第1話 Pな探偵/ベストマッチな奴ら
日曜日の昼下がり。中古本屋のある建物の2階にある俺の成海探偵事務所は今日も平和だ。
特段依頼も事件もないし、金もない。
無駄に高い机とソファがあるこのオフィスも畳まれるのを今か今かと待っていた。
「探偵! 私の白馬の王子様を探し出して頂戴!」
そんな俺の平和な日常を壊すように小さな依頼人が俺の事務所にやってきた。
背は見た限り140いかないくらい。高い位置に結ばれているツインテールが幼さを強調させている。
とりあえず無駄に値段の張る茶色の皮ソファに座らせて説明をする。小学生のような幼児がここに来る用事なんてないはずだが。
「君みたいなお嬢ちゃんにはわからないかもしれないが、大人の世界ってのは意外とめんどくさいもんなんだ。注文するときはもう少し具体的なものを提示してくれないとな。あと金も絡んでくるし。もう少し大きくなってから、せめて高校生くらいになってからまた来るんだな」
子供に現実の厳しさを教えるのは非常に心が痛むが、これも仕方ないこと。俺のいる世界じゃ、そんな甘えは許されない。
すると、小学生は怒ったように机をたたいてこちらを睨んできた。
「あんた、探偵の癖に依頼人の年齢もわからないの? 私は立派なレディ。華の高校生なんですけど!」
「それは失礼した。歳の割に体の成長が遅そうだったから、つい勘違いしちまったんだ」
申し訳ないけど小学生にしか見えない。服装も学校の制服じゃないし、地雷系に近いファッションだ。
なにより背の低いツインテールは小学生と相場が決まっているだろう。
「いちいち癇に障る奴ね。まあいいわ。とりあえず自己紹介しなさい。生憎と、事務所のホームページだとかめんどくさいものは見てないの」
癇に障るのはお互い様じゃないか、と思った。
普通の探偵事務所は専門の分野とかもあるからホームページを見るのは必須事項だ。
まあうちの成海探偵事務所は顔写真も名前も載せてないし、見ても名前なんてわからないのだが。
「それじゃあ仕方ないし、自己紹介を。居合翔太郎だ。職業は一応私立探偵ってことになってる」
うちはいろんな仕事を扱うが、その中でも警察が携わる事件のようなものも扱っているため、基本的に偽名だ。
この街には偽名を使わざるおえない事件も発生する。他の街とはレベルが違う。
「私は百瀬心音。あなたの大事なお客様なんだから、心音様と呼びなさい」
「そうか、それで百瀬は一体何の用でうちに来たんだ? まさか本当に王子様を探せ、なんて言わないだろ?」
いちいちこいつの茶番に付き合ってられない。
ここは大人として毅然な態度で対応しなければならないだろう。
正直こいつが高校生だっていうのはかなり疑わしいし。
「私、ストーカーの被害に遭ってるの。相手はわかってるんだけどね」
「相手がわかってるなら、探偵じゃなくて警察のお仕事だろ」
探偵は基本的に警察が働いてくれないときに使われる。
探偵にストーカーを特定させて、警察のお縄につくのがベターだろう。
しかもこの街の警察はそういうのに厳しいはずなのに。
「警察が動いてくれないからあんたに依頼してるんでしょ! 学歴がないとこうも頭の回転が遅いのね。まったく嫌になっちゃうわ」
なんも知らない癖に探偵だからって学歴が低いと思いやがって。結構頭にきたが、俺はこんなガキとは違って大人。年上の余裕ってものを見せつけてやらないとな。
「それで、どうして警察は動かないんだ? 実害がないとかか?」
普通の警察はいちいち厄介ごとに頭を突っ込もうとしない。ストーカーの被害に遭ってる、なんて言っても、証拠なしじゃ動いてくれない。
この街の警察はそういう匂いを嗅ぐのが得意なはずなのだが。
