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異世界の歩き方  作者: 葉月奈津・男
13/14

山の道

時間が開いてしまってすみませんでした。

ちょっと入院してたりしたもので・・・。

ぼちぼち書いていきますのでよろしく。


 「あなたたち、術師よね。頼みたいことがあるんだけど・・・」

 その女がオレたちに声をかけてきたのは、とある村の宿屋でのことだった。

 年齢は二十歳前後。長い金髪の美人である。

 どうでもいいことだが、オレは女性を容姿だけでは判断しない。

 『美人』というのは女性全般を指す。つまり、女性はすべて『美しい人』なのだ。

 ほんと、どうでもいいとだけどな。

 それはさておき。

 戦士、だろうか?

 革の胸当てがある以外は、防具らしいものを身に付けていない。

 ただし、背中には両手剣、腰にはショートソードを左右に一本ずつ差している。

 「間に合ってます」

 こんなところで、変な依頼を受けなければならないほど困ってはいない。

 冒険者ギルドを通さない個人レベルの依頼は、ギルドのレベルアップはもちろんポイントにも反映されないのだ。 

 手間をかける意義がない。

 疲れるだけに決まっている。

 「そ、そこをなんとかっ。話だけでも・・・」

 「15分ごとに銀貨一枚」

 サラッと追加したオレの言葉に、彼女は驚愕して目を見開いた。

 「クッ、見事な先読みっ!」

 見事とか言われるほどのものではないけどな。

 この場合、普通に拒絶すると返ってくるのは「聞くだけ聞いてよ。減るもんじゃなしっ!」ってな感じのテンプレだ。

 それを避けるべく、減るのではなく増える方向へ軌道を無理やり変えてやったのだ。

 オレではなく、彼女が出すべきものを。

 つまり、話を聞くのも依頼のひとつとして15分ごとに銀貨一枚、相談料をいただきますって返したわけ。

 ぐうの音も出なかったと見えて、彼女はそのまますごすごと去って行った。

 「話しぐらい聞いてあげてもよかったんじゃないの?」

 術師の一人、サラサがのんびりとした口調で言ってきた。

 「だよね」

 うんうんと頷くのはリルルだ。

 二人とも顔色は悪いが、まともな人間に見えている。

 見えているだけだ。

 サラサは実質ヒドラである。

 頭を移植されていたヒドラと一体化しているのだ。

 キメラと呼ぶべきなのかな。

 わからんけど。

 リルルはといえば、実質フレッシュゴーレムである。

 ヒルダさんの複製セリカと頭を挿げ替えた、肉人形だからな。

 見た目はどちらも普通の銀髪美人だが、ヒドラ肉の塊なのだった。

 ・・・普通に呑んで食ってるけどね。

 なんにせよ。彼女たちの話に、いちいち返事をする義務はない。

 オレは、目の前の敵と相対した。


 『ラクラスのタトステ風リコン』


 さっきの彼女に話しかけられたとき、ウェイターが運んできた料理である。

 見た目は、普通に肉のスープだ。

 スープはあっさり目。

 僅かに黄色みのある澄んだスープに、うっすらと虹色の脂が浮いている。

 鼻をくすぐる香りは、どんぶりの縁に垂れ下がったオレンジ色の葉のもの。

 たぶん、香草の一種だ。

 色と揃いのオレンジの皮っぽい匂いがしている。

 中に入っているのは、ごろっとした肉の塊。

 けっこうなボリュームで存在している。

 この肉が、おそらくはラクラスだろう。

 リコンというのは煮物とか、そんな感じの言葉だと見た。

 タトステというのは、地名だ。

 この村の名前がタトステだからな。 


 この村っぽい、ラクラスの煮物。


 という名の料理だ。

 オレのメニューを読解する能力も、大分磨きがかかってきた。

 この料理を選んだ理由も、地名が付いているってとこに期待してのことである。

 この辺りでとれる名産だろうと思ってのことだ。

 あとの問題は『ラクラス』がなんなのか、だ。

 「ふむ。どれどれ」

 見た目と匂いは悪くない。

 ともかくスープを一口飲んでみる。

 「お?」

 悪くない。

 相変わらず塩気は足りないが、どっしりとした旨味が舌の上に乗ってきている。

 日本で食べた料理と比較してしまえばダメな味だが、この世界でなら充分にうまいと言えるものになっている。

 これなら、いつもの砂漠化の呪いがかかったパンも食べやすい。

 さて、肉はどうだろう?

