盗賊団のいる山
「やめておけ。女子供の出る幕ではない」
思わずイラっと来る発言をくれたのは、店の隅にいた一人の男。
こちらには目もくれず、手にした手斧の刃を拭いながら。
歳は三十後半というところか、その出で立ちと雰囲気からしてベテランの戦士のようだ。筋骨隆々というのではないが、細身で引き締まった体は十分に鍛えられていると見える。
茶色の長髪が無造作に跳ねまくった、野性味あふれる偉丈夫だ。
あー、いや。
男の容姿なんてどうでもいいのだ。
オレがこの店に入ったのはついさっきのこと。
諸事情により重い——精神的にって意味で——荷物が増えることになったオレは進路をさらに北へと向けた。
街道を外れ、山道を歩いてたどり着いたのがこの村だ。
大きな町から離れた辺鄙な村。
こういう場所には、そういう場所だからこそ採れる食材というものがある。
内心期待でワクワクしながらメニューを開こうかというところで、この町の村長だというじいさんに声をかけられた。
手にしている杖を見て術師だと知り、冒険者に違いないと当たりをつけてのことだ。
何かお困りごとがあるのだろう。
こんな村に冒険者ギルドの支部はないし、冒険者もそうそう訪れはすまい。
千載一遇の好機とばかり、オレに目を付けたようなのだ。
そこへ投げかけられたのが、冒頭のセリフというわけである。
まぁ、この男がオレから見ればおっさんであるように、おっさんから見たオレが子供なのは仕方がない。
しかし、だ。
これでもソロで活動している冒険者だ。
困りごとの内容にもよるが、出る幕ではないなどと言われるとカチンとくる。
ちなみに、わかると思うが『女』ってのは、今回もセシルに擬態しているヒルダのことである。
「ドバル、黙っていてくれ」
何か言ってやろうと口を開きかけたオレに先んじて、村長のじいさんが苦々しく声を上げた。
「お前さんは口を挟まんでくれ。そりゃ、この村ではお前さんが一番の実力者じゃが、得手不得手というものがあるじゃろう。相手が相手なのだからな」
相手、ねぇ。
なにに困っているのやら。
とりあえず、話の軸がオレから逸れたようなのでメニューに目を落とした。
「ふむふむ」
『ジェルムスとレアトロンの和え物』
『シャニオンのオーテル』
『セマスの炒り物』
この辺りが、見知らぬ料理だったので注文した。
なにが出るか、不安と期待が渦巻くワンダーランドだ。
おっさんとじいさんが邪魔だったが、店主はちゃんと注文を取ってくれたし、厨房で料理を始めている。
オレはどんなものが出てくるか、あれやこれやと妄想して待った。
けっこうな高地だし、山岳地帯だ。
ヤギの乳を使った乳製品とかありそうではある。
現地のものだと乳臭くて飲みづらかったりするかもしれないが、『調理』スキルとわずかな現代知識を寄せ集めて何とかしたい。何とかできたらいいな、と思っている。
おっさんとじいさんが目を点にして、こっちを見たような気もするがオレが気にすべきことではない。
まずは、『ジェルムスとレアトロンの和え物』だ。
「そういうことか!」
店主自ら運んできた皿を見て、思わず叫んだ。
和え物という表現を、この世界で初めて見たのでどんなものが出るかと思っていたのだが、見た目はなんというか色の淡いチョコレートに抹茶のシャーベットをかけたような感じだ。
和え物というには簡単すぎる気もするが、この世界のレベルで考えれば画期的である。
味はどうか?
チョコレートだなんて期待はしていない。
そんなはずがないことは承知の上だ。
齧りついてみる。
最初に来るのは「硬い」というありがちな感想だ。
続いて「ザリッ」という感触が来た。
上にかかっているシャーベット状のものが硬い板状のものの上で歯に押されると粒粒感が増大して、そうなるのだ。
それでもかまわず噛み続けていると、板状のものが少し柔らかくなった。
そうなると、ようやく味が出てくる。
ザリザリはこうなるまでの場繋ぎだったようだ。
どうりでたいした味もしないし変だと思ったよ。
食欲をそそる香り、にじみ出てくる旨味。
こんなに厚く切らないで、薄くスライスすれば・・・わかった!
