郊外での野営
翌日、町を出たオレたちは東隣の町へ来た。
やることは変わらず、一膳めし屋でスープを売る。
隣町での高評価が噂になっていたのだろう。
前回を上回る人出だった。
値段を12から18にしたというのに、それでも飛ぶように売れたのだ。
もちろん大儲けである。
前回同様に食材の持ち込みによる物々交換も行ったことで、ともかく売り続けたからな。
おかげで、振りではなくマジで収納スペース内の食材が底をついてしまった。
三日目の夕方、ついに品切れで閉店という恥(雄姿)をさらすに至ったのだ。
これで、食材確保の探索に出ることを自然な形で知らせることができたはずだ。
あとは、マジで食材集めをしながら獲物が近づいてくるのを待てばいい。
オレたちはかれこれ四日、町と森の往復を続けている。
五日目の今日も、森で狩りにいそしんでいた。
「追いこんだわよ!」
「完璧です!」
ヴィエルとベリエが左右から声をかけてくる。
出番だ。
『収穫』しようとしていた木の実を足元に転がして、包丁を構える。
直後、ラバン・ルージュが左右から三匹ずつ飛び出した。
「ほいっ!」
もはや慣れたもので、包丁がきれいな軌跡を描いて回転。
兎たちを切り伏せた。
即座に解体して、収納スペースへ放り込む。
ヴィエルとベリエがいてくれるので、周囲を警戒しながら開けることができる。
スキルの熟練度が、どんどんと上がっていた。
収納スペースへの扉の開け閉めも速く、スムーズにできるようになっているのだ。
なにしろ、『調理』スキルがとうとう超越レベル10に達している。
ここ半月の無茶な調理マラソンが効いたのだ。
それにともなって『収穫』スキルも上がっている。
食材も高効率で集まっていた。
そして・・・。
「すごいわね。見事な連携だわ」
来た。
たまたま通りかかりました、そんな顔で冒険者風の女が森の中から現れたのだ。
予想していなければ気にならなかっただろう自然さで、気さくに。
だが、オレたちはこうなるのを期待してここにいたのだ。
ずっと周囲を警戒していた。
この女は、間違いなく声をかけてくるまで気配を消していた。
監視態勢からお近づきになるフレンドリーさへと、瞬時に切り替えたのだ。
「おっと。警戒させちまったかな。わりぃわりぃ」
思わず反応したヴィエルとベリエに、困ったような顔で頭を下げて男が出てきた。
その後ろからも。
どうやら、三人パーティのようだ。
うんうん。
怪しすぎる。
なんというか、対人戦特化型装備としか見えなかった。
森に来ているというのに、素材の採取をしようという様子がまったく見えない。
道具を持っていないというわけではない。
ちゃんと持ってはいる。
それが逆に違和感を持たせていた。
オレのような『収穫』スキル持ちには、道具の使用頻度が見た目でわかるのだが、使った形跡がないのだ。
もちろん、『騙そうとして近づいてくるものがいる』と知っていて待ち受けていたからわかるのであって、知らなければ気が付かなかったかもしれない程度の微かな違和感ではある。
だけど、確定だ。
こいつらが、新人狩りである。
名前は女魔導士セシル、剣豪ダニエル、怪力無双ハロルド、だそうだ。
どうせ偽名だろう。
「実は私たち、森の奥に棲むというヒドラ討伐に来ているんだけど、三人だけじゃさすがに心もとなくて」
「勢い込んできてはみたものの、な」
「なに、ヒドラだけなら俺たちだけでもどうにかなるんだ。ただ、周りの雑魚に邪魔されると不意を突かれるかもしれん」
三人して目配せしながら何やら語りだした。
要するに、自分たちだけで倒せるかどうかという難敵の討伐クエストを受けている。
手伝ってくれないか、という話だった。
よくある話ではある。
ヒドラの生息地は普通水辺だとか、そもそも20人くらいの攻撃隊を組んで当たるような敵だということを知らなければな。
オレは冒険者ギルド内の宿酒場が実家なので、その手の話なら耳にタコだ。
厨房の隅で野菜の皮を剥きながら、冒険者やギルド職員の話に耳を傾けていたから。
ベリエはともかく、ヴィエルなんかはコロッと騙されそうなので「以前聞いた話だと・・・」と前置きをしたうえで指摘してみた。
どう反応するか?
「他のところで討伐されかけて逃げてきたらしいわ」
「一攫千金狙いだからな。無茶は承知よ」
「だが、死んじまってもつまらねぇ。一度町に戻って、人を集めるとしようか」
女――セシル――が一瞬だけ「しまった」と顔をしかめたものの、すぐに取り繕ってのけた。
敵もなかなかやる。
というか・・・。
いまのを、多くの冒険者に募集をかける理由にする気になったな。
攻撃隊を募集しておいて、集めた後でどうにかしようというつもりだ。
なぜか知らんが、ヴィエルとベリエもノリノリで冒険者集めを買って出ていた。
なんか必死な感じで人を集めている。
報酬を払わなくていいとなると見境がないな。
オレは市場巡りをしていたけどね。
「ねぇ、ちょっと付き合ってくれないかしら?」
市場巡りの途中でセシルに声をかけられた。
男二人はついてきていない。
「別にいいですけど」
新たな発見があるでなし、実は暇なのだ。
「そぉ、よかった」
にっこり微笑んで腕を絡ませられる。
左の肘辺りが柔らかくて暖かいものに食い込んでいるのも構わず、セシルが身体を寄せてきた。
これは?!
まさかっ?
淡い男心が疼く。
うん。
もちろん、そんな話ではなかったよ。
連れて行かれたのは闘技場。
人間同士ではなく、人間対モンスター、モンスター対モンスター、その戦いを見世物とする施設だ。
賭博場でもある。
要は、賭け事をするためのチップ代をオレに出させようという魂胆であるらしい。
胸の感触だけで、金貨10枚もの大金を持っていかれたよ。
見事に玉砕して、使い果たしたらしいけどね。
オレ?