 問題はそこだ。

 齧りついてみる。

 「くっ」

 歯が弾かれるほどの弾力。

 思い切り噛むが歯が立たない。

 元世界のタイヤの方が食べやすいのではないだろうか?

 だが、怯んではいられない。

 さいわいにして、ゴム臭くはないのだ。

 全身の力を顎に集中して、挑みかかった。

 強敵だ。

 なにしろ、煮込んであるはずなのに柔らかくなった様子がないモノなのだ。

 刺激を与え続けたところで、ほぐれていく期待が持てない。

 ひたすら全力で噛むしかない。

 プチっ!

 音がして慌てた。

 頭の血管が切れたんじゃないかと思ってしまったのだ。

 だが違う。

 表面に歯を刺しこむことに成功したのだ。

 顎、首、頭、角度を変えて歯を押し込んでいく。

 努力が実り、小さな肉の塊が口の中へ転がり込んだ。

 口に入ってくれば、しめたもの。

 力の限り噛み締めた。

 手前側の歯よりも、力が入る奥歯にシフト。

 硬い繊維をすりつぶすための臼歯を総動員だ。

 その甲斐あって、塊は徐々に小さくなる。

 「うぐっ」

 小さくなるのはいいが、肉は繊維状にほぐれていく。

 これを力の限り噛む。

 肉の繊維が、歯の隙間に入り込んでいくのが感じられた。

 一本、また一本と隙間に挟まっていく。

 歯が左右に押し広げられているのがわかる。

 歯槽膿漏とかあったら致命的なダメージなのではないだろうか。

 何とかしなければならない。

 スープを口に含んでゆすいでみる。

 多少は外れてくれたようだ。

 汁気がある今が攻め時。

 目を瞑り、喉に気合を入れて呑み込む。

 何とか食事の形には持ってこれた。

 あとは胃液先生の奮闘に期待するほかない。

 ここまでしないと食べられないとは、こんなものをこの辺りの人は平気で食べているのか?

 疑問を感じてしまう。


 「あー、すいませんね。少し時間が経ちすぎていて・・・固いでしょう?」


 通りがかったウェイターから、心配そうに声をかけられた。

 食事しているだけなのに心配されてしまうとは。

 だが、重要なワードが出たぞ?

 「時間が経ってなければ柔らかいものなのか?」

 「採れたてのものなら、お湯に入れることで柔らかいまま保存できるようになるんですけど。採ってしばらく経ってからだとどう調理しても固くなってしまうんですよ。今回の仕入れ先は、それよくわかってなくて省いたようです」

 なるほど。

 仕留めた肉をその場で血抜きするように、採取したらその場で湯通しすべき素材なのだ。

 それを怠り、採取するだけして持ち込まれたので固いということ。

 つまり、採れたてを即座に加工できれば柔らかく食べられるはず。

 これがもし、もっと柔らかかったら?

 考えてみて・・・震えたね。

 この繊維状の肉に覚えがある。

 ヒントはずっと出ていた。

 スープの味だ。

 どっしりとした旨味。

 鶏ガラの味だったことに気が付いた。

 味が鶏で繊維状の肉である。

 「『鶏モモ』だ」

 鶏のモモ肉。噛むと繊維状に解けるあの肉だ。

 お気づきだろうか?

