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革命せよ、革命せよ、革命せよ  作者: 望月喬
第四章 イスニラム編

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第97話 「絡合」

「エマさん、オスニエルさん。ヴァルターです」


 そう言ってドアノッカーを打ち付ける。コンコンと小気味良い音が鳴ると、家の庭に植わっている木で休んでいた鳥がばたばたと逃げていった。

 それからやがて聞こえてくるだろう可愛らしい声音と足音を待っていたのだが――何も返答がないまま数十秒が経過した。


「……あれ?」


 いつもであればノックをするとすぐドアが開いて、女神のような笑みを浮かべたエマが嬉しそうに出迎えてくれるのだが――今日はそれがなかった。


「エマさん? いないのかな」


 返事がないのを訝しんで、ヴァルターが首を傾げる。何かおかしい。今は日が沈み始めた夕暮れで、七人が家を訪れるいつも通りの時間であるはずなのだが。


「変ね。今ごろならいつも家にいるのに」


 アンナも同じく不審に思ったらしい。疑うような表情で家の窓を眺めている。


「あのー」


 三度目の正直とはならず、やはりドアの向こうからの返事はない。

 彼女たちの家にはもう何度も訪れていたし、訪ねる時間だって告げておいてあった。そのためヴァルターはノックをして返事がないとみるやいなや、ゆっくりと自らドアを開けてみる。


「あれ、開いてる。お邪魔しまーす……」


 決してそういうつもりでも目的でもないのだが、こう家人の出迎えなしで他人の住居に入るとまるで自分が泥棒であるような気がしてくる。

 するとそれを後ろから見ていたセレナも同じことを思ったようで、


「ヴァルター、その歩き方は完全に犯罪者よ」


「うっ」


「お前が後ろにいたら俺は刺す」


「レオは何でいつも戦士としての目線なんだよ」


 やかましい仲間たちめ、と心の底で煩わしく思いながらも、ヴァルターはそろりそろりと中へ侵入する。もとい、入る。

 と、何とも親切なことに後方からセレナが茶化してくるのに対応しながら、ヴァルターは首の向きを前方へとスライドさせた。

 その瞬間だ。


「――――え」


 ヴァルターの視界に、見てはならないものが映った。映ってしまった。

 家の床に仰向けに横たわったオスニエルと、その上に四つん這いになっているエマが。


「本当にお邪魔してしまいましたッ!」


 ばたーんと近隣住民から白い目で見られそうな大きな音を立てながらドアを閉める。仕方がない。あれは致し方なかった。


「うーん、やっちゃったわね、ヴァルター」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるセレナ。底意地の悪い女である。

 他の面々も彼女の反応で察したらしく、そのほとんどが「ああ……」という表情を作った。みな一様に同じ顔をしているのが少しおかしい。その直後に、みな一様にヴァルターが悪いというような顔をしたのはもっとおかしい。