鰹節だ。
元はたぶん木の皮か何かだと思うが、オレの知る食材で一番近いものとなると鰹節になる。
透けるほど薄く削れば、花かつお、厚めに切って鍋で煮ればかつお出汁が作れると思う。
いや、それカツオじゃねーし!
ツッコみたい方もおられよう。
だが。
わかってるってば!
そんなことはわかっている。
カツオじゃなくても関係ない。
オレはこれを「鰹節」と呼ぶと決めたのだ。
続いて運ばれてきたのは、大きな深皿。
『シャニオンのオーテル』である。
これは見た瞬間に意味が分かった。
皿だから変に見えるが、ようは鍋だ。
キノコ鍋である。
ふにゃふにゃだったり、バリバリだったり、ゴリゴリだったりするキノコたち。
そんななか、いたよいたいた。
いい味出してる黒いのが。
シイタケである。
この世界での名称は知らんが、オレの中ではシイタケと決定した。
切り口からして、もとはLサイズのピザくらいあるだろう大きさのキノコだが、食べてみると驚くほどシイタケだ。他にも嚙み切れない硬さ、ちくわぐらいの太さの茶色いキノコもあったが、これは 繊維を一本一本バラバラにほどけばエノキになると思われる。
シイタケは一度干してから使い、エノキは繊維を丁寧にほどく。
手間はかかるだろうが、元世界の食文化を再現するためなら苦でもない。
やってみせる。
最後は、『セマスの炒り物』。
炒り物というだけあって、確かに香ばしい匂いをさせるものが、浅い皿にのせられている。
何なのかと思いながら口に運べば、香ばしさが口に広がった。
何かの種だ。
カボチャやヒマワリを炒ったものを思い出す。
しかし・・・。
カリッ!
歯を立てた途端に鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
ゴマだ。
胡麻である。
大きさはヒマワリの種くらいだが、その香りと味は間違いなく胡麻だ。
このままではパンチが強すぎるが、炒って粉状にすれば普通に使えるだろう。
素晴らしい!
いや、食事は最悪だったよ?
はっきり言ってうまいとは思えなかった。
食べられないほどではなかったから、まずいとは言わないけどね。
だけど。
だけどである。
木の皮で鰹節、でかすぎシイタケ、束状エノキにヒマワリの種的胡麻。
四種類もの食材を発見できたのだ。
素晴らしいと言わずになんとする?
「これらの食材が欲しい。できれば種や苗を分けてもらえないかな?」
さっそく店主に交渉を持ち掛けた。
「むろん、くれてやりましょうぞ」
応えたのは店主ではない。
じいさんだ。
なんと、村長さんである。
まだいたのだ。
しかたない。
「なにをしろというんですか?」
ため息交じりに尋ねると、返ってきたのは意外と深刻なものだった。
なんと、近くの山に突然盗賊団が住み着くようになり、たびたび襲撃を受けているというのだ。
村を支配下に置こうというのか、見せしめに年寄りを殺しては若い娘や食料、酒などを要求するという。
王国の中央に兵を頼むなり冒険者を募ったりすればよかったのだが、金がかかるからと先延ばししている間に村は監視下におかれていて救援を頼みに行くこともできないでいるのだそうだ。
「なんて間抜けな」
「しかたなかろうが! こんな辺鄙な村に盗賊が来るなど、誰が考える?!」
「あー、まぁ確かに」
予想不能の事態ではあるだろう。
オレ自身、未だ半信半疑だ。
こんな旅人もいなさそうな場所に『盗賊団』? と。
盗賊の一人や二人ならいてもおかしくはない。
食うに困った腕っぷしの強いのが、田舎の農民を脅して飲めや歌えやなら、割とよくある話。
それが『盗賊団』となると話が全然違ってくる。
対処のしようなどありはすまい。
「そんな子供に頼るな!」
「年齢は問題じゃない。実力じゃよ。冒険者と——」
「やかましい! 盗賊団は俺が潰してやる!」
勢いよく椅子を蹴倒したドバルさんが、足音も高く店を出ていく。
「はぁ」
村長が首を振った。
「あやつめ・・・」
哀し気にぽつりと呟きを落としている。
「金を払っていかんかったな。わしが払わねばならんのかの?」
絶対嫌だ、という目をオレに向けてきた。
・・・盗賊団退治を押し付けたうえに、食事代を払え、だと?!