 オレはすでに『鶏ムネ肉』も確保している。

 フライドチキンが近づいてきた。

 揚げる油なんて風味にさえぜいたくを言わなきゃどうとでもなる。

 あとはペッパー系の香辛料があれば、形だけは整うはずだ。

 「いける、いけるぞ!」

 俄然やる気が出たオレは猛烈に挑みかかり完食。

 店主に素材の仕入れ先を教えてもらった。

 仕入れ先は冒険者ギルド。

 掲示板に素材クエストとして常時掲示されているらしい。

 「えーっと」


 『採取クエスト:『ラクラス』の収穫』


 これだ。

 詳細を確認してみる。


 『ラクラマク』を探し出し、その背中から『ラクラス』を収穫。

 収穫後は熱めの湯に入れて鮮度を保つこと。


 「ああ。なるほど」

 図解入りの解説を見て、湯通しを怠る理由が理解できた。

 この『ラクラス』というのは『ラクラクマ』という名の四つ足歩行のモンスターに寄生する生き物——たぶんキノコか貝のようなもの——なのだ。収穫の方法は、この『ラクマクマ』を倒さずに背中から刈り取ること。

 宿主が倒されると、栄養分を宿主に移して逃がそうとするのだそうだ。

 そうなると、栄養とか全部なくなってしまって味も落ちる。

 ゆえに倒すのは厳禁。

 催眠系の状態異常の場合も同様に回復されてしまう。

 だから、逃げ回る『ラクマクマ』を追いかけながら採取するしかない。

 走りながら採取するとなると、湯を沸かしておいてそこへもっていくという作業が必要になる。

 考えるだけで面倒そうだ。

 これのせいで、鮮度を保って手に入れるのが難しいとなる。

 「めんどうそうね」

 背後でサラサが呟いている。

 「うんうん」

 リルルが激しく同意している。

 今に見ていろ。

 完成して食わせても、「面倒」などと言えるかな?

 くっくっくっ。

 妙な復讐心が湧き上がる。

 だけど・・・。

 「君たちは来なくていいよ。広場で働いてくれ」

 すでにトレフールとトーア、ヒルダは広場に置いたキッチンカーで仕込みの真っ最中だ。

 二人にはそこで、売り子兼護衛として働いてもらう。

 なにしろ、トーアと知り合った時におでん屋をして以降、収穫クエスト以外で素材を使っていない。

 歩けばいやでも素材を収集してしまうオレのこと、『収穫』と『調理』の収納スペースが埋まりそうになっている。

 『収穫』のは例の本棚が場所を取りつつあるし、『調理』も半分くらいがプランター菜園と化し、半分の半分がメーメーなど家畜の放牧場と化しているせいもあってのことだ。

 ともかく、トレフールとトーアが足を延ばして寝るのに窮屈を感じるほどに場所がなくなっていた。

 ここらで、何とかしないといけなかったのだ。

 さらにいえば、アジマグロとタタラウマヅラハギ狙いで釣りをしまくったもんで、釣りスキル付属の収納スペースにも魚がうようよいたりする。もちろん、活きが下がらないよう大半は干したり燻製にしたりしているからいいが、生け簀の魚はそろそろ締めないと味が落ちる。

 そんなわけで、トレフールさんとキッチンカーを召喚、稼いでもらうことになっている。

 「わかったわ」

 「うんうん」

 二人もやる気だ。

 任せて大丈夫だろう。 


 「ふむふむ」

 なるほどー、と頷いてみた。

 冒険者ギルドで得た情報によれば、『ラクマクマ』との遭遇は腕利きの猟師が数日探しまくって一頭見つかるかどうか。

 そのぐらいの遭遇率であるそうだ。

 なのに。

 「けっこういるよね」

 ポリポリと頬を掻いてみる。

 成獣五頭と幼獣が二頭。

 群れがいた。

 これはアレだろうか?

 スキル効果。


 『釣華』:パッシブスキル『誘引』。あらゆるものを無意識に引き寄せる。

 魚群との遭遇率45%アップ。モンスターとの遭遇率30%アップ。落石や落雷の確率15%アップ。人の注目を集める確率10%アップ。異性に好印象を与える確率8%アップ。食中毒の発生確率3%アップ。


 忘れていたが、オレはモンスターとの遭遇率が上がっている。

 これのおかげだろう。

 「にしても・・・」

 信じがたい。

 首を振った。

 ギルドにはまともな絵をかける人材がいないのだろうか。

 掲示板の解説図とは似ても似つかない生き物が、下草を食んでいる。

 四足歩行で頭に角はなし。

 うん。これは合っている。

 背中に『ラクラス』らしい灰色の巻貝状の突起もあった。

 キノコないし貝だろうと予想していたが、『ラクラス』は巻貝のようだ。

 ここまではいい。

 特徴を捉えている。

 そうでなければ、気付けなかっただろう。

 真っ白な長い体毛、胴長の体。

 つぶらな目をしていて、口が嘴状。

 尻尾は太いキツネ系。

 体長120センチほどで短足。

 こんな、こんな・・・。

 

 カモノハシがモチーフのファンシー要素極振りマスコットが、目的のモンスターだなんてっ!

