屋台立つ広場
屋台立つ広場
「今夜はここで寝ますかね」
それなりに疲労した足を止めて、辺りに目を向けた。
時は夕刻。
一気に暗くなり始める頃だ。
前世で致命的なヘマをした時間よりも1時間早い。
収納スペースから簡易テントを出して張り、ベースとすれば寝床の準備は完了。
「『境界』スキル、『防虫防魔結界!』 気休めだけどな」
地面に虫とモンスター避けの簡単な魔方陣も設置する。
気休めである理由は、オレより強いモンスターには役に立たないからだ。
効果は確かにあるので充分だろう。
そして、重要なのはもちろん夕食である。
「ふっふっふっ」
意味もなく含み笑いをして、唐突に取り出しますのは釣具一式。
第四のスキル『釣人』。
読んで字のごとく、釣りをするためのスキルだ。
当然ながら異世界物の必需品『アイテムボックス』風の収納スペースも付いている。
持ち主にしか見えない扉の向こうに、レベルに応じた広さの空間があるというものだ。
いまのサイズはというと、ワンボックスカーが何とか入る程度のカーポートって感じだ。
そこに多目的の棚と、浴槽程度の生け簀がある。
これのおかげで、釣り具の持ち運びもらくらく。
釣った魚を入れられる。
狭いが魚を干すスペースもあるので保存も利く。
至れり尽くせりである。
前世でもこれがあれば、湖で釣りができただろうか。
いまさらだな。
釣に集中しよう。
餌はいらない。
疑似餌に魔法がかかっているのだ。
水中で動いているかのように見せるので、活き餌と変わらず釣りができる。
残念ながらリールがまだ存在しない世界なので、リールはオレが発明した。
釣り糸の長さを自由に変えられる大発明だが、オレしか使っていない。
公開してないから当然だけどな。
竿を手に挑むは、数メートル下に見えている湖だ。
「ハズレがないのはうれしいよな」
野菜類にはハズレが多すぎる世界だが、幸いというべきか必然なのか。
魚に関しては味にハズレがない。
普段、美味しくないのは運送が下手すぎるからなのだ。
釣ったその場で食べるのなら、ハズレがないのである。
『釣人』スキルのおかげでボウズもない。
山や森なら『収穫』があるし、オレはもう食うには困らない。
餓死という最期だけは避けられるのだ。
旅をし始めて初の夜。
気まぐれソロキャンプの始まりである。
「さて、と」
初めての街へ来た。
四日でつくはずの道に六日かけて。
街道を一度逸れたものだから、見事に迷ってしまったのだ。
自炊できるから困らんけどね。
でも、やはり町は恋しいものである。
かなりホッとした。
まず探すべきは・・・。
「いいねぇ」
軽くガッツポーズが出た。
町のメインストリートから一本路地へ入った先で、地元民に愛されていそうな飯屋を発見したの だ。
メインストリートは旅人用にお高め設定だけど、味はいまいちの店が多い。
・・・—気がする。
オレの偏見に基づく勝手な評価だ。
本当かどうかは知らない。
「いらっしゃい」
飯時には外れた時間だからだろうか、店主が暇そうにしていた。
ふむふむ。
メニューに目を向けて、作戦を練る。
この店をどう攻略するか。
戦いの始まりである。
オーダーは。
『ラバンエルボの香草焼き』。
『スリ腿のスープ』。
『根野菜の煮物』。
この三つとした。
ここにパンを一人前。
だいたいは、三個から四個付くはずだ。
『ラバンエルボの香草焼き』。ラバンという兎の肩肉を香りの強いハーブ風の草と一緒に焼いたものだろう。
アルバの町では肉というとスリ、つまりネズミ系のものばかりだった。
兎になることで、少しは柔らかく、または油があることを期待したい。
『スリ腿のスープ』。食べ慣れたスリの腿を使ったスープだ。
腿自体は筋張っていて噛み応えがありすぎるが、だしは確かに出るので間違いのない料理となる。
『根野菜の煮物』。当地の野菜の味を確認したくて頼んだ品だ。
採れたて新鮮な野菜とは言わない。
元世界のスーパーで、値引きセールされているカット野菜の売れ残り程度でいい。
マシな野菜が出されることを願う。
「おまちどう」
無愛想な店主が、注文した料理をテーブルに並べていく。
「香りはいいな」
『香草焼き』の香草はちゃんと機能している。
臭みは取れていそうだ。
しっかりと火が通ったらしい肉を、自前のフォークで口に運ぶ。
なぜ自前かというと、この世界ではフォークの先が二本のものがスタンダードなのだ。
食べにくくてどうしようもなかったので、武器『三徳包丁』の作成を依頼した鍛冶屋で作ってもらったものを愛用させてもらっている。ちなみに、箸は自分で作って、持ち歩いている。
パクリ。
まず来るのがシソ風の香りだ、食欲をそそる清々しい香りが鼻から抜けていった。
次に来るのが、塩のみで味付けされたシンプルな味付けだ。
物足りなさは感じるが、絶対に間違いのない味付け。
しかし、少しばかり薄い。
海が近くないために塩は貴重品なのだ。
残念に思いながら嚙んだ肉は、これでもかと歯を押し返す弾力がある。
噛んでも嚙んでも、味が出るでもなく顎に疲労を強いた。
完全防御だ。
噛んでいるうちに元から薄い塩味は消えてなくなり、ただただ硬い肉との果てしない格闘が続く。