まさか!
「まいど」
振り向くと、揉み手をした店主がちっとも笑ってない目をしたまま、営業スマイルで立っていた。
「おらぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
「死ねやぁぁぁぁぁっ!」
盗賊団のアジトがあるとかいう山を目指して歩くこと数十分、まさにというダミ声で陳腐な怒声が聞こえてきた。
わかりやすく戦闘に突入しているらしい。
まったく、面倒な!
仕方がないので全力で緩くもない坂道を駆け上った。
「うっわ!」
思わず絶句してしまったよ。
下っ端盗賊の見本として教科書に載せたいくらいにわかりやすいゴロツキ数人に囲まれて、ドバルさんがうずくまっている。
すでに血まみれだ。
切り刻まれいる最中であるらしい。
「なにやってんですかっ!?」
大口叩いておいて弱すぎだろっ!
手近な盗賊Aを引き切りしつつ怒鳴りつけた。
左側ではヒルダさんが盗賊Bを殴りつけている。
胸に短剣を刺されたままなのがシュールだ。
右側から斬りかかってきた盗賊Cは、突然湧いたアントンに足を取られてひっくり返ったうえ、のしかかりを受けて呻いている。
ゴロツキ数人は、ほぼ一瞬で無力化された。
「ふっ、他愛もない」
鼻で笑った。
ドバルさんが。
「はぁ?! なんであんたがふんぞり返ってんですかっ!?」
胸を反らして腰には手まで当て、偉そうにしているが体は血まみれだ。
「ふん。こんな弱卒ども、屁でもないわ」
侮蔑するように吐き捨てている。
しかし、しつこいようだが血まみれだ。
血まみれ?
ここでようやく気が付いた。
確かに血まみれだ。
それは間違いない。
しかし、・・・傷がない。
「村一番の実力者たる、このドバルにかかればあの程度の傷を治すなどぞうさもない!」
「ちょっとまて・・・」
ついつい額に手を当て、もう一方の手を突きだすというありきたりな姿勢になった。
そういえば、村長さんも何か言いかけていたなと思いだす。
得手不得手があるとか。
冒険者と———って。
この冒険者というのはオレのこと、そして———というのが治療師という単語だったとしたら?
今の状況を説明できるんじゃないのか?
「村一番の実力って治療師のことか?!」
「ふっ、当然だ」
不敵に笑って胸を反らした。
威張るなよ。
そりゃ弱いわけだよ。
囲まれて血まみれになるさ。
でも、即座に治療できるから無事なわけね。
流れ出た血は消えないけれど。
「なんでヒーラーが近接職の盗賊と正面から戦おうとしてんですか!?」
ありえない!
「個人的な事情だ」
「すでにオレが巻き込まれてます! 個人の話じゃなくなってますが?!」
「チッ、心の狭い奴」
「ほぉ・・・」
心の狭い奴というのが、どんなものかを身をもって知りたいとの仰せであるか?
