門限破少女
明日は、みそちるさんのリア凸だ。
ちょうど、今は、みそちるさんが明日のリア凸に向けて、抱負や心配事を語っている配信の最中だ。
オレのスマホのスピーカーからはそんなみそちるさんの声が流れている。
「うわー明日だよ!! ボクの初主催リア凸、みんなパンツ被って集合場所にいてねー!!」
このみそちるさんは、自称“パンツ被り”系アニメ声配信者だ。
投げ銭アイテムのイラストもパンツやみそちるさんの幼少期のオムツを頭にかぶっている姿が画像とされている。本人は配信中もパンツ被っていると宣言しているが、それは嘘だろう。ちなみに声は、かの有名なネコ型ロボットに似ている。
でも、楽しみだな。きっと、リアルだと普通の女の子だと予想している。
翌日。
時間は12時ジャストだ。みそちるさんのリア凸の集合時間まではあと、だいたい1時間だ。
少し喫茶店でも入って時間つぶすか。
コーヒーを飲みながら、ぼんやり喫茶店で時間を45分ほどつぶした。
みそちるさんのリア凸の集合場所にて待機していた。
そこに1人の女の子が、どうしよ、パンツ、パンツ……とつぶやいていた。
このままでは、この子が不審者になってしまうと思い、声をかけた。
「あの、もしかして、みそちるさんのリア凸に参加する人ですか?」
「あ、はい、でも、こんな大勢の前で、パンツを被ることはできない……ですよね」
「ハハハッ、そうだね。みそちるさんもパンツ被ってこいっていうのは不思議だよね」
「そうですよね、みそちるは好きなんですけど、リア凸にパンツ被ってこいはちょっと……」
そこに紫髪のウィッグを被って、白い眼帯をしている女の子がオレと話している女の子に声をかけてきた。
「ハッハッハッ、いかにもボクがみそちるだ!! 今日は2人とも来てくれてありがとう!! 【たかお】と【るん】だよね?」
「え、なんでそんな一瞬でハンドルネームがわかったんですか?」
「そりゃ、今日のリア凸、たかおとるんだけなんだよ!!」
「あんなにたくさんリスナーがいるのに?」
みそちるさんの配信には、どんな時間にしても最低でも10人くらいは閲覧はいるし、聞き専の人もほぼいない。リスナーみんなから、いじられて輝く配信者、それがみそちるさんだとオレは思っている。ちなみに、リスナーがたくさんいるのに? と聞いたのは、先ほどオレと話していたるんさんだ。
「ホントは、あと2人来る予定だったんだけど、一人は親戚に不幸があって、もう一人は仕事が急に入ってこれなくなったんだよ!!」
「ご愁傷様です」
「ちょっと、たかお!! なによ、急にお悔やみの言葉なんて言って!!」
「親戚に不幸があったリスナーにと思ったんだけど」
「そう、それならいいんだけど」
おどおどしながら、るんさんが言葉を開いた。
「今日はどうして横浜の中華街でリア凸なんですか?」
「るん! よくぞ、聞いてくれました。そう、ここは、横浜中華街、ニーハオ。ボクが単純に食べ歩きしたかったんだ!!」
「いや、リア友としろよ」
「たかお~、リア友は……。これ以上言わせるな」
そして、始まったみそちるさんの横浜中華街でのリア凸。みそちるさんとるんさんとオレで食べ歩きをした。小籠包を熱々!!と言って食べている時に、みそちるさんが急に血相を変えて公衆トイレのある方角へと走っていった。
「みそちる!!」
「るん、たかお、ごめん!! ボク、急にトイレに行きたくなった」
みそちるさんはそのままトイレへと入っていった。
「はぁ、何考えているんだろうね。あの主催者」
「そうですよね、でも、急にお腹痛くなることはありますから」
「るんさんってふつうに大人だよね、考え方」
「いえいえ、まだまだ子供ですよ。実際、16歳ですし」
「え?」
他愛もない会話をしていて、気付かなかったが、
みそちるさんは1時間もトイレに入っている。
「長いですね」
「トゥゲザーのDMになんか送ってきたり」
おそらく、みそちるさんがトイレにこもっているこの間に作ったのだろう
るんさんとオレのグループDMができていた。
そこにちょうど、今、みそちるさんからメッセージが来た。
――脱肛した。救急車を頼む――
「るんさん、どういうこと?」
「さぁ、でも、救急車呼んだほうがいいんですかね?」
結果、救急車を呼んだ。
るんさんが事情を説明した。オレはというと、ただ単に見守ってるだけだった。
「ありがとうね、るんさん」
「いえ、たかおさんは、男性ですから、女性トイレに入れないですから」
「どうしようか」
「そうですよね」
「主催者もいないし、解散する?}
急にるんさんがもじもじしだした。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「じゃ、解散ということで、ま……」
急にるんさんが服の袖をつかんだ。
「嫌です」
「え?」
「嫌です!! 私、たかおさんのこともっと知りたい!!