勝てないカードにチップは賭けない主義でね。
セシルにくれてやった分を差し引いても金貨5枚は儲けました。
『調理』スキルの目利きのおかげで、戦力差がわかるのでね。
これ、『鑑定』系のスキル持ちには楽勝過ぎない?
なんて思っていたら、外でその『鑑定』持ちが吊し上げにあっていた。
楽勝過ぎて調子に乗ったようで、バレたんだな。
金貨5枚くらいにしておくのが正しいらしい。
で、この五枚はセシルの飲み代に消えました。
キレイ系お姉様が酔って乱れていくのを鑑賞させてもらいましたよ。
あと、はだけた服から胸元がのぞいていたりしたのはご愛敬だ。
モンスターの噛み傷らしいのがうっすら残っていたけど、バラみたいで奇麗だったな。
言っておくが見ただけだ。
酔っぱらったセシルを宿屋にも帰したし。
手を出せなかったオレを笑いたければ笑うがいい。
オレも笑ったからね!
自分のことながら情けない。
『据え膳食わぬは男の恥』だというのに。
この世界では、まだ。
その後も数日にわたってセシルにおごらせまくられた。
ヴィエルとベリエは相変わらず冒険者集めに必死だし、向こうの男どもはというと、どうやら女性を金で好きにできる施設へ入り浸っているらしい。で、あぶれた者同士親睦を深めましょうとか言いながらたかられたわけである。
金貨数枚程度の出費なので、別にいいけどね。
そんなこんなで数日が経ったのだが・・・。
状況は予想外の事態に発展していた。
全員が倒れている。
いや、寝ているというべきか。
即効性のある睡眠薬を盛られていたようだ。
攻撃隊の顔合わせという名目で、郊外に集められて軽い宴会になっていたのだが。
油断していたな。
我ながらマヌケすぎる。
裏切られることは予想出来ているのだから、もう少し警戒しておくべきだった。
ヴィエルとベリエが来るまでは動かないと思っていたのが失敗だったか。
顔合わせということだったから、二人は宿に残してきたのだ。
本番はさらに数日後。
全員完全武装で集まって欲しいと言われていた。
そこがXデーかと思っていた。
こんな中途半端に始めるとは予想外だ。
ヴィエルたちを呼びに行かせるでもなく、いきなり薬を盛られたらしい。
あの二人も欲しいだろうに。
いや、別動隊が確保しているのかもしれない。
あるいは・・・。
「最後のやつが起きたぜ」
ハロルドの声。
どうやら、オレが眠りから脱したのは偶然ではなく、こいつが薬で覚醒を促した結果のようだ。
最後、か。
だとすると、他のやつらはどうしてまだ寝ているんだ?
「さて、んじゃ。質問タイムだ」
ダニエルが、へらへら笑ってオレの前に座った。
そして、言葉通りに質問が始まる。
誰が答えてなんかやるものか。
口をつぐんで無視しようとしたが、できなかった。
覚醒の薬だけでなく自白剤も飲まされていたのだろう。
聞かれたことに素直に答える自分の声を、恨めしく聞くことしかできない。
第一の質問は出身地や身寄りについてだ。
なるほど。
奴隷に売るだけでなく、誘拐ってことで身代金っていう考えもあったのか。
妙に感心してしまったよ。
続いてはスキル付属の収納スペースの中身についてだ。
全部洗いざらい吐き出させようと考えているらしい。
せこいと思わなくはないが、同じ立場ならおれも絶対聞き出すだろうから口にはしない。
ブーメランは嫌いだ。
目だけ動かして辺りを見ると、周囲に雑多なものが積み上げられていた。
オレが最後というだけあって、すでに全部出させたあとなのだ。
何もかも奪ったうえで、また眠らせた?
ああ、そうか。
奴隷に売るとき騒がれないようにするためか。
意識のないものを操る魔法なんてのもあるからな。
セシル当たりなら使えそうだ。
最後の質問は固有能力について。
役に立ちそうな能力があれば仲間に誘ってみる気があるということだろう。
「『調理』ってのはそんなスキルなのか。面白れぇな」
メインスキルの説明をすると、鼻で笑われた。
役に立つとは思わなかったらしい。
「よしよし。あとでオレらのために飯を作らせてやるよ」
「最後の晩餐ってやつぅ?」
「こいつにとってのな」
ぎゃははは、と下品に笑ってくれる。
マジでむかつく。
「まー、でも無理じゃね?」
「だよねー。薬のせいで頭がおバカさんのはずだし、身体も動かせないっしょ」
「まぁ、やらせてみるのも面白れぇよ。おら、立てや」
ダニエルに腕を引き上げられるが、身体は動かなかった。
意識と知識を分離する系の自白剤が使われている影響だろう。
知っていることを話さないようにしようとする意志が、知識を吐き出す脳と口を止められないように、立ち上がるために体を動かそうとする意志をも阻害されているのだ。
「しょうがないわね」
小さくセシルが何か唱えた。
途端に、オレは立ち上がっていた。
ああ、やはりか。
人を操る系魔法の使い手なのだ、セシルは。
薬と魔法のダブル作用で、意識が混濁していく。
自分が何をしているのかも認識できなくなるほどに。
結局、オレはこいつらのために晩餐を用意させられた・・・らしい。
気が付くと、オレは再び座り込んでいて三人はうまそうになにかを喰っていた。
他の被害者から奪ったらしい酒も開けて、酒宴モードに入っている。
オレはそれを見るとはなしに眺めていた。
「マヌケ野郎が、自分の弱点をべらべらしゃべった報いだぜ」
ゲラゲラ笑いやがる。
「じゃくてん?」
うつろな呟きが漏れる。
何のことだろう?