「俺が悪いのか、これ。……いや、俺が悪いのか」


「何一人で納得してるのよ」


 アンナが呆れたふうにため息をつく。

 彼女に対して微妙な表情をしていると、ずっと何が起こっているのかわからないというふうに小首を傾げたフィリーネと目が合った。


「あの、皆さんどうしてヴァルターさんを睨んでいるんですか?」


「フィリーネは気にしなくていいのよ。一生知らないままでいて」


 きょとんとしている麦わら帽子の彼女をセレナがたしなめている。大人の余裕というやつを見せたいのだろうか。

 しかしフィリーネは自分だけ置いてけぼりの状況がご不満らしく、セレナをうるうるした瞳で見つめた。


「でも私、知りたいです」


「よしわかった。今夜は同じベッドで寝ましょう」


「アンナ、絶対に阻止しろよ。いいな」


 ハア、とアンナが二回目の呆れたため息を吐き出す。こればかりはセレナが悪いだろう。どこぞの砂漠で共にいたらしい女の影響か、彼女は女たらしが過ぎるのだ。

 と、フィリーネの頭を好き放題に撫でまわしているセレナをヴァルターがぐぬぬと睨みつけていたそのときだった。


「いや、足音がすごいな」


 ヴァルターがそう呟くのと同時に、目の前のドアが勢いよく開く。瞬間ヴァルターの額に強烈な痛みが走って、中から飛び出してきたエマが「わあ!?」と叫ぶのが聞こえた。

 なんだろう、もうすでに夕食を頂いて帰るときのような気分だ。実際にはまだ一歩しか家の中に踏み入れていないのだが。つまりお腹いっぱいということである。


「ごっ、ごめんなさいヴァルターさん! 大丈夫ですか……?」


「問題ない、心配しないでくれ」


「え、何でイグナーツが言ったの? 俺がドアぶつけられたんだけど」


「問題あったか?」


「いや、俺の額に関しては問題ないけどお前が代弁することに関しては問題大有りだよ。ああもう紛らわしいな!」


 きゃんきゃんと叫ぶヴァルターに穏やかな笑いが起きたあとで、七人が家の中に入る。やっとのことで入れたものの、肝心の内部はどうしてか物が散らかっていた。


「何でこんな嵐が来たあとみたいになってるんだ……」


「嵐といえば嵐だったな」


 低く聞き心地の良い声がしたほうを向くと、思った通りオスニエルが立っていた。彼はどこか疲れた様子で服のしわを伸ばしたり付着した埃を払ったりしている。


「オスニエルさん」


「さっきはすまなかった。見苦しいところを見せたな」


「あっ、いえ」


 ヴァルターの目線が泳ぐ。

 それと同時にエマは茹でた蛸のように顔を真っ赤にすると、ぺこりとお辞儀をした。


「その、さっきのはそういうのじゃなくてですね。私が数秒の間に連続して粗相をしてしまった結果、あの体勢になってしまったというか……」


「それはもう粗相ってレベルじゃないのでは」


「だから言ったろう。嵐だと」


 オスニエルはそういつもの不機嫌そうな顔のまま言うと、キッチンまで歩いて落ちていたフライパンを拾い上げた。


「まずエマが食器類に体をぶつけて床に落とした。そしてそれをキャッチしようとしたところで重ねていた調理器具に片手を衝突させばらまいた。きっと割れた皿を回収しようと考えて塵取りを持って来ようとしたのだろうな。慌ててキッチンから出たところを、手狭だったものでテーブルで食材を切った帰りだった俺とぶつかった。その結果包丁とまな板が宙に舞い――もう少しのところでエマの頭に切っ先が刺さりそうだったから、俺が咄嗟に手を引いてそれを躱した。すると食器類を割ったとき一緒に床に落ちていた調理用のハンカチをエマが踏んで、滑った」


「才能ですね」


「才能だな」


「本当に申し訳ありませんでした!」


 エマが今にも泣きだしそうな顔と声でもう一度頭を下げる。というかヴァルターはオスニエルがあれだけ長く喋り続けたのを初めて聞いた。


「まあお前が無事ならいい。さっさと片付けるぞ」


「オスニエルさん……! えへへ」


「調子に乗るな。次やったら撃つ」


「はい……」


「というわけで、俺たちは後片付けをする。すまないが、君たちは座って待っていてくれ」


「え、俺たちも――」


「こ、これこそただの私のミスなので! 皆さんは休んでいてください」


 二人が作業に入る。オスニエルが冗談にならない類の脅し文句を口走っている気がしたが、言われたエマはすぐニコニコしていたので聞き間違いだったのだろう。

 オスニエルがしゃがみ込んで割れた破片を拾う。

 その隣に並んでいそいそと後処理をこなしているエマは初めこそ申し訳なさそうにしていたが、いつの間にか楽しくなったようで嬉しそうにはにかんでいた。時折ちらとオスニエルの顔を見ると、我慢できないといった様子で頬と口元を緩ませている。


