第六話
それからときどき、表通りにある店で俺と雪柳は会うことになった。どの店も広いテーブルがあり、ゆったりと時間を過ごす人のために落ち着いた穏やかな空間が作られていた。
店の指定は雪柳がしていた。会う日の間隔はまちまちで、会えそうな頃合いになると奴から光蛍を使った手紙が届く。なんでもシャレたやつだなと、淡く青色に光る手紙を見るたびに俺は思っていた。
「それで、この辺と辺を結んだらここに角度ができるから、ここにさっきの数式を使う」
「ああ、だからこうなるのか」
雪柳は面倒見のいいやつで、俺が数学を教えてくれと言っても文学を教えてくれといっても嫌な顔せずに教えてくれた。どうして実生活の役に立たないことをするんだと何度か聞かれたが、単に考えることが好きなのだと答えると分かったようなわからないような顔をしていた。俺にものを教えてはくれるが、奴自身が覚えていることは嫌々ながら覚えたことで、勉強は嫌いだと笑っていた。
「あの店は武器の取引に使われている。客もそれ目当てにくるやつが多い。うまく使えば利益を上げられる」
「うーん、物量的な取引とはうまくやれそうにないな。俺は魔法が得意だから、その客層も教えてくれ」
奴と何度か会ううちに、ふと俺は彼のことを聞いてみようと思った。俺の知識ではわからないことも、雪柳ならわかるかもしれない。
「聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
俺は言葉を探しながら口を開いた。
「お前が言う、俺の師についてなんだが…目がこっちを見ているのに、こっちを見てないように見えるのはなんでだ?」
「?」
さすがにそれだけの説明では伝わらず、俺は身振りや経験を交えて雪柳に説明した。雪柳は考えながらも教えてくれた。
「その男は、斜視なんじゃないかな。目の筋肉とか、神経とか、そういうもので目が向きたい方を向けない状態ってのがあるんだ」
その答えに納得した俺は、一番気になることについても聞いてみた。
「彼の見ている、かみさまってのはなんだと思う?」
これも経験を交えながら説明すると、雪柳の表情がだんだん険しくなるのがわかった。だがその理由が俺には分からない。俺が話し終えると、どこか言いづらそうに雪柳は口を開いた。
「俺が思っていたよりずっと、きみの師は危険だな。どうしてボスはそんな男をずっと雇っているんだか…。きみの師は、精神に問題があると思う。俺は専門家じゃないし、直接会ったわけでもないから断言はできないが…」
地面が揺れた気がした。雪柳が喋っていることはあまり理解できなかったが、自分が信じてきたものが否定されていることだけは分かったからだ。だが同時に、どこか納得もしていた。
要は、心の病気だということなら。
それなら突発的に縁もゆかりもない白イタチを拾って何年も育てたり、言うことがくるくる変わることにも説明がつくからだ。
「彼の言う、神様も。彼の中の理論をまとめているだけのもう一つの人格というのが近い気がする。『かみさまが教えてくれた』と言うんだろ? 自分が見たり聞いたりして得た知識を、そういう形でわかりやすく理解しなおしているだけなんじゃないか。そしてそれが、神様という形である以上、信仰として殺人を犯し舞踏を供物として捧げている…?」
ぶつぶつとつぶやく雪柳の言葉はあまり耳に入ってこなかった。入ったとしても、俺が理解できていたかは微妙なところだったが。
「…今日も、ありがとうな」
まだ地面がぐらついているような感覚で雪柳に礼を言い、俺は店を後にした。大丈夫か、と言いたそうな雪柳の視線が背中に張りついていた。