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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある日、空から『あの日助けていただいた者です』という男が降ってきました。

新作短編です!

頭を空にしてお読みください(*´ω`*)

 


「こんばんは。あの日助けていただいた者です。あなたを長いこと探しておりました」



 その言葉を聞いたとき、私は天からのお迎えが来たのかと思った。

 だって私にそう告げたのは、今し方空から降りてきたばかりの美しい男の人だったから……。


 ◇◇◇


「エルシアン・トライル伯爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」



 慣れ親しんだ我が家の庭園で、婚約者であるクーダル様にそう告げられた。


 それは、本当に久しぶりに我が家に尋ねてきて少し散歩をしようと誘われてついていった先での出来事だった。


「な、なぜです?」



 たっぷり数十秒考えた上で出てきた言葉は震えてしまってか細いものにしかならなかったがクーダル様の神経を刺激するには十分すぎるものだったようだ。


「なぜ、だと?……ふざけるな! 俺が今までどれだけ我慢してきたと思っているんだ!?」


 荒々しい声にとげとげしい空気。

 明らかに(さげす)みの目を送ってくる彼に思わずびくついてしまう。



「お前はいつもそうだっ! 名門魔法貴族の長女として生まれておきながら何の魔法も使えない上に態度もびくびくとうざったい! お前の妹だったらこうはならなかっただろう! 全く、はずれを引かされたこっちの身にもなってくれよ!」


 その言葉は私をひどく傷付けた。

 言葉の刃に耐える為にぎゅっと手を握りしめるけれど手の震えが止まらない。



 クーダル様の言う通り私は代々強い魔法を扱える人を輩出していた名門魔法貴族、トライル伯爵家の長女として生まれた。


 トライル家は伯爵位でありながら侯爵にも劣らないほどの影響力を持つとされている貴族で、世界的にも有名な魔法一族だ。


 でも私はそんな一族に生まれたくせに18歳を迎えた今日まで魔法を使えた試しがない。

 ……私以外の家族は魔法の腕が認められて活躍しているというのに。



「魔法の力を見込んでお前と婚約してやったというのに、お前ときたら弟妹が皆発現(はつげん)した今でもなんの魔法も使えないとは……」


「で、ですが私も家の手伝いなどできることを……」


「うるさい黙れ! この無能がっ!」


「!」


 血走った目で睨まれて首をすくめる。


「魔法の力を受け継ぐ子供を作って兄を見返してやるつもりで婚約したってのにあてがわれたのがとんだ無能だったんだ。お前はもう魔法が使えるようにはならないのだろう!? だったらさっさと破棄しないか! このグズ!」



 地団太(じだんだ)を踏む勢いでこちらをにらみつけるクーダル様は本当に私のことが(うら)めしくて仕方がない様子だ。


 魔法は魔力に選ばれた人の元に10歳ころから発現し始め、18歳までに発現していなければそれ以降に使えるようになることはほとんどない。

 だからクーダル様も今日(18歳の誕生日)という日に婚約破棄を求めて来たのだろう。


(ああ、やっぱり。彼が求めていたのは私じゃなくて「名門魔法貴族の(できのいい)血筋」の人間だったのね……)


 胸が急速に冷えていく。

 手足に力が入らなくてよろめいてしまった。



 私だって幼いころからずっと魔法の訓練を続けてきた。

 名門魔法貴族の名に恥じないようにと。


 10歳で婚約が決まってからは彼の期待にそえるような立派な人間になろうとしてきたのだ。


 恋愛での婚約ではなかったけれど相手は侯爵家の次男。

 家格も上だし、初めのうちはとてもやさしくしてくれたから。


 

 でも適正期に入っても魔法を使えない私に彼はどんどん冷たくなっていき、15歳になるころには毛嫌いされていた。


(要するに、初めから私を(こま)としてしか見ていなかったということよね)



 それでも魔法を使えるようになればまた優しくしてもらえるんじゃないかって思って努力をし続けた。

 家族はムリをするなと言ってくれたけれど、魔法を使えない自分なんて恥ずかしくて、家族にも申し訳なくて。




 ――頑張り続けたけれど、それでも芽は一向に出なかった。



 だから変わりに自分にできることを探し続けた。

 出張の多い両親や兄の代わりに弟妹の面倒をみたり、家の仕事を代わりにこなしたり。


 魔法は使えなくても自分にできることをやっていれば、役に立てると証明し続ければきっと認めてくれると思っていた。


 ……でも。


 涙がジワリと滲みだす。



 魔法が使えない私に価値はないの?