「……いい顔ね」


「ん?」


 いつの間にか隣にいたアンナが呟く。彼女も並んで破片集めをしている二人を眺めていた。


「エマさんのことか?」


「そう。オスニエルさんと一緒にいるのが嬉しくて仕方ないって感じ。お似合いだわ」


「そうだな」


 ぼうっと彼の横顔に見惚れていたらしいエマがオスニエルに気づかれて叱られている。

 そんな二人の背中はとても愛らしくて、幸せそうだとヴァルターは素直に思った。

 と、アンナはふうと息を一つ吐くと、ぱっと向きを変えて、


「さ、私たちは向こうで待ってましょ。ここにいるのも何だか変だし」


 彼女に頷き返して歩き出す。居間の横にあるテーブルに向かうまでの道中、アンナが先に話しかけた。


「そういえば、前もこんなことあったわよね」


「何がだ?」


「ヴァルターが現地の人と仲良くなって、招かれちゃうってこと」


「そうだっけか」


「そうよ。ほら、アントゥークでのユージン王とか。あのときは本当にびっくりしたんだから」


 そう言われてみれば、とヴァルターも思い出す。あのときも宿屋への帰路の途中でアントゥーク兵士たちに囲まれて、突然王城に来るよう言いつけられたのだ。


「いやでも、あれは仲良くなったんじゃなくて疑われたんだろ。街中で騒ぎを起こしてさ」


「そうね」


 ふふっとおかしそうに笑うアンナ。そのまま二人で並んでテーブルの椅子に腰かける。

 前にはヴェリやフィリーネがいて、彼らも二人の話が聞こえていたらしかった。


「懐かしい話をしてるね」


「あのときは驚きました。ヴァルターさん、アントゥークに到着して初日でユージン王にお呼ばれされてしまうんですもん」


 あはは、と乾いた笑いを漏らすヴァルター。あのときは自分自身も本気で怖がっていただけに、思い出さずに済むのであればそのままそっとしておきたい記憶ではある。


「あなたって案外トラブルメーカーよね」


 アンナが両肘で頬杖をつきながら言う。自分のせいで彼女には呆れ顔ばかりさせているような気がする。


「……まあ、トラブルメーカーじゃなければ今こんなことはしてねえな」


 ヴァルターはそう言って、自身の数奇な運命を皮肉った。特にこうなったことに喜びを見出しているわけでもないし、かと言って恨み節を漏らすつもりもない。確かにやりたくないこともできれば避けたいこともあったが、それを何とか受け入れてここまで歩いてきた。


「……そうね」


 アンナはそれだけ言うと、ほんの少しだが頬を綻ばせた。彼女はヴァルターが旅立った最初のときから一緒にいてくれているから、自分のその複雑な胸中にも共感できるのだろう。


「皆さんすみません、せっかく来ていただいたのにお待たせしてしまって」


 突然違う声が飛び込んできたかと思えば、キッチンから出てきたエマだった。彼女は長く美しい濡れ羽色の髪を一つに結わえている。


「いや、全然大丈夫ですよ。こちらこそ大変なときに押しかけちゃってすみません」


 ヴァルターがそう丁寧に答えると、エマはにっこりと笑った。


「エマ、何をやっている。サボるな」


「はい!」


 姿の見えないオスニエルに呼ばれて、エマは背筋をびくんと跳ねさせる。彼女は椅子に腰かけていたヴァルターたちへ気恥ずかしそうに手を振ると、さっと踵を返して戻ってしまった。




 それから歓談して待つこと十分ほど。食器類の後片付けを完了させたオスニエルとエマが戻ってきたあと、彼らは再びキッチンへ行ってしまった。とはいえ夕食はほとんど出来上がっているらしく、それからヴァルターたちがご馳走にありつくのには長くかからなかった。