ようやく呑み込んだところでスープを一口。
慣れているという一点のみでほっとする、これまた薄い塩味のスープだ。
さいわい、わずかながらも肉の旨味が出ているので不味くはない。
うまくもないわけだけど。
スープで口が潤っているうちにパンへと手を伸ばした。
一見、商品サンプルかと見まがう光沢を放つ黒いパンだが、手にすると予想通りに固い。
プラスチック製かと疑いたくなる硬さのパンを、力づくで千切って口に入れた。
一瞬にして口の中から水分を奪われる。
表面が喉に張り付きそうになるのを必死に飲み下して、一息入れた。
次は塩味のスープに浸してから口に入れる。
瞬間的な砂漠化は回避できるが、こんな付け焼刃では芯まで汁気を持たせることは不可能。
食べているうちにやはり口の中から水分を奪われてしまう。
水もただでは出てこないので、水に助けを求めることもできない。
スープだけを頼りにパンを胃に流し込んだ。
合間に肉も片付けていき、最後に根野菜の煮物だ。
イモのようなものとニンジンのようなものがメインで使われている。
食べてみると、やはりイモだ。
ただし、ホクホク感はなくゴリゴリとした食感。甘さもない。
ニンジンもどきはといえば、スポンジでも食べているかのようなフカフカ感があり、少し青臭かった。
「でもまぁ、これでもうまい方なんだよな」
うーん。
剣と魔法の世界は萌えるけど、食事事情はやはり不満だ。
腹ごしらえができたら、市場も見て回る。
なんでもいい。
見たことのない食材を探すのだ。
異世界に来て12年。
元世界と全く同じものを探すのは諦めている。
イモと名が付いていながらショウガっぽいとか、ニンジンと名の付くセロリとかばかりなのだ。
名前や見た目に期待はしなくなっている。
まぁ、逆に言えばイモだと思いたくなるショウガと、ニンジンだと思わせて裏切ったセロリは発見できているわけだが。残念なことに、どちらもメインで使う食材ではない。
「あるわけないか」
端から端まで歩いて、ため息が出た。
見慣れた食材しか並んでいなかったのだ。
「隣町ってだけだもんな」
歩きだから時間がかかっているが、車なら30分程度の距離でしかない。
そうそう新発見なんて・・・。
ふと立ち止まる。
変なものがあった。
さっきは素通りした店に。
見た目は直径が15センチくらいの円筒形で、長さは2メートルくらい。
緑色をしている。
細い枝に細長い葉が付いている姿は、どう見ても竹だった。
だが、10センチ間隔で輪切りにされた断面が白かった。
節があるということではなく、何かが詰まっているのだ。
空洞に何かを詰め込んだということでもない。
元から詰まっているらしい。
「ひとつ、もらえるかな? 味見もしてみたい」
「ああ。好きにしな。出してはみたが、見向きもされん」
つまらなそうに肩をすくめる店主に頷いて、一個持ち上げた。
結構重い。
身はしっかりしているようだ。
外側はやはり竹っぽくて硬かったので、中身だけを押し出して口に入れてみる。
シャキッとした食感とともに口の中に水気があふれた。
匂いはあまりない。
甘さもなく、かすかな辛みを感じる。
正直、あまり食べたいとは思わない味だ。
誰からも見向きされなかったのもうなずける。
だけど?
ここに熱を加えてみたらどうだろう?
または、このまますりおろしたら?
頭の中で、ひらめきが走った。
これは、この味はっ!
あるイメージが鮮烈に浮かび上がる。
「これ、種とかないの?」
売られているものは買うにしても、折角の食材だ。
今後も安定して手に入れたい。
栽培する場所はないが、見つけたら育てられるように用意はしておきたかった。
「種? あるわけねぇだろ。西の山に自生してるのを取ってきただけだからな」
栽培はしていないということか。
「詳しい場所を教えてくれるか? 銀貨一枚で買わせてもらうよ」
店に並んでいる現物と情報全部をひっくるめて、だ。
別に欲しいとは思わないが、珍しいから買わせてもらうよ。
そういう態度を心掛ける。
「はっ、片付ける手間が省けたな。ありがとよ」
清々したって顔で喜ばれた。
売れ残ってもここに捨てていくわけにはいかず持ち帰らないといけないからな。
売れもしないうまくもないものを運ぶのは嫌だったのだろう。
オレはホクホク顔になるのを必死に抑えて仏頂面だ。
市場から離れ、人のいなさそうな場所に移動する。
なにをしたいのかといえば、煮てみたかったのだ。
充分安全だと思えるところで、火をおこす。
鍋にたっぷりのお湯を沸かして、さっきの輪切りを皮から外して放り込んだ。
じっくり煮て、柔らかくなったところで湯から上げてみる。
白かったものが、透き通るような色になっていた。
煮ている間に作っていた甘味噌——味噌は6年くらい前から自己流で再現できている。もっとも、味と風味が味噌ってだけの別物だ。だが、オレはこれを「味噌」と呼ぶ。これに砂糖を加えて作った——を乗せて、フォークで刺して食べる。
噛むまでもなく崩れる柔らかさ。
それ自体には味がないからこそ生きる甘味噌。
アツアツを頬張る感じ。
「うまっ!」
うまかった。
久しぶりにうまいものを喰えた気がする。
こんなにおいしいものだっただろうか?
