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異世界の歩き方  作者: 葉月奈津・男
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旅立ち



        旅立ち


 『調理』というものをご存じだろうか?

 野菜や肉、魚介類に木の実、果物。

 食材を切り分け、火を入れ、または冷やす。

 いくつもの工程を経て『食べる』。

 そのための技術のことである。

 オレ、西村洋二改め、シェルフ・ボードフロントが手に入れたのが、この『調理』というスキルである。

 え?

 なんで日本名からいきなりカナの名前になったのかって?

 おいおい。

 そんなこと説明させるか?

 言うまでもなく、地球から異世界転生しちまったからに決まっているだろ?

 今どきは死んでみたら異世界でした、なんて誰も驚きゃしない。


 ・・・うそです。

 

 生まれた瞬間は理解不能で泣きわめきました。

 泣き疲れて寝て起きた時には『夢オチ』だよね? と笑ってから目を開けては現実を突きつけられて、やっぱり泣き喚いたものさ。

 それでも、そんな生活——寝て、起きては母親らしい金髪美女の乳房に吸い付いて母乳を飲む、そして寝る——が三年も続けば悟りも開く。オレは死んで、転生したのだと。

 幸いなことに、最悪なことに?

 オレは自分が死んだときのことを鮮明に覚えているので、死んだという事実についてはすぐに呑み込めた。

 どうしても耐えられなかったのは、前世では触ったことすらない女性の乳房に口をつけるのが食事で、排泄がオムツだったこと。しかも、取り換えてくれるのがこれまた金髪美女であったこと、だ。

 これは、どうしても慣れることができなかったね。

 おかげで大抵のことには動じない精神力が身についたけれど。

 ん?

 オレの死にざま?

 そんなこと興味あるか?

 まぁいい。

 へるもんでもなし。

 教えて進ぜよう。

 むしろ減って欲しいしな。

 そう。

 あれは西村洋二16歳の夏のこと。

 女の子とお近づきになれればと、リア充の友人を拝み倒して連れて行ってもらった山でのことだった。

 安いキャンプ場でBBQを楽しむはずだったのだ。

 友人の父親が運転する小型バスでキャンプ場へ到着。

 さて、テントをって時のこと、「ねえねえ、近くにきれいな湖があるんだって!」、「ウソ、行きたーい!」ってな感じでリア充と女性陣は荷物を降ろした途端、少し離れた湖畔へのドライブへ出かけてった。

 テント設営をオレに押し付けてね。

 まぁ。女の子たちにいいとこ見せようと、オレ自身が買って出たせいなんだけど。

 帰ってくるまでにテント三張り張っておけば少しは尊敬されるかもなどと考えた愚か者がいたんだね。

 さて、テント張りなどと言っても軍用でもない安物である。

 手間のかかるものでもない。

 張り終えたところでなんか食おうと荷物を漁ったのだ。

 一応は肉体労働だ、飲み物ぐらいなら飲んでも文句は言われないだろうと思ってね。

 ところが、入っていたのは調理器具だけ。

 考えてみれば当然だ。

 オレ以外はバスで湖へ。

 途中でのどが渇いたり、何かつまみたくなったりもするだろう。

 クーラーボックスはバスに乗ったままだったのだ。

 マヌケなことに、自分の荷物もバスに置きっぱなしだった。

 スマホも。

 仕方がない、オレはテントで待ったのさ。

 ほんの五時間ほどね。

 そして気が付いた。

 オレは忘れられていると。

 あいつらは湖でなのか、その帰りになのか飯を食ったのだと。

 もしかしたら唯一のドライバーである友人の父が酒でも飲んだのかもしれない。

 理由は何でもいい。

 重要なことは、いまさら戻っては来ないだろうということだ。

 暗くなりはじめる時間だった。

 キャンプ飯を作るには遅い。

 お湯を沸かしてカップラーメンとでもいうのでなければね。

 空腹が限界だったオレは、やむを得ず食えるものを探したのさ。

 幸いにもコンロと調味料はあった。

 水汲み場もある。

 何か山菜でもあれば、食いものにはありつけるのだ。

 あとは説明しなくてもわかるだろ?

 飯を作るのに遅い時間は、山菜を探すのに遅すぎる時間だった。

 山にはときおりみられる謎の縦穴へと落ちたのだ。

 足かはまって動けなくなった。

 せめて、他のキャンパーがいればよかったのだが、まだシーズンには早すぎる時期。

 忘れられかけた田舎のキャンプ場。

 他の利用者などいなかった。

 捜索?