「うーん、今日もおいしい」


 ヴァルターが幸せそうな顔をしながらオスニエルの作った料理に舌鼓を打つ。


「レオが凄い勢いで食べ進めてるね」


「あれはなヴェリ、パフェを食べてるときと同じ速度だ」


「それだけ美味しいんだろうね」


 ヴェリが目じりを下げて笑う。呆れ笑いと言えなくもないが。

 すると二人の話をどうやら聞いていたらしいエマがえっへんというように胸を張って、


「オスニエルさんのお料理は世界一です。オスニエルさんより美味しいご飯を作れる人はこの世にいないはずです」


「そんなわけがあるか。適当なことを言うな」


 楽しそうなエマとは対照的に、大げさな褒められ方をしても至って冷静なオスニエル。何度かともに食事をとってきたが、ヴァルターは毎回のようにこの二人は正反対だと思っている。

 するとエマはオスニエルが認めないことが不服なようで、軽く唇を尖らせた。


「ええ。私は本気でそう思いますけど」


「知るか。そもそもお前は俺の料理以外ほとんど知らないだろう」


「あ、それもそうですね」


「……オスニエルさん以外の料理をほとんど知らないって?」


 引っかかったのだろう、ヴェリが尋ねる。確かに少し変な言い方ではあった。

 するとそれを聞いたオスニエルは幾ばくか顔をひきつらせた。何か核心に迫る質問だったのだろうか。隣に座るエマはその相好を崩していないが。

 オスニエルが答えあぐねていると、そこへ新たな追及者が参戦する。アンナだ。


「あの、お二人ってどんな関係なんですか? ただの居候には見えないというか」


「……」


 オスニエルは言葉を詰まらせると、やがてハアと息を吐き出した。そして、


「……隠しきれないか。お前が構わないんなら言うが」


 そう観念したように呟いて、隣のエマを見やる。すると彼女は微笑みながら頷いた。それを確認してからオスニエルは話し始める。


「……こいつは元々放浪者でな。俺の家の前で倒れていたところを拾ったんだ」


「えっ、そうなんですか」


 ヴァルターが驚きの声を上げる。偏見かもしれないが、今のエマの姿からはほんの少しもそのような過去は感じさせない。というよりか、彼女の美貌は生活苦を一瞬で解決できてしまいそうな類のものだ。

 エマは「えへへ」と照れたように頬をかいて笑うと、


「実はそうなんです。オスニエルさんには良くしていただきました」


「それでだが……色々あってな。こいつはつい最近まで記憶喪失だったんだ」


「記憶喪失?」


 ヴェリが繰り返す。それにオスニエルが頷いて返して、


「ああ。その名の通り、こいつには俺と出会う以前の記憶がなかった。ただ少し前、その記憶が戻ってな。それはまあ良かったんだが……事細かに思い出すことは出来ないようで。俺たちもそうであるように、昔食べたものの味などを逐一回想することは無理らしい」


 なるほど、とヴァルターは自身の脳内で一つ一つが繋がる感覚を抱く。


「だからオスニエルさん以外の料理をほとんど知らない、ってことなんですね」


「そういうことだ」


 確かに、彼の言う通り記憶を失った経験がない自分だって、これまでに口にしたものの味などはほとんど忘れてしまっている。なぜ彼女が記憶喪失などという驚きの現象に遭ってしまったのか、それはわからない。気になるところだが、オスニエルが「色々あった」と含みのある言い方をした時点で人には話しづらいことなのだろう。彼がそうだと示したものへ更なる追及をするのは無粋というものだ。

 とはいっても、記憶喪失に巻き込まれた張本人であるエマはまたもや「えへへ」と恥ずかしそうに笑っていたが。自分自身が憂き目にあっていたというのに余裕なものである。

 するとヴァルターがそう考えていたことを察したのか、エマは天使のごとき微笑を携えながら言った。


「私はこれでいいんです。オスニエルさんと一緒にいられれば、それで」


「……」


 エマが、まさに心の底からオスニエルといられることが嬉しいというような笑みを浮かべる。その表情には、無意識のうちに胸の奥から溢れ出てしまうありったけの幸福感が刻まれていた。

