#5 素晴らしい機能を見るのです!
わたしとシルルは駅の近くの小さな公園にやってきた。
鳩型ロボが20羽ほど地面のうえを首を前後に動かしながら歩いていた。
シルルは「ハトさんだーッ」と言いながら鳩型ロボを追いかけ回しはじめた。鳩はパタパタと翼を動かし幼女につかまらないように逃げまわる。
「うふふ、子供って鳩を追いかけ回すの好きよねえ」
わたしは昔から変わらない平和な光景を見てほっこりした気持ちになった。
この時代、野生の鳩は絶滅していてもういない。
仕事を失った人たちが、こぞって鳩を捕まえて食べてしまったのだ。
わたしは鳩を食べたことはなかったが、聞くところによるととても美味しいらしい。
日本では鳩を食べるという習慣自体がほとんど無かったが、海外では高級料理ということもあり、〈鳩狩り〉ブームは瞬く間に全国に拡がり、わずか数年で鳩は絶滅に追い込まれてしまった。
わたしたちはベンチに並んで座り、コンビニで買ったお菓子を食べはじめた。
シルルがプニピュア・カードウエハースのパッケージを不器用に破って、中からカードを取りだし歓声をあげた。
「ピュアホワイティなのです!」
「うふふ、さっそくイイのを引いたね」
「しかしレアリティはノーマルなのです」
シルルはウエハースをパリパリかじりながら、もう一袋を開封した。
「シルキィパープルなのです」
「かわいいね」
「かわいいですが、シルキィパープルは厳密にはプニピュアではないのです」
「プニピュアのこと詳しいんだ」
「全話観たです。わたちのお気に入りアニメなのです」
シルルはさらに開封した。
「む。シャイニングイエローなのです。この子もプニピュアではないです」
「かわいいけどね」
「はいです。プニピュアではないですがかわいいので好きです」
シルルはさらに封を開けていく。
「わっ、ピュアピンクが出たです! レアリテはSRなのです! キラキラなのです」
シルルは脚を交互にパタパタさせて喜んだ。
その姿がとてもかわいらしく微笑ましかった。
「良かったね。ピュアピンクはヒロインって感じでかわいくてかっこいいよね」
と、わたしが言うとシルルは力強く何度もうなずいた。
「はげしく同意なのです。わたちの憧れなのです。このカードはわたちの宝物にするです」
「うふふ、シルルちゃんもかわいくてかっこいいよ。さっき、悪い人をやっつけたとき、まるでプニピュアみたいだったよ」
「ほんとなのです? 嬉しいです」
シルルはパッと顔を輝かせたが、すぐにうつむいて、
「……でも、あの人はたぶん悪い人じゃないです。仕事が無くてお金に困って、ついあんなことをしてしまったのだと思うですよ」
と小さな声で言った。
「でも、強盗をしようとしたんだから、やっぱり悪い人だよね?」
「でもでも、根っこではそんなに悪くない人だと思うです。やむにやまれぬジジョーがきっとあったですよ」
「シルルちゃんは優しいんだね」
「あの拳銃もオモチャでしたです。食べるものに困ってああいうことをする人は多いのです」
「そういえば、わたしが子供の頃には〈ロボット3原則〉というのを学校で習ったんだけど。原則その1、ロボットは人に危害を加えてはならない。その2、ロボットは人の命令に従わなければならない。その3、ロボットは自己を守らなけれならない――」
「知ってるです。それは今は〈古典的3原則〉と呼ばれているです。わたちたち人型ロボは〈新3原則〉にもとづいて設計されてるです」
「それってどういうの?」
「第1原則、人型ロボは所有者の安全を守らなければならない。第2原則、人型ロボは法律を守らなければならなない。ただし第1原則が優先される。第3原則、――。すみませんです、最後の原則に関してはメーカーによって非公開設定になっているので言えないのです……」
シルルはうつむいた。
「えっ、非公開?」
「はいです。ごめんなさいです……」
「い、いや、別にシルルちゃんは謝らなくていいよ~。わたしも別に知りたいと思わないしね」
シルルはわたしを見て微笑んだ。
「ありがとうです。でも、ある条件を満たせば第3原則を所有者に教えることができるので、そのときに言いますです」
「ふふっ、じゃあ楽しみにしてるね」
シルルは手に持っていたウエハースをパリパリ食べた。
「ウエハースを食べすぎて口のなかがパサパサなのです」
わたしはレジ袋からイチゴミルクのペットボトルを取りだし、シルルのほっぺに押しつけた。
「はいどうぞ」
「ひゃあ。冷たいのです~」
シルルはイチゴミルクを美味しそうにくぴくぴと飲んだ。
「ぷはーっ。やっぱりイチゴミルクは最の高なのです」
シルルが嬉しそうにニコニコ笑い、
「では、メインディッシュのゼリーをいただくです」
と、ゼリーのフタを開けようと一生懸命にフタのフチを引っぱる。
しかし、幼女の力ではどうやら開けられないらしく、ぷるぷると腕が震えていた。
「あの強盗をやっつけたときみたいなパワーは出せないの?」
「あれは緊急時モードだったです。緊急時だけ一時的にリミッターが解除されるです」
「ふーん、あれはレアな状態だったんだね。開けてあげる」
とわたしは言い、シルルからゼリーを受けとり、フタを引っぱりあげた。