 ああ、来ていたよ。

 穴に嵌った七日後にね。

 どうやら、友人たちはオレが先に帰ったとか思ったらしい。

 キャンプは五日間の予定だったのだ。

 少し離れたところの温泉とコテージも利用しながらね。

 満喫し終わって帰ったところでようやく、オレがいなくなっていることに気が付いたのだと思う。

 むろん、オレの家族はキャンプしているとばかり思っていたから不在なのは当然で気にもしていなかった。

 いちいち連絡とり合うような必要もなかっただろうしな。

 結果、オレは捜索隊の声を聞きながら力尽きた。

 飢えと寒さで体力がもうなくなっていたのだ。

 飢えだけならまだ何とか助かっただろうが、山の夜はつら過ぎた。

 風邪をひいて熱もあったかもしれない。

 ともかく、力尽きて死んだのだ。


 さて。

 話を戻そうか。

 異世界と言って『スキル』って言葉が出たんだから、もうわかっているよな?

 剣と魔法のファンタジー世界。

 人々は魔法とスキルと鍛え上げた腕っぷしで暮らすのさ。

 オレも男だ。

 剣一本で勝ちまくる英雄とか、巨大な魔法を操る魔導士、知恵と魔力で人々を救う賢者を目指したよ。

 ああ、そうだよ。

 目指したのさ。

 儚い野望だったけどな。

 つぎには地球の知識も生きる錬金術師なんかもいいなと思ったが、これも躓いた。

 なぜって?

 『スキル』ガチャが外れまくったからさ!

 この世界ではスキルを10個までしか持つことができない。

 その10個までであれば子供の小遣いでも『スキルの種』で『スキル』を手に入れられるのだが、手に入るスキルはランダム。

 完全に運頼みなのだ。

 スキルが発現したあとは、一個につき結構な額——一般家庭の一月分の食費に相当する——を出して既存スキルを破壊、新たに『スキルの種』を使うしかない。

 しかも、これまたギャンブルだ。

 なにが出るかわからないのだから。

 10個全部が外れであった場合。そこから、専門職を目指せるスキルを集めるというのは、まず無理ってことになる。

 金が棄てるほどある貴族でもなければな。

 結局、オレのメインスキルは『調理』で確定したってわけ。

 外れスキルの中で、まともに『ジョブ』に使えるスキルがそれだけだったからな。

 いや、『調理』っていいスキルだぜ? って思った君は甘い。

 言いたいことはわかるよ?

 オレだっていくつかスカスキルが続いたあとで『調理』って出たときには。

 心の中で「よしっ」って思ったからね。

 だけど違うんだな。

 『料理』だったならワンチャンそうだったのかもしれないが、『調理』スキルは「食事」を作るための技術。それ以外のものではなかった。汎用性が著しく低いのだ。

 簡単な話。

 じゃがいもしかない状況でチキンライスは作れない。

 フライドポテトかポテトチップス、または具なしのコロッケぐらいだろう。

 ハッシュドポテトって手もあるか?

 まぁ、そういうことだ。

 ちなみに、オレが付くことにした『ジョブ』はと言えば『冒険者』だ。

 うん。異世界転生者として、ここは譲れなかった。

 それと家庭の事情ってやつだ。

 畑を持っていたりすれば、また違ったことを考えたかもしれない。

 なかったわけだけど。

 地球での仕事と同様、こちらでの『ジョブ』も英雄とか賢者みたいな専門職以外は保有スキルにかかわらず各種ギルドの判断で入会が可能なのだ。冒険者ギルドもそうだった。

 スキルがアレなので、パーティからはハブられまくってソロ確定だけどね。

 それはそれで気楽なものだ。

 寂しくなんかないやい!

 ちょっぴり空しいときはあるだろうけどな。

 

 「お待たせしましたー」

 