 無能と呼ばれなければいけないほどいけないことなの?


 そんな言葉ばかりが頭の中をかけ巡り、もはや彼の言葉は頭に入ってこない。

 それでも彼がずっと私を責め続けていることだけは分かった。



(もともと彼は魔法の力を期待して婚約した。だから魔法の使えない私といつまでも婚約状態を続けること自体許せないのでしょう)


 ならもう手放してあげるべきだ。

 それにこれ以上一緒にいても家族にまで迷惑をかけてしまうだろう。


 それだけは嫌だった。


 私はすっとカーテシーを打つ。


「承知いたしました……」


「はん! 初めからそうしておけ! 全くこんな奴をもってお前の家族もさぞかし大変だろうな」


「っ」


 その言葉が悔しくてたまらない。

 なによりも家族を引き合いに出されるのが辛くてたまらなかった。



 涙がこぼれてしまわないようにするだけで精いっぱいだ。



 ――その時だった。



「やあこんばんは」

「えっ……」


 空からふわりと男の声が降って来たのは。


 驚いて顔を上げると目に映るのは透き通ったシルバーの髪と柔らかい黄色の瞳を持った美しい男だった。

 彼は柔らかい笑みを浮かべてそこに()()()()いた。



 あまりにもその方が美しくてしばし時を忘れる。


 まるで夜空に浮かぶ星のような美しさを持った男性はニコニコと笑ったままゆっくりと降りてくると私の前で(うやうや)しく礼をした。


「あの日助けていただいた者です。あなたを長いこと探しておりました」

「えっ……も、もしかして天からのお迎えですか……?」


 この世のものとは思えないくらい美しいし、何より空から降りてきたのでそんな言葉がポロっと出てしまう。

 涙もいつの間にか引っ込んでいた。


「ははっ! 違いますよ僕は……」


「おいっ! なんだお前は!? どこから入って来た!?」


「……ああ、君もいたんだっけ」


 叫ぶクーダル様に男性は面倒くさそうに振り返った。


「邪魔をしないでもらえるかな?」


 そう言って軽く指を振るとクーダル様の体が硬直した。

 黄色の光が幾重(いくえ)にも折り重なってクーダル様の体に巻き付いているのだ。


「なんだこれはっ!?」


 動こうともがくクーダル様だったが指一本動かないようで困惑(こんわく)している。

 私も驚いてしまって、その光景から目を反らせないでいた。



「……拘束(こうそく)魔法?」


「正解だよ」


 ぽつりとつぶやいた声に反応するのは男性。

 彼はこちらへ振り返ると穏やかな笑みを向けてきた。


「そこの彼にはあのままでいてもらおう。邪魔(じゃま)されたらたまったものじゃないからね」


「うそ……」


 拘束魔法は優れた上級魔法師のみ扱える魔法で、トライル家でも使えるのはお父様とお兄さまだけだった。

 それも今クーダル様に掛けられている拘束魔法は私の知っているどの魔法よりも美しく強力なもの。



 つまりこの方はお父様たちよりも優れた魔法師ということになる。


 これだけの魔法を瞬時に展開できる人間なんて限られているはずだ。

 この国にはお父様以上の魔法師はいない。


 となると……。


 ……それこそ魔法大国と呼ばれる隣国、ギレーム王国の高位貴族とか王族とか。



「っ! し、失礼いたしました!」


 そこまで考えが至ると慌てて頭を下げる。

 まさかとは思うが、そのまさかとしか考えられない。


「ううん。気にしないでくれ」


「で、ですが……」


「いいんだ、君なら。それよりも顔を上げてくれないか」


 おずおずと顔を上げると彼は涼やかな目元を下げて嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。



 改めて見ても怖くなるくらい美しい。