それにもっと一緒にいたい!! だから、解散しようだなんて言わないで」
「そう? それなら別にいいんだけどさ」
結果、もう少し、るんさんと横浜の街を散策した。
時間は、19時30分。
「そういえば、るんさん」
「せっかくここまで仲良くなったんで名前で呼びませんか?」
「名前? え?」
「そうです、私は佐藤 流奈です」
「あぁ、そういうこと。オレは箱根 高尾。まぁ、たかおはほぼ本名だね」
「じゃ、佐藤さん」
むーっと佐藤さんはほほを膨らませた。
「せっかく名前教えたんですから、流奈って呼んでほしいです」
「え、じゃ、流奈」
「はい」
満足そうにニコニコの笑顔で答えた。
「いや、門限大丈夫? まだ高校生でしょ?」
「アハハ」
「あっ、破ったのね」
「……はい」
「どうするの?」
「横浜駅から地元までは、1時間だからギリギリアウトです。でもまぁ、
間に合う努力はしたと言えば許してくれる親なんで大丈夫です」
結局、横浜駅まで一緒に行くつもりだったが、
話を聞いてみると、途中まで一緒だったので、
同じ電車に乗った。
「今日は、いろいろあったね」
「そうですねぇ」
そこに1件のダイレクトメッセージを受信した。
それはみそちるさんからだった。
――無事、家に帰ったよ。るんとたかおはあの後、どうしたの?――
今、帰路、とオレが文字を打っていると、
流奈がそっとオレの手をスマホからはらった。
「え?」
「家着いてから返しましょう」
「そうだね」
しばらく電車に揺られて、オレの最寄り駅になった。
この駅から流奈は鈍行電車に乗り換える。
オレは流奈が鈍行電車に乗るのを見送ってから、
すぐに改札に向かった。
オレもトイレに行きたくなり、男子トイレに入った。
そして、用を足し、手を洗って改札口に向かおうと歩いていた。
今日あったことを思い出し、ふとボソッとつぶやいた。
「みそちるさんも、流奈もいい人だったなぁ」
すると、急に視界が真っ暗になった。
「え?」
「私がどうしたって?」
「流奈!?」
「帰ったんじゃないの?」
「へへへ」
そう、流奈がオレに目隠しをしたのだった。
「高尾さんに言いたいことがあって」
「オレに?」
「今日はありがとうございました。それと……好き」
「おう、オレのほうこそありがとう!!」
「え、じゃ、私を彼女にしてくれるんですか? やった」
「え? 彼女?」
「私、今告白しましたよ?」
「え?」
「好き、高尾さんにひとめぼれしました。付き合ってほしいです」
「別に、オレはいいけど」
「私のこと好きですか?」
「好きか嫌いかで答えろと言われたら、好きだけど」
「それじゃ、付き合いましょう」
「お、おう」
駅でふたりでツーショットの写真を撮った。
その後、流奈は無事家に帰ったようだ。
別れ際に、みそちるへの返信は私が送ってから高尾も反応してください。と言われた。
晩飯の味噌汁を飲みながら、スマホを見ていた。
すると、流奈からみそちるさんとオレと流奈のグループにメッセージが届いた。
そこには、駅で撮ったふたりのツーショットと付き合いましたの文字があった。
――そうか、付き合ったのか、ボク以外の女と――