地味な、ただただ地味な料理である。
『ふろふきダイコン』。
これは予想以上にふろふき大根だ。
さらに二個目、三個目と口に入れる。
変わることなく、素朴な味が口に広がった。
「ダイコン発見!」
新種発見、それぐらい感情をこめて拳を握った。
メインでも使える食材が見つかったのだ。
本来は別の名前があるのだろうが、そんなことはどうでもいい。
オレの中で、この竹モドキは『大根』と定義づけられたのだ。
続いては冒険者ギルドだ。
大根が自生しているという西の山にも行ってみたいが、ともかくギルドでクエストを探してみる。
現金収入はスキルの『収穫』で集めた食材を市場に流すことでも得られるが、ギルド実績も必要だしクリアするたびにもらえるギルドの功績ポイントを貯めるという目的もある。
貯めたポイントはギルド内で出される物品との交換が可能なのだ。
滅多にないが、ポイント交換でしか手に入らないレアアイテムがあったりするので、なかなかに侮れない。
世界は変わっても、ポイ活は大事なのだ。
クエスト掲示板を前にして目を通していく。
基本的には掲示板からの依頼選択不可のオレだが、目を通しておくことに損はない。
なぜなら。
「ほっほう!」
思わず声が漏れた。
目を通した甲斐がある。
いくつかのクエストを、すでにクリアしていることがわかったのだ。
いわゆる、『採取』クエストである。
薬草とか、鉱石、モンスターの特定部位などを採取して届けるという基本クエストだ。
『収穫』スキル持ちのオレには、楽勝過ぎる。
町へ来るまでに、ついでで採集してあったものを引き渡すだけでクリアが可能だった。
「お願いします」
掲示板のクエスト依頼用紙を数枚まとめてはぎ取ると、受付に出した。
同時に、荷物もおろす。
ギルド職員が依頼内容の確認をしている間に、必要な品を出して並べていった。
必要数に二割以上多く上乗せして引き渡すと、ボーナスポイントがつくのでクリア条件より多く出すことになる。
期待以上に荷物が軽くなった。
これを見越して手持ちのままだったのだ。
その分ポイントが加算されている。
ありがたい。
市場で売っても金にはなるが、ポイントが付与されないからな。
「報酬とポイントをギルド証へ振り込みました。貢献実績も書き込み完了です」
手続きが済んだようだ。
職員がギルド証を返してくれた。
「それと、こちらのクエストの受諾手続きも済みましたので三日以内に完遂をお願いします」
「ああ、わかった」
ついでなので、西の山付近でのクエストも受けた。
『ラバン・ルージュの駆除』×30だ。
金にも貢献ポイントにもあまり寄与しないが、ついでだから問題ない。
「あのー・・・」
クエストを受けたのはいい。
なのだが、なんでこんなことに?
「心配しなくていい。邪魔はしないし手伝いもしない」
五歩後ろを歩くイケメン剣士が素っ気なく手をひらひらさせた。
金髪をキザったらしく垂らして部分鎧、幅広のブロードソードを腰に佩いている。
その剣士が、なぜかギルドからついてきているのだ。
もう町も出て、森に入ろうというのに。
「暇だから新人さんのお手並みを拝見しようかと思ってね」
んーっ、と伸びをしてイケメン剣士は欠伸をした。
ああ、話しても無駄なタイプだな。この人。
まぁいいけど。
そう思い、無視しようと決めた。
しかし。
「君、何か隠しているよね?」
ギルド職員の様子もなんか変だったし、と見つめてくる。
まぁ確かに。
メインスキルが『調理』であるせいか、妙に気遣う様子だったから奇妙に見えただろうとは思う。
なかなかに鋭い観察眼を持っているようだ。
思わず立ち止まって振り返る。
イケメン剣士は頭の後ろで腕を組んで、こちらを見つめていた。
目が怖い。
「な、なにを?」
何を根拠に?
「確かに、『ラバン・ルージュ駆除』×30クエストは低レベルの者にもできるものだ。だけどな」
怖い目がさらに鋭さを増した。
「生息地に行くまでに通る森はどうするつもりだ?」
モンスターが出ることを知らないとは言わせないよ?
ああ。なるほど。
ポンっ、手を打った。
迂闊だったな。
クエストは一番簡単なものを選んだのに、移動時のリスク回避に関しては一切配慮していなかった。わざわざ金にならないクエストを選んでおきながら、森の中での接敵には無関心とあっては見知らぬ冒険者には奇妙に映りもする。
「隠しているわけではありませんよ」
そうとも。
なにも隠してなどいない。
駆け出しでレベルの低い冒険者。
それは紛れもない事実なのだ。
でも・・・。
なんでそんなことが気になるのだろうか?
「うおおおぉぉぉぉぉ!」
「走れ走れ走れ―!」
「まだ追ってきてるか?」
「自分で確認しなさいよー!」
互いに探り合うオレたちの耳を何者かの悲鳴が貫いた。
森の奥からだ。
「なんだ?」
一応、周囲を警戒しつつ悲鳴の聞こえた方へと目を向ける。
四人の男女が必死の形相で、ときおり背後を気にする様子を見せながら走ってくる。
「どうした?!」
イケメン剣士が誰何の声を上げると、向こうもこちらに気付いたようで進路を僅かに変えた。
こちらに突っ込んでくる。
あ、これって。
イヤーな予感がする。
額に冷や汗が浮いた。
「『ラバン・ルージュ』だ!」
ラバン・ルージュ。赤い兎と名付けられたモンスターだ。
ついさっき受けたクエストの駆除対象でもあるな。
名前の通り赤い毛皮の兎である。
大きさは中型犬ほどで、この辺りの森では珍しくもない。
稀に街中に迷い込んだりもするが、元世界で言えば住宅地にタヌキが出ましたぐらいのニュースで終わる。
クマの出没やニシキヘビが逃げ出したっていうほどの騒ぎにはならない。
あんな慌てて走るようなことではないはずだ。
「ただし、群れだ」
すれ違いながら、別のやつが告げた。
「なにしろ、そのなかには」
「『エキュルラ・ラバン』がいたのよー! 聞いてない—っ!」
叫びだけを残して、四人のおそらくは冒険者が駆け抜けていく。
「おーおー。見事な押し付けっぷりだな」
うむうむと、イケメン剣士が感心している。
予想通り過ぎる展開に、オレも盛大にコケかけた。
だが踏ん張る。
ここは異世界。
関西ギャグで窮地を脱するのは無理だ。
エキュルラ・ラバン。緋兎の名を与えられたこれは、ラバン・ルージュの二つ上の上位種である。
身体はクマ並み、牙と爪は虎並みという猛獣なのだ。
「イチダイジダナ」
これでもかってぐらいの棒読みでセリフを吐かれた。
腕を組んで完璧に観戦する体勢のイケメン剣士に。
まー、いいけど。
「キタゾ」
森の奥から兎の群れが飛び出してくる。
とはいえ、数十頭が一気に来るわけではない。
先行してくるのは、せいぜい五頭というところ。
問題ない。
「『調理』スキル。『引き切り』!」
狙うのは首。
頸動脈を確実に切り裂くことが重要だ。
慾を言えば、切った先から頭を下にして吊るしたいところだが、さすがにその余裕はない。
次に備える。
兎は続々とやってきた。
さすがに、毎回数匹まとめて一閃とはいかないが、やることは変わらない。
迫ってくる兎の首を切り裂くだけだ。
動きの速い兎の攻撃を避けながらだというのが大変だが、切る作業に不安はない。
なぜなら。
『調理』バッシブスキル。『目利き』があるからだ。
食材とできるものに限り、『鑑定』と同様の能力を発揮するスキルである。
相手を食材とみることで食べられる部位を認識、判別することができ、なおかつ0.75倍速での観察が可能。
弱点が手に取るようにわかって、しかも動きを遅く感じられるわけだ。
元世界にいたころの自分なら、これでも苦戦しただろうが、異世界転生したオレはちゃんと時間を惜しまず体を鍛えてきた。
今のオレなら、楽勝だ。
「たとえ、それが上位種でもね」
ドサッ。
呟いたオレの足元に、エキュルラ・ラバンが倒れた。
首から大量の血を流して。
「お、おい?」
イケメン剣士がなんだか気の抜けた声を出した。
忙しいので、特に急ぐ用件でないなら後にしてほしい。
軽く無視をした。
なにに忙しいかって?