 

 「かわいいっ!」

 全力で叫びそうだ。

 そんなことしたら驚かせてしまうから自重するけれどっ!

 絶対に欲しい。

 あの白いモフモフを思う存分モフリたいっ!

 しかも、背中にはきっとおいしくなる貝が乗っている。

 ただ。

 「生態がわからないな」

 もう、このモンスターを捕えて飼育することは決定事項だ。

 だが、飼うためには生態を知る必要がある。

 何を食べるのかもわからずに捕まえて、死なせてしまっては意味がないのだ。

 草を食んでいるから、草を食べるのだろうというのは安易な考えだ。

 季節によって変わったりもするからな。

 だが、心配はいらない。


 「『調理』スキル、『嗜好探求』!」


 『目利き』と並ぶ『調理』スキルならではの鑑定スキルである。

 食べさせたい相手に使うことで、食べたいものをおおよそではあるが知ることができる。

 ちなみに、発現するのはレベル85だ。

 けっこうな上位スキルである。

 「ふむふむ」

 頭の中に、『ラクマクマ』と『ラクラス』の食べたいものが浮かんだ。『ラクマクマ』には柔らかな芝系植物とテントウ虫に似た虫型モンスター。『ラクラス』には『ラクマクマ』の毛の中で生きているダニのような生き物が必要のようだ。

 そうだろうとは思っていたが、『ラクマクマ』と『ラクラス』は共生関係にある。

 『ラクラス』の繁殖方法もわかった。

 長い毛の中に無数に幼体がいて、成体の数が減ると順次置き換わる形式になっている。

 幼体がある程度減ると、それを引き金にして成体が発情期に入って繁殖する。

 草と虫さえ供給できれば飼えることが確認できた。

 なら、あとは簡単。


 「『境界』スキル、『格子』!」


 『格子』。ようは結界で檻を形成して閉じ込めたわけだ。

 閉じ込めたと言っても、かなり広めに作ったよ?

 心配しないで欲しい。

 続いて。


 「『釣華』スキル、『餌付け』!」


 閉じ込めたうえで、エサを与えて懐かせる。

 これは釣りというより、人を誘う方のスキルになるな。

 同じことをしたら、さすがにこの世界でも犯罪になるけれど。

 エサはもちろん『調理』スキルで作成済みだ。

 自然のエサよりおいしく栄養価も高いものとなっている。

 元世界の自然環境でこれをやるのは生態系の破壊にもつながるから厳禁だが、この世界の動物やモンスターは繁殖力がすさまじいから絶滅の心配は無用である。

 問題ない。

 『土操作』のスキルで収納スペースに草地を再現すれば飼育環境も整う。

 完璧だ。

 「・・・えーと」

 完璧なんだけど・・・。

 自分でしたことではあるけれど、頭を抱えてしまったね。

 『調理』スキルの収納スペースなのだ。

 プランターまではいいよ?

 でも、畜産はおかしくね?

 キッチンの隙間でパセリとかハーブを育てるのはありだろう。

 流し奥のちょっとした空きスペースでニンジンや大根のヘタを水耕栽培して、育った葉っぱを刻んでチャーハンに入れるとかなら一般家庭でもやってる人はいるはずだ。

 しかし、冷蔵庫脇で鶏を飼っていて、そこからとった卵でチャーハンとかありえないよね?

 それを言うならグラウンド一面分の広さのキッチンがそもそもあり得ないわけだけども!