だが、ゼリーのフタはビクともしなかった。
「あれッ、開かない……!」
わたしは呼吸を止め、丹田に力を込め、渾身の力を指先に集中させた。
ベリッという盛大な音とともにフタが剥がれた。――が、勢いあまって中身のゼリーも全部まるごと飛びだした。ゼリーは宙を舞い、ベチャっと地面に落ちた。
「あ、あああああァッ!?」
と、シルルは立ちあがってなんとも形容しがたい声で叫んだ。
「ご、ごめん」
わたしは手を合わせて謝った。たかがゼリーだがされどゼリーである。幼女にとっては御馳走だ。泣き出したとしても不思議はない状況だった。
落ちたゼリーの周囲に鳩ロボが群がってきた。鳩ロボたちはプルプルした透明のゲル状物体を勢いよくついばみはじめた。
「こ、こらッ。それはわたちのゼリーなのですッ!」
と、シルルは怒り、彼女も地面に這いつくばって鳩たちに並んでゼリーをズズズズッと勢いよく吸いはじめた。
「あーッ、ダメダメダメ。落ちたもの食べないでッ」
わたしは慌ててシルルを抱きかかえた。
「なぜですーッ。鳩どもに全部食べられてしまうのです~」
シルルはわたしの腕のなかでジタバタもがいた。
「ゼリーを食べる鳩も鳩だけど、基本的には地べたに落ちたものはばっちいから食べちゃダメなの。落ちて3秒を超えた食べ物は諦めるのっ」
「ばっちいってどういうことです?」
シルルは納得いかないというふうに不服そうな顔をした。
「うーんとね、汚い、不衛生ってこと」
「キタナイ? フエイセイ? よくわかんないです……」
「人はね、不衛生なものを食べると病気になっちゃうのよ」
「むー。わたちたちロボットは病気にならないのです。細菌もウィルスもへっちゃらです。残飯も腐っているご飯もお腹のなかでエネルギーに変換できるです」
「そっか……」
シルルはわたしの顔を覗きこんだ。
「――どうして、悲しそうな顔をしたですか?」
「ううん、別に悲しいとかじゃないよ。……なんかうまく言えないけど、ちょっとだけ、わたしとシルルちゃんの間の見えない壁を感じちゃったなって思って」
「残飯などを食べてムダをなくすのも、わたちたちの役目なのです」
と、シルルは胸を張った。
「そっか、偉いねえ。――ところでさ、シルルちゃんが食べたり飲んだりしたものは、その後どうなるの?」
「どうなるとはどういう意味です?」
「その……。お腹のなかでエネルギーに変換されるんだよね。その後はどうなるのかなぁって……」
「おしっことうんちになるです」
とシルルは答えた。
「えっ。そ、そうなんだ……」
「はいです。その機能に関しては人とだいたい同じなのです。確かめるですか?」
「えッ?」
「わたちがおしっことうんちするのを見るですか?」
「いや、見ない見ない見ない」
わたしは大きく手を振って力いっぱい否定した。
「なぜです? 見たくないのならどうして質問したです?」
「いやただ、なんていうか……純粋な知識欲?……的な?」
「どうして急に汗をかいているです? 暑いですか?」
「う、うん、そうだね、ちょっと暑いかもねえ……」
「じゃあ服を脱ぐです。体温を効率的に下げられるです」
そう言ってシルルはわたしのTシャツを脱がせはじめた。
「ダメダメダメ、こんなところで裸になるわけにいかないから。ああっ、Tシャツをまくり上げないで~」
「服を脱いで、わたちのおしっことうんちを見るです」
「ちょ。そんなことしたら、もう二度とこの町内で生きていけないから~ッ」
人と人型ロボットのもっとも異なる部分のひとつが〈羞恥心〉という感情だった。人型ロボットにも羞恥心は存在するのだが、それが発現するタイミングが人とは異なっているのだ。
人は一般的に、裸を不意に見られるとか、排泄中の姿を見られる、ということに対し強い羞恥心を感じるものだが、ロボットにそれはない。しかしその代わりというべきか、ロボットは〈間違える〉ということに対してとても強い羞恥心を抱くことがわかっている。
例えば、計算間違いや読み間違いである。計算というのはコンピュータがもっとも得意とする分野だが、近年のAIは人間の脳をあまりにも忠実に模倣して人間に近づきすぎてしまったために、計算間違いを時々起こすようになった。同様に、漢字の読み間違いも頻繁にやらかすようになり、最近では難読漢字だけではなく〈破綻〉を〈はじょう〉と読んだりするようなレベルの間違いも多いと聞く。
ロボットたちはそういう間違いを指摘されたときに、極めて強い羞恥心を抱くと言われている。
ロボット研究者の間では、この人間とロボットの羞恥心の〈差〉を埋めることが、長年の大きな課題となっていた。
ある有名なロボット心理学者の一人が「ロボットに人間と同じ排泄機能をつければ羞恥心が芽生えるはずだ」と明言し世間を驚かせたのはまだ記憶に新しい。それを信じたロボット工学の天才たちが、試行錯誤の末に人とまったく同じスタイルの排泄機能をロボットに与えることに成功した。――が、ロボットにとって排泄は無数にある機能のひとつとしてしか認識されず、その新機能によって新しい感情が芽生えるはずだという研究者たちの目論見は無惨にも打ち砕かれたのだった。