第9話 「タタルタタラヌ」
火事騒ぎから数日後、ヴァルターが退院しやっとのことで村を発つ準備が整った。
依然ヴァルターとイグナーツの間には気まずい空気が漂ったままではあったが、イグナーツが大人の対応を見せたことでヴァルターもそれに乗り、所謂うわべだけのコミュニケーションに落ち着いている。
あるいはイグナーツの温厚で冷徹な付き合い方に乗らされた、と言った方が正しいかもしれない。
故に、ヴァルターは先の論争は何一つ意味を成さなかったものとして考えるようにしている。
無理やりにでもそう思い込もうとしなければ、互いの間で禁忌となっているはずの先日の話題を辛抱ならずに口走ってしまうのは目に見えており、表面上和解した自分とイグナーツの顔に泥を塗ることになるからだ。
季節は真冬、比較的アストリアの南に位置するテオスの街とはいえ、外に出れば体を震わせずにはいられない寒さを伴う普通の日。
ヴァルターが故郷を離れてからもう少しで二十日が経つ。
正直胸焼けでもするほどの非日常続きだったため、数日かそこらしか経過していないような錯覚を抱きながら、朝日に向かって背伸びをした。
思えば、この短い激動の中で命を落としかけたことは何度もあった。
書庫でのハザとの邂逅に始まり、兵士の波からの逃走、隊長の風を切る薙ぎに、原因不明の心臓の痛み。そして思い返すだけでも吐き気が再来する、悪臭という概念を具現化したかのような牢獄。
中でもあの牢獄は心臓の痛みと肩を並べるほどの生命の危機だったろう。
もしあの時にスチレットが来てくれなければ、自分の惰弱な精神では耐えることは叶わなかったはずだ。
そう考えると、力を借りようとする目的はあったとしても、ヴァルターが助かったのはイグナーツのおかげである。それには感謝しなくてはならない。
ヴァルターは新しく部屋を取った宿の扉を開け、退院してからのここ数日日課になっているある場所へ向かっていた。
街の出口を抜けて少し歩いた先にあるのは、緑が生い茂る森。
季節は凍える真冬であるはずなのに不思議と木々は未だ枯れることなくその新緑を保っていて、それもあってか朝日の降り注ぐこの森は何となく神聖な感じがした。空気も非常に澄んでおり目がよく冴える。
ヴァルターは予め用意しておいた水の入った袋を鞄から取り出すと、蓋を開けて思い切り中身を顔にぶちまけた。冷気によって威力を増した水が叱咤激励するように自分を打つ。
顔面の痛みと共に悪徳が浄化されていくこの快感が、ヴァルターを毎朝ここに誘っていた。
「――つっめてぇ」
「よくやるわね」
思わず笑みがこぼれるヴァルターに、後ろから呆れた声がした。
見慣れた朱の外套に身を包んだ赤髪の少女――アンナだ。
アンナは霜焼けで赤くなった手に息を吹きかけながらヴァルターの隣に並ぶと、その可愛らしい小さな手のひらをこちらに差し出した。
「ちょっと貸して」
「お、やっとやる気になったか」
朝は毎日ここでアンナと会う。
お互い宿の部屋は別々なので、本来ならさも約束したようにこの森で顔を合わせることなどあるはずがないのだが、十数年も一緒にいると思考回路まで似てくるらしい。
「あなたが余りにも楽しそうだったから」
皮肉なんだかよくわからないことを言って、数回の早旦で一度たりとも手を出そうとしなかった水袋をアンナが受け取る。
目が覚めるから、とヴァルターが勧めても断固拒否していたのだから、ついにといったところだ。
アンナは目をつぶって、恐る恐る彼女の小さな顔の上に袋を掲げる。
今こうして客観的に見ると、なるほど確かに真冬の朝にこの光景は大分異常だ。
とは思いつつもアンナの額に冷水が流れる瞬間を今かと内心期待して待っていると、袋の口からぽたりと一つ水滴が垂れた。
「ひゃっ」
想像を超える冷たさに可愛らしく反応して、アンナが腕を下げる。
「いや、そんな女の子っぽい反応は期待してない」
「失礼ね!?」
「ははは」
「はははじゃないわよ。こっちは毎日様子見に来てあげてるのに」
「ん? 様子見にって? アンナも目覚ましにここに来てるんじゃ」
ヴァルターが言うと、アンナは突然目を見開いて空いた左手を口に押し当てた。何か焦っているように見える。
「――! そ、そう。そうよ」
「じゃあさっきのはどういうことだったんだ?」
「いやだから、それは! ちょっと口が滑って! ええい、うっさい!」
「あだっ!?」