 「ま、まぁいいか」

 『ラクマクマ』も懐いてくれたようだ。

 『格子』をなくして近づいても逃げたりしない。

 むしろ、寄ってきてすりすりしてくれる。

 意外と人懐っこいのか、オレの人徳か、スキルの恩恵か。

 全部ってことで、収納スペースにご案内だ。

 「クワッ?」

 先住のキャルナが首を傾げて見ている。

 「新しい仲間だ。これからよろしくな」

 「クワ、クワッワ」

 キャルナも嬉しそうだ。

 安心して、モフモフするオレなのでしたー。


 あとは、適当なタイミングで『ラクラス』を収穫、冒険者ギルドに届ければクエスト終了。

 ウキウキしながら帰ればいいわけなのだが・・・。

 そうはいかないのが、この世界である。

 異世界ってものも、世知辛いのだ。


 ぎぃぃぃいぃぃぃぃんっ!


 聞こえたのは鉄の音。

 近場で何者かが斬り合いをしているのだ。

 魔物相手ならば、鉄同士のぶつかる音はしない。

 人様の事情に首を突っ込む趣味などないが、哀しいかなオレは冒険者。

 見て見ぬ振りもできなかった。

 「こっちかな」

 耳を澄ますことしばし、大体の見当をつけて走り出した。

 現場に着くと、戦闘は佳境を迎えていた。

 どっ、がっ、きゃぎぃぃぃぃぃんっ!

 全然美しくない音を響かせて、幅広の両手剣を細めの片手剣が弾いている。

 ポニーテールの女剣士が、武骨な全身鎧と刃を交えていた。

 「へぇ。すごいな」

 思わず見とれるほど、彼女は強かった。

 剣さばきが洗練されている。

 だけど。

 残念なことに、力負けしているのが明白だった。

 一撃を受けるたびに、上体が下がる。

 膝がフルフルと揺れ始めていた。

 「うっ、ぐ」

 見ている間に、彼女はその場に膝をついてしまっていた。

 そこへ、とどめとばかりに幅広の両手剣が迫る。

 「クッ!」

 もうダメ。

 観念したのか、目を閉じる彼女。


 「させないけどね」 


 手助けもせず、ただ眺めていたわけではない。

 手の中に結界球を生み出していたのだ。

 魔法の属性は『炎』と『氷』。

 時間差で『幅広の両手剣』を包むように仕向けた。


 ぱきぃぃぃぃぃんっ!