 男性であるはずなのに女の私よりもきめの細かそうな白い肌にサラサラな髪。

 まつ毛も(うらや)ましいほど長く黄色に輝く目を縁取っている。


 彼はふっと笑うとそのまま私に近づいて手を取った。


「ようやく会えてうれしいよ。僕はアルクルス」


 そのまま手の甲に挨拶のキスを落とされる。

 その所作(しょさ)も流れるような洗練(せんれん)された動きで、いかに高度な教育を受けているかが分かる。


(アルクルス……?)


 なんとなく何かを思い出しそうになり首を(かし)げる。


 けれどその思考はぎゃんと喚く声に中断せざるを得なかった。


「おい! 解かないか! 俺を誰だと思っている! お前のような不審者(ふしんしゃ)は一生掛かっても目に掛かれない侯爵家の人間だぞ!?」


 クーダル様だ。

 彼はアルクルス様をただの不審者だと思っているのかとんでもない暴言(ぼうげん)を吐く。


 私はさあっと青ざめた。


(なんてことをっ!)


 魔法を学んでいる人ならば今自分に掛けられている魔法を見た瞬間にアルクルス様が高貴な人だと気が付くはずなのに、魔法師を婚約者に持っていながらそれすらも分からないようだ。



 アルクルス様はふう、と呆れたような息を吐いた。


「まさかとは思ったけど、君、エルシアン嬢ほどの魔法師と婚約しておきながら魔法のこと何にも分かっていないみたいだね。人には力を強要(きょうよう)しておきながら自分は学ぼうともしなかったのかな?」


「はあ? こいつなど魔法も使えないグズだろうがっ!」


「あ?」


 瞬間、氷の刃がクーダル様の喉元に突き付けられる。

 明らかな怒気(どき)がこの場を支配した。


「ヒッ!」


「聞こえなかったな。なんていったんだ?」


 今までより一段低くなったアルクルス様の声にクーダル様はたまらず悲鳴をもらす。

 がたがたと震えているけれど拘束魔法で立ったまま固定されているのでへたり込めないようだ。


「な、なんなんだよっお前は!」





「――この方は隣国、ギレーム魔法王国の王太子殿下だ」


 その声はふいに聞こえてきた。

 馴染(なじ)みのある大好きな声。


「お父様! お兄様も!」


 気が付けば家が騒がしくなっており、両親と兄弟たちが駆けつけているところだった。


 今し方出張から帰ってきたのだろう。

 私の前をさっと立ちふさぐお父様とお兄様は出先の格好のままだった。


(というか、やはりギレーム王国の王太子殿下だったのね……)


 そんな人が何故ここにいるのかは分からないが、お父様の言葉にクーダル様は顔を青くしている。


(当然よね。隣国の王太子様にあれだけのことを言ったのだから)


 可哀そうだけれど、こればかりは仕方がない。

 魔法の勉強をしていなくても、高位貴族として隣国の王族のことを知る機会はいくらでもあっただろうに。

 気が付かなかった彼の落ち度だ。


「連れていけ」


 いつの間にか周りを囲んでいた兵たちがクーダル様を引きずって行く。

 あっという間にその姿は見えなくなった。



「……殿下。この度は我が国の貴族がご無礼(ぶれい)を。あ奴めは我が国で沙汰(さた)を下しますのでどうか……」


「そちらで罰を与えるのならばよい。今日は公式な訪問でもないからな。この件で国際問題になることはないだろう。……それよりも」


 アルクルス様の目が私を捉えた。

 びくりと肩が跳ねる。


 アルクルス様は柔らかい笑みを浮かべて私の前へとやって来た。


「まずは自己紹介といこう。僕はアルクルス・ギレーム。魔法大国ギレーム王国の王太子さ」


「お初にお目にかかります。トライル伯爵家が長女、エルシアン・トライルと申します」



 さっとカーテシーを打ちながらも不思議でいっぱいだ。

 隣国の王太子殿下がなぜ我が家に現れたのか、それに私を探していたとは……?


