鼻
今は昔、○○という寺に、たいそう鼻が長いことで有名な和尚がいた。
顔のまんなかから腸詰がぶら下がってるかのようで、食事の際は小坊主が傍らに座り、板切れに鼻を水平にのっけて支えていなければならなかった。
和尚はまた、芋粥がたいそう好物で、日に30杯は芋粥をたいらげた。
で、食事が終わると今度は鼻の世話である。
和尚の鼻は日に何度か真っ赤に膨れ上がってしまい、そのままでは痛くてかなわないため、その都度、鼻を揉みほぐさなければならなかったのである。
鼻を手でこね回し、毛穴から粘液を押し出してやると、やがて鼻は(そして和尚自身も)落ち着きを取り戻すのであった。
この作業、絶妙な力加減とセンスが必要で、不器用なものがやるとひどく痛がり、
「イテテテテ…!。もう良い、もう良い、お前はもう下がっておれ!。」
と、何ともむずかしいのであった。
そんなわけで、ある手先が器用でセンスもある小坊主が、和尚のお気に入りとなり、専属のマッサージ係になった。
和尚は部屋をぴしゃりと閉じきり、小坊主とふたりだけで、マッサージ中に他の者が部屋に立ち入ることをかたく禁じたため、その様子は誰も見ることがかなわなかった。
が、見るなと言われたら是非とも見たくなるのが人の性、壁に耳あり障子に目あり、ある日、襖のこちらで数人の坊主が聞き耳をたてていると、和尚の恍惚とした声が洩れ聞こえてくるのだった…
「ああッ、小坊主ちゃん!、小坊主ちゃん!。」
「和尚さまっ!。」
この調子では様子を見たくてたまらなくなり、ついに一人の坊主が禁を犯し、襖を開け放ってしまった。
すると、小坊主が、和尚の長い鼻を口にくわえていた。
絶妙なマッサージとは、口で鼻に詰まった粘液を優しく搾りとることであったのだ。
これは、小坊主と和尚との絶対に絶対の秘密の儀式であった
。
「なに見とるんじゃい!!」
和尚は顔を真っ赤にして怒った。小坊主ちゃんも真っ赤であった。
厳しく言いおかれていた禁を破り部屋を覗いた数人の坊主たちは、和尚に木の棒が折れるほど打ち据えられたのち、すぐに破門されてしまったという。
いつの世も、身を滅ぼすのは、行きすぎた好奇心であることよ。
(おわり)