第7話 Hの行方/奴の傍に近寄るな
百瀬の重大発表配信の翌日。
俺は龍馬に学校の体育館裏に呼び出されていた。
「初めまして、だよな。転校生」
小泉龍馬。顔は普通の高校生にしては整っていて、爽やかな性格で学校中の女子たちから人気、らしい。
少なくとも今のところ彼とはかかわりがないはずだが、どうして俺を呼び出したのだろうか。
「どうしてお前を呼び出したかわかるか?」
これは尋問という奴か。高校生にしては怖い顔をするもんだ。
でも、警察よりは全然おっかなくないな。
「いや、わからないな。生憎とまだ友人も少ないもんで、あんたの名前もまだわかってないんだ」
勿論名前がわかってないというのは嘘だが、今はこうするのが正解だろう。
「それもそうか、それじゃあ自己紹介から。俺の名前は小泉龍馬。心音の幼馴染で、心音の第一の理解者だ。お前なんかよりもずっとあいつのことを知ってる」
焦っているのか、龍馬の声は少し震えていて、感情が表に出てきている。
口調から察するに、昨日の配信の彼氏役が俺だと気づいたのだろう。無駄に勘の鋭いやつだ。
普通の展開だったら、ここから俺が百瀬から嫌われて、龍馬と百瀬がくっついてハッピーエンドになるのだろうが、そうはいかせない。
まあ第一百瀬からしたらバッドエンドだし、くっつくことはあり得ないのだが。
「あんたの名前はわかったけど、心音って奴のことを俺は知らないんだ。もう少しかみ砕いて説明してくれないか?」
龍馬をイラつかせるために、しらばっくれる。感情で動きすぎると人は自爆する。龍馬を主人公の座から引きずり下ろすためにも、ここは遊ばせてもらおう。
「いちいちしらばっくれやがって、イライラするやつだ。俺は知ってんだよ。昨日の心音の配信に彼氏として出てきたのが、お前ってことくらいな」
聞いた話によると爽やかな性格だったはずだが、面影を一切感じられない。百瀬にしても龍馬にしてもキャラクターがぶれすぎだ。
龍馬がイラついてきてだんだん盛り上がってきたところで、挑発を挟んでみる。脇役のちょっとした抵抗だ。
「そうか、それでそれがどうかしたのか? 俺が百瀬の彼氏でなにかお前に不都合なことでもあるのか?」
龍馬の顔の血管が浮き出てくる。よほどイライラしているのか、体も小刻みに震えている。いい調子だ。
「言っただろ、俺は知ってるって。お前の魂胆くらいお見通しだ。さしずめ心音の弱みでも握って、心音のことをいいように扱うつもりなんだろう? そうはいかないからな。この姑息野郎」
勘違い系主人公は流行らないって知らないのか、都合のいいように勘違いしてくれてやがる。
さすがに一筋縄ではいかないということらしい。
でもここで下手なことを言ってしまうと龍馬の物語が進んでしまう。
無言を貫いても都合のいいように解釈して物語が進む。
八方ふさがりだが、ここで切り札を投下する。
「リョーマ君? そんなところで何してるの?」
「玲菜? 今ちょっと大事な話を……」
シェリフに龍馬から呼ばれたタイミングで頼んでおいたのだ。
多田玲菜。龍馬のヒロインの一人だ。
俺の予想では他のヒロインがいるところではあまり百瀬の話はしないはず。
これが俺の切り札ってわけだ。
「先生が呼んでたよ?」
「そうか。今行くよ。居合君、またあとでね」
さっきまでの鬼の形相はどこへやら、爽やかな笑顔で去っていった。
ほっと息をつくと、先ほど龍馬たちが向かって言った方向から、シェリフがニコニコしながらこっちに近づいてきた。
「翔太郎。相変わらず行動が下手だね。物語に引っ張られていたじゃないか」
「しょうがねえだろ。主人公の属性を振り払うのは難しいんだよ」
そもそも俺は高校生が苦手だ。若さがまぶしすぎて話すだけで疲れる。
ましてやラノベの主人公みたく、自分が一番で動いてるやつを対応するのは骨が折れる。
「まあ主人公というのはなかなか大変なものさ。物語が終わったとき、何物でもなくなるのだからね」
軽量物語犯罪は何者かによって勝手に人間関係を作られる。
犯人がその気になれば有名人とだって関係を持つことができるんだ。
「いままで自分の傍にいた者が全ていなくなる。自分で積み上げてきたと思っていた関係値が一瞬でゼロになるってことが、どれほど恐ろしいか君もわかるだろう?」
俺も昔、登場人物の一人に数えられたことがある。だから、関係を変えられることがどれほど怖いかを知っている。
「そうだな。だけど、俺たちは事件を解決するためにもその関係値をリセットしなくちゃならねえ。たとえそれで苦しむ奴が出てきたとしてもな」
それでいい。そうでなくちゃ犯人特定につながらない。自分にそう言い聞かせる。
「まあこの話はこの辺りで終わらせようか。それよりも、さっきここちゃんが呼んでいたよ。早く行ってあげたまえ」
「百瀬のことか、わかった」
シェリフは女をあだ名で呼ぶ癖がある。
今回もそれだろう。
毎度のことすぎてもう驚かない。
俺は百瀬のいるであろう教室へと歩みを進めた。