「わかった。悪かった。言い過ぎたことは謝るっ!」
大丸三徳包丁を正眼に構えたオレの前で、ドバルさんが土下座した。
少しは「素直」というものが理解できたようである。
「事情を話す。ただ、約束してくれ。このことは村の者には話さないと」
妥協点としてはそんなところか。
「いいでしょう。約束しますよ」
オレの言葉に彼は頷き、口を開いた。
「一年前のことだ。この先にある洞窟の奥で、古代文明の遺跡を発見した」
古代文明。
一万年ほど前、この世界には神と魔が住んでいたという。
彼らは水と油。
会うたびに戦いとなり、戦いは戦争に発展して尽きることのない殺し合いが続いた。
やがて、双方に英雄と呼ばれる存在が台頭。
お互いに住む世界を分けることで話が付いた。
以来、地上から神と魔は姿を消し、精霊と人間、そして亜人の時代へと移行したと伝えられる。
つまり、神か魔の残した遺跡があったということだ。
「俺も治療師とはいえ術師の端くれ。魔道の研究には目がない。壊れていた装置を研究の末に直したまではよかった。問題は、この装置の機能は移送系魔術。複数の拠点を魔法でつなぐものであったことだ」
おい、まさか——。
「未だ稼働状態の遺跡が存在し、おり悪くその遺跡を盗賊団が根城にしているなど思いもよらなかったのだ」
なんて不運な。
・・・じゃない!
「あんたが原因なのかーっ?!」
そりゃ自分の手で何とかしたいと思いもするわな。
こんな辺鄙なところに盗賊団が現れるなんておかしいと思っていたが、もともとの活動地域はどこか別の場所なのだ。遺跡のおかげで、現地では本拠地がどこかもわからない神出鬼没の盗賊団として暗躍し、こっちでは無力な村を脅して好き放題というわけである。
連中はウハウハだろう。
それに比してこちら側は地獄の有様。
村長の話によれば、すでに死者も出ているらしいから冗談ごとじゃない。
「ケジメはつける!」
「どうやってだよっ。斬られまくってうずくまってるだけじゃなににもならんぞ!」
治療術で自分は平気のつもりかもしれんが、流れた血までは戻らないからジリ貧だし、攻撃手段がなければ問題の解決にはならない。
どうするというのか?!
「そこは気合で」
「どうにもならんわっ、そんなもんっ!」
気合で何とかなるなら、苦労なんてない。
なんてことをやっている間に、・・・。
人相の悪いのが7,8人、こっちにやってくるのが見えた。
「だーっ! 新手かよっ」
こんだけ騒いでちゃ当然だけど、あとにしてほしい。
大事な話し合いの最中なのだ。
話し合ったところで、建設的なものにはならないにしても。
「しかたない、こうなったら」
認めたくはないが、結論は一つ。
「全部叩き潰すしかない! ヒルダは下がってろ」
泣きながら叫んだ。
他にどうしろというのか。
対人戦は嫌いなのに。
いまだに殺さない程度の手加減ができないのだ。
手加減した結果、自分が死ぬなんて絶対嫌だからな。
「とりあえず、手足切り落とす程度で済ませといてやる。死んでも恨むなよ」
こいつらだって、何人もの人を殺してきているはずなのだ。
立場が逆になったからって、恨まれてはたまらない。
大丸三徳包丁を抜き放って、駆けだ——せなかった。
肩を掴まれ、引き戻される。
「こいつらは俺が始末する。頼むから手は出さないでくれ」
顔を近付け悲壮感丸出しで訴えかけてくる。
自分が原因というだけではないのかもしれない。
しかし、だからと言ってどうしろと?
「おりゃっ!」
盗賊が斬りつけてくる。
チッ、考える時間もないのか!
毒づきたくなるが、それこそ余裕がない。
ドバルさんが前へ出た。
ナイフがドバルさんの胸を斜めに切り裂く。
「へへ、それがなんだってんだ」
痛みに引きつりながら笑って見せている。
そして・・・、ふわりと魔法陣が浮いたかと思うと傷がきれいに消えた。
うーむ。
思わず感心してしまうほど見事な治療だ。
ヒーラーとして得難い才能を持っている。
しかし、治療に手いっぱいで攻撃に回れていない。
手にした手斧が哀れだ。
だけど?