 隣ではオスニエルがこっ恥ずかしそうに目をそらしていたが、ヴァルターたちはそんな微笑ましい二人を見て頬を綻ばせる。


「……あ、お水がなくなってしまってますね。ピッチャーを取り換えてきます」


 と、テーブルの上の容器から飲み水が尽きているのを発見したエマが立ち上がる。彼女はピッチャーを手に取ると、そのまま踵を返してキッチンへ向かっていった。


「ふんふんふふーん」


 エマが上機嫌に鼻歌を歌っている。どこかで聞いた覚えのある曲だ。

 はて、一体何だったろうか――そう考えを巡らせたヴァルターだが、出てこない。すぐそこまで来ているのに最後の一押しが決まらないようなもどかしさを抱えていると、ともに会話を聞いていたフィリーネが答えを出してくれた。


「エマさん、あの歌をよく歌っていますよね」


 そうだ。ヴァルターたちが初めてこの家に招待されたときからエマが口ずさんでいた歌だった。

 フィリーネの何気ない問いかけに、この場にいない彼女に代わってオスニエルが答えた。


「そうだな。もとは俺の母親から教わった曲で、それを俺があいつに聞かせたんだが……随分と気に入ってしまったらしい」


 困ったように眉を下げるオスニエル。でも彼の表情はどこか嬉しそうだった。自分が教えた曲を気に入ってくれたからだろう。

 と、ピッチャーに新鮮な飲み水を補充して戻ってきたエマが興奮したように言う。


「そうなんです、私この曲とっても好きなんです。何といっても歌詞が悲しくて切なくて、でも優しくて」


 エマはそう熱弁すると、ばっとオスニエルのほうを向いた。


「そうだ、オスニエルさん。せっかくなので皆さんに披露してさしあげましょう!」


「駄目だ」


 オスニエルが冷たくあしらう。非常に嫌そうだ。

 とはいえ流してしまうのもエマが可哀想なので、一応ヴァルターは詳細を聞いてみることにする。


「えっと、何を披露するんですか?」


「オスニエルさんの超絶技巧を!」


「言いすぎだ。世界の演奏家たちに一人ずつ謝れ」


 オスニエルが不機嫌そうにエマを見やる。しかし彼の目の前にはきらきらと目を輝かせたエマがいる。

 彼はしばらく彼女を凝視したあとで、諦めたようにため息をついた。オスニエルはエマに対してはときおり酷く甘いところがある。


「……まったく。少し待っていろ」


 そう言って席を立ったオスニエルが持ってきたのはギターだった。なるほど超絶技巧とはそういうことかとヴァルターは人知れず納得する。

 しかし美しい銀髪と端正な顔立ちのオスニエルがその腿にギターを乗せていると、とても絵になる。その前へ言わずと知れたエマを置けば、もうどこかの国の王子と姫君の完成であった。さしずめ、王城の中庭で禁断の密会といったところだろうか。


「……」


 オスニエルが弦を弾く。一つ一つの音の粒が絡み合っていき、優しげなメロディがヴァルターたちの耳をくすぐる。

 オスニエルが歌う。それに続いてエマも歌い始めた。低く落ちついた声音と、透き通るように綺麗な声音が調和する。


 もう戻ってこない

 あの人に向けて何度もお祈りをした

 夢のなかで口付けをして

 まだ私は会えない


 横を見れば あなたがいて

 足跡はいつも四つだった

 大きくて確かな名残は

 寒い夜もあたたかくて


 本当だったことが嘘で

 嘘だったものが本当で

 きっとまた迷ってしまうから

 あなたの信じた私を信じる


 もう戻ってこない

 あの人に向けて何度もお祈りをした

 夢のなかで口付けをして

 まだ私は会えない


 それでも私は

 あなたに会いに行く

 理由なんていらない

 ただ愛しているだけ


 柔らかな音色が琴線に触れる。

 そのやさしくてかなしい歌を、ヴァルターはきっと忘れることはないだろう。

 そう確信してしまうほどに、二人の歌はヴァルターの心に染み渡った。


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