツせんべいが、鮮度が悪く歯切れのないイカフライになっている。

 どうやら、何かの成分が葉野菜の細胞を壊すか何かするのだろう。

 イカとイクラ。

 ふむふむ。

 海鮮サラダということか。

 これなら、大丈夫。

 口直しとして十分だ。

 味はほとんどないに等しいが、生臭くないだけ素晴らしい。

 腹は膨れた。

 それに、イクラを発見できたことはありがたい。

 「店主。この黄色い粒はなんですか?」

 「あ?『トラフット』草の実だね」

 「『トラフット』草?」

 「ここらから北にかけてよく見る草さね。茎も葉も細い草だよ」

 「へー。変わった草があるものだね」

 相づちをうちながら支払いを済ませて店を出た。

 頭上には抜けるような青空。

 太陽も頂点から降り始めた時刻。

 夕方まで時間はある。

 「北、か」

 イクラを手に入れないとな。

 それに・・・。

 実は飯屋で冒険者らしい者たちが話しているのを耳にしたのだが、その内容が気にかかっているのだ。

 なんと、北東部にいるヒドラ退治に向かうらしい。

 偶然かとも思うが気になるので、様子見がてらイクラ集めをしようと思う。

 味噌と同じく、醬油も自作できているからイクラの醤油漬けなら作れるのだ。


 『トラフット』草はすぐに見つかった。

 確かに茎も葉も細い。

 色も茶色。

 刈り取り前の稲に似ている。

 米ができるところに、黄色い粒が数十個付いているのだ。

 草原一帯のいたるところに生えている。

 イクラを浴びるように食べられるな。

 イクラ丼くらいしか料理を思い付けないのが残念だ。

 米がないのに。

 「そのうち見つけるさ」

 とりあえず確保だ。

 プランターで育てよう。

 「『土操作』スキル、『土人形』」

 第五のスキル『土操作』で『トラフット』草の生えている地面をゴーレムにする。

 そのまま『調理』スキルの収納スペースに入れれば終わり。

 邪魔にならないよう並べて、術を解除すればいい。

 実に簡単な作業である。

 以前から家庭菜園的なことは実験的にしていたから、ちゃんと下に木で囲いを作ってある。

 水やりをしても周囲ににじむことはない。

 スキルレベルを上げていないので、50×50ぐらいの土しか操れないのだが苗の移動には使える。

 大根の鉢植えなんかも、同じ方法で作った。

 10本くらい移して終了だ。

 これだけあれば、とりあえず苗なり種なりの保存は可能だろう。

 ちなみに、この『土操作』。土魔法の一種ではあるが、攻撃魔法としては使えない。

 地面を揺らすなんて無理だし、土を尖らせて敵を突くなんてこともできない。

 理由は簡単。

 よくある『土魔法』をよく見ると土そのものではなく、大地を操るとか岩に変化させることで攻撃していることに気が付くはずだ。

 土を動かしてできることなんて、ゴーレム制作ぐらいのものなのなのである。

 園芸がせいぜいだ。

 それで充分なわけだけど。

 この間に『メーメー』も発見している。

 予想していたように、丸く巻いた角があり白い。

 見事な翼で飛び回る・・・ペリカンだ。

 角がある以外は黄色い嘴に、白い羽毛。

 鳥なのにボテッとした体つき。

 どこから見てもペリカンである。

 十数羽しとめてみた。

 半分は生かしたままで『調理』スキルの保管スペースに入れた。

 ちゃんとひもでつないである。

 非常食として飼ってみよう。

 「調理してみないと、わからないからな」

 残りの半分を解体しながら呟く。

 食べられることはわかっているのだ。

 マズかっただけで。

 ならば、調理方法を工夫したら美味しくなるかもしれない。

 死人が出るからと食べることを諦めていたら、ふぐ料理は存在できていない。

 うまいものを食いたいなら、日々の精進あるのみである。

 店で食って不味いもん、どう料理したってまずいだろ?

