第四話
「今日もよかったよ底雪丸」
俺が仕事を終えると、彼は必ず褒めてくれた。俺が難しい問題を解けたときと同じ調子で。優しく、全てを肯定するような声で。目は相変わらずどこを見ているのか分からなかったが。それでも俺は、彼の褒め言葉を聞くと自分の全てを肯定できる気がした。
彼の儀式が終わるのを待ち、ふたりで薄汚い休憩所で返り血を拭って帰路につく。俺は彼の儀式に参加したことはなかった。
「どうして、あなたはひとをころすようになったのですか」
あるとき、どうしても聞きたかったことを彼に聞いてみた。
物心つくかつかないかのうちに彼に拾われ、薄ら黒い仕事を行うのは俺と彼の日課ではあった。だが、食料調達やその他雑貨を得るために表通りに行くこともある。道ゆく人々を見、ささいな茶店で休憩するうちにいやでも世間の「普通」というのは見えてくるものだ。そしてその「普通」から、俺たちの生活が大きく外れていることはもうわかっていた。
今さらな質問をした俺の顔を、彼はじっと見ていた。太陽を透かす薄氷のような、冷たい水色の瞳がこちらを向いている。
「いきるためと、かみさまに会うためだね」
少し考えて、こともなげに彼はそう言った。
「今は、ある組織の下請けとして、邪魔なひとをころしている。そうしてお金をもらって、きみを養い、私も暮らしている。けれど本当の最初は、かみさまに会ったからだ」
「?」
よく分からないという顔をしていたのだろう、彼は薄く微笑むと話をしてくれた。
「私は何不自由ないジャガーの貴族の出なんだよ。あの国の貴族としてごく当たり前に育ち、学校に行き、父の仕事を学び、幼いながら跡を継ぐ準備をしていた」
幼年学校を卒業し、数日以内には高等学校に行くという夜のこと。
家に、強盗が入った。幸い、貴金属をいくつか盗られただけで、死傷者は出なかった。
犯人をのぞいては。
「犯人は富裕層を狙い歩いていたキツネ獣人でね。周囲でも何軒か被害は出ていた。たまたま金のありそうな我が家を見つけて侵入し、たまたま台所に向かっていた私と出会ってしまった」
すでにいくつかの宝飾品を盗んだ後だった犯人は、出くわした家の者にひどくうろたえた。護身用程度の刃物を振り回し、彼に向かってきたという。
「私だって、殺す気はなかったさ。ただ体格差がありすぎて、彼の首は細すぎた。今なら手加減できただろうけど、さすがに私も動転してね」
自分の太い牙が、キツネの細い首に食い込んでいく感覚があったという。獲物のおびえた目と、自身の目があったという。そのときに。
「かみさまに、出会ったんだ」
「えっ?」
真面目に聞き込んでいた俺は思わず声をあげた。唐突すぎる。わけがわからない。
「だから、かみさまと会ったんだよ」
いやどういうことですかと聞いても、彼はそれ以上教えてくれなかった。ただ薄く微笑み、いつものように自分の理論に満足している。こうなってしまっては彼からそれ以上聞くのは無理だとわかっていた。
「誰かがしぬときに、かみさまは現れてくれると分かったんだ。だから、かみさまに会うために、私はひとをころす」
「…それ以降で、かみさまに会えたことはあるんですか」
なかば呆れつつ、そう聞いてみた。
彼はやっぱり薄く笑いながら言った。
「ごく何度かね」