「そうかっ!」
わかった。
オレも魔力を励起する。
「っ?」
ドバルさんが何か言いたそうな顔を向けてくるが、無視だ。
両手で印を結び、眼前を睨みつける。
効果範囲を定め、出力を調整。
魔力の動きを制御して任意の効果を付与。
前面に白く輝く魔力の球が五個浮かんだ。
「『境界』スキル、『属性結界・氷面』!」
開発したばかりのスキル魔法を撃ちだした。
魔力の球が狙い違わず、効果範囲に設定した位置を囲む形で地面に撃ち込まれる。
一瞬にして魔法陣が形成されて結界が展開し、消えた。
直後。
「な、なんだっ!?」
「うぉっ、つめてぇっ!」
魔力が魔力が解き放たれ、属性効果が発現している。
属性は冷気、対象を氷漬けにする結界。
ただし、効果は平面・・・つまり地面に限定してある。
なので、「氷の面」だ。
そう。
地面が冷気によって凍り付いたのだ。
盗賊たちの足もろとも。
ニィッ!
ドバルの顔が笑みの形に歪んだ。
手にしていた手斧が振り上げられる。
「はっ?!」
「まてぇぇぇぇぇぇえぇっ!!」
盗賊たちが悲痛な叫びをあげるが、結果はまぁわかるわな。
結構なスプラッタ映像が広がる。
・・・風上でよかった。
おかげで臭いはない。
内臓とか血の海とかは動物型モンスターの解体で慣れているから・・・うん。大丈夫。
平静だ。
人を殺すということにも慣れてしまえるんだな。
人間って。
いや、もちろん。
そうであることは知っていたけれど。
自分もそういう人間になってしまうってのは、ちょっとショックだ。
この世界では割と日常の風景であるが、平和過ぎた世界の記憶を引きずる者にはキツイ。
と。
「え?」
クラっと来た。
何かが流れ込んでくるのを感じる。
どこから?
わけがわからないまま感覚を研ぎ澄ます。
「うそだろ?」
原因がわかって震えが走った。
全身から入り込んできている。
オレの魔力が。
結界に使われていた魔力が還元されてきているのだ。
これは、まぁわかる。
自分の魔力で生み出した魔法が役目を終えた際に、世界へ還元されつつも一部が戻ってくるというのは術師の常識だからだ。
魔法を使ったあと、消費した魔力の何割かが回復するスキルなんてものもあるが、これの理屈は取り戻せる魔力の比重を大きくできるということであったりするのだから。
問題は、その魔力に何かがくっついてきていることだ。
そして、この「なにか」が問題過ぎた。
情報、だ。
今、命を絶たれた者たちのものだろう記憶が魔力に乗って入り込んできている。
なぜ?
慌てそうになる自分を抑えて考察に入ったのは、術師のサガだろう。
原因は・・・スキルだった。
オレのスキル、『収穫』である。このスキルの効果が及ぶものの中には、書籍の内容なども含まれるのだが、その延長で人の記憶までも収集して獲得する機能があるようなのだ。
そうと気が付いて、頭の中にある読破した本たちを納めたライブラリーを覗くと、『ライオメル』、『ガウラス』などなど、見知らぬ書籍が増えていた。タイトルは盗賊たちの名前であるらしい。
もちろんイメージ上の産物だが、盗賊たちから収集し獲得した記憶を本として編集、書籍化してあるということなのだろう。
無茶苦茶だ。
タイトルの中には『レオアルド』なんてのもあって、驚くと同時に納得させられた。
あいつを倒して得た経験値の処理をした経験が、息づいている。
このせいで、本来であれば本人の死とともに世界へと霧散・還元されるべきものを、オレの『収穫』は集めて獲得できてしまうのだ。
自分で殺すのでなくとも、殺害現場のそばにいるだけで機能するということになる。
死んですぐであれば、という条件は付くのだろうけども。
木々から果実をもぎ取るがごとく、他者の記憶を手に入れる能力の開眼である。
他人の記憶になんて興味ないぞ!