 そう思う方もおられようが、世の中にはどんな高級食材を使っても犬の餌しか作れない料理人もいれば、特売の輸入肉でブランド肉顔負けの味を出してのける主婦もいる。

 肉に罪はない。

 不味いのは料理を作る人に技がないからなのだ。


 ぎぃやぁぁぁぁぁぁっすっ!


 どう調理しようかと思案を始めたオレの耳に、奇怪な鳴き声が届いた。

 聞こえなかったなら知らぬふりをするところだが、聞こえてしまったのでは無視もできない。

 冒険者の義務である。

 オレは鳴き声がしたと思しき山へ向けて歩き出した。

 さて、歩いている間の暇つぶし・・・もとい、事前説明だが。

 今の鳴き声は、おそらくヒドラである。

 なぜわかるのかといえば、例の『使い魔』として飼われているのを見たことがあるからだ。

 見たどころか、世話をしたこともある。

 飼いきれなくなった飼い主が、欲しい人に引き取って欲しいと依頼。

 冒険者ギルドが里親を見つけるまで、そして見つかった里親が引き取りに来るまで、オレも世話をしていた。

 いろいろな伝説があるわけだが、この世界におけるヒドラとは体長五メートルに達することもあるモンスターだ。

 でかいトカゲの体に、蛇の頭を多数生やしている姿は有名だろう。

 卵から孵ったころは子猫並みだが、数日で中型犬サイズになり、一月も経つと大型バイクで一年後には軽自動車サイズにまで成長を遂げる。その後三年ほどかけて小さめの戸建て住宅にまでなり、あとは皮の厚みや首の数が増していく。

 蛇の首はどんなに切られても平気で、場合によってはすぐに生えてきてしまうので厄介だそうだ。


 (参考文献:冒険者ギルド所蔵。クローラ・リンドリーグ著『よい子のためのモンスター図鑑』)


