吟遊詩人マッツオ氏の旅
人里離れた奥地の細い道を行脚しながらハイク(訳者注:古代ジャパンの超短詩型文学)作品を量産し続け、風雅の技法を極めた吟遊詩人、マッツオ=バーショウ。
旅は聖地巡礼の旅であり、また今は亡き過去の偉大なアーティスト達の鎮魂の旅でもあった。
その代表的詩作品をここに訳出する。
(なお、各詩の表題は原文には存在しないが、読者の便宜の為、訳者の独自の判断により付け加えた。)
☆☆☆
「蛙」
歴史の暗闇のなかに横たわり
何世代ものあいだ沈黙を守りし
古代の沼...
私は蛙の姿に変化し
後先かまわず思い切って
そこに飛びこんだ...
その水の音、
その悠久の時の響きよ!。
☆☆☆
「silence」
silence...
私の魂は私の体から溶けだしていき
山中の苔むした岩(※1)のなかへと
沁みこんでいった…
やがて、蝉がざわめきだす(※2)
訳者注:
※1 ストーン=薬物を示唆する語
※2 世間の良識ある人々の声等を指すと思われる
☆☆☆
「夏草」
夏の草原
大きな雲の影が
ゆっくりと横切っていく
かつてこの場所では
一癖も二癖もある猛者たちが
覇権を争い血みどろの戦が展開された
オタクたちの聖地、アキバハラ...
今ではその廃墟に
夏草だけが生い茂る
何という冥途の土産であることか…
私は地に倒れ朽ち果てたバスケットボールのゴールに腰かけ、
オタク・ドリームの夢の続きを
ひとり見続けている…
☆☆☆
「アサマヤマ・マウンテンにて」
爆風が野山をかき乱し
石ころを吹き飛ばす
ビュウッ!。ゴロゴロ。
私はアサマヤマだ!。
さあ、噴火するぞ!。
人間どもよ、逃げろ逃げろ!。
☆☆☆
「春」
さようなら、
今年の春もまた過ぎ去っていく
すべてのものは過ぎ去っていく
空では鳥たちが
海では魚たちが
涙を流し泣いている
大地を揺るがすその慟哭!。
誰が鳥や魚たちの涙を
拭うことができるだろう?。
(いや、誰にも拭うことなどできないのだ。)
さようなら、
世界のすべての良きものが
声をふるわせ
涙をながしている
そう、きっとあなたも…
もう2度と戻ってはこない
過ぎ去っていった人のために
過ぎ去っていく春のために
☆☆☆
「終わりなき旅」
旅に狂った私の人生も
ついに終わろうとしている
でも私は未だ見つけ出してはいない
私が探し求めているものを
病の床で私は夢を見る
からっ風の吹きすさぶ
草の枯れ尽くした
果てしない荒野を
どこまでも走り続ける夢を
私の人生は終わっても
夢は永遠に終わることはないのだ
(おわり)