「伯爵、しばらく彼女を借りたいのだけどいいかな?」

「え?」

「はい、もちろんです」

「お父様!?」


 アルクルス様はお父様の許可をとるや否や私の手を取り、庭の奥へと進んでいった。


 ◇


「あの……」


「ああすまないね。少し確認したいことがあって……」


 しばらく進むと殿下はこちらへと向き合った。


「確認したいこと?」


「うん。君のこと」


「私の?」


 アルクルス様は先ほどまで繋いでいた手をじっと見て、やがて頷いた。


「ああ、君が僕の探し人だっていう確証が欲しくてね」


 先ほど初めて会った時も探していたと言っていた。


 でも私には彼と会った記憶などない。

 隣国の王子とあっていたらいくら何でも記憶にあるはずだもの。


 だから人違いではないだろうか。



「……あの、申し訳ないのですが私は殿下とお会いしたのは今日が初めてのはずです。ですから殿下の探し人ではないかと……」


「そう思うよね? でも僕は今確信したよ。僕が探していたのは君で間違いない」


「え?」


「僕はね魔力が多すぎて体に収まりきらないせいで時々発作(ほっさ)が起こる体質なんだ。その発作は宮廷医での神殿の治癒師でも止めることができないものでね」


 アルクルス様は昔話をするかのように懐かしそうに目を細めて口を開く。


 発作は前ブレなく突発的に起こり、3日は痛みと苦しみが続いて起き上がれなくなるほどのものらしい。

 治せる薬も治療もないからひたすら苦しみ続けるしかないのだという。



「まだ幼いころ、魔法師を集めたパーティーで突然発作に襲われたことがあってね。庭園のスミで(うずくま)っていたんだ」


 休憩中で庭を眺めに言っていた時のことで、周りに人はいなかったらしい。

 助けを呼ぼうにも苦しくて痛くて声が出ないし、会場ではまだダンスが続いているからしばらく人はきそうになかった。


「あまりの痛みにもう死ぬんじゃないかと思っていた時、一人の少女と出会ったんだ。彼女は僕をみつけるとすぐに看病をしてくれた。苦しむ僕の手をぎゅうっと握ってくれて……。当然それで治るはずがないと思っていたんだけど、びっくりするほど早く収まっていったんだ」


 アルクルス様は服で隠していたネックレスをとるとゆっくりと私の前に差し出した。

 薄いブルーグリーンの小さな石がついた鳥の形をしたネックレスだった。


「その子は発作が収まった僕にこのネックレスをくれたんだ。お守りとしてね」


「……これ」


 見覚えがあった。

 小さいころ、お父様に連れられて行ったパーティーで誰かにあげたネックレスにそっくりだった。


 幼いころのことだったからなぜそれをあげたのかまでは覚えていなかったけれど、自分の髪の色と同じ石が気に入っていてよくつけていた。


「見覚えあるだろう? これをくれた子も君と同じブルーグリーンの髪を持った女の子だったよ」


 殿下は愛おしそうにネックレスに口付けた。


「僕はそのまま救護室に連れていかれて寝てしまったからその子の名前も聞けずじまいで誰だったのか分からなかった」


 それから殿下はその子を探し始めたという。


 手掛(てが)かりはそのネックレスと魔法師の子供だということ。

 そしてネックレスと同じ色の髪を持っていたということだけ。


「発作を抑えてくれたことから治癒系の魔法家門だと思っていたから探し出すのが遅れてしまったけど、ようやく見つけた」


 そう言って微笑むアルクルス様は本当に嬉しそうな顔をしていた。


「あの時は本当にありがとう。君がいたから僕は今も生きている」


 その顔を見たらものすごく申し訳なくなった。


 ……確かにこれは私の持っていたものなのだろう。


(でも、私がアルクルス様の発作を止めたなんて信じられない)