 そんなこんなで、話題のヒドラを発見した。

 黒光りする鱗に覆われた体、尻尾には螺旋を描くように金色の模様が入っている。

 体長三メートル。

 生後三年たったくらい。

 人間でいえば、17歳くらいだろうか。

 大人ではないが、それに準ずる体格を持っているということだ。

 首は六本ある。

 その彼——彼女かもしれない——を取り巻く五人の冒険者。

 剣士三人に司祭と魔法使い。

 司祭と魔法使いは女のようだ。

 全員20代といったところか。

 剣士二人は兜のせいで顔が見えないからわかりづらいが、たぶんそうだろう。

 絵に描いたような、基本に忠実な冒険者パーティだ。

 「バカか、逃げろ!」

 思わず罵声を飛ばした。

 明らかに分不相応な敵を相手取ろうとしている。

 彼らにヒドラを倒す実力なんてない。

 剣士三人の繰り出した剣が、ヒドラの鱗に微かに線を描くだけで弾かれていた。

 この時点で、もはや勝敗は見えている。

 ヒドラが一切攻撃してこなくて、三日三晩剣を振り回し続けられるとしても勝てないのは確定しているのだ。

 鱗を貫ける武器か、腕力。鱗の間を通す技術、それらのどれかがなくてはどうにもならない。

 オレなら『目利き』があるから、鱗の間に包丁を入れるのなんてわけないけどな。

 まして、ヒドラが攻撃してこないわけがない。

 「たくっ、逃げろって言ってんのにっ」

 聞こえていないのか、聞こえていても逃げられないのかわからないが、冒険者たちは変わらずヒドラと対峙している。

 これじゃ間に合わないぞ。

 せめて、こっちに逃げてきてくれれば何とかしてやれただろうが、動かないのではこちらから走って近づくしかない。

 走っているうちに剣士二人が噛みつかれた。

 かなり深い。

 一人なんて腕がちぎれ飛んでいる。

 もう一人はそこまでひどくないが、ヒドラといえば毒だ。

 あれはもう助からないな。

 オレは即座にそう判断したが、仲間はそう簡単には割り切れなかったらしい。

 ヒーラー役の司祭が前へ出て、肩から上をもぎ取られた。

 布製の司祭服だけでは防御が弱すぎたのだ。

 残った剣士が必死に魔法使いを庇っているが、その魔法使いの腹をヒドラが噛んで持ち上げた。

 ひょいっとばかりに上へ放り投げ、ぱくりと喉に流し込む。

 人間がスナック菓子のように食われている。

 一人残された剣士が、心を折られて呆然とするのが見えた。

 仲間が全員死んだのだから無理もないが、そんな覚悟で冒険者なんかするなと言いたい。

 パーティ壊滅で一人だけ助かるなんて、冒険者ギルドではありふれた話だ。

 このまま死なせてやるのが、もしかしたら親切というものなのかもしれない。

 少なくとも、彼は楽だろう。

 「だけど、オレは気分悪いっ!」

 頑張れば助けられる人を見殺しになんてできない。

 四人の死が稼いだ時間が、オレが剣士を助けるのに使える時間。

 ギリだけど、間に合いそうだ。

 「歯を食いしばれっ!」

 一声かけて腕を振る。


 「『釣華』スキル、『投げ釣り』!」


 振った腕に持つのは包丁ではなく竿。

 糸の先の針が、重りによって勢いつけて飛んでいく。

 剣士に針が届いたところで、再度スキルを使用。


 「『釣華』スキル、『一本釣り』!」


 竿を一気に引いた。

 ヘビーアーマー系でなく、革装備で助かった。

 スキル使用時の魔力補正によって、人ひとりの重量ぐらいなら、オレでも引けるのだ。

 そのまま、できるだけ後ろへ飛ばす。

 これで、ともかくあの剣士は無事だ。

 あとは、追いかけてくるヒドラを大人しくさせればいい。


「『釣華』スキル、『撒き餌』!」 


 『調理』スキルで作っておいた対モンスターおびき出しようの餌を撒く。

 モンスターの内臓などを原料にしていて、肉食のモンスターならほぼ確実に喰いつく。

 ほぼではない例外は、すでに満腹か特定の獲物しかエサとしないかだ。

 ヒドラは肉なら何でも食うから、絶対に食いつく。

 「よしっ!」

 狙い通りに食いついたところで、口の回りが赤い頭を『調理』スキルで切り落とした。

 魔法使いがまだ生きているかもしれない。

 喉が膨らんだままの蛇を切り開いて取り出し、ありったけの解毒剤をくれてやる。

 思った通り、まだ息はあった。

 ほっとする暇もなく、夢中でエサを貪っている頭を一個だけ残して、残り五個は切り落とす。

 一個でもエサに気を取られている限り、本体は動かないからだ。

 動かない間に。

 『調理』スキル、炙り焼きで頭のあった痕の五か所に焼き目を入れる。

 焼くことで再生を封じるのだ。

 火点の調整に手間取るが、そのための撒き餌である。

 なんとか成功した。

 一時的でしかないが、次の工程を行うまでもてばいい。

 次に、最後の頭も切り落とす。

 さすがに暴れられるが、頭はもう一つしかなくなっているから避けるのは簡単だ。

 ここで切った頭に再生されると、同じことを何度もすることになるのでさっきのひと手間が活きてくる。


 ドスン!


 重そうな音を立ててトカゲの体が地面に倒れ伏す。

 倒した!

 そう思いたいだろうが、違う。

 ヒドラが一説には不死の頭を持つと言われる理由。

 実は、さっきから頭だとか首だとか言っていた蛇は触手でしかない。

 本来の頭は・・・。

 ザクッ!

