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#7 ロボットは幸せになれないです?

 わたしとシルルは並んで歩道を歩いた。

 太陽はやや西に傾き、空はじんわりと蜜柑(みかん)色になろうとしていた。

 数十メートル先に、保護者ロボに引率されながら歩く学校帰りの小学生たちの姿があった。子供たちは元気に歓声をあげたりふざけあったりしている。

 昨今(さっこん)、日本の少子化は進むところまで進み、子供じたいが日本社会のなかではとてもレアな存在になっていた。子供の減少にともない学校の数もかなり減っていた。

 シルルはジッと食いいるように小学生たちを眺めて、

 「かわいいのです」

 と言った。

 「わかる~。わかるわよ。かわいいよね、小学生」

 わたしがそう言うとシルルはぶんぶんと首を左右に振った。

 「ちがうのですッ。ランドセルがかわいいのです」

 「あ。そっちか。わたしはてっきり()()のほうかと……」

 わたしは苦笑した。

 シルルがわたしに尋ねる。

 「ランドセルの中には何が入ってるです?」

 「うーん……夢、かなあ?」

 「夢、です?」

 シルルはわたしの顔を見て不思議そうに首をかしげた。

 「そう、夢。あの中にはいっぱい夢が詰まってるんだよ~」

 「ほしいです」

 とシルルがわたしの手首を引っぱった。

 「えっ、夢を?」

 「ちがうです」

 「ランドセルほしいの?」

 「はいです」

 「うーん、でも、シルルちゃんは学校行かないでしょ?」

 「……」

 シルルは黙って下を向いた。


 もうしばらく歩いていくと小学校が見えてきた。グラウンドで球技などをしている児童が見える。

 小学校の横を通り抜けるとき、フェンス越しにプールが見えた。水泳部なのか、水着を着た児童たちが準備体操などをしていた。

 「かわいいのです」

 とシルルが児童を見ながら言った。

 「かわいいよね」

 とわたしが言うと、シルルはムスッとして、

 「ちがうです」

 と言った。

 「えー、まだ何も言ってないよお」

 シルルはわたしをジットリ睨むような目で見た。

 「わかるですよ。お姉さまは小学生がかわいいんですよね」

 「そ、それについては完全には否定しないけど、でも……」

 「お姉さまは小学生ならどんな子でも好きなのです?」

 「そ、そんなことないよ~。わたしのことどんな人だと思ってるの?」

 「お姉さまは幼い子が好きなのです。お姉さまは幼ければ誰でも良いのです……?」

 「ち、ちがうよ~。いやだなあ」

 「わたちがかわいいと言ったのは水着のことです」

 とシルルはスクール水着を着た女子小学生を指さした。

 「スクール水着かあ。あれの良さがわかるとは、お目が高いですなあ」

 と、わたしは(ひじ)でシルルをクイクイと小突(こづ)いた。

 「ほしいです」

 とシルルがつぶやいた。

 「スクール水着を?」

 「はいです」

 「うーん……」

 わたしはスマホで通販サイトを調べた。ランドセルとスクール水着は通販で買える。スクール水着はともかく、ランドセルは1万円台から数十万円と価格の差が大きい。少子化が進むにつれてランドセルの価格も年々上がっていた。

 シルルに買ってあげることじたいは(やぶさ)かではなかった。スクール水着とランドセルの黄金のコンビネーションもぜひ見てみたい。きっとかわいいに違いない。

 だけど、わたしはプールで泳ぐ児童たちの姿を真剣に見つめているシルルの眼差しが気になった。

 「ねえ、シルルちゃんはほんとうは学校に通いたいんじゃない?」

 「……」

 わたしの質問に対してシルルは黙っていた。

 「どうして黙ってるの?」

 「わたちが余計なことを言うと、お姉さまに迷惑がかかるです」

 「なあに、そんなこと気にしてるの? シルルちゃんは思ったことを言っていいんだよ。オトナにはできない子供の特権なんだから」

 シルルは唇をとがらせてうつむいた。

 「……学校には行きたいです。ですが、わたちはロボットなのです。ロボットが学校に行くのはおかしいです」

 「おかしくないよ~。同い年のトモダチが欲しいんでしょ?」

 シルルは表情を曇らせた。

 「……ロボットはトモダチを持つことを禁止されてるです。ロボットは労働力であって人間(ひと)を幸せにするのが役割なのです……。ロボット自身が幸せになってはいけないのです……」

 「えっ、そうなの?」

 「はいです」

 「そんなの誰が決めたの?」

 「えらい人です……」

 「そんなの、変だよッ」

 シルルはわたしの顔を見、

 「どうしてです?」

 と首をかしげた。

 「幸せがどういうものか知らない人が、他人を幸せにすることはできないんじゃない?」

 「……そうなのかもしれないですが……」

 そんな話をしながら歩いているうちに、自宅の近くに戻ってきていた。

 わたしはシルルをお姫様だっこしてみた。

 シルルはとても軽かった。

 「えぅ!? いきなりなにするです?!」

 シルルはとても驚いた顔をしている。

 「うふふ、このまま部屋まで運んであげる」

 わたしはアパートの階段をシルルを抱きかかえたまま昇った。


 第3世代の人型ロボットは人とほぼ同じぐらいの重量に作られている。第1世代のころは金属の骨格を採用していたため人の約3倍ととても重かった。だが、第3世代の骨格は3Dプリンティング技術が可能にした合金とカーボンのハイブリッドであり、中空で多孔構造のため充分な強度を持ちつつ軽量化も実現した優れものだった。

 重いうえにロボ特有のぎこちない動きの元凶であったモーターやアクチュエーターの類も第3世代では廃止され、伸縮性カーボンと新素材による合わせ技の人工筋肉が採用されている。これによって人型ロボットは人と遜色のない滑らかな動きと、自然で美しいボディラインを獲得したのだった。


 「どう、どんな気分?」

 部屋の前に到着して、わたしはお姫様だっこしているシルルに訊いた。

 「……ちょっと嬉しいです」

 シルルは少し顔を紅くした。

 「幸せの気分をちょっとだけ味わえたかなあ?」

 「はいです」

 と、シルルは微笑んだ。

 わたしはシルルをゆっくり降ろし、ドアを開けた。

 「さあ、お姫様、どうぞ中へ」

 わたしは(うやうや)しくお辞儀した。

 「ごきげんよう、楽にするのです」

 シルルはすまし顔でそう言い、にっこりと笑った。


 シルルは靴を脱がずに部屋に入っていき、カーペットの上に倒れた。

 わたしは慌ててシルルに駆け寄り、声をかけた。

 「シルルちゃん!? 大丈夫ッ?」

 シルルは目を閉じて寝息を立てていた。

 「うふふっ、眠かったのね。……ずっとガマンしていたのかな?」

 人型ロボットにも人と同じように睡眠が必要だった。睡眠中にさまざまな機能の点検やAIのデバッグや各種の再調整をおこなうのだった。だから、想定以上の長時間覚醒状態が続くといろいろな不調が出はじめる。それも人と同じだった。

 わたしはシルルのパンプスを脱がせ、抱きかかえてベッドに運んだ。

 シルルをベッドに横たえ、タオルケットをかけてあげると、シルルが寝言をつぶやいた。

 「……ロボットも……幸せになれるです……?」

 わたしはシルルのおでこにキスをして小さな声で囁いた。

 「なれるよ、必ず」 

 眠っているシルルの顔は少しだけ幸せそうに見えた。

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