 ――だって私には魔法なんて使えないのだから。



「……恐れ多いことです。確かにこれは私が幼いころに持っていたネックレスですが、発作が収まったとするのならそれは偶然でしょう。私は魔法一族に生まれていながらなんの魔法も使えない……出来損(できそこ)ないですので」


 自分で言っていて涙が出そうだった。

 ぎゅっと服を握りしめる。


 そんな私をアルクルス様はまっすぐに見つめてくる。


「……君は出来損ないなんかじゃない。無能でもない。君が魔法を使えないのは君が『無効化(むこうか)』の魔法の使い手だからだよ」


「……無効化?」


「そう。僕の国では何百年かに一度魔力が暴走するほどの力を持った子が生れてくるんだけど、それを止められる唯一の人間が『無効化』の魔法師とされているんだ」


 聞けば魔法自体を打ち消すことができる魔法らしく、どんなに強い魔法だろうが消すことができる一方で無効化以外の魔法は一切使えないらしい。


 そんな魔法聞いたことすらなかった。

 だって魔法自体を打ち消すだなんて魔法師にとっては厄介極まりないではないか。


「もちろん魔法の練度(れんど)によって打ち消せるものには限界があるみたいだけど」


「でも私が無効化だなんて……」


 そうアルクルス様は締めくくるけれども、それでも自分がそれだとは到底(とうてい)信じられないし実感もない。

 ただ単に魔法が使えない人だって言われたほうが納得できる。


「いいや君はれっきとした無効化の魔法師だよ。さっき手を繋いだ時暴れ出しそうだった魔力が収まったからね」


「え?」


「黙っててごめん。成長して暴走させないようにできるようになったとはいえ気持ちが高まると魔力がはみ出ちゃうことがあってね。でも君と手を繋いだらすぐに収まったから間違いないよ。安心して。君は無能なんかじゃない」