そんなものしゃべった覚えなんかないぞ。
混濁はしていても自分がしゃべったことの内容ぐらい把握している。
「へへへ。テメェのスキル。『調理』は食材相手にしか使えねぇんだろ?」
「ああ。その通りだ」
「つまり、人間相手には使えないってことよね」
顔を近づけるな。
酒臭い!
香水とアルコールで鼻がもげそうだ。
それはそうとして・・・。
オレの頭から靄が消えていく。
ウソのように冷静さが戻ってきた。
ここにきてようやく状況が理解できた。
いや、そうではない。
おそらくは、薬か魔法の効き目が薄らいできているのだ。
オレが食材にできないものを相手にしては戦えないと知ったことで、もう勝ったつもりでいる。
縛りもせず、自白の魔法をかけただけで祝宴を開くわけだ。
なんだ。
ただのばかなのか。
白けてしまう。
「ちょっと舐めすぎてやしませんかね」
意識がしっかりして、自分で自分を制御できるようになってきている。
そのことがわからないのだろうか?
これでも一応冒険者なんですけど?
酔っぱらってわからないのかもしれない。
「ぎゃははははっ!」
「道化師の才能があるわよ。転職したら?」
「生きてられねーけどな」
殺すの確定って目でオレを見てきやがる。
ついでだと言わんばかりの無造作な動きで、剣が持ち上げられる。
振り下ろしてオレを真っ二つにというつもりのようだ。
オレはどうせ高く売れないって考えだな。
ダメだ。
こいつらは救えねーわ。
「殺す者は殺される覚悟を持つべきだ」
オレの持論である。
「死ぬ覚悟はできているのか?」
「お子ちゃまがえらそーに」
リーダー格の男が、つまらなそーに吐き捨てた。
「そのお子ちゃま相手に数と薬に頼るようじゃ、あんたらもたいしたことねーよ」
「ふん。女も知らねーガキが。俺の女はガキの相手はしてくんねーぞ」
おいおい。
それだと、大人の男とはホイホイ浮気しますってなるんだけど?
こんな男に『俺の女』なんて言われるようでは、その女もレベル低いんだろうけどね。
「そうかい。よかったな。お前が死んでも、その女はきっと泣かないだろうぜ」
ゆらり、だるい身体を立たせた。
「はっ! なんもできねぇ素人が。イキがんじゃねぇよっ!」
鼻で笑われたが、気になどしない。
なぜって?
こいつはもう詰んでいるからさ。
「『調理』スキル。『目打ち』!」
物理的な道具は使わず、魔力で作られた『錐』が飛んだ。
焚火で伸びた奴らの影を、狙いたがわず貫いている。
「な、なんだ?」
「う、動けねぇ!」
一部の近接職にも『影縛り』というスキルを持つ者がいるが、ようはそれだ。
光の中で物体が動かなければ影は動かない。これを逆にとらえ、影を縛る。ナイフで刺してもいいし重そうな石を置くのでもいい、ともかく影が動かなくなりそうなことをすることで『動けない』と錯覚させ、行動不能にする術だ。
オレの場合は、ウナギを捌くときの調理技術を応用している。
「悪いけど、加減はできない」
対人戦はやったことがないし、薬と魔法効果のせいでまだ意識がもうろうとしている。
ケガで済ませてやれるだけの余裕はなかった。
「『調理』スキル、『強火』!」
そして、炎の魔法。
調理で炎は基本だからな。
残念ながらオレの炎を操るスキルは魔法と違って万能性はない。
地点固定であるうえに、数は三つだけだ。
野外で料理するときは便利だが、戦闘中では使い勝手がよくない。
自由に動き回る相手には特に、な。
動けないなら問題ないけどさ。
こんがりと焼いてやれる。
だけど。
薬か魔法の効果がまだ残っていて、狙いが外れた。
調整しなければ。
表情には出さずに焦りまくって魔法の出現位置の調整をする。
急がなくてはならない。
『目打ち』の効果は長くても一分以下だ。
しかも、身体がふらついていて包丁を握れそうにない。
魔法で倒せないとなると、もう打つ手なしだ。
「ば、ばかなっ!」
炎を見て、ダニエルが慌てた。
「人間相手には使えねぇスキルなんじゃねぇのかよっ!」
「違うよ?」
そんなことは一言も言っていない。
オレが言ったのは『食材』にしか使えない、だ。
「知らなかったのか? 人間だって食材だよ」
「なっ?!」
確かに、普通なら人間が人間を食べることはない。
人間に限らず、生き物は大概同種間での殺し合いを忌避する本能がある。絶対に優先されるべき種族保存の本能がそうさせるのだ。同種族同士で殺し合ったりしたら、種の減少を招くからな。
そのうえ、人間には倫理観がある。
人を殺してなおかつ食べるという行為を、気持ち悪いと感じるのだ。
だから、普通なら食べたりはしない。
しかし、古今東西、人間が人間を食べた話ならいくらでもある。
『我が子を食らうサトゥルヌス』にはじまり『アマゾネスの伝承』、『鬼婆』、などなど。
そう。
人間とて動物。
肉にかわりはない。
「さよなら、だ」
魔法の出現位置の調整が終わった。
「『調理』スキル、『レシピ(焼肉)』!」
戦闘を自動モードに切り替えた。
レシピの名の通り、完成されている手順通りに進めてくれるスキルだ。
忙しいとき同じ料理を立て続けで作るのに便利な能力だが、戦闘時にも使える。
あるだけ全部料理してしまうので量の調節とかは一切できないしアレンジも受け付けないが、ものを考えずに進めたいときには便利だ。疲労も少なくできる。