「相手が私の身内なのよ。血縁関係はないし、別に親族ってわけでもないんだけどね。相手が私の親と繋がりがあるから、あんまり親も話を聞いてくれないの」
面倒だ。相手は高校生で、しかも親からの金は期待できない。こっちも仕事でやってるわけで、依頼金ありきの行動をしている。
高校生なんてバイトをしてたとしてもそんなに大金を払えるわけじゃないだろう。
ここはおとなしく引いてもらうか。やっぱり大人になってから出直してもらおう。
「なるほど、大体わかった。ここからちょっと真面目な話なんだが、依頼金はいくらまでなら払える? こっちも仕事なんだ。お小遣いで勘弁してくれ、なんてことは出来ないぞ」
「このくらいなら余裕だけど」
そうして百瀬が見せてきたスマホには、俺の想像の三桁くらい多い額が書かれていた。
「あのな、こっちは大人なんだ。遊びじゃないんだぞ。大体、そんな金どっから湧いてくるんだよ」
表示された金額は、とても高校生の持てるような額ではない。仮にバイトに明け暮れていたとしてもそんなに稼ぐことは出来ないだろう。
それとも、今どきの子供はやっぱりおじさんと遊んでお金をもらっているのだろうか。
「あー、怪しいお金じゃないかってことか。それなら大丈夫。私、ネットで有名な配信者なんだよね。名前はこころももっていうんだけど……知ってる?」
こころももといえば最近有名なVTuberだ。突然湧いて出てきたらしく、チャンネルができて1カ月で登録者20万人とか。
才能と運に恵まれてきたんだろう。しかも何回か配信を見たことがあるが、随分と視聴者に優しい配信だった。初見には丁寧に挨拶をするし、過度な身内ネタもなかった。
何でこんなやつがこの街に……なんて思ったが、今はどうでもいいことだ。
「知ってるよ。まあ正直嘘か本当かなんてあんまり気にしてないしな。俺は依頼金をちゃんともらえればいい。依頼金分の働きをするだけだ」
「意外と話の分かる奴じゃん。見直した。それじゃあ早速作戦会議しましょ?」
子供のくせに、捜査に割り込んで来ようとするのか。
てっきり情報だけ俺に渡してあとは適当に待つだけだと思っていた。正直そっちの方がありがたいし。
「あー、俺に何してほしいんだ?」
今のところこいつが有名配信者で知り合いのストーカーからなんらかの被害に遭っているということしかわからない。
「そうだなぁ。じゃあボディーガードしてよ! 探偵なんだからそのくらいできるよね?」
これはなんというか、頭の中がお花畑なんだな。学生でなおかつ配信者なんだから基本は学校か家にいるはず。
普通の学校は関係者以外立ち入り禁止だし、俺の入る場所はない。
「学校の中はどうやって入るんだ?」
「それは大丈夫でしょ!あんた見た目若そうで高校生っぽいし、転校してくれば何の問題もないよ!」
やっぱり駄目だった。まあ転校生として入れない訳じゃないけど、警察のお世話になったりしてめんどくさい。
刑事さんとはあんまり話したくないんだけどなぁ。
「もういいや。必要な情報をまとめてポストに入れておいてくれ。そのストーカーの情報とか学校の情報とかな。いけるようになったら連絡するからちゃんとお前の連絡先とかも書いておくんだぞ。もし足りない情報とかあったら追って連絡するし。まあ準備整ったらお前の学校に姿を現すから」
こいつと直接話すと訳の分からないことを言われて疲れる。とりあえず必要な情報をかき集めておかないといけないし、紙で説明してもらった方が頭にも入りやすい。
「よくわかんないけどわかった! 早めに来てよね。私の魅惑のボディがあの糞野郎に襲われでもしたらたまったもんじゃないから」
それだけ言い残すと、百瀬心音は帰っていった。
明日からまた忙しくなりそうだ。