そう言いたいが、オレはちょっとだけ期待している。
何人もの人間の記憶が集まるなら、そこから食材を探せるかもしれない。
前世の記憶をもったまま、現世の記憶で生きているオレにとっては、別の人生を垣間見ることへの抵抗感も少ない。
二人分の価値観や考え方があることで、行動の選択肢が広がっているのを日々体感しているからだ。
役に立つかもしれない。
暇なときには目を通しておこう。
今はそれよりも。
「いけるっ! いけるぞぉおぉぉぉぉっっっっ!!!」
テンションが上限振り切ったらしいドバルさんが駆けていく。
「だーかーらーっ、あんた一人じゃ切り刻まれるだけだっつーのにっ!」
慌てて追いかけた。
両手に起動直前の結界球を携えて。
「ふん、片付いたな」
「ええ、まぁ」
戦いが終わった。
盗賊たちの命運を分けたのは、序盤の最後あたりで立ち塞がってきた魔法使いが、割とすぐに死んだことだったろう。
魔法は十分強力だったのだが、最初の一撃をドバルさんに耐えられてしまった。
次弾を撃つべく呪文を唱えたものの、ドバルさんの特攻に間に合わず頭を縦に割られたのだ。
この魔法使い、どうやら盗賊団の中で唯一遺跡のシステムにアクセスできる存在であったらしい。
移送系魔術の恩恵を得られず、行き止まりの洞窟内に追い込まれた形だ。
盗賊たちは狭い洞窟から逃げることができず、大人数を展開もできず、結界で分断される。
あとは、オレたちに各個撃破されるがままとなった。
そうと気付いてからは脆かったね。
あっという間に敗滅である。
狭い空間内で結界師を敵に回すべきではないということだ。
ドバルさんは血だらけでふんぞり返り、オレは激しい頭痛に苛まれている。
目的を果たせたドバルさんは満足なのだろう。
だが、やりたくもない盗賊退治に付き合わされた挙句、数十人分の記憶を処理しなければならないオレは心身ともに疲労困憊だ。
状況に応じて結界球の性能とか効果範囲を計算、魔力を使って結界作成までやらなくてはならず、足は走りづめ。
その間にも、欲しくなんてないのに盗賊たちの記憶が勝手に流れ込んできて、スキルが情報の編纂を行う。
無意識レベルなのでオレ自身の意識的な負担は少ないが、オレの体がしているってことに違いはない。
脳は疲れるのだ。
意識下と無意識下、並列で酷使していたわけだから。
「ふぅ」
それでも、息をついてやるべきことは片付けなければならない。
遺跡を結界で封じるのだ。
「こんなものかな」
白い水晶のストーンサークルをラップで巻いた感じのものの周囲を観察して、頷いた。
周囲の魔力だけで維持ができる簡易的な結界ではある。
完全に封鎖するというより『keepout』の線を張ったぐらいのものだ。
こんなのでも、遺跡のことを知らない人間が不用意に近づくことは避けられる。
「もう動かさないでくださいよ」
ジトっとした目を向けて釘を刺した。
「もちろんだ。もう、ここには来ない」
神妙な顔で頷いて見せる。
盗賊団が壊滅したことで、テンション爆上がり状態から抜けたのだ。
その彼が、ゆっくりと歩き出した。
ごちゃごちゃと箱やら布袋やらが置かれた場所。
そう。盗賊団の戦利品が置かれているらしい場所へ。
「・・・」
単なる熱血野郎かと思っていたが、いちおうはまともに物欲があるのだろうか?
別に「お宝は独り占めしたい」ってタイプではないので、オレは冷めた目でその背中を追った。
「あった・・・」
お宝の山を物色していたドバルさんが身をかがめる。
なにか、特定のものを探していたようだ。
両腕で大事そうに拾い上げ、胸に抱えた『ソレ』。
「あ、あああああぁぁぁぁ」
膝が崩れそうになった。
全身が震える。
背中に冷たい汗が流れた。
「やーめーてーっ!」
思わず叫んでいた。
ゴツイ人相のおっさんが抱きかかえているのは、『ブエル神』の彫像。
ブエルとは永遠に少年の神である。
そして、恐ろしいことに同性愛の守護神だ。
愛らしい顔で、ほぼ全裸で微笑んでいる少年神。
ほぼというのは、一応という感じで腰に布が巻かれているからだ。
像自体は純粋に少年のみのはずである。
大きさは8歳くらいの少年と同程度、細部までこだわりぬいて作られているので変に生々しい。
当然だ。
一説によれば、本格的なものはいわゆる「大人のオモチャ」としても機能するとかしないとか。
それを、ゴツイおっさんが愛しげに抱きしめている。
ま、まさか。
あんなに必死だったのは、この「恋人」を取り戻したかったから?