 妙に澄んだ音を立てて、『幅広の両手剣』が砕け散った。

 温度差に耐えられなかったのだ。

 で、なんでさっきから『幅広の両手剣』としか言っていないのかといえば。

 まさに、それしかいなかったからだ。

 ファンタジー色強めのアイテム。

 『勝手に斬り合う剣』というやつだ。

 ふわふわ浮いていて、敵を見るや怒涛の斬りあいをする危ない魔法道具である。

 ゲームなんかでもたまに見かけるあの連中だ。

 的が小さいので魔法は当たりにくいし、剣で戦えばどこに斬り込んでいいやらわからず、苦戦することの多い敵である。

 逆に言えば、動く先がわかりきっていて、『剣』そのものを破壊してしまえれば倒せる敵でもある。

 「あ、あんたっ?!」

 呼吸を整えながら、オレに視線を向けた彼女が驚きの声を上げた。

 昨夜、食事処でオレたちに声をかけてきた、あの女戦士だった。

 「暇そうですね」

 のんびりと声をかけた。

 何事もなかったように。

 「はぁ?!」

 目を剝いて叫ばれた。

 ちょっとだけ、不本意な言われ方だったようだ。

 「いや、だって」

 壊れた両手剣を見下ろす。

 「それ。貴女のでしょ?」

 そう。

 昨夜会った時、背中に背負っていた剣なのだ。

 自分の剣と戯れていたとみることもできる。

 オレが、ぎりぎりまで手を出さなかった理由でもあった。

 剣の修業中という可能性もあったからな。

 「くっ。あんたのタイミングが悪いからよっ。あと八分早く来ていれば、私が敵と対峙していて剣を操られるところを見れたのにっ!」

 あー、なるほど。

 ポンっと手を叩いた。

 「自分の剣を奪われた挙句、術をかけられて殺されそうになるという大道芸を見ることができた。っと!」

 なぜか、彼女の片手剣がオレの脳天をたたき割ろうとしてきたのをすんでのところで躱す。

 また操られたのだろうか。

 物騒な話である。

 「冗談はさておき、事情をお聞きしましょうか?」

 冒険者ギルド証を示して見せる。

 「ほほう」

 なぜか、冷めたご様子で睨まれた。

 「昨夜は無視しておいて、今度は事情を聞きますよって何のつもり?」

 「食事中に話しかけるのがよくない。食べ終わるのを待つか、食事代は持ちますからと挨拶を入れてから話しかけるのがマナーというものです」

 もしくは、ギルドを通せ。

 オレはちゃんと15分という時間と、銀貨一枚という要求を示した。

 交渉をやめて立ち去ったのは彼女の側で、オレに落ち度はない。

 「・・・ああ。あんたがどういう人間なのかは、何となくわかったわ」

 頭を抱えて、溜息を吐かれた。

 どうしてだろう?

 謎だ。

 「とはいえ、私ひとりじゃどうにもならないって身に染みたところだし、言ってしまうけど」

 気が進まないって感じで話始める。

 ・・・立ち話かよ。

 長くなりそうな気配にうんざりしながら、女戦士——ミーシャさん——の話に耳を傾けた。

 

 ことは半年前、ひょんなことから意気投合した友人から、ある頼まれごとをしたのだそうだ。

 内容は人探し。

 旅の途中で見かけたら知らせて欲しい。

 あまり期待もされていないだろうと思いつつ、気にはなるので旅すがらちょくちょく捜していたそうだ。

 で、何の因果か手掛かりらしきものを見つけて深追いしたところ、「手を引け」という典型的な脅しが来た。

 さすがに一人では手に余るかと思い、術者の協力を得ようとオレたちに声をかけていたらしい。

 「だけど、清々しいほどあっさりと無視されたんで、一人で来てさっきのザマってわけよ」

 「な、なるほど」

 なんか、最後の一言にトゲ、それも毒付きのトゲが感じられたぞ?

 「で、手掛かりってのは?」

 「この先の塔よ。空き家なんだけど、ときどき根城にしているらしいわ」


 確かに。

 森の奥、突然開けた空き地に塔が建っていた。

 緑の中に黒々とそびえたそれは、異様な雰囲気をあたりに振りまいている。

 「これは・・・」

 思わず唸ってしまった。

 尋常ではない魔力を感じる。

 明らかに威嚇されていた。

 魔力で「こっちくんなっ、見んなっ」と怒鳴っているようなものだ。

 「ね? 明らかに怪しいでしょ?」

 怪しいのは確かだが・・・。

 なんか、怪しいからってだけで動いてないか?

 捜し人とか関係なくなっていそうだ。

 「まぁ、とりあえず訪ねてみますか」

 言いながら正面へと回り、扉をノックした。

 常識にのっとって三回である。

 それをしばしの間をおいて五回ほど繰り返した。

 大方の予想通り、反応はない。

 「とりあえず、入りましょう」

 ミーシャさんが前に出る。

 「お邪魔しますっ!」

 ずはん!