あたふたしたアンナはヴァルターの顔面に水袋を投げつけ――叩きつけるなり、街の方へと走って行ってしまった。
「超理不尽」
柔軟性のある柔らかい水袋だったのでそこまで痛くはなかったが、理不尽であることに変わりはない。困った幼馴染みである。
地に落ちた袋を拾って土を払い、深呼吸。新鮮で神聖な空気をたっぷりと肺に補充して、もう十分だろうと踵を返す。
アンナは、ヴァルターとイグナーツの口論の間ずっと口を閉じていた。突然剣呑な雰囲気になっても、彼女は割り込むことなくただひたすらに耐えてくれていた。
アンナも自分が励ましたはずのイグナーツが正反対のことを言い出したのだから、きっと複雑な心境だったろう。
そんな彼女の機微への配慮を鑑みなかったイグナーツに再び怒りの念が沸き起こってくるのを抑えながら、テオスの小さな門をくぐった。
宿の扉を開けて一階にある酒場へ。毎朝三人で朝食を食べているが、言わずもがな無言である。今日も今日とてその例から漏れることはない――と思っていたものの、珍しくイグナーツが口を切った。
「今日出発しよう」
「あ、ああ」
「ヴァルターも退院したし、これで準備は万端だ。アンナもいいか?」
「ええ」
アンナが気まずそうに頷くのを見て、先ほど考えたことが脳裏をよぎる。
それと同時に、これからどうなるのか――こんな状態で王の打倒など成せるのか――ヴァルターの心の中に不安が生まれて、体に緊張が走った。
「食べ終わったら出発だ。目的地はアストリア西部。かなりの距離を西進することになる」
木のプレートに盛り付けられた朝食をさっさと胃の中に流し込んで一旦自室に戻る。
主に食料などの重いものはイグナーツが管理してくれているが、各々自分の荷物は自分で纏めなければならないので、部屋に帰って準備をしたかったのだ。
幼い頃は母親に、親を亡くしてからはアンナに任せっきりだったこういう類の作業にはどうにも慣れていないため時間を要する。
と、ヴァルターがいそいそと用意を進めていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
あまり聞いたことのない弱々しい音で、主が誰なのか気になって扉を開いてみれば、アンナである。手を後ろに組んでヴァルターを見上げていた。
「イメージとだいぶ違うな」
「さっきから失礼ね」
「ノック音がなんて言ってないだろ」
「今言った」
「あ」
「ふふ」
生まれたときから同じ時間を重ねることが多かったからこそ出来る、ヴァルターとアンナの応酬。
それは今朝したものと同じ――に見えたが、どうもアンナの返答には力がこもっていない。無理して応対しているような感じだ。口にも作り笑いを浮かべているし、何かあったのか。
「……まぁ、そうだよな」
何故アンナが笑顔を作るのかなど、それが理解出来ないほどヴァルターは人の情緒に疎いわけではない。彼女がイグナーツのことを気にしているのは明白であった。
「……ごめんね。ヴァルターはちゃんとしてるのに。何でか私、上手にイグナーツと接することができなくて。……それで不安になっちゃって」
アンナは目を伏せて言いながら、後ろで握った両手を放したり握り直したりする。
やはり、この強気に見えて根は優しい可憐な少女は、心に傷を負っていたのだ。
予想できる範疇ではあったものの、自分たちの下らない論争のせいで彼女を傷つけてしまったということが事実であると突き付けられて、ヴァルターの心がアンナと呼応するように痛む。
「ごめんはこっちだ」
優しげな声音で言って、アンナの頭に手を置く。
しかし子供扱いするなと怒られるのを危惧してすぐに手を離そうとした……ものの、アンナは位置が定まっていなかった彼女の両手をヴァルターのそれの上に重ねて乗せてきた。
アンナの頭にヴァルターの右手、そしてその上にアンナの両手という何ともおかしな構図である。
「アンナ?」
「初めてだったの。今まで私が話す相手なんてヴァルターとお母さんぐらいだったから、目の前で人の言い争いを見るなんて初めてだった。止めたかったけど、怖くて。でも段々止めちゃいけない気もしてきて、わからなくなっちゃったの」
アンナはそう、喉から絞り出すような声で言った。
「どうなるのかな、これから」
「……大丈夫だ。俺らの目的はハザを倒すことであって、イグナーツと仲良くすることじゃねぇ。それにこれは俺とイグナーツの問題なんだから、アンナがそこまで気にする必要はないさ」