「心配するな」
叫び声で振り返ったドバルさんが、真剣な顔をした。
「俺は『本物』には興味がないし、『こいつ』とも純愛を貫いている!」
「ぐっ」
それはどうなんだ?!
安心すればいいのか?
よけいに気味が悪いと、結界に閉じ込めて埋めるべきなのか?
「そ、そ、そうか。ま。まぁいい。人の趣味に口を出す気はない」
うん。
ジェンダーレス。
ショタなおっさんが存在するぐらいのことなら許容可能だ。
存在しているだけならば!
オレ自身に手が伸びてさえ来なければ!
「俺はとりあえず、村長に危機は去ったと伝えてこよう」
肩で風を切る勢いで、ドバルさんが去っていく。
ずっと鬱屈した気持ちを抱えていたのが、見事に晴れたので高揚しているらしい。
わからなくはないというべきか、わかりすぎるというべきか。
「おお。見事ですな」
血まみれの床を見下ろして、村長は声を震わせた。
「ざまぁみろっ! クズどもがっ! ぐははははははっ」
・・・惨状を見て恐怖とかそういった感情に襲われているのかと思ったら、大口開けて笑いやがった。
精神がワイヤーロープででもできているのではないだろうか。
「で、報酬の件ですが」
喜んでいるのなら好機。
さりげなく切り出した。
「ほれっ!」
妙に軽い布袋を投げ渡された。
開けてみると、中身は一リットル入りペットボトルサイズの木が一本と、キノコの石突つまりは根っこ、それに種だった。
飯屋で要求したものだろうことはわかる。
だけど。
「え? これだけ?」
数十人からの盗賊退治、報酬の相場は金貨100枚ぐらいのはずだが?
「もちろんじゃとも」
思い切り肯定された。
「は?」
訳が分からず睨みつけると、村長は傍らのドバルさんを引っ張ってオレの前へ突き出した。
「実際に盗賊を退治したのは、このドバルだというではないか。ならば、よそ者にくれてやる金などあるわけがないであろう」
ニタリ、と笑みを浮かべて長老が手を振った。
「あいよ」
「まかせろ」
ワラワラと現れた村のやつらが、盗賊団が貯め込んでいたお宝を根こそぎ運び出していく。
オレの前には、鬼と福の神の合いの子のごとき顔をした村長が立ちふさがっている。
「・・・・・・」
なんか言えよ! という気持ちを込めてドバルさんを見ると、思い切り目を逸らされた。
こ、こいつら————っ!
「ま、明日の朝までの宿代と食事代ぐらいは出してやろう」
ひょっひょっひょっ、と笑いやがる。
「そうじゃ、ほれ。死体を目につかんとこへ捨てておいてくだされ」
くだされ、とかいいながら鳥にエサをやるかのように銀貨を足元に投げていきやがる。
マジで殺意が湧いた。
キレなかった自分を褒めてやりたい。
死体?