この場合、調理器具はすべて付近の土や石と魔力で生み出されている。
既存の器具が必ずしも揃っているとは限らないからだ。
その場で作り上げるほうが確実なのである。
理由はともかく、普段の調理と同じものを使わないで済むのはありがたい。
人間を調理した器具で今後自分の食事を作るようなことになっては、食欲がなくなってしまうからな。
使い捨てにできるから、そこは安心だ。
とはいえ。
「やれやれ、だな」
盛大にため息が出た。
すべてが終り、スキルの効果が切れると、目の前の光景に足が地面に沈み込む勢いで気が重くなる。
いくつもの料理が並んでいた。
『レシピ』を使うと、目の前の食材はすべて料理にしてしまうのだ。
相手が人間であっても。
生気をなくした目が三対、恨めし気にオレを見ていた。
その下には血だらけの胴体がついていて、肉片のついた骨が転がっている。
血抜きのプロセスを省いて、手足だけを切断したようだ。
料理には手足の肉だけが使われたらしい。
ああ。
肉料理のレシピだからか。
内臓を使うところまで入っていなかったのだ。
焼肉ならモツもあるだろうと考えるところだろうが、こちらの肉は美味しくない。
よって、オレの『焼き肉』に内蔵の部位は含まれていないのだ。
血抜きは部位ごとでもできるから、骨と内臓はそのままなのだな。
「それはいいけど、困ったな」
ここで、さらなる重要問題が持ち上がる。
『調理』スキルで料理を作ってしまうと、食べないわけにいかないのだ。
ジビエの鉄則である「狩りをしたなら全部食え」が発動する。
自然界において、生き物が生き物を殺すのは生きるため。
食べるためだけだ。
なので、殺した以上はひとかけらも残さず食べろというのが、自然界における掟。
『調理』スキルにおいては、食べないで放置したり棄てたりするとペナルティーとして最小でもステータスが半減する呪いが発動する。最大でも即死はないと思うが、ある程度のダメージや状態異常の可能性ならありえた。
スキル使用で使われた魔力が料理に宿っていて、正しく消費されないとオレ自身に跳ね返ってくるのだ。
食材として保管という方法もないわけではない。
一時しのぎにしかならないが、それでも完全に料理にしてしまわない選択肢はあり得た。
しかし、他の食材の隣に人肉を置くというのがダメだった。
気持ち悪くて全部捨てたくなるのがわかりきっている。
それは絶対にダメだった。
「しかたのないこととはいえ、困ったな」
『レシピ』を発動しなければならない状態に追い込まれていて、選択肢自体なかったのだ。
この結果はやむを得ない。
とはいえ・・・。
「ステータス半減は勘弁してほしいけど、食べる気にもなれないよな」
殺されかけたのだから、殺したことには後悔なんてない。
魔法を使ったり大剣で叩き斬ったりすれば、死体が原形をとどめないのもよくある話。
ネクロマンサーにいたっては死体を使って兵士を作りもする。
だから、死体の損壊にも別に思うところはない。
しかし、食べるとなると躊躇いがある。
考えるだけで吐きそうだ。
アントンに食わせるのもマズイ。
人肉の味を教えることになるからな。
「町へもっていって誰か知らない奴に食わせるか」
正しく消費されればいいのだ。
自分で食べなければならないわけではない。
モンスターに食わせるというのは、オレの安全面的に不安だ。
二度と会わない他人なら問題ないだろう。
「そうしよう」
うんうん。
無駄に何度も頷いて、心を落ち着かせる。
やはり、殺人と食人は精神衛生的によくない。
だけど。
パチパチパチ・・・。
間の抜けた拍手が降ってきた。
「お見事です」
突然現れた人物が感心したように褒めてくるが、うれしくなどない。
「レオナルドか」
無感動にそいつの名を呼ぶ。
そう。あのイケメン剣士だ。
「否! 我が名はレオアルドである!」
怒気を孕んだ大音声で訂正された。
名前を一字間違えたくらいで、何もそこまで怒らんでもよかろうに。
「あー。はいはい。レオアルドね」
投げやりに応える。
魔法でやられていて調子が出ないのに、このテンションはつら過ぎる。
付き合えない。
「おや。驚いてくれないのですか?」
残念そうだ。
「驚くよりホッとしているよ。あんたじゃなかったらヴィエルとベリエが黒幕ってことになるからな」
そうでなければ、こんな都合よく二人だけがいないタイミングで事態が動くなんて不自然すぎる。
自作自演だったのだ。
すべてが。
ならば、女の子と殺し合うよりは、イケメンと切り結ぶ方がまだ気が楽というものだ。
短い付き合いなりに、オレはあの二人を気に入っていたしな。
「ククク。そうですか。人間のオスはメスに弱いですからね」
完全に舐め切った態度で、レオアルドがテーブルに着く。
どういう魔法なのか知らないが、湯気を立てていた人肉料理の数々がテーブルへ移動。
優雅な手つきでレオアルドが口に運んでいく。
始末に困っていたモノがなくなるのは歓迎だが、こいつどういう神経してるんだ?
人間を解体して料理するのを見ていただろうに。
それを食べるとか。
なにやら、批評しながら全部平らげやがった。
「いやー。すばらしい料理でした。特にセシルさんの血のスープは絶品です。わたくし寿命が50年は伸びた気がしますよ」
血?
