閑話 彼の刃物
「その刃物はなんなのですか?」
彼にそう聞いたことがある。彼の持つ刃物は、鉄などとは違う輝きを放っているものだ。全体的には黒いのに、月の光を浴びると深い青に輝く。濡れたカラスの羽根のような、光をとらえて輝く色だ。
「これもね、かみさまが教えてくださったものなんだよ」
彼は嬉しそうにそう言った。氷のような色の目が、俺の向こうの、どこか遠くを見つめている。思い出の場所を見るかのように。
「むかし、きみと出会うずっと前に、かみさまが教えてくださったんだ。この国のはるか北、背の高い石の塔が並んでいる場所のなか、黒い虹がかかる森に便利なナイフがあるってね。私はそこに行ってみて、ある遺跡の中でこれを見つけたんだ」
彼は微笑んだまま、刃物の背を撫でた。見る見るうちに、青光りする黒い刃は、彼の手の中ですっと細長く形を変えた。
「え?」
俺の呆けたような声に、彼はどうかしたのかと言わんばかりに俺を見た。
「かみさまが教えてくださったナイフだからね。不思議な機能もついているのさ。昨日は使わなかったけど、血を吸い取ることもできるんだ」
そのときは、そういうものもあるのか、と俺は思っていた。この国に限らず、この世界にはいくつもの遺跡が存在する。その遺跡で発掘されるものの中には、現在の技術ですら到底作ることのできない物が混じっていることがあった。この刃物も、そういったもののひとつなのだろうと。
だがそうではなかった。
彼と別れたあと、俺は遺跡の所在を示した地図を何度も見た。
結論からいうと、彼の言った場所は存在しなかった。遺跡が、ではなく彼が言った場所が、だ。
確かにこの国の北には背の高い石の塔が立ち並ぶ場所がある。観光地として有名で、この国の竜王様が住まう王宮もそこにある、
ただ、獣人、なんなら魔法使いでも入ることができる場所にその黒い虹がかかる森はない。
『黒い虹がかかる森』はその石の塔が立ち並ぶ場所で見られる蜃気楼として知られているものだった。
彼が嘘をついていると判断するのは簡単だ。もしくは、暗喩的に違う場所を示しているのだと判断することは。
それでも、俺には、どうしても彼が本当のことを言っているのではという考えが拭えなかった。今でも、そう思っている。