 無能じゃない……。


 そう言われて視界が滲んだ。


 だって今まで散々言われてきたのだ。

 「魔法一族の癖に魔法が使えないなんてとんだ無能だ」と。


 言葉に出されなくても態度(たいど)から分かる。

 それにクーダル様には面と向かってそう言われてしまったわけだし。


 家族は気にしなくていいと言ってくれたけど、魔法が使えないという事実がいつも私の心に傷を作っていたのだ。


「……う」


 気が付けばボロボロと涙が零れ落ちていた。


 だって、無能じゃないと肯定してくれたことが嬉しかった。

 ずっと欲しかった言葉だったのだから。


 アルクルス様はそんな私の背を優しく撫でてくれていた。


 ◇


 それから私が落ち着くまでいろんな話をした。


 殿下が私を見つけるきっかけになったのはお父様たちが仕事で偶然ギレーム王国にまで足を運んでいたからだということ。


 王宮で挨拶(あいさつ)をしたときに昔のパーティーの話となり、そこから私の話になったこと。


 そしてネックレスと同じ髪色であること、魔力はあるはずなのに何故か魔法が扱えないことを聞いて確信したということ。



「話を聞いた瞬間に、あの子なんじゃないかって直感(ちょっかん)が動いてね。無理を言って一緒に連れてきてもらったんだ」


「そうなんですね……」


「それで急いで来てみればとんでもない状況だったから思わず馬車から抜け出して飛んで行っちゃったってわけなんだけど……」


 殿下は言葉を詰まらせて私をみた。


 お礼を言いに駆けつけてみれば婚約破棄を突き付けられている状況だったのだから、むしろ申し訳ない気持ちになる。


「あの、本当に申し訳ございませんでした。婚約者の無礼、改めて謝罪いたします」


「君が謝る必要はないよ。僕が勝手に乱入しただけなのだし。それにあいつはもう君とは無関係さ」


 殿下は柔らかく微笑んで許してくれる。

 なんて優しい方なのだろうか。


「それに僕にとっては好都合だ」


「え?」


 殿下は何事かをぽつりとつぶやいたと思ったらおもむろに真剣な眼差しへと変わった。



「……これは提案なんだけど、良かったら僕と共にきてくれないかな?」


「え?」


「本当は今日はお礼だけ言いに来たつもりだったんだけど、君があの男に婚約破棄を言い渡されていたのを見ていても立ってもいられなくて……」



 殿下の顔は少しだけ赤らんでいた。

 何かを決意したようにそっと手を取られた。



「ずっと考えていたんだ。あの日助けられたからって十年以上も忘れられずに探しているのはなぜなのか。……今日君に会って、それが分かった。僕はどうやら君に恋焦がれ続けていたんだって」


「っ!」


「僕は20歳で早く婚約しろと言われていたけれど、誰もその座に座らせたくなかった。今ならわかる。その席には心に決めた相手を置きたかったんだって。……君に隣にいてほしかったから、だから僕は……」


 殿下の眼差し射すくめられて体が固まる。

 じわじわと顔に熱が集まりだした。



「急なことで気持ちが付いてこないと思うけど、僕は本気だ。すぐに返事がほしいとは言わないよ。でもこれだけは覚えておいて? 君の力も、君自身のことも、必要としている男がここにいるということを」


 真剣な表情で告げられる言葉からはからかっている訳でも、まして嘲笑(あざわら)っている訳でもなく本気だと言うことが伝わってくる。


 再会してからまだ1時間も経っていないから、殿下のことは何も分からない。

 でも不思議なことに嫌ではなかった。


 むしろ嬉しいとすら思ってしまっている。


 ……けれど。



「……でも私は今日婚約破棄されたばかりの傷物なんですよ?」


 一国の王太子に嫁ぐには少々体裁(ていさい)が悪いだろう。

 通常王家の婚約者候補にあがる人間には清廉潔白性が求められる。


 すでに婚約していた上にそれを破棄されてしまった人間が王宮に入ることをよく思わない人はたくさんいるだろう。


 そう思っての言葉だったが殿下は困ったように笑うだけだった。


「あのね、僕はあの日一瞬会っただけの君が忘れられなくて10年も探していたくらいだよ? そんなことで諦める訳がないだろう? 大丈夫。その対策ならちゃんと考えてあるから」


 ばちりとウインクされてしまえばもう何も言うことはない。


 何より家族以外で私のことを必要だと言ってくれた、私自身を見てくれた。

 それが私にとっては何よりも嬉しい。


 そんな殿下と一緒になれるのならば……。


「……不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いいたします!」


 恥ずかしかったけれど肯定するように微笑めば、殿下も一段と嬉しそうな笑みを(こぼ)した。


「ありがとう! きっと幸せにしてみせる!」


 そう言って抱きしめてくれた殿下の温もりに身を任せ目を閉じる。

 殿下の心臓の音を聞きながら、私は穏やかに微笑んだのだった。


 ◇


 あれから屋敷に戻って家族に報告をすると皆驚いていたけれども祝福してくれた。


 家族は皆随分前からクーダル様のことをよく思っていなかったらしく、婚約を白紙に戻すためにいろいろ準備していたみたいだ。


 何ならまだ婚約者の決まっていない末の妹にすらちょっかいを掛けようとしていたらしく、皆容赦(ようしゃ)なく叩き潰すと言っていた。


 それには私も悲しみよりも怒りがわいてきて彼の罪を全て洗いざらい証言しておいたのはご愛嬌(あいきょう)だ。




 私はそれから殿下と何度もデートをして仲を深め、半年後にはギレーム王国へと嫁いでいった。

 そして今まで(つちか)ってきた仕事の腕を発揮(はっき)して幸せに暮らしている。




 後から聞いた話だが、クーダル様はその後厳しいと言われていた鉱山での就労を命じられたそうだ。

 家にも勘当(かんどう)されて無一文(むいちもん)で放り出されたという。


 ……裏でお父様達が手を回したのは間違いない。


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