 包丁で切り落としたのはトカゲの尻尾。

 ヒドラの本体は、この尻尾なのだ。

 「トカゲの尻尾切り」なんて言葉があるが、ヒドラの場合は身体の方が使い捨てのできる犠牲用のダミーなのである。

 目立つ身体を放棄することで、本体の尻尾は逃げるのだ。

 なので、「確かに倒したのに」復活されて、「不死なのか?」となるわけだ。


 (出典:冒険者ヒドゥン・ゴラックのヒドラ討伐報告書)


 見ているうちに、切られた尻尾がさらに短くなった。

 元より切り捨て用の体なので、切りやすいようになっている部分がある。

 ここを『自切』したのだ。

 30センチ程度の寸胴な蛇の姿だ。

 隠れていた頭でオレを警戒しながら横移動するという器用なことをしている。

 その動きが、急に止まった。

 「お? 覚えているのか?」

 声をかける。

 ヒドラが尻尾をピンと高く上げて見せた。

 どうやら本当に覚えているらしい。

 飼い主は気が付いていなかったのに。

 以前、冒険者ギルド内で世話をしていたやつだ。

 尻尾の模様が特徴的だから、見た瞬間に気が付いていた。

 もっといえば、セシルと名乗った女を見たときから気になっていたのだ。

 あのヒドラを連れていないのはなぜなのか、と。

 「一緒に来るか?」

 「ぴゅい、ぴゅいぃぃぃっ!」

 元気に返事をくれたので、肩に乗せてやった。

 毒があるのは触手の頭だけ、本体に攻撃力はない。

 可愛いものだ。

 「生きてるか?」

 魔法使いを覗き込む。

 「か、かろうじて」

 息も絶え絶えという感じだが、命はとりとめたようだ。

 「そっちは?」

 這うように近づいてきていた剣士のほうを見る。

 びっくりした。

 こっちの剣士も女だ。

 プレートアーマーだと胸元が形作られるのですぐわかるが、革鎧だと本人の胸のボリュームしだいでは目立たない。

 顔を見ないと区別が難しいのだ。

 「ぐっ、骨が数本いったかな」

 どちらも、意識はあるし命に別状はなさそうだ。

 自前の治療薬で応急処置も済ませたらしい。

 冒険者なら当然か。

 とはいえ、野宿は無理だろう。

 「少々手荒になる。文句は受け付けないから黙ってされるままに任せろ」

 二人に冷たく言い渡した。

 異存はないようで返事がない。

 体力が落ちているからな。

 余計な会話は無用ということだ。

 というか、とりあえず助かったらしいと分かって気を失ったらしい。

 無責任な。

 ま、承諾は得たということで。

 「『土操作』スキル、『土人形』×3」

 ゴーレムを三体出した。

 二体には冒険者たちを背負わせる。

 一体が生きている者用、もう一体は死体用だ。

 残り一体にはヒドラの頭を運ばせる。

 魔法使いを呑んでいたやつでいいだろう。

 一番損傷が激しいからな。

 血で汚れているものと三本になるが、ゴーレムなら運んでくれるだろう。

 人間を襲わなかった頭と、胴体は解体して食材に。

 こちらはいつもの収納スペースにしまえばいい。

 オレは手ぶらで、町へ向かって歩き出した。


 「おつかれさまでした」

 ギルド職員に一礼されて、オレは冒険者ギルドを出た。

 ケガ人二人の治療と死体の処理を、ヒドラ討伐報酬との相殺でギルドに丸投げしたのだ。

 そもそも、ヒドラ討伐クエストをオレは受けていないので、いわゆる辻ヒーローをやっただけという扱いになるのだ。

 報酬なんてたいしてもらえない。

 ヒドラの死体処理は専門業者に引き取ってもらえるが、人間の死体は教会に持ち込んで供養を依頼する必要があるし、けが人の治療の面倒なんてそれこそ時間と労力の無駄になる。