もちろん『血抜き』だよ。
肉の鮮度と味を守るには必須、しかも時間との勝負だ。
些末なことにかかわっている暇なんてない。
さっきも言ったが、ラバン・ルージュはこの辺りではよく見かけるモンスターで、ポピュラーな食肉である。
この世界ではモンスターがたくさんいる分だけ畜産業の発展が遅れているから家畜という概念がなく、食肉にするためだけに育てられた家畜なんていない。
肉が硬くておいしくない理由である。
筋肉ばかりが発達して脂肪分が皆無。
豚肉の脂身、牛肉の霜降りとかありえないわけだ。
肉はすべてジビエという環境となっている。
なので、オレは自分のメインスキルが『調理』と確定してからは、町のあらゆる場所で調理にかかわる仕事を手伝ってきた。
当然、狩人とともに狩猟だってした。
こんなのは目を閉じていてもできる。
というか、この技能を習得するために猟師を手伝っていたのだ。
『血抜き』が終われば『内臓抜き』だ。
絵面がグロくなるが、必要なことなのでしっかりと行う。
衛生的な意味もあるが、生き物の体で一番熱を持っている内臓を抜くことで、肉が傷むのを遅らせる働きもある。
続いて『皮剥き』。
首のあたりからナイフを入れて剥いていく。
最後が『解体』だ。
首を落とし、肋骨を切断して2つに割って、足を切る。
ここまでやれば、ブロック肉となるので一応終わりだ。
各部位に分けるのは町に戻って落ち着いてからでいい。
町に戻ってからでいい?
どうやって戻るんだよ。ブロック肉が100以上転がっているのに!
そう言いたい向きもござろうが、心配召さるな。
こういう世界であれば、あって当然のアレがある。
「秘密道具・・・じゃなくて魔法道具。『百扉の箱』!」
その名の通り、百の扉が付いた箱だ。
見た目は50センチ角のサイコロ状の箱。開け閉めできる扉が一つと、ダイヤルがついている。ダイヤルには1から100までの数字が刻まれていて、ダイヤルを回すことで空間を切り替えて一個の箱を百個あるように使えるという魔法道具だ。
元が50センチとでかいのがつらいところだが、50センチ角なら冒険者用バックパックに余裕で入るので不都合はない。
50センチ角が100個なら総面積は50平方メートル×高さ50センチということ、充分な容積だろう。
というか、実を言えば買おうとすると家一軒建つくらいの金額を要求される代物だ。
冒険者として独り立ちするオレへの選別として、母がくれたものである。
『収穫』スキルの保管庫でもいいのだが、あれは出し入れしているとき無防備になるので、森の中とかで開けるのはリスクがありすぎて使えないのだ。
「や、やるじゃないか」
作業が終わるのを待っていたのだろう、イケメン剣士が声をかけてきた。
「冒険者になりたてで、こんなことができるってことは『スキル』のレベルを上げていたな?」
「さて、どうでしょうね」
「ごまかしても駄目だ。冒険者レベルが1なのは知っている。なのに、こんなに強いなら『スキル』のレベルが高い以外ない。いくつまで上げていたんだ?」
ふむ。このイケメン、頭は悪くないな。
冒険者レベルは冒険者になってからでないと上げられないが、スキルレベルはスキルを取得した瞬間から鍛えていける。
ずいぶん前から鍛えていたのだろうと予想しているのだ。
「メインスキル。『調理』ですが、これのレベルなら8ですよ。超越レベルでね」
超越レベルとは、簡単に言えば108ということだ。
一般的に最大とされるレベル100を超えているから、超越レベル。
「ちょう?! マジか?」
「・・・」
黙ってうなずく。
レベルには本来上限がない。
経験値の累積で上がり続けるからだ。
しかし、たとえば伝説になるような剣豪でも、剣スキルのレベルは80以下である。
超越レベルというのは吟遊詩人が考えた架空の単位なのだ。
驚かれもするか。
「おかしくないでしょ。レベルは経験値の累積なのですよ?」
考えても見るがいい。
どんな剣豪でも、毎日ずっとモンスターや人を斬り続けることなどない。
物理的に不可能だし、無理にやろうとすれば社会適応不能に陥ってしまう。
『剣』や『魔法』といったものでは累積すること自体が難しいのだ。
その点、オレのスキルは『調理』。
毎日三度は当たり前、飲食店で調理補助のバイトでもすれば一日中経験値を積み上げられる。
なんたって、実家がギルド内の宿酒場だからな。
オレにその気があれば、朝から晩まで『調理』スキルを使い放題だ。
基本の『調理』をするのに魔力なんて使わないしな。
そんな生活を6年続けてきた。
レベルの超越なんてたやすいことだったのだ。
この理屈で言うと世の中の料理人はみんな100超えるだろうってなるわけだが、ここに一つ落とし穴がある。
知っての通り、経験値は同じ敵ばかり倒していても上がり続けはしない。
剣士のレベルを例に挙げると、最初の戦いで100の経験値がもらえた敵も、レベルが上がるごとに75、50、25、12、6、3、1と減っていく。
同じように『調理』も同じことをしているだけでは頭打ちになるのだ。
一般の料理人は、市場で買ってきた食材で店のメニューにある料理だけを作り続けることになる。
オレのように、食べられそうなものを片っ端から『収穫』してはあらゆる方法で加工、食べてみるなんてことをしていないと100越えは難しいのだ。別の言い方をすると、レシピの数がレベルの高さ、である。
「なるほど」
感心したようにイケメン剣士が深く頷いた。
「君なら使えそうだ」
「使える?」
なにに?