 挨拶と同時に抜き払われた剣が、見事にマホガニーの扉を切り抜いた。

 器用に、左右両開きの扉を半分ずつ。

 人ひとり通り抜ける分だけ斬るという、見事な嫌がらせだ。

 これなら、丁番ギリギリに片方の扉だけ斬っても用が足りただろうに。

 まぁ、左右で色合いや艶が微妙に違っても考え物だからいいんだろうけど。

 中は意外と明るかった。

 なんというか、掃除もちゃんと行き届いていてホテルのロビーって感じになっている。

 正面奥に、上へと続く階段。

 ゆったりと広がる形の上り口には、左右に石像がある。

 人間より少し大きめ、ロビーに置くには少しばかり露出が大きすぎる少女像だ。

 なんか、動きそうだなぁって思っていると・・・。

 『何者か?』

 低く重い声がした。

 声を発したのは、石像の片方だ。

 動きはしないが、声を伝える魔法は仕込まれていたってことだろう。

 驚かせてくれる。

 ・・・まぁ、よくあるギミックでしかないんだけどね。

 これでも冒険者。

 しかも物心ついたときから壁一枚隔てたところで、冒険者が報告やら自慢話やらしている。そんな環境で育っている。

 この手のネタなら耳にタコである。

 たぶん、石像の中に魔力を込めたアミュレットでも仕込んでいるのだ。

 やろうと思えばオレでも作れる。

 『何者だ・・・ここになにをしに来たのか?』

 「確認よ。あんた、ファルティシアって女で間違いない?」

 応えたのはミーシャさんだった。

 『ほう。私を知っているのか?』

 「知ってるってことでもないけどね。知り合いに見かけたら知らせてって頼まれてるのよ」

 『・・・それでいきなり斬りかかるってのはどうなのだ?』

 「うぐ・・・ついよ! ついっ!」

 おい。ねーちゃん。

 つい、で捜し人を斬るなよ。

 行方不明の家族とかだったらどうする気なのか。

 たまにいるんだ。

 穏やかに話しかければ二言か三言で終わる話なのに、威圧的な態度をとることで相手を不快にさせて無駄に時間食うやつが。

 たちが悪いことに、そういうやつらは自分が強いおかげで話が進んだと勘違いしていたりする。

 周りから白い目で見られている自覚もないままに。

 哀れな生き物もいたものである。

 『まぁいい。どのみち他人とは関わるつもりがない。私はこの塔の上にいる。来たければ来るがいい。ただし、楽には登れぬぞ。諦めるなら、追いはせぬ。振り返らず、この塔と我のことは忘れることだ』

 来るのなら排除する。

 帰るなら見逃す。

 そういうことだ。

 「フフッ。上等よ。すぐにそこへ行ってぶち倒してあげるわ」

 『「倒してどうするっ!」』

 思わず、石像の声とハモってしまった。

 困ったものだ。

 「せめてふんじばって依頼主のところまで引きずっていく、にしておけよ」

 「ああ、ならそれで」

 なるほどっ、てな感じで頷かれた。

 うん。こいつには対象者の抹殺か足止め以外のことを頼んではならないと判断する。

 別に何も頼みはしないけれども。


 おもてなししてくれたのは、ごくごく一般的なものだった。

 リビング・メイルにストーンゴーレム。

 命を持たず魔力で動き回る兵隊たちである。

 ああ、あとはさっきも出た『勝手に斬りかかる剣』の群れとか。

 独創性のない敵ばかりだ。

 なので、なんの面白味もないまま塔の最上階へとたどり着く。

 待っていたのは、金色の長髪が奇麗な女性だった。

 肌が透き通るように白い。

 年の頃は三十手前というところだろう。

 派手に胸元の開いた真っ赤なドレスが目に痛い。

 「意外なほど楽に来れてしまった・・・」

 「ふっ。手応えのない奴らばかりだったわ。あなたはもう少し歯ごたえがあるんでしょうね?」

 いや。だから、何で倒そうとするかな。

 剣の握りが明らかに心臓をひと突きにしようという形になっているぞ。

 「クスッ。元気ね。でも、その威勢がどこまで続くのかしら」

 バゴンッ!

 でかい音がして、室内のドレッサーやらなにやらの家具の中から『勝手に斬りかかる剣』が浮かび上がってきた。

 手数勝負に出るつもりらしい。

 百本は優に超えるだろう。


 「ひょえぇぇぇぇぇ」


 思わず変な悲鳴が出たね。

 狭い室内。所狭しと並んだ剣の壁と対峙する羽目になったら、誰だってそうなるって。

 大慌てで風の結界を張って防ぐ。

 「のわっ! おわわわわわわわっ」

 ブンブンと剣を振り回して逃げ回るミーシャさん。

 「おほほほほ。どこまで逃げるのかしら?」

 逃げっぷりがツボったらしくファルティシアが楽しそうだ。

 次々に『勝手に斬りかかる剣』を送り出している。

 大変そうだ。

 「うきゃぁぁぁぁぁっ。ちょっとはフォローしてよっ!」

 おお。やはり大変だったようで、泣きが入った。

 楽をしていると思われてる?