 おっと。

 モノローグをやっている間に手続きが終わったようだ。

 「シェルフ・ボードフロント様。冒険者ギルドの入会手続き完了となります」

 知っての通り、冒険者というものは死と隣り合わせだ。

 毎日のように死人が出る。

 なので、慢性的な人手不足だ。

 入会したいと言えば、誰であろうと入会は認めてもらえる。

 申請書を出すだけでいい。

 12になったばかりだと親の承諾が必要なので、そっちの説得には手間取ったけどね。

 「えーと。シェルフ・ボードフロント。ヒューマンの男性。12歳。メインスキルは・・・『調理』で、間違いありませんね?」

 会員証の情報を読み上げて確認を求めてくる。

 「はい。間違いありません」

 「ぶはっ!」

 「ぎゃはははは! ガキが笑わせやがる」

 ギルド内で笑い声が弾けた。

 「キッチンは迷宮じゃないし、お野菜はモンスターじゃないよー?」

 どこかのパーティが爆笑している。

 うんうん。わかるよ。

 冒険者を志すなら、メインスキルは最低でも『体術』などの直接攻撃や『弓』などの遠距離支援、『癒し』他の回復系であるべきだ。

 それなのに『調理』ではな。

 笑いも取れる。

 「あー、気にしなくていいですよ?」

 オレは全く気にしていないが、案内係の女性が困り顔で凍り付いてしまっていたので一声かけた。

 せっかく入会してくれたのに、笑い者にさせるのはまずいと思ったのだろう。

 なにしろ・・・。

 「あ、お、おいっ!」

 「まだ食ってるだろうがっ!」

 ギルド内で営業している宿酒場、そこの客たちが怒声を上げている。

 衝立で仕切られた向こうにテーブルと椅子の並んだ一角があり食事を提供しているのだ。

 そこから怒声が聞こえてくる。

 どうやら、オレを笑ったやつらが喰いかけの料理を没収されているらしい。

 なにを隠そう、この宿酒場の女将こそがオレの母だ。

 「っ!」

 オレの目の前でギルド職員が息を吞む。

 額に冷や汗がにじんでいた。

 

 「あらあらダメですよ?」


 穏やかでしかも小さい。それなのになぜか耳を圧する声がして、数人の冒険者がオレの後ろを飛んでいった。

 きっと、怒りに任せて女将の胸倉でもつかんだのだろう。

 命知らずなやつだ。

 うちの母、結婚を機に引退した元冒険者である。

 丁寧な言動、穏やかな物腰。

 若いころには『微笑の天使』なんて二つ名で呼ばれていたそうな。

 だけど、その本性を知る人はこう呼んだという。『告死天使』。

 逆鱗に触れれば最後。チリも残さず命を刈り取られる恐怖の象徴、と。

 ギルド職員が固まっているのはそのせいだ。

 オレが笑われているのをまずいと思ったのもね。

 ただ・・・。

 「お騒がせしてごめんなさいね?」

 一瞬だけ顔を出した母が、おほほほほっと笑って引っ込んでいく。

 うん。

 本当の実力者は無駄な破壊をしないものだ。

 当事者以外に累を及ぼしたりはしない。

 だから、「気にしなくていいですよ?」なのである。

 ああ。オレがどこのパーティにも入れてもらえなかった理由でもあるな。

 万が一、どこかで不覚を取ってオレを死なせたりしたら何が起きるかわからない。

 顔見知りの冒険者たちはこぞって用事をつくって町から出て行ってしまっている。

 「え、えーっと。クエストの受注方法とか、聞く?」

 おい。

 いきなり端折ったな。

 聞く? じゃなくて一応は一通り話すものだろ!?

 知ってるから要らないけどさ!

 クエストの受注方法はゲームやライトノベルでもおなじみのものなのだ。

 『掲示板からの選択』、『窓口での紹介』、『依頼主からの直接依頼』、『ギルドからの要請』、『緊急時対応(災害時の救助、事件発生現場に居合わせた等)』の五つである。

 各クエストには適応レベルが定められていて、そのレベルと上下1レベルの冒険者でないと受けられないという縛りがある。

 冒険者レベルというのはギルドの評価基準だ。

 何度か依頼を受けてこなし、ギルドがこれならもっと上でも活躍できるだろうと判断すると上げてもらえる。

 ポイント制とかではない。

 それだと草むしりしかしたことのない者でも、気が付くとレベル5の魔獣退治を受けられるようになっていたりするからだ。

 あくまでも総合評価である。

 それと、12歳でなれるのは冒険者ギルドの準会員という身分になる。

 会員として登録されるが、正規のものではなく前述の受注方法で言うところの『掲示板からの選択』、『依頼主からの直接依頼』、『ギルドからの要請』については原則として受注できない。

 例外は『掲示板からの選択』なら最低ランクのクエスト——いわゆる『採取クエスト』や『お手伝いクエスト』ならば可。『依頼主からの直接依頼』は身内からの依頼または事前に結果に対するクレームはしないとの誓約書が提出されれば可。『ギルドからの要請』については、ギルドの判断によっては可だ。