 ここは、報酬と相殺と言いつつ厄介ごとを安く処理するのが賢明だ。

 ギルドの功績ポイントはきっちりもらったけどな。

 夕闇が迫る中、そのまま町の外へ出る。

 このまま町を出ようというではない。

 手に入れた食材の確認をしたかったのだ。

 「えーと。『トラフット』草はいいとして、メーメーの肉とヒドラ肉か」

 どちらも肉ではあるが・・・。

 少しずつ焼いてみる。

 メーメーの肉は脂肪分が少なく、さっぱりした感じだ。

 羊かと思ったが見た目の通りの鳥、それもほとんどの部分が鶏の胸肉に近い。

 昼間食べたものが不味かったのは、低温で焼くべきみのを高温で焼いてパサパサにしてしまったからだ。

 しかも、さっぱりしているからとコクを出すつもりで血を大量に入れて煮込んだのが原因なのだと思う。

 胸肉のつもりで調理すれば問題なく食べられるはずだ。

 ヒドラ肉はといえば、鳥というより魚っぽい。

 それもかなり脂がのっていて・・・。

 「ウナギじゃねーかっ!」

 塩で焼いたから白焼きになってしまったが、タレをつけて焼けば蒲焼が作れそうだ。

 串を用意しないとな。

 炭も。

 いや、それ以前にタレだ。

 タレを・・・って。

 そうだ。

 なによりも米がいる。

 タレで食うなら絶対米がなくてはならない。

 うー。

 絶対見つけてやる!

 決意を胸に、オレの夕食は鶏のむね肉とウナギの白焼きという無駄に高級なものとなったのだった。


名前:シェルフ・ボードフロント。

種族:人間(異世界転生者)。

職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。

スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣華』。5、『土操作』以下『?』。

手に入れた食材: 竹モドキの大根。イモだと思いたくなるショウガ、ニンジンだと思わせて裏切ったセロリ。チューリップピーマン、バラツタネギ、稲穂イクラ、ペリカン鶏むね肉、ヒドラウナギ。

使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』、ヒドラ。


 おっと?

 「お前のことはヒルダと呼ぼう」

 やはり『彼女』だったので、ヒドラをヒルダと名付けた。

 「ぴゅいっ!」

 尻尾を立てて喜んでくれたので、よしとしよう。


    閑話休題 剣士と魔法使い


 ギルドの治療室で目が覚めた。

 本当に生き延びたらしい。

 「最悪だ」

 頭を抱えてしまう。

 パーティが全滅して、自分だけ生き残るとか。

 死ぬとしたら、真っ先に自分のはずなのに。

 それが、前衛職である剣士の務めだろうに。

 「あ、起きたんだね。リスフィ」

 「レスパ、か。そっか、君も助かったんだったな」

 自分だけ、ではない。

 「ええ」

 「よかった」

 心底ほっとして、息を吐いた。

 肋骨が少しきしむが、それだけだ。

 骨は繋がっている。

 砕けていたと思うのだけど。

 新米とはいえ剣士、骨折なんて日常茶飯事。

 傷み方で、どんな折れ方をしているかわかるのだ。

 あのときの痛みは、間違いなく粉砕骨折だ。

 なのに。

 「ずいぶんと、念の入った治療をしていただけたようだ」

 薬か魔法かはわからないが、かなり高度な治療をしてもらえたものと予想できる。

 「助けてくれた人が、私たちの預かり料としてヒドラの討伐報酬とか全部ギルドに渡したんだって。その報酬分のことはしないと信用にかかわるからって、高名な治療師に魔法をかけさせたって聞いたわ」

 「くっ」

 命を助けてもらっただけでも、でかい借りだというのに。

 あとのことにまで気を配られていたとは。

 「行こう」

 「どこへ?」

 「その人のところへさ!」

 ともかく、頭を下げてからだ。

 そうしたら借りをどう返すか、いくら返すか相談させてもらう。

 「ムリなの」

 「は? なんでっ?!」

 無理とかなにを言っているんだ?!

 「もういないの」

 「え?」

 「わたしたちをギルドに預けて、そのまま町を出たって」

 なんだ、それは。

 礼を言う機会すら与えず、いなくなる?

 ありえない。

 拳を握り締めた。

 ふざけるな!

 「・・・決まったな」

 「え? なにが?」

 「これからのことさ。まず、そいつを追いかける。地面に頭めり込ませて礼を言う! そのあと、顔の形が変わるまでぶん殴る!」

 「あ、あは、あー、そっかぁ」

 十日後、私たちはふざけ過ぎの大恩人。くそったれな冒険者を追いかけた。


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