 こう見えて、オレもそれなりに忙しいのだが・・・。

 なぜって?


 「落ち着いてもらえますか?」


 果物ナイフ片手に問いかけた。

 もちろん、切っ先はファルティシアの首元だ。

 敵が無数にいたとしても、それは単なるコマ。

 指揮しているのは一人。

 注文通りに敵すべてと戦うことはない。

 チェックメイト、である。

 そのはずだ。

 だというのに。


 「させるかぁぁぁぁ!」


 突如、天井から落ちてきた者に剣を向けられた。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 思わず見つめ合うことしばし。


 「へ?」

 「え?」


 二人してマヌケな声を上げた。

 「あら?」

 遅れて落ちてきた人物も拳を握り締めたまま、小首を傾げている。

 ヴィエルとベリエ。

 我が屋台の初代看板娘たちである。

 「なにやってんだ。お前ら?」

 吸血鬼である彼女たちは、人から血を吸っていた叔父が滅びた顛末を報告するため帰郷したはずだ。

 こんなところで道草食っているなんて許しませんよ!

 「それはこっちのセリフだわ」

 剣を納めつつ、ヴィエルが無駄に胸を反らした。

 ツンツンした態度でいたいお年頃らしい。

 「故郷へ帰る途中で、母につかまってしまったんです」

 肩をすくめながら、ベリエが頬を掻いた。

 視線がファルティシアを見ている。

 「ベリエを探しに出てたらしいの。ほら、私たちって家出中だったから」

 ああ。そういえばそんなこと言ってたな。

 家出娘が母親につかまった。

 分かりやすい話だ。

 「・・・それは理解できるけど、この状況とは結び付かないのだが?」

 家出娘が見つかったのなら、さっさと故郷へ帰れよ。

 なんだってこんな塔に籠っているんだ?

 「探し物があるんですって。手伝ってくださいますか?」

 上目づかいで、指を組む。

 えげつないほどあざとい仕草でベリエが迫ってくる。

 アホが、そんな見え見えの押し付けなんぞしおって。


 「まったく。しょうがないなぁ」


 低い声で嫌々感をバリバリに出して答えた。

 「・・・口元がニヤついてて気持ち悪いわよ」

 ボソッと、ヴィエルが何かつぶやいたが、オレの耳は聞くことを拒否した。

 何も聞いてなどいない。


 「えっと、私の立場は?」

 「無視するなぁー!」


 剣を挟んで向かい合うファルティシアとミーシャさんが、心細げに見詰めてきていた。

 知ったことではないので、こちらも軽く無視をする。

 初パーティの仲間と、もう一度冒険ができるのだ。

 よく知らない人たちは放置でいい。


名前:シェルフ・ボードフロント。

種族:人間(異世界転生者)。

職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。

スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣華』。5、『土操作』以下『?』。

手に入れた食材:竹モドキのダイコン、イモしょうが、ニンジンセロリ、チューリップに見えて花がピーマン、バラツタネギ、稲に見えて黄色いイクラ、鶏のむね肉、ヒドラの首ウナギ、木の実だけどエンバク。黄色くて地下になるナス。白い根キュウリ。緑色のカブ。落花生みたいなカボチャ。キノコの牛筋肉。臭い消しの野草と『メーメー』の血で作った『赤コンニャク』。見た目がナスのオレンジ色のはんぺん。青味の強い緑色水草昆布。木になる緑の白身と茶色の黄身卵。木の皮で鰹節、でかすぎシイタケ、束状エノキにヒマワリの種的胡麻。ツタジャガイモ。アジマグロ。タタラウマヅラハギ。サボテンエビ。巻貝鶏もも。

使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』、ヒドラ『ヒルダ』(ぴゅい)、砂金シジミ五匹。ハーピー『キャルナ』(クワ)。

同行者:トレフール、トーア母子。女性術師2名(サラサ(ヒドラ)・リルル(フレッシュゴーレム))。



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