 実力が未知数で、経験もない者に無理をさせて失敗されると、ギルドの信用が落ちるからである。

 確実にできるだろうというものから窓口で紹介し、実績を積んでいくことでより高度な依頼がもらえるというシステムだ。

 「あー、いえ。いいです。それよりも、オレでもできそうなクエストはありませんか?」

 だよねってな感じに頷かれた。

 「あるわよ。『ネズットの捕獲』クエスト。1匹につき銅貨3枚」

 ネズットというのはネズミと兎の中間くらいの小動物だ。

 肉は食用になるし、革は防具やカバンに使われる。

 農作物を食い荒らす害獣でもある。

 繫殖力が高いため、常に退治し続けておかなくてはならない。

 そのため、常時発注がかかっていて尻尾を一本持ち込むと、銅貨3枚と交換してもらえる。

 肉と皮は冒険者で好きにしていいことになっているが、尻尾だけ切って放置するのは禁止。

 他のモンスターの餌になるからだ。

 バレると金貨一枚の罰則である。

 割に合わないので高レベルの冒険者は絶対に手を出さないが、低レベルの冒険者にはありがたい稼ぎ口だ。

 戦闘力として言えば、子供が指を噛まれて骨折という事件が毎年数十件起きるぐらいのものだ。

 危険はないが時間がかかる。

 なにより報酬が安い。

 はっきり言って儲けなんてない。

 同種のクエストは狩猟ギルドとかでもやっている。

 むしろ、そっちが主体で、生粋の冒険者が受けることが皆無のクエストだ。

 ちなみに、その狩猟ギルドの猟師を手伝ったことがある。

 このクエストなら経験があるのだ。

 自信があった。

 「受けます」

 とりあえず、そこから始めよう。


 ネズラットがいそうなポイントを目指して森を歩く。

 町の周辺にある森だから、凶悪なモンスターはそうそう出ない。

 そこはゲームとは違う。

 モンスターといっても、元世界の動物よりも繁殖力が圧倒的なだけなのだ。

 おそらく、世界全体に魔力が漂っているせいだろう。

 「とはいえ、繫殖力が圧倒的である以上は、こういうこともあるわけだよね」

 体長15センチほどのモンスターが五匹、固まって走ってきた。

 数が多いので、数十メートル歩けば一度はモンスターに出くわす。それぐらいの頻度で接敵することになる。

 森の中はモンスターだらけなのだ。

 現れたのは、『クロスリ』。

 本体の半分にも達するような上向きの牙を持つネズミに似たモンスターである。

 小さいがすばしっこく、牙の切れ味はなまくらなナイフの比ではない。

 集団で来られるとなかなかに厄介な敵だ。

 「よいしょっと」

 マヌケな掛け声を口にしながら、取り出したのは刃渡りが1メートルほどもある三徳包丁だ。

 この世界にも存在する肉、魚、野菜、三種類に使える包丁をモンスター用の武器レベルにまで巨大化させた、オレ専用の完全オーダーメイドの武器だ。

 これ一本買うのに、オレは5歳から貯め込んでいた小遣いのほぼ全部をつぎ込んだ。

 「『調理』スキル。『引き切り』!」

 包丁での切り方は、野菜が押し切り、肉と魚は引き切りが作法。

 水平に構えた『大丸三徳包丁』を横に一閃した。

 「ピギャッ!」

 厄介ではあるが、五匹程度であればどうということもない。

 サクッと切ってしまう。

 大して強い敵ではない。

 なので、ちゃんと切り口の角度とかには気を使った。

 倒せば終わりのゲームではない。

 リアルにして実用なのだ。

 「肉を確保っと」

 小さいから枝肉は大して取れないが、一応食肉ではある。

 解体してしまおう。

 宿酒場の手伝いをしていたから血にも慣れている。

 殺すことにも。

 だから、いまさら命を奪ったことに感慨はない。

 さっさと作業に入った。

 『調理』スキルで『血抜き』をするのだ。

 鮮度を保ち血合いで生臭くなるのを避けることもできる。

 あとは生皮を剥ぎ、骨と内臓を処理して完了だ。

 ネズラットもそうだが、モンスターにエサを与えることは禁止なので放置はできない。

 持ち帰りが基本である。

 「お。葉隠シメジだ」

 ふとみると、すぐ近くに緑色のキノコもあったので収穫した。

 

 オレのスキル、その二。

 『収穫』。言わずと知れた野生植物を採取するスキルである。

 よくある『採取』スキルの完全上位互換スキルだ。

 