ああ。
そうなのか。
「なるほどね」
納得した。
人肉料理を平然と食べてのけるわけだ。
同時に理解する。
「あんた、ヴァンパイアだな? それも『真祖』ってやつか?」
日中も出歩ける吸血鬼。
『真祖』級で間違いあるまい。
そうとわかれば、名前の間違いに怒ったのもうなずける。
古来、吸血鬼は自分の名前と血筋にはやたらとこだわるそうだ。
一説によれば、血によって魔力を得る彼らにとっては血統が何よりも重要で、それを知らしめる名前に支配されているのだとか。
「新人狩りをならず者に持ちかけ、獲物は奴隷に売るのではなくエサってわけだ?」
「エサという言い方はいただけません」
ノンノンと指を振られた。
「食事ですよ」
「うまいこと考えたものだな」
新人を襲って奴隷に売れば儲かると、食い詰めたならず者にささやいて人さらいをさせる。
獲物となった新人たちを、ここに運ばせてならず者も込みで食う予定だったわけだ。
実際は灰になるまで血と生気を吸うのだろうけど。
アユの友釣りかよ!
ツッコミを思い付いたのは、たぶん逃げだ。
まともな神経では病んでしまいそうな気がする。
「ククク。なかなか面白い趣向でしょう?」
お遊びかよ。
楽しんでいますって言わんばかりの、喜悦に輝く顔がムナクソ悪い。
結果はどうでもいいのだ。
過程でどれだけ人間をバカにできるか、笑わせてもらえるかにこそ興味がある。
人間の血を吸う行為よりも、吸える状態まで追い込むことが楽しいから、こんなことをしているのだとわかってしまった。
「ああ、そうそう。今回の遊びに冒険者を使うというのはヴィエルの思い付きなのですよ。不運でしたね。あのバカな娘の思い付きのせいであなたは死ぬのです」
ああ。
それは仕方がない。
オレは前世でも今世でも、運はあまりよくないからな。
「一つ聞きたい」
「なんなりと」
自分の勝利を確信しているのだろう、両手を広げて笑みさえ浮かべている。
「ヴィエルとベリエはどうした?」
二人をどうしたのか、そこだけは確認したかった。
「無事ですよ」
そんなことかと言いたげに、答えを返してくる。
マジで余裕だな、コイッ。
「あの二人はまだまだ利用できますからね。宿屋でくつろいでいただいています。今頃は敵前逃亡した貴方を罵ってでもいることでしょう」
敵前逃亡?
「ククク。貴方は人さらいどもが自分を狙っていると気が付き、恐れをなして逃げ出したのだと伝えてあるのです。単純なおバカお嬢様たちは疑いもせず信じてくれましたよ?」
「ああ、そうなのか」
利用価値があると言ってのけられたことで、安心できた。
こいつが欲しいのは金ではなく、ましてや『女』でもない。
健康で生命力にあふれた『人間』でさえあればいいのだ。
使えるコマは取っておきたいことだろう。
それよりも、「単純なおバカお嬢様たちは疑いもせず信じてくれましたよ」か。
あの二人はレオアルドに言葉で丸め込まれているということだ。
自分の意志で協力しているのなら「裏切られた」だし、薬か魔術で操られているとか洗脳されているというのなら「解除方法を探さなきゃ」だが、その必要はないということだ。
二人の顔が浮かぶ。
彼女たちの心配はしなくていい。
「表面上はですがね」
ザラっとした声音の呟き。
無視はできなかった。
「表面上?」
「あの子らは私のことが嫌いなのです。憎んですらいる。でも逆らえないので、体面上は何も気が付いていないふりをして私の計画に従って動きつつ、裏切るタイミングを図っているのです。無駄なのに」
「ほう」
「今回も一生懸命に人を集めていたでしょう? 数を増やせば私に勝てるとでも思ったのでしょうが・・・この様です」
正体もなく倒れて眠る冒険者たちを指さして、心底馬鹿にした笑みを浮かべている。
ゲスめっ!
「そうかい。よかったよ。なら、あとはあんたを殺せばいいだけだな」
遊びに使われた駒は片付けた。
冒険者たちはこいつを倒してから目覚めさせれば問題ない。
オレにこいつを倒せるなら、な。
違う。
倒すのだ。
吸血鬼というと不死というイメージが強いだろうが、実は普通に剣で殺せる。
不死だとされるのは起源となった最初の七人が、死体から生み出されたという説があるせいだ。
その説が正しいかどうかはわからない。
ともかく現代においては、他人の血を吸うことで自分の魔力を高める体質を持っているだけの、亜人の一種に過ぎないのだ。
『不死』ではなく『不老』のほうが正しい。
化け物なのではなく、普通にいる生き物でしかない。
寿命は数百年と長いらしいけどね。
それなのに『不死の魔物』などと言われるのは、斬った瞬間には回復してしまう超速再生能力があるからだ。
心臓を貫いても、数秒で再生してのけられる。
逆に言えば回復能力に勝る速度で斬り続け、魔力の枯渇に持ち込めば勝てるし殺せる。
(参照資料=冒険者ギルド所蔵。ヴァンパイアキラー、ダミュッド・アテングラー著『俺はただの殺し屋だった』)。
ダミュッド先生! それをやれる人が「ただの」なわけないでしょうがっ!