「『直接クエスト』を依頼したい」
クエストの依頼と言われても何のことかわからなかったので、オレたちは森を突っ切って西の町へとやってきた。
古臭い小さな宿屋の一室を借りて、一息ついたところで詳しい話を聞く。
イケメン剣士——レオアルド・ラフィン——曰く。
「新人狩り?」
「ああ。冒険者になって、少し稼ぎ始めたようなのを襲って金品を奪うやからがいるらしい」
「は?」
呆気にとられるとはこういうのを言うのだろうか?
なにを言われたか理解できなかった。
「そんなのお金になんてならないと思いますが?」
冒険者の新人なんて貧乏なものだ。
多少稼いでも装備のメンテナンスだ、日々の食費だ、治療代だ、ですぐに消える。
中堅どころになってようやく余裕ができる、かな? ってのが普通なのだ。
そんなのを襲ってどうする?
「金品だけならね」
「え?」
金品を奪うって言ったよな?
金品だけならってなに?
「あ・・・」
疑問がわいたのと同時に答えがわかった。
「奴隷、ですか?」
そう。
この世界は奴隷制度が合法的に存在している。
何らかの理由で自由を失った人間が、普通に売り買いされる世界なのだ。
襲って捕らえ、無理やりにでも売買誓約書にサインさせればどこにでも売り飛ばせる。
サインしたあとでは、泣こうが喚こうが誰も耳を貸してはくれない。
借金の方に売られたのだろうが、酔いつぶれたところを無理やりサインさせられたのであろうが、終わりなのだ。
もちろん、奴隷ではない身内がいて訴えれば救済されることもある。
可能性は低いにしても。
「市民が突然消えたら大騒ぎになるけど、冒険者は生死のかかる仕事だからな。行方不明になっても誰も驚かない。捕まえて売り飛ばすのなんて簡単だろうさ」
「そういうことですか」
確かに、それならぼろ儲けかも知れない。
いやちょっと待て。
「もしかして、オレをエサに使おうと?」
使えるってそういう意味か?
「そういうこと。危険な仕事になる。だから生半可な実力者では意味がない。かといって実力者では敵を釣り出せない。君なら間違いなく敵は油断して出てくる。安全は保証できないが・・・頼みたい」
「いやいやいや、待って。あの・・・」
「いやなのは当然だろう、だがっ」
「いいから聞けよっ!」
人の話を聞こうとしないので、ちょっとだけイラついた。
声を高めて黙らせる。
「依頼についてはわかった。引き受けてもいい。ただ、オレなんか奴隷になんて売れるのか?」
オレが気になったのはここだ。
はっきり言うが、オレは良くも悪くも平均の顔立ちをしている。
金髪美女の母を持っているのに、髪は暗めのダークグレー。西洋風の掘りの深い顔の母とは違って、どこか前世の自分を思わせるアジア風の顔。唯一母から受け継いだらしいアンバーの瞳だけはきれいかもしれないが、売り物になる様な容姿ではない。
まぁ、幼さの残る子供ってことで多少は価値があるのかもしれないが。
エサとして弱くないか?
そう言いたいのだ。
「それなら心配しなくていいわ!」
ガチャっと扉が開いて、誰かが入ってきた。
「へ?」
目を向けると美少女がいた。
「早かったね。ヴィエル、ベリエ」
「また行方不明になったパーティがいるの。もうほっとけないわ!」
「お、落ち着こう?」
入ってきた少女は二人。
金髪にアメジストのような瞳。びっくりするような白い肌。青い戦闘服の上から、革の部分鎧をつけている。腰に佩いているのは優雅な細剣。可憐な美少女剣士のお手本のような少女。
銀髪にルビーの瞳。同じく透き通るような肌。純白の法衣を着こなし、黒色ロッドを持つ司祭らしき少女。
どちらも信じられないほどの美少女だ。
「わたしと、ベリエがいれば絶対に食いついてくる! エサなら十分でしょ!」
「そ、そうかなぁ。ヴィエルはきれいだけど、わ、わたしは・・・」
金髪剣士がヴィエル、銀髪司祭がベリエのようだ。
で、自分たちがエサになると。
「なに言ってんのよ! 充分可憐だわ。自信もっていいのよ。そうでしょ?!」
「え?」
なんか突然、こっちを睨まれた。
「あー、うん。二人とも美味しそうな獲物だと思う」
「そうでしょうともっ!」
聞きようによってはアウトの発言なのだが、ヴィエルは自信満々で胸を反らした。
・・・胸も結構ある。
母には劣るし、もしかしたらコルセットか何かで底上げしているのかもしれない。
あ、これもアウトだな。
さいわい、こっちの世界にハラスメントの概念はまだないけれど。
「そ、そう、ですか。あ、ありがとうございます」
うん。感謝されてるから問題なし!
「って、あんた誰?」
睨んでいた目を不審なものに変えたヴィエルが、オレの顔を覗き込んできた。
あー、自分の都合大優先の人だ。
周りを振り回すだけ振り回すタイプの人種だと理解した。
でも、この手の人間は基本的に悪意がない。
気にしなければ大丈夫。
「シェルフ・ボードフロント。冒険者だ」
一応それなりに格好はつけて挨拶した。
おお! と、目を丸くしている。
「数合わせの噛ませ犬がようやく見つかったのね!」
「表現に気を遣えっ!」
あまりの直球ストレートに、思わず叫んでしまった。
そういう役割なのはわかっているし、ついさっきその立場を受け入れたばかりだけれども!