 なので、効果は動植物や鉱物に限らない。

 なんと、知識なんかも含むのである。

 一度読んだ本をデータベース化して、脳内に保存もされるのだ。

 前世の読書狂が変な風に作用した気がしている。

 もちろん、動植物や鉱物にはより強く反映されるようだった。

 対象となるものを発見しやすく、いい状態で保存もできる。

 なので、収納の能力も付随していた。

 ただし、ゲームとかみたいな高い自由度はない。

 戦いながら予備の剣を取り出すような、器用なことはできないのだ。

 イメージ的には亜空間にある入れ物に、魔力で呼び出した扉を通って出入りする感じだ。

 広さは使い手の魔力総量に比例する。

 使い始めた頃には、それこそクーラーボックスくらいの大きさだった。

 それが、オレの成長に伴って一人暮らし用の冷蔵庫になり、大容量冷蔵庫、米の保管庫と大きくなった。

 いまでは、百人のれる物置となっていて、結構な収納スペースが確保できる。

 6歳の時からコツコツと育ててきた結果だ。

 亜空間はこちらの空間と連続しているので、当たり前に空気があり時間も流れる。

 そういう意味では通常空間に置くのとかわりないが、物置を持って歩けるわけだから充分に便利だ。

 ただ、残念なことに移動しながらの使用には不便である。

 なので、いいのか悪いのか、森に入れば何も考えないでいると頭陀袋一つぐらいの荷物が増えてしまう。

 地味にかさばるのだが、宿酒場で使う調理材料に使えるので母には随分と重宝がられていた。

 余った分は市場で売れるので、小遣い稼ぎにももってこいだ。

 モンスター同様に、この世界では植物も成長が早い。

 採取しても数日経てば元に戻るから、取り過ぎに気を付ける必要もなかった。

 ただ・・・。

 一つだけどうにもならない問題がある。

 それが、『味』だ。

 はっきり言って、この世界の食い物は何もかもが不味いのである。

 ネズラットをはじめとしてモンスターの肉などは筋肉が発達しているのはいいが、その分硬く筋張っている。

 野菜はやたら苦いし。

 果物は酸っぱいだけ。

 キノコ類はパサパサだ。

 今収穫した『葉隠シメジ』も名前にシメジが付いているだけで、食べてみると繊維状のおがくずとしか思えない味なのだ。

 チーズは黴臭く、ヨーグルトは乳臭い。

 それが当たり前の人には充分おいしいのだろうが、元世界の料理を知っている身では耐え難いものがある。

 柔らかくて肉汁たっぷりの肉が喰いたい。

 たんぱく質の塊ではなく、程よく脂ののった肉を。

 歯切れよく、甘さのある野菜。

 糖度の高いフルーツ。

 香りと味のあるキノコ。

 とろけるチーズ、風味豊かなヨーグルト。

 そうそう、忘れてはならない生の魚。

 「贅沢だとわかってはいるんだけどな」

 ついつい悲しくなる。

 「はぁ」

 ため息を吐いて立ち上がると、再び歩き出した。

 ネズラット退治をしないといけない。

 たぶん、他のモンスターも込みで退治することになるだろう。

 

 もちろん、クエストは無事に片付いた。

 猟師にとっては通常の仕事だし、冒険者が本来すべきクエストでもないのだ。

 手間取るようでは話にもならない。

 昼過ぎにはギルドへと報告に来られた。

 「確認しました。ネズラットを52匹退治。報酬と成功実績はギルド証にデータ化して入れてあります。お金はギルドで手続きをすれば現金化可能ですが、手数料をいただきますのでお気を付けください」

 朝と同じギルド職員がクエスト完了手続きを担当してくれた。

 カード状のギルド証を両手で差し出してくれる。

 「わかってる。ありがとう」

 冒険者ギルドの報酬はギルド証への振り込みで行われる。

 ギルド内や提携している商店ではキャッシュレスで支払い可能で便利な反面、ギルド以外での買い物時には現金化しなくてはならずそれなりの手数料を取られてしまうデメリットもあるのだ。

 だが、オレの場合はクエストついでで『収穫』した物を市場に流して、現金収入を得る手立てがあるので困ることはない。

 「っ!」

 視線を感じて振り向くと、宿酒場との境にある衝立の向こうで金髪が隠れた。

 実を言うと、母とは昨夜の段階で別れを済ませている。

 自分も冒険者だった経験から、正式に冒険者として登録が済んだ時点で冒険者だと言われたのだ。

 つまり、朝の登録時点でオレは冒険者。

 いちいち家に帰ってくるなというわけだ。

 突き放したくせに、気になっているらしい。

 正しい判断だったな。

 昨夜のうちに別れを済ませておいたことは。

 冒険者として独り立ちする最初のクエスト報告を見てもらい、旅に出る。

 それでいい。

 「いってきます」

 ギルド全体に聞こえるような声で挨拶をして、オレはギルドを出た。

 それはそのまま、家からの旅立ちをも意味している。


 こうして、オレは生まれ育った町を旅立った。

 大いなる野望を胸に。

 オレが掲げる野望、それは。


 「フライドチキンを、オレは食う!」


 固く決意して、オレは歩き出した。


 


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