処理したよ。
よくわからないが、『境界』スキルの項目が一つ増えていたのだ。
『境界』スキル、『陥穽』。
ようは落とし穴のことであるらしい。
結界で何かを封じるのではなく、どこかへ飛ばして(落として)しまう。
動物を捕らえる狩猟用という意味合いが強いようだ。最近使用頻度が上がっていることで熟練度がメキメキ上がっている『収穫』スキルと、『境界』スキルがいい感じに作用してくれたのかもしれない。
もしくは、嫌な思い出のせいだ。
オレの前世での死に方がまさにそれだったからな。
穴に落ちて死ぬという。
ともかく、この『陥穽』。
落とし穴であるだけに大して広くもなさそうだが、空間的にどこかに穴を作り出しているようなのだ。
新たに生まれた能力。
せっかくなので使ってみようってわけで、ここへ放り込んだのだった。
もちろん、死体を集めてくれたのはヒルダさんである。
キャラが濃すぎるドバルさんのせいで今回は出番が薄かったせいか、頑張ってくれたのだ。
名前:シェルフ・ボードフロント。
種族:人間(異世界転生者)。
職業:冒険者(冒険者ギルド所属の結界師、メインスキルは『調理』)。
スキル:1、『調理』。2、『境界』。3、『収穫』。4、『釣華』。5、『土操作』以下『?』。
手に入れた食材:竹モドキのダイコン、イモしょうが、ニンジンセロリ、チューリップに見えて花がピーマン、バラツタネギ、稲に見えて黄色いイクラ、鶏のむね肉、ヒドラの首ウナギ、木の実だけどエンバク。黄色くて地下になるナス。白い根キュウリ。緑色のカブ。落花生みたいなカボチャ。キノコの牛筋肉。臭い消しの野草と『メーメー』の血で作った『赤コンニャク』。見た目がナスのオレンジ色のはんぺん。青味の強い緑色水草昆布。木になる緑の白身と茶色の黄身卵。木の皮で鰹節、でかすぎシイタケ、束状エノキにヒマワリの種的胡麻。
使い魔:闇属性のリクガメ『アントン』、ヒドラ『ヒルダ』、砂金シジミ五匹。
閑話休題(ドバルさんからの依頼)
「これから、どこへ行くんだ?」
腕組みをしたドバルさんが聞いてくる。
神像を抱きかかえていないことに心底ほっとした。
再び、村の飯屋でメシを食っているところだ。
夕食である。
このまま旅立つには時間的に遅すぎるからな。
今夜は村に泊まって、明日の朝早くに出立の予定だ。
「これと言って決めてはいない。目的のある旅じゃないんだ」
旅先で新たな食材と出会うことを期待はしているが、基本的には自由気ままだ。
「そうか、それなら西へ向かってくれないか?」
「西?」
東へ、またぞろ戻らされるのではないようなので、安心しつつも尋ねる。
西に何があるというのか?
「魔法魔術学校だ。この辺りでは割と大きい」
ほう。
学校があるというのは知っていたが、オレは名前だけの術師。
師匠がいるでもないので、魔法のことは詳しくない。
母も武闘派だったらしいからな。
「そこに届け物を頼みたいのだ」
「かまわないが。まさか、そこの生徒にじゃあるまいな?」
いたいけな幼子への手出しなら許さんぞ。
「よくわかったな」
驚いたような顔をしてのけられた。
おいっ!
ちょっとだけ、殺意が滲んでしまったぞ。
「な、なんだ、なんなんだ。その目はっ!」
おっと。
殺意が殺気になってしまったようだ。
「いや、べつに」
見知らぬ学童を毒牙にかける気なら、こいつはこの場で消しておくべきかもしれないって思っただけだ。
「ちょうど縫い終わったローブがあるから、妹に届けて欲しい」
「ぶっ?!」
食べていたものを噴いてしまった。
「うわっ、きたねーなっ!」
確かに、汁物ではなかったとはいえ咀嚼中だった肉が散らばってしまっている。
しかし、しかしだ。
「あ、あんた、妹がいるのか?!」
「いてはいかんのか?」
悪くはない、悪くはないが。
「縫い終わったローブ?!」
それってつまり、このおっさんが手縫いしたってことか?
「悪いのか?」
悪くはないさ、悪くは。
しかし!
に、似合わなすぎる。
口にはしないけれども。
「顔に出過ぎだ!」
怒鳴られた。
口にはせずとも、顔に出てしまっていたらしい。
「まぁいい、とにかく頼む」
「あ、ああ。わかった」
次の目的地が決まった。
食材が増えたのだ、良しとしよう。
オレは自分にそう言い聞かせながら、宿の部屋でせっせと手を動かすのだった。
盗賊団のお宝から抜き取った、宝石類の選別をするために。