アンナは暫しの沈黙のあと、声を発することなく頷いた。納得はしてくれていないだろう。
それでも同意を示したのは、きっとヴァルターの顔を立てるため。つくづく自分には出来すぎた幼馴染だと思う。
アンナが自室に戻ったので、話している間開きっぱなしだった扉を閉める。
「それに比べて俺は何をしてんだ……」
扉の壁に寄りかかって、そんなことを虚空に呟いた。
用意が一通り済んで、アンナと集合場所である噴水広場へ向かう。
テオスの名物のような存在である大きな噴水。その傍に堂々と立つ銀色の剣を携えた騎士――イグナーツだ。煌びやかな剣に彼の背の高さが相まって、かなり目立っている。
「もう来てたんだな」
「ああ。では行こうか」
さっさと歩き出すイグナーツについていくような形でテオスの街道を行く。
身につけているものから歩き方まで、その様態はまるで主君と家来といった感じであり、更にあの争いの無意味さに拍車をかけていた。少しばかりの不愉快さを覚えるも、それを心の奥に押し込んで歩みを続ける。
と、行動を開始して数分がたった頃だった。
「――この間の宿屋の火事はあの村の祟りが原因さ」
聞き慣れない言葉が耳に入って、ヴァルターは思わず足を止める。
声の主に目をやれば、男数人が座り込んで集まっている。下馬評といったところだろうか。
「あの火事は調理室が原因なんじゃなかったのか?」
「ええ、そうだったはずだけど……」
ヴァルターが大火傷を負った先日の火事は料理人の不手際によるものと説明を受けた。
勿論見知らぬ人間からではなく宿屋のオーナーからなので、確かな情報だ。
それが”あの村の祟り”とはどういうことなのか。
「あんなのはただのデマだ」
「え?」
男たちのところまで行って詳しく話を聞こうとしていたヴァルターを窘めるように、後ろからもう一つ新たな声が飛んできた。三人が揃って振り向く。
「あの村が祟りを放つことなどない。あれはただのこじつけに過ぎん」
「お、お父さんっ」
仏頂面をした、中肉中背で茶髪の男。そして隣には焦った表情の小柄な少女が――刹那、ヴァルターは時が止まったように目を奪われた。
純真無垢という言葉を体で表したような、まさに深窓の佳人と讃えるべき雰囲気と恵まれた顔立ち。
何故か季節感を完全に無視した麦わら帽子を被っている点を差し引いても、文句のつけられない美少女だった。胸元には銀色に輝くペンダントが揺れている。
「あの、ごめんなさい。お父さん、あの村の話になるといつもこうで」
「当たり前だ! あんな失礼な話があるか」
茶髪の男は怒り心頭に発した顔色で言う。あまり似ていないが、この二人は親子らしい。
「どういうことなんです? 祟りって」
「ヴァルター」
男に尋ねるヴァルターをイグナーツが落ち着いた声で呼ぶ。無駄なことに時間を割くなという意思表示だろう。
しかしヴァルターはそれに「少しだけだ」と返して男に向き直り、
「話を聞かせてください」
「……俺はセドリック・アディ。この街の近くにな、小さな村があったのさ」
「小さな村が、あった」
「滅んだんだ。五年ほど前」
滅んだ――。
ヴァルターはそれなりに規模のある街でしか過ごしたことがないため、そういった村の危機というのは酷く非日常なものに感じたが、きっと人口の少ない村にとって存続不可能に陥ることは特段珍しいことでもないのだろう。
あるいは、自らあとにしたファンティーレもあの寂れた状況のままでは同じ結末を迎えてしまうのかもしれないが。
「何で滅んでしまったんです?」
「ちょっと、ヴァルター」
廃れたファンティーレとその滅んだという村に何となく通じるものがあるような気がして、つい行き過ぎた問いかけを放ってしまったが、アンナが途中で遮ってくれた。
しかしセドリックはそれを気にする様子もなく――いや、ほんの気持ち程度瞼を伏せて、
「……まぁ、色々だ」
神妙な面持ちで答える。何か口外できない理由があるのかもしれない。そう隠されると聞いてみたくなるが、アンナに咎められたようにこれ以上はさすがに失礼だ。
しかしセドリックはヴァルターの心内とは裏腹に、咳払いを一つして話を続行した。
「人間というのは自分の理解を超える事象が発生すると、どうしてもそれを正当化させて自らを安堵させたがる。あるいはその逆……どんな物事でも強引に正当化させてしまえるような大きな理由は、人々に恐れられ都合の良い弁解の材料になり得る。それこそあの村のように」