本で読むぐらい簡単なら苦労はない。
「ククク。面白いことを言う。人間を料理できたからと言って、吸血鬼もできると思うのは愚かですよ?」
切っても瞬時に元通りになる体では、料理のしようがないからな。
「そうなんだろうな。でも、どうせ殺されるんだし。試してみるしかないだろ?」
ここで反撃しないなら奴隷なりペットなりで生かしておくというのでなければ、戦うしかないのだからできることをするしかない。
「ククク。それは確かに」
もっともだと笑って、歩いてくる。
刺してみろ。
そう言いたいのだろう。
両手を広げて、無防備に。
オレに先手を取らせておいて、やることなすこと全部無意味だと知らしめる。
絶望していくのを楽しむつもりだ。
それがはっきりとわかる。
「クソ野郎が」
そう呟くのが、オレにできる精いっぱい。
震える腕で『大丸三徳包丁』を抜く。
振り上げるだけの腕力はなさそうだ。
正眼に構えたまま、一歩を踏み出す。
たったそれだけのことに体力のすべてを費やした。
無駄だとわかっていながら、包丁をレオアルドの左胸に突き刺すのだ。
心臓を確かに貫いた。
なのに、ヴァンパイアは止まらない。
そのまま歩いてくる。
「だめか」
呟きを落として、膝も折る。
このままへたり込んでしまいそうだ。
刺しただけじゃやっぱり意味なんてない。
体力も気力も尽きそうだ。
「フン」
頭上でレオアルドが鼻で笑うのが聞こえた。
包丁の刃を素手でつかみ、抜き取っている。
オレの唯一の武器が、遠くへ投げ捨てられた。
終わりだ。
レオアルドの胸に開けた穴が、たちどころに・・・。
「な、に?」
信じられない。
そんな顔でレオアルドが膝をついた。
回復が始まらない。
胸からは血が抜けてくる。
「不思議がることじゃないだろ? 何度か見ているはずだぞ?」
同じ目線で言ってやった。
そう。
刺した『だけ』ではない。
スキルを使った一撃だ。
「『調理』スキル。『血抜き』だよ」
冷たく教えてやる。
ヴァンパイアの力の源、無尽蔵ともいえる魔力の源泉は他人の血を飲むことで凝縮した血液である。
斬るしかない剣士などでは、血を出し切らせることなどできない。
切られても瞬時に修復してしまうからだ。
しかし、その血を抜くためのスキルが『調理』スキルにはある。
血を抜くためのスキルだから、レジストできなければ傷が塞がることはなく血を抜き続ける。
「油断しすぎだ」
あらかじめ何らかの対応策を持っているかもしれないと警戒していればスキル効果にレジストできたのかもしれないが、オレを絶望させたくて全部受けて立つ姿勢を見せたことが命取りとなったのだ。
強力なボスキャラに与えられた定番の負け方である。
本来なら、オレを難なく殺せていただろうに。
まぁ、それでも一撃くらいは入れられただろうから、苦戦したとしても勝てた可能性が高いんだけどね。
別に心臓を貫く必要はないのだ。
胸や肩口、腹部に太ももでも効果は出る。
動物型のモンスターを倒せば必ず使うスキルであるだけに、熟練度が高いのだ。
たとえヴァンパイア相手でも失敗はあり得なかった。
「相手が悪かったな」
オレがただの剣士や魔導士ならば、たとえレベルが高くても勝てなかっただろう。
しかし、『調理』スキルを使う冒険者のオレにとって、吸血鬼退治はある意味ではそこいらの盗賊退治より楽なのだ。
ああ。
タイミングも悪い。
初の殺人でテンションがおかしいのだ。
妙に頭が冴えている。
「お前はもう、オレのまな板の上だ」
「ば、ばかな」
時を置かず、レオアルドは灰になった。
蓄えられていた膨大な魔力が『死』によって反転、回復ではなく消滅へ向かうことで身体も魂も無に帰する。
強い力を持つがゆえのリスクである。
「つかれた」
天を仰いで息をつく。
もう一歩も動きたくない。
「で、いつまで隠れているつもりなのかな?」
体力が少し戻ってきたところで顔を上げ、さっき気配を感じた方向に声をかけた。
二人の顔が浮かんだのは、話に出たからだけではない。
レオアルドの「おバカお嬢様」発言の時、石を踏み砕く音がしていたからだ。
かすかながら空気の振動も感じていた。
自分に酔っていたレオアルドは気が付かなかったらしいけど。
あるいは、気が付いていながらもオレの惨殺シーンを見せつけて心を折ることでも考えていたのかな?
今となってはどうでもいいが。
「き、気づいていたの。性格悪いわね!」
「隠れて見ている誰かさんよりはいいと思うけど?」
「うぐっ」
「あらら」
のそのそと出てきたのはもちろん、ヴィエルとベリエだ。
「い、一応言っとくけど、見捨てたわけじゃないのよ」
きまり悪げにヴィエルが口を開いた。
「何とか助けたいとは思っていたのですが、正直どうにもできませんでした」
ベリエも項垂れた状態から懺悔の言葉を口にする。
それ、見捨てたとほぼ同じだと思うのですが?
表現を変えてみるとして、見て見ぬふり?
もういいけど。
「一体どういうことなのか、説明してもらえるかな?」
笑顔を心掛けて問い質す。
ひきつっていたかもしれないが、そこはご愛嬌だ。
「あー、と。話すと長いんだけど」
そう前置きをしてヴィエルが話したことを要約すると・・・。
レオアルドはヴィエルの叔父にあたるのだそうだ。
ベリエは異母姉妹。
父は同じだが、母親が違う姉妹なのだと。
父親とケンカしてベリエと共に家出を敢行したヴィエルは、叔父に旅に出ないかと声をかけられた。
行く当てもなかったことで話に乗ったのだが、旅を続けるうちに叔父が何かよからぬことをしていると気が付いたのだという。
人間を襲っているらしい、と。
叔父と姪の関係なのだから当然ヴィエルもヴァンパイアだ。
しかし、父親の教育方針で人間を襲うことをよしとしていなかったヴィエルにとって、それは許されないことだった。
何度かやめて欲しいと言ったのだが聞いてもらえず、気が付けば自分たちも片棒を担がされていたのだという。
「それならもう少しやりようがあったんじゃないのか?」
父親に助けを求めるとか、あるだろう。
「故郷から遠く離れてて、助けてもらえる知人がいなかったのよ!」
「知らない人に相談しようにも、どう話を持ち掛けてもヴィエルがヴァンパイアなことを話さないではいられなくなります。私たちには、人間にそれを告げる勇気がありませんでした」
「んー。それは賢明かもな。人間はどうも吸血鬼に対していい感情を持たないから」
しかたのないことだ。
ヴァンパイアは人間をエサと見てしまうし、エサだと思われて平然としていられるほど人間は強くない。
「叔父は一族の中でも、強大な力を持っていたの。私とベリエの二人掛かりでも軽くあしらわれるほどなんだから!」
「ですので直接対決を避けつつ、勝てそうな人間との接触をと考えていたのですが・・・数を頼んで集めた冒険者たちがいきなり全滅したときにはどうしようかと思いましたよ」
「まさか、あなたみたいな新人冒険者が叔父に勝つとはね」
「それも一人で、です。正直、いまだに信じられません」
そう言って、二人してオレを凝視してくる。
いやいやいや。
むしろ、あんなのにヴィエルとベリエの二人をあしらう力があるという話の方が不思議なんだけど?
