第二話
「今日からここがきみの家だ」
太く柔らかい声がそう言った。
またも麻袋のように俺が投げ出されたのは意外にも清潔な部屋の中だった。なめらかな灰色の石を切り出して作られたらしい壁は殺風景だったが、寝る場所などはきちんとしつらえてあり、地べたしか知らない俺からすれば王宮にも等しい場所だった。もちろんそれはいま当てはめればということであり、当時はそんなこと分からないから、ただ元いた場所より快適な場所になったなと感じる程度だった。
ありがとう、と言うべきところだったのだろうが、学のない俺は何も言わずに彼をただ見ていた。いや、そのときに限っていえば今でも同じことをしたかもしれない。
彼は、とても綺麗だった。
フードを脱ぎ、ゆったりとした灰色のローブを着ている彼は、ジャガーの獣人だった。金と黒の毛が絶妙のバランスで入り混じり、大型肉食獣のがっしりした顔を彩っている。
何より俺を釘づけにしたのはその目だった。淡い冬の空を映した水晶のような、光を放つ薄水色の瞳はひどく澄んでいた。
そしてその目は、俺を見てはいなかった。顔はこちらを見ているのに、目は焦点があっていなかった。当時の俺は知らなかったが、その目が俺に焦点が合うことはついぞなかった。
「聞こえなかったかい?」
柔らかく問われて、俺は首を横に振った。あまり喋らないから下手だったが、言葉を使うことはできた。
「い、いいえ」
そうして、ようやく気になっていたことをたずねた。
「どうして、おれを?」
俺がいた場所はかなり劣悪な環境だったから、男女を問わず身売りをしている者は少なからずいた。それが当たり前の世界だったし、俺も今よりメシが食えるならそれでもいいと思っていた。だからこそ彼に逆らわず連れ去られたのだが、理由は知りたかった。
「白イタチの君を選んだ理由かい? かみさまが、そう仰ったからだよ」
相変わらず焦点の合わない目で俺を見ながら、彼はそう言った。俺は、それ以上うまく聞けずに、そうですかとか言ったと思う。
「かみさまが、白いイタチを慈しんで育てろと、そう仰った」
彼は噛み砕くように優しくそう言った。ジャガーの、ネコ科にしては太い犬歯が言葉を発するたびに覗いて、俺はそれだけでなんだか彼に食べられているような気分になった。
「私だけに言葉をくださるかみさまが仰ったことだ。だから私はその通りにしようと思ったんだ。あそこで君を拾うことができてよかったよ」
彼は満足そうだった。俺には分からない、彼だけの理論を味わっていた。
「ああそうだ、君に名前をつけなくてはいけないね。これから一緒に暮らすのだから」
俺が全く返事をしないことなど気にもとめずに、彼は話を進めていく。
「そうだな……この国の言葉のような名前がいいね。私は漢字が好きなんだよ。……うん、底雪丸にしよう。あの底辺のような場所にいたひとひらの雪だ」
ある程度常識を身につけた今思うと、あんまりな名付けだが、俺は他人に初めてもらった自分の名前を、ひどく喜んで受け取った。