#1 お届け物は幼女なのです
そんなことあるわけない、と言われるかもしれない。
が、ある日わたしの家に幼女型ロボが届いてしまった。
「……はじめまして、なのです……」
おなじみの通販サイトのダンボール箱からぬっと出てきながら、全身肌色の幼女ロボが恥ずかしそうにつぶやいた。
「ええーッ!?」
わたしは腰が抜けそうになるほどびっくりして、廊下に尻もちをついた。
「お、驚かせてしまってごめんなさいなのです……。お怪我はないです?」
「う、うん。大丈夫だけど……大丈夫じゃない、かもォ」
「ほ、ほんとうにごめんなさいです。この通り、謝罪するのです……」
そう言って幼女ロボはわたしの前で土下座した。
ネット通販サイトでよく買い物をするわたしだったが、幼女型ロボを買った記憶は無かった。たしかに、欲しいか欲しくないかで言えば、間違いなく前者なのだが、たとえそうだとしても購入した記憶は頭のどこを探しても見当たらなかった。
それに幼女型ロボは非常に高価だ。ペットロボやメイドロボは今や一般家庭にも普及してきているが、幼女型ロボというのは非常にニッチな商品であり、基本的にはオーダーメイドの高級品である。
現在の人型ロボットは第3世代と呼ばれており、普及しはじめた頃の第1世代とは比べ物にならないほどに滑らかな運動性能と人間そっくりのリアルな外観を備えている。
もとはと言えば、日本の人口減少が発端だった。人口減少が始まった2020年代に新たな労働力として人型ロボットがにわかに注目され、大手自動車メーカーが自社製人型ロボットを〈社員〉として大量雇用したことを皮切りに、企業間では一気に普及が進み、その後数年遅れで役所や学校や一般家庭にも人型ロボットが浸透していった。
今では街のいたるところで人型ロボットを見かける。
人間そっくりの外観なのにどうやって人間とロボットを見わけるかって?
この時代においては生身の人間はほぼ例外なく不織布マスクをつけて生活している。それに対し、ロボットはマスクをつけていないから容易に区別ができるのだ。
ウィルス感染症の蔓延と放射性微粒子を含んだ汚染大気のせいで、わたしたちは不織布マスクなしには生きられなくなってしまった。一方ロボットはと言えば、呼吸を必要としないためマスクも不要なのだ。空冷機構を採用している一部の人型ロボットは擬似的な呼吸をおこなうが、普通は気管や肺に高性能のエアフィルターを搭載しているのでマスクをつける必要がない。
こんな時代なので人型ロボット自体は珍しいものではない。しかし、あくまでも不足している労働力を補う意味が強いものなので、コドモ型や老人型のロボットというのはほとんど需要がなく、よって存在自体が珍しい。
見かけるとしたら、一部の病院や老人ホームや学校といった限られた場所でのみだった。ほとんどのコドモ型・老人型ロボットは労働力というよりは人にコミュニケーションを提供するためのものとして設計・製造され、またほとんどがそういう目的で保有されていた。
もちろん、一般人でもコドモ型・老人型ロボットを合法的に所有することは可能だった。医療や警備等の特殊用途の人型ロボットを除けばほとんどの人型ロボットは資格や届け出は不要で誰でも購入することができる。その手軽さもあって今では自動車を所有するよりもロボットを所有しているほうがずっと一般的になっている。けれど、それでもコドモ型・老人型ロボットを購入する人がほとんどいないのは、労働には適さない非力さや不器用さや不正確さが理由の一端にはありつつも、最大の理由はやはりその価格だった。老人型については調べてみたことがないのでわからないが、コドモ型はオトナ型のおよそ10倍の価格である。オトナ型は今では新品を100万円台で買えるのに、コドモ型は1000万円を超える。この価格差はひとえに需要の差によるものだった。
わたしに幼女ロボが買えるはずがなかった。
さっきも言ったように、欲しいか欲しくないかで言えば欲しいし、もっと正直に言えば〈喉から手が出るほど欲しい垂涎のアイテム〉なのだが、わたしの年収では手に入れるには夢のまた夢の憧れの高嶺の花だった。
その幼女型ロボが目の前にあった。
わたしは困惑しながら幼女型ロボに言った。
「ちょ、ちょっとちょっと……。土下座とかやめて。むしろ土下座しなきゃいけないのはわたしのほうかもしれないし……」
幼女型ロボは顔を上げてわたしを見て、不思議そうに小首をかしげた。
「オーナー様が土下座ですか? どうしてなのです?」
「い、いやァ……。なんていうか日頃の行い?……的な?」
「オーナー様の日頃の行いが……つまり絶望的に悪質で犯罪的だからなのですか? もしかすると通報する必要があるのですか……?」
幼女型ロボは正義感の宿った澄んだ瞳でわたしを見つめ眉をキリッとさせた。
わたしは慌てて彼女の前で大きく手を振った。
「いやいやいや、待って待って。通報はしないで。ポリスのお世話になるほどひどくないから。ほんとに。た、多少妄想癖があるぐらいで……」
わたしは額に変な汗をかきはじめた。
「妄想癖、なのですか。どんな妄想なのです?」
幼女型ロボは心の中を覗き見るようにわたしの目をジッと凝視した。
彼女の瞳があまりにも純真だったので、わたしは思わず幼女型ロボから目を逸らしてしまった。
「そ、そそ、そんなことよりも……その〈オーナー様〉というのはやめてもらえない? わたし、あなたのオーナーになった覚えがないし……」
幼女型ロボは上半身を起こし、正座状態からぺたん座りに移行した。
「秋野明季様……なのですよね?」
幼女型ロボはわたしの膝を手で触れてわたしの脚を揺すった。
わたしの心臓はドキドキしはじめた。
「そうだけど……。〈様〉はやめてもらえる?」
「わかったのです。〈呼び方〉を設定できるのですが、今やるですか?」
「あとでやるです。――って、わたしもしゃべり方が感染っちゃったよ。……いやいや、そんなことよりさ、わたし、あなたを購入した記憶ないんだけど……。もしかして記憶喪失? そんなバカなァ」
わたしの頭はもはや全然働いていなかった。
幼女型ロボはわたしの太腿をなぜだかしきりにペタペタと触ってくる。
「わたちのメモリーには所有者に秋野明季さんが登録されてるのです。それは間違いないのです」
「誰かのイタズラ……ってことは、まあ無いかァ……。こんな高価な子を他人に無言で送りつけて反応を見て愉しむようなやつがいるとしたらよっぽどヘンタイの大富豪ぐらいしか考えられないけど……。ね、ねえ、購入者って誰とかってわからないの?」
「購入者の情報は……存在しないのです」
「ええーッ、どうゆうこと? 誰も購入していないけどわたしのところに送られてきたってこと? なにそれェ? 送りつけ詐欺みたいなアレ?」
困惑してオロオロしていたわたしを不思議そうに眺めていた幼女型ロボは、にっこり微笑んでわたしにとびついた。
「わたちと遊ぶのですッ」
幼女型ロボはわたしの太腿のうえに跨がり、わたしの胸に顔を押しつけてすりすりした。
その瞬間、わたしのささやかなお飾り程度の理性は雲散霧消、宇宙のかなたに消し飛んだ。
彼女はとても良い匂いで、そして、とてもやわらかく、とても温かかった――。
――なにこの、至福の感覚――。
気づいたら、わたしは幼女型ロボを力いっぱい抱きしめていた。