でもまぁ、たぶんそうなのだろう。
命をかけた戦いで相手を舐めてはいけないってことだな。
本気であればオレは苦戦どころか一撃で死んでいたのかもしれない。
こちらに先手を打たせて叩き潰そうなんて余裕を見せたのが運の尽きだったのだ。
どんなに強くてもバカでは生き残れないということだな。
肝に銘じよう。
「っていうか、オレも人間だけど吸血鬼だとバレてよかったのか?」
たったいま吸血鬼と殺し合ったばかりだし、敵として倒されるとか考えないものだろうか?
「あんたは、そういうこと気にしなさそうな気がしたのよ」
直感だけで突き進むのはヴィエルらしいと言えばらしい気がする。
「亜人を差別する人間に見られる傲慢さを感じませんでした。種族蔑視とも無縁そうですし、無駄な気位というものもない。人間にしては珍しい気性の持ち主だと判断しました」
慎重派のベリエは、これまたベリエらしく理由を説明してくれる。
言われてみれば、そうかと思わなくもない。
基本的にオレは自分とその周囲さえ平和なら、他のことには無関心だからな。
前世ではそのせいでとっつきにくい奴って思われて友人が少なかったものだが、この世界ではプラスに作用するらしい。
違うか。
亜人相手にはプラスというべきなのだな。
この世界でも、実は友人が少ないから。
「それよりも!」
なぜか頬を染めたヴィエルが、何かを吹っ切るように声を高くした。
「この状況、どう収拾付ければいいのよ!?」
「首謀者がみんないなくなっているというのが困りものですね」
「確かにな」
腕組みをして、ウ―ムと唸ってしまったよ。
いろいろと面倒なのだ。
まず、オレを含む冒険者たちを騙し討ちにしてくれた犯人がきれいに消えている。
まともな死体が残っていないので終結させにくい。
残っている死体はあるが。
あの死体を見つけられると、オレの世間体が悪すぎるのだ。
「しかたない。事件の終結は時間に委ねよう」
「はぁ?!」
「?」
理解不能と言いたげに、疑問顔が向けられてくる。
「つまりだな。犯人は逃げたんだよ」
ここにいる冒険者たちの持ち物をすべて奪った犯人は、このあと冒険者たちを奴隷商人に売り渡す気でいた。
奴隷商人を待つ間、冒険者たちの荷物から酒を見つけた犯人たちは酒宴を始める。
そこへ、オレを探して駆けつけてきたヴィエルたちがやってくる。
ヴィエルとベリエは自分たちだけで犯人を捕らえ、冒険者たちを救出するのは困難と判断。
あたかも冒険者ギルドが総出で攻めてきたかのような芝居を打った。
充分な稼ぎを得ていた犯人たちは、ここで捕らえられては元も子もないと慌てて逃亡。
犯人たちの逃亡を防ぐことはできなかったが、冒険者たちは全員無事に解放できた。
「ってことでどうだ?」
この付近の冒険者ギルドでは逃亡した犯人捜しで大騒ぎになるだろうし、当然ながら犯人は見つからないだろうが時間経過とともに忘れ去られて終わるだろう。
「時間に委ねるってそういうこと?」
「無責任この上ないですが、最上手かもしれません」
呆れたり感心したりだけど、賛同は得られたようだ。
「よし。ならさっそく始めよう。周りの荷物をオレの収納スペースへ全部運び込むんだ」
「・・・実は、それが目的だったり?」
「傲慢ではありませんが、強欲ではあると?」
二人の冷たい視線が突き刺さった。
うぐ。
二人からの好感度が下がった気がする。
失敗したかもしれん。
しかたないじゃないか、人間だもの。
オレだって金は欲しい。
そのあとのことは二人に丸投げした。
冒険者三人の残骸を他の生ごみと一緒に土に埋めるのは手伝ったが、それが限界だった。
薬と魔法のダブルパンチの後遺症がひどかったのだ。
特に、オレの場合は魔法で操られて料理までさせられたからな。
反動が他のやつらよりでかかった。
なにより、吸血鬼退治で得た莫大な経験値の処理に心身が耐えられなかったってのもある。
経験値、と表現したが実際は倒した相手の生命力と魔力のことだ。
あとは意識?
元世界では人を殺して相手の生命力を奪うなんてことは不可能だったわけだが、この世界では誰もが魔力を持っている。
このため、敵の生命活動を停止させた際、世界へ拡散されるべき生命力と魔力、それに意識の残滓を吸収可能なのだ。
今回オレは不用意にも、生命力も魔力も桁外れにでかい吸血鬼——ヴァンパイア——を殺してしまった。
結果、容量を超える情報を詰め込まれてフリーズ状態に陥ったってわけ。
レオアルドの野郎、死んでまでも迷惑なやつだ。
なので、最適化が済むまでは身動きできない。
二人に丸投げするほかなかった。
で、最適化とは? ってことになるわけだが。
オレ自身初めてのことなのでよくわからん。
話には聞いていたが、容量越えを起こすような敵と遭遇してなおかつ勝ち残るなんてあり得ないと思っていたから、どうすればいいのかなんて記憶に残っていなかったのだ。
ただ、基本概念はアレだ。
パソコンのデータ管理。
必要なデータは残しつつ、不要またはクラックしているデータはデリートする作業をすればいい。
倒した相手——この場合はレオアルド——の存在データが世界に拡散される際、オレへ吸収された膨大なデータ。
その中から、形を留めていてオレにも使用可能なものを受け継ぎ、役に立たないものは単なるエネルギーへと変換して世界へ還元するなり圧縮保存するなりするわけだ。
では、レオアルドから奪ったデータで、欲しいと思えるものはあるかってことになるわけだが・・・。
あったよ。
ありましたよ。
男のロマンが。
ヴァンパイアの男といえば必須のあの能力です!
そう。『魅了』だ。
無駄にイケメンで女性をたちどころに誑し込むアレである。
ぜひ欲しい!
当然じゃないか、漢だもの。
というわけで、さっそく手に入れたいところだが問題が一つ。
この世界での『スキル』保持数は10に制限されているってこと。
当然ながら、オレの枠は埋まっている。
ここに『魅了』を加えるわけにはいかない。
既存のものを壊して入れ替えるには、専門技術を持った技術者の協力が必要。
つまり、今はできない。
ならどうするか?
入れ替えるのではなく、すでにあるものに付加すればいい。
付加できる同特性の『スキル』があればだけど。
あるか?
あるさ!
あってください!
思わず祈ったら、あったね。
オレの第三の『スキル』。
『釣人』だ。
釣るって言葉には『人を巧みに誘う』って意味も含まれる。
これに無理やりこじつければいい。
スキル『釣華』。
完全に当て字なわけだが。
華も釣れる能力ってことで、どうだ?!
『釣華』:能力=魚を釣る。人の気を惹く。
できた。
できたよ。
できてしまいましたよ!
残りの魔力は大部分、この改変につぎ込んで確定させる。
僅かに残ったデータ群はひとまとめにして保存だ。
得た能力は?
『釣華』:パッシブスキル『誘引』。あらゆるものを無意識に引き寄せる。
魚群との遭遇率45%アップ。モンスターとの遭遇率30%アップ。落石や落雷の確率15%アップ。人の注目を集める確率10%アップ。異性に好印象を与える確率8%アップ。食中毒の発生確率3%アップ。
・・・思ったほどよくなくない?
意気込んで確定させたが、よく見るとそんなにいいものではない気がする。
魚群と出会えるのは嬉しいが、同時に水棲モンスターとの遭遇率も上がるから釣りなんてしていられなくなるよね?
「華」って言っているのに女性への影響値が最低で、魚とモンスターとの遭遇率が高いってなに?
いや、魚はいいよ。
それはわかる。
だけど、名称的に存在感0のモンスター遭遇率は高すぎだろ?!
異性からの好感度を上げやすくなるかなー? のために事故確率が爆上がりしていることになる。
失敗したかもしれない。
最後の食中毒発生確率なんて、『調理』スキル持ちには致命的だし!
やはり、オレは運が悪いらしい。
「やっと起きたわ」
目を開けると、ジトっとしたつぶやきが聞こえてきた。
ヴィエルが枕元でオレを見下ろしている。
「やっとってことは、オレ、結構寝てた?」
「四日目よ。もう少しで『九割方死体男』の名を授けるところだったわ」
「授けるなよっ!」
異世界転生物での名付けは慎重に!
なにかやらかしかねんのだぞ!
それはまぁいい。
「えっと。わざわざ枕もとで待っているってことは何か問題でもあったか?」
「いいえ。全て予定通りよ。私たちに疑惑の目を向ける人もいたけど、あんたが誰よりも弱体化してるのを見て黙ってたわ」
ふむ。
経験値によるオーバーロードとそれに伴うフリーズ状態は、外から見ると弱体化しているとしか見えないわけね。
状態を探り当てるやつがいたりしたら困ると思っていたのだが、大丈夫だったようだ。
「あとは、ここの冒険者ギルドのギルドマスターがうまく話を合わせてくれたの。あんたの身元確認の報告を受けてた時すごい蒼くなってたんだけど。説明してくれる気はある?」
「隠すようなことではないけど、説明する気もないな」
「でしょうね。無理に聞きたいとも思わないけど」
聞くのを諦めたということではなく、本気で興味がないようだ。
「ベリエは?」
「旅の準備よ。故郷へ帰ることにしたの。一応叔父の最期ぐらい報せないといけないしね」
「そうか」
他人なら忘れてしまえばいいが、身内だとそうもいかないのか。
「明日には出る予定よ。もしあんたが起きなかったら、さっきの称号を授けて旅に出るところだったわ」
うむ。
正直に言おう。
少しだけ期待していた。
その旅に誘ってくれることを。
「そうか」
それしか言葉が出ない。
しかたのないことだ。
「いつか、また会えるといいな」
「そうね。私もそう願っているわ」
オレとヴィエルは頷きあって別れの挨拶とした。
こんなものだろう。
ベリエともそんな感じだ。
別れを惜しんで涙ながらに抱き着くようなことは起こらなかった。
いや、わかっている。
これで当然なのだ。
クエストを一緒にしただけの冒険者がいちいち恋仲になるなら、冒険者ギルドは託児所になっている。
オレがこの町を旅立ったのは、さらに五日が経ってからのことだった。
名前:シェルフ・ボードフロント。
種族:人間(異世界転生者)。
職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。
スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣華』。以下『?』。
手に入れた食材: 竹モドキの大根。イモだと思いたくなるショウガ、ニンジンだと思わせて裏切ったセロリ。チューリップピーマン、バラツタネギ。
使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』。