自分の理解を超える事象――例えば人の抵抗など意味をなさないような自然災害。
火事の一件は人工的な災害だったわけだが、それでも人々を恐怖に陥れるだけの力は十二分にある。
そしてその事象を、更に人々にとって恐ろしく忌避の対象である「滅亡」という大きな理由と繋げてしまうことで無理矢理に正当化させる。
そうやって、あそこでたむろしている男たちは自分の精神の安定を保っているのだ、とセドリックは言いたいらしい。
とは言えそんなやり方では何の解決にもならないし、突き詰めてしまえば火事の点では安心出来ても村の祟りの点ではどうなのだ、とある意味矛盾が生じる。
つまり、やはりと言うか、ただの下らない戯言に過ぎないのだ。
それを改めて言葉に表してしまうと何ともちゃちで滑稽な人間の悪徳だが、なるほどそれが人間なのであろう。
ただ、ここまでのセドリックの話を聞いて、ヴァルターは妙に納得しかけていた。
火事の件で心に不安の種を蒔かれた住民が、近くの滅びた村の祟りだと妄言を吐く。
勿論その行動に対してもある程度理解は出来たものの、何よりヴァルターが納得しかけたのはセドリックの持っている怒りに対してである。
祟りだと噂をするのは、亡くなってしまった故人たちを侮蔑することに直結する。そう考えると、セドリックがあれだけ怒るのも当然――。
「ヴァルター」
低い声で呼び掛けられてはっと我に返る。イグナーツだ。
彼はヴァルターの顔の近くまで屈むと、周囲に聞こえないようにか、小声で言った。
「あまりセドリック殿に肩入れするな。君が彼の心中を理解するのもわかるが、私たちは彼のことをほとんど知らない。祟りなどという物騒な単語が出てくるのだから、この街とその滅びた村というのは良好な関係ではなかったことは明らかだろう。良くても交流がなかった、という程度のはずだ」
さすがは元騎士、としか言いようがない。ヴァルターが自らの脳内で考えを巡らせていた数秒の間では少しも気づくことが出来なかった。
そう、イグナーツの言う通りこの街と村の仲が良かったのであれば、滅んだとしても「祟り」のような明らかに悪意のある言葉は生まれてこないはずなのである。
つまり、テオスの街の住民が、滅びた村の故人を貶されて怒るのは――。
「よっぽど正義感の強い人か、何か裏がある人間、ってことね」
ヴァルターの結論を、代わりにアンナが小声で述べる。
「そうだ。本来ならばセドリック殿が怒る大義名分はない。……警戒しろ」
イグナーツの肝の座った声音に、身が引き締まるのを感じる。ヴァルターは顎を引きながらセドリックをまじまじと見つめて、
「……その村はどこにあったんですか?」
「テオスの出口を出て少し歩いた先にある。今はただの森林になっている」
「え? そこって」
ヴァルターが横にいるアンナを見ると、丁度彼女もこちらを向いて目が合った。
出口に近い森林――どう考えても、毎朝通っていたあの清らかな空気に包まれた森のことだろう。
生活感などゼロに等しかったし、あそこが元々村だったというのは信じられないが、それ以上に信じ難いのは朝日に照らされて神聖な雰囲気を醸すあの森林から「祟り」などというネガティブなワードが創造されたことだ。
祟りどころか、無宗教のヴァルターでも神の加護というものをどこか感じたのに、である。
「あの森からそんな邪悪な感じはしなかったけど……ね、ヴァルター」
「ああ」
「そうだろう。だから、あやつらのアレは単なるデマ、こじつけなのだ。祟りなど、そんな訳がない」
「なるほど……なぁ、イグナーツ」
ヴァルターは少し考える素振りを見せたあと振り向いて、イグナーツに声をかける。
「どうせその出口からテオスを発つんだし、最後に一回寄ってもいいか?」
ヴァルター自身あの森は非常に気に入っていたからもう一度立ち寄りたかったし、本当に祟りなどありはしないのか確かめてみたい気持ちがあった。
ヴァルターの提案を聞いたイグナーツはすんなりと頷いた。一筋縄ではいかないと予想していたため意外ではあったが、
「ありがとう。じゃあ、俺たちそろそろ行きます。話を聞かせてくれてありがとうございました」
別れの言葉を口にしてセドリックらに背を向け、歩き出そうとする。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