「穴埋めしてくれる人、かな?」
ベリエが小首を傾げた。
「全然変わってませんが?!」
犬を人にしただけじゃないかっ!
っていうか。
「数合わせ?」
「あんたはソロでやろうとしてたみたいだが、普通新人の冒険者は三人から五人でパーティを組むからな。少なくとも女の子二人だけってのはおかしいって思われるだろ。男を最低でも一人入れたかったのだ」
「ああ、それか」
確かにそうだ。
中堅どころ以上の冒険者がソロというのは珍しくないが、駆けだし冒険者が一人というのはかなり珍しい。たいていは友人同士で三から五人のパーティを作るのが一般的とされている。
それで数合わせ、か。
オレに目を付けたのもその辺に理由があるようだ。
「じゃ、とりあえずこの三人である程度活躍して見せるわけですね?」
「そういうことだ。きっとどこかのタイミングで声を掛けられるか、問答無用で襲われる。そこから探りを入れるなり、返り討ちにするなりしてほしいというのが依頼になる」
「報酬は?」
依頼の内容は理解したが、そこをはっきりさせてもらわないと動けないぞ?
「わたしとベリエのパーティに入れるのよ!?」
これ以上の報酬があるとでも?
そんな感じに睨まれる。
睨んだまま顔を寄せてきた。
「・・・」
オレは無言で見つめ返したまま微動だにしなかった。
前世の記憶も足せばオレは30年の人生経験がある。
子供時代の経験だけとはいえ、こんな小娘に押し切られてたまるものか。
内心ドキドキだが、気力でポーカーフェイスを維持した。
ベリエが横であうあうとうろたえている。
「ふぅ」
限界寸前まで近づいたところで、ヴィエルが顔を戻して横を向く。
「少しは根性あるようね」
不敵に笑って右手を差し出してきた。
「ヴィエル・トロフォースよ。よろしくね」
「ああ、よろしく」
握手を交わした。
剣士にしては細く滑らかな手だった。
「ベリエ・ラングレイです。よろしくお願いしますっ!」
90度でベリエが頭を下げた。
「よろしくな」
こうして、オレたちはパーティを結成したのだった。
で・・・。
「・・・」
「・・・」
無言で向かい合うオレたち。
「で、報酬は?」
「クッ。覚えていたかっ!」
「忘れるかぁっ!」
雰囲気で流そうったってそうはさせんぞ!
「うぐぐぐっ」
上目で睨みつけられつつ、唸られた。
「も、申し訳ありません! 私たちもご覧の通りの駆け出しでして、お金はあまりないのです」
悲しそうにベリエが項垂れる。
それは確かにそうなのだろう。
だけど。
オレは気配を消しているもう一人に視線を撃ち込んだ。
レオアルドはちゃんとした大人のはずだ。
しかも、直接依頼を出した張本人でもある。
知らんぷりは通らんぞ。
「はぁ」
ものすごく恨めし気にため息を吐かれた。
「この状況で報酬をきっちり約束させようとするなんて、可愛げがないのだね」
常識だ。
可愛げの問題ではない。
こいつも雰囲気で流して、うやむやにしたまま働かせる気でいたようだ。
ふざけんな!
「成功報酬で手に入った財貨の一割、あとはその二人がクエストを手伝うってことでどうかな?」
つまり、新人狩りをしている奴らを捕らえた時にもらえる謝礼の一割と、捕らえるまでの冒険者クエストをヴィエルとベリエが無償で手伝う、と。
一割は少なすぎやしないか?
そう思わなくはないが、依頼主のレオアルドが五割、エサ要員のヴィエルとベリエが二割ずつと考えるとそんなものだろう。
三人パーティになれることで、クエストを受けやすくなる利点を加えれば悪くない。
「さぁ! とりあえず目立って名前を売りましょう!」
町へ戻るとさっそくヴィエルが気炎を吐いた。
メッチャやる気だ。
やる気が勝ちすぎて悲壮感すら感じる。
「あー。そ、そうだな」
目的から言えば間違っていないが、正直気は進まない。
性格的にオレ向きじゃないのだ。
「ド派手に強力なモンスターの討伐をしましょう!」
お気楽に言いやがる。
「無理言うな」
「なんでよ?!」
「冒険者レベルを上げないと、そんなクエストは受けることもできんだろうが」
言っているうちに気が付いた。
こいつら、もしかしたら冒険者ではないのかもしれない、と。
オレが必要だったのは人数合わせだけでなく、冒険者が必要だったのではないだろうか。
「それに、強力なモンスターを討伐するようなパーティじゃ、警戒されてしまうんじゃないのか?」
目立つことは必要だが、警戒されては意味がない。
「あ」
「そ、そうですね」
二人して頷き合う。
なにも考えていなかったのだろうか?
先が不安になる。
「でも、だったらどうしよう?」
眉を下げて困り顔。
元が美少女だから、めちゃめちゃ可愛い。
可愛いがオレは目を逸らした。
クエストの間だけの関係だ。
深入りは避けるべきだ。
「あまり気は進まないけど、方法はある」
「ホント?!」
「さすがです!」
どんな方法か聞きもしないで囃される。
大丈夫なのか、本当に?
「君たちにも手伝ってもらうよ?」
拒否は認めないぞ、と目に力を込めた。
「当然ね」
「もちろんです」
よし。言質は取った。
「騎士団の本部へ行くよ」
歩き出しながら告げる。
「騎士団?」
「冒険者ギルドではないのですか?」
不思議そうな二人を連れて、騎士団本部を目指す。
初めての町だが、町の主要施設の場所はだいたい同じだから、迷うことはない。
便利だというべきか、柔軟性がないことに失望するべきか。
この世界は、元世界と比べると多様性に乏しいのだ。
いろいろな面で。
町を見下ろす高台に、石を積み上げた建物が見えてくる。
剣と盾、万国共通の騎士を示す旗が掲げてられているので間違いようがない。
「なに用ですかな」
建物に入った途端に声をかけられた。
四十代後半、落ち着いた感じの男性騎士だ。
帯剣しているが、事務方専門らしい雰囲気がある。
人当たりもよさそうだ。
「中央広場の使用許可申請をしたいのです」
目的を告げた。
騎士団は町の役所と警察を兼ねる組織だ。
町の公共施設の管理もしている。
「使用目的はなにかな?」
「露店を開きます。飲食物の販売をしたいのです」
オレができて、目立ちたいなら、これが一番だろう。
実を言うと、構想はかなり以前からあった。
『収穫』スキルで集めた食材を『調理』スキルで料理にして売る。
食材の状態で市場に卸すより確実に儲かると考えたのだ。
自分が客の呼び込みをしている姿が、どうしても想像できなくてやめた経緯がある。
しかし!
いまは、美少女の売り子が二人もいる。
きっと繁盛するに違いない。
「期間はどのくらいを想定しておられるのかな?」
「三日間でお願いします。収納スペース内の食材を整理するのが、主目的なので」
商売はついでなのだと、冒険者ギルドのギルド証を提示しつつ伝える。
冒険者であることを示すことと、広場使用許可を出してもらうための身分証明の意味合いもあってのことだ。
「なるほど。よくわかりました」
理解してもらえたようだ。
「銀貨50枚いただきます」
「わかった」
懐から穴あき大銀貨を出して支払う。
引き換えで広場使用の鑑札を受けとった。
これで、広場で商売が可能になった。
「使用は明日の朝からですよ」
今からではないことに注意を受けて手続き終了だ。
半日時間があるので、先に西の山へ行き大根を根っこごと掘り取って鉢植えにした。
『採集』スキルの収納スペースに置いておく。
空気と光り、時間はちゃんと流れるから水やりさえ忘れなければ育ってくれるだろう。
枯れない程度の収穫を心掛ければ、ダイコンは確保し続けられる。
植生が竹そのもので、根で増えるタイプだったのだ。
道中二度ほど接敵したが、ヴィエルとベリエは強かった。
威張るだけのことはある。
自信過剰でハラハラするヴィエルと躊躇いがちでイライラするベリエのコンビネーションで、オレのストレスがたまることにさえ目をつぶればな。
ヴィエルは見た目通りの剣士、ベリエはなんと神官戦士で素手のままラバン・ルージュを殴っていた。
人は見た目によらない。
教訓である。
「『調理スキル』がメインスキルの冒険者。シェルフ・ボードフロントの一膳めし屋。開店でーす!」
「一杯銅貨12枚。ちょっとお高めですが、味は二倍いいですよーっ!」
翌朝。
開店と同時に売り子の黄色い声が町の広場に響き渡った。
いちいち自分の名前が告げられるのは心理的に痛いが、名前を売ることが目的である以上文句も言えない。
販売しているのは、『肉入りスープ』の一品のみ。
メニューを増やすと絶対に途中で品切れが出る。
一品に絞ることで、具材を変えつつ売り続けられるよう工夫した。
なんの肉であれ肉が入っていて、スープという形態であれば『肉入りスープ』を主張できる。
朝と夕方、初日と三日目で具材が違っていても詐称にはならない。
ついでに言えば、冒険者や農業従事者には食材と交換で食わせるシステムにしてある。
宿酒場の女将を母に持つ身としては、営業途中での材料切れなんて恥は晒せないからな。
・・・という建前の下、もしかしたら未知の食材が手に入るかもという下心も働いてのことだ。
ああ、興味ないだろうが説明すると、屋台と言っても引いて歩くようなものではない。
『キッチンカー』だ。
車としては動かないが、前世の記憶を総動員してキッチン部分は完全に再現してもらっている。
誰にかって?
実家の宿酒場を定宿にしていた大工の棟梁だ。
ツケが溜まっていたのをいいことに、母が作らせた。
オレの12歳の誕生日プレゼントである。
普段は『調理』スキルの収納スペースに格納されていて、出し入れ可能なのだ。
超越レベルの『調理』スキルだけに、収納スペースの広さも半端ない。
これくらいは普通に入る。
実を言うとグラウンド一面分くらいの広さがあるのだ。
100を超えてからは広がる様子がないので、たぶんこれが限界だろうけど。
イスとテーブルは近所の家々から使っていないものを貸してもらった。
「う、うんめー―――っ!」
最初の客らしいのが吠えている。
当然だ。
客の視界から隠れた場所で、オレは胸を張った。
この世界、未だに旨味という概念に気付いていない。
出汁なんてとらないのだ。
オレはちゃんと出汁を取って、アクは丁寧にすくい、肉はきっちり下処理もして調理している。
そこいらの安い飯屋では食えない味に仕上がっているのだ。
不味いわけがないのである。
「どんどん売るわよ!」
「う、うん。頑張ろうね!」
ヴィエルとベリエも弾んだ声を出し合っている。
看板娘二人が、額に汗を浮かべつつも全力の笑顔で接客している。
出しているのはそこいらの料理屋では絶対に食えない絶品スープ。
客は引きも切らずの大盛況。
オレたちは一日中、ひたすら売りまくったのだった。
「うーん。これ、どうしたらいいのかな?」
閉店後。
夜の帳が下りようというときに、ヴィエルが腕を組んで唸っている。
『ライティング』の明かりの下で見ているのは、一抱えもある生ごみだった。
断っておくが、環境問題に取り組む世界出身のオレは、ちゃんと考えて料理している。
虫食いがある葉野菜の表面部分は細かくして出汁取りで使ったり、芯の部分はすりおろしてみたり、魚であれば背骨は骨せんべいにして添え物にしたり、生ごみを出さない工夫でできることは何でもしている。
それでも、ゴミが出ることを完全には避けられないのだ。
出汁取りに使った葉っぱの繊維、同じく出汁取りで使ってそのまま残った動物の骨、魚の鱗などなど。
使い切りは難しい。
そう。難しいのだ。
不可能ではない。
「アントン」
ヴィエルのところまで行って、声をかける。
彼女にではない。
オレ自身の影に、だ。
「へ?」
間の抜けた声を上げるヴィエルの足元、オレの影が盛り上がる。
のっそりと顔を出すのは体長80センチくらいの陸亀だ。
体色は暗褐色で、サファイアのような深い蒼色の甲羅が美しい。
「な、なにこれ?」
「『使い魔』だよ」
魔とは言っているが魔族とは何の関係もない。
一般的には寄生獣の名で通っているモンスターの総称になる。
『アントン』は闇属性の精霊に分類されるモンスターだ。
正確には『精霊属精霊獣系統爬虫類目陸亀目『闇』科アオイロリクガメ』に分類される。
ようは「精霊に属する獣にして陸亀の形態を成す『闇』の存在」ってことだ。
精霊に近いながらも物質界に存在している亀と言えばわかりやすいだろうか?
人体に寄生するペットだと思ってもらえば間違いない。
その形態は様々だが、こいつの場合は闇属性の精霊の流れを汲むため宿り先は影になる。
ものによっては宿主の欠損部分、例えば腕をなくした人に腕として寄生するタイプなんかもいると聞いた。
で、「アントン」と名付けたこの亀に何ができるかというと・・・。
「あー、そういうこと」
納得の声が上がる。
アントンはのそのそと動いて、ヴィエルの足元で生ごみを食べ始めたのだ。
強力なアゴで太い骨もバリバリ噛み砕く姿は怖くもあるが、オレにとっては愛らしい相棒だ。
「昔の話だが近所の子供が親戚のおじさんに寄生獣の卵をもらったんだ」
寄生獣の卵は行商人がたまに仕入れて売りに来る。
ただ、何の卵かは行商人自身も知らないことがほとんどで、ガチャ的な要素をはらむのだ。
魔獣を召喚する召喚魔術や、モンスターを手なずける従魔師のスキルと比べると簡単で安全だということで、甥や姪がいるおじさんが好んで持ち込むお土産なのである。
まともに役立つものが出てくる可能性は少ないんだけどな。
「そいつは鳥系とか騎乗用が出ると期待していたんだな。なのに出てきたのは亀。いらないって捨てようとしていたから、銀貨一枚で買ったんだよ」
寄生獣は寄生させてからでも、手順を踏めば売り買いが可能なのだ。
買ったときはゼニガメ程度の大きさで葉野菜の柔らかいところしか食べなかったが、いまでは生物由来のものなら何でも食ってくれる。『調理』スキル持ちのオレとは相性のいい相棒だった。
普段は影の中にいるから連れて歩くのも楽だしな。
ちなみに、寝床とした宿屋でオレは調理系の手伝いをし、アントンが生ごみを片付けることで宿代を半分にしてもらっている。
元世界のような清掃業とかゴミ処理プラントがないこの世界では、人口過密地域のゴミ問題は切実。
アントンは非常にありがたがられる存在なのである。
そんなこんなで三日たった。
どうなったか?
言うまでもなく町で知らない者はいないというほどに名前と料理を売りまくったさ。
売り上げの多さでもそれがわかる。
正直言って、直接クエストの報酬がどうでもよくなるレベルで儲けが出た。
しかも、オレの『収穫』スキルの収納スペースから出した食材は半分程度だ。
食材を手に入れることが可能な者たちがこぞって食材を提供してくれたおかげである。
新発見の食材も二つ手に入った。
なんと、花の部分がピーマンのチューリップと、ツタがネギのバラだ。
ややこしいが、今後オレの中でこれらはピーマンとネギで統一するから問題ない。
「でも、全然釣れないわねっ!」
鑑札を騎士団に返した帰り道、ヴィエルが憤慨したように吐き捨てた。
「残念です」
ベリエも項垂れている。
アホか、と思う。
「当たり前だろ。目立ってる人間に近づく者は当然に人目に付く。さらうとかありえない」
「はぁ?!」
「えっ?!」
二人してびっくり顔になった。
本当に大丈夫なのかな、この二人。
「ちょっとなによそれっ!」
「あんまりですっ!」
二人して睨んでくる。
「はぁ」
重い溜息が出た。
これだから、ソロのほうが楽だっていうんだよ。
「物事には段階ってものがある!」
仕方がないので、懇切丁寧に解説してあげた。
はぐらかして付きまとわれても困るからな。
「ひとつ、とにかく目立って獲物として美味しそうだと目をつけさせる。ふたつ、わざと襲いやすそうな隙を作る。みっつ、のこのこ現れたところを返り討ちにする。今、オレたちは一つ目を終えたところなの!」
売り子二人の姿は目についたはずで、高値で売れる逸材だと見たはず。
大繁盛していたから、金を持っていることも確実。
こんなおいしそうなエサを見逃すはずはない。
絶対に、今のオレたちは監視対象のはずなのだ。
「じゃ、次は隙を作るのね?」
「襲いやすくってどうするのですか?」
理解したとたん、目をキラキラさせてすり寄ってきた。
チョロすぎる。
「あからさまに釣りに出ると警戒される。もう一度別の町で同じことをするよ。で、食材が尽きたってことで近くの森へでも探索に入る。おそらくそこで接触してくるはずだ」
親し気に声をかけてくるか、問答無用で襲い掛かるか。
おそらくは前者、親しげに近づいてきて油断を誘うだろう。
「そしたら、こちらも相手の情報を探り出しにかかる。一味の規模とか、塒の数とかね。で、一網打尽を狙うのさ」
「おおっ。天才っ!」
「策士ですねっ!」
「いや、普通だから」
クールに答えた。
口元がニヤついていないといいのだが。
美少女二人に褒められると、ついついニヤついてしまう。
ニヤついたっていいじゃないか、男の子だもの。
名前:シェルフ・ボードフロント。
種族:人間(異世界転生者)。
職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。
スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣人』。以下『?』。
食材:竹モドキの大根。イモだと思いたくなるショウガ、ニンジンだと思わせて裏切ったセロリ。チューリップピーマン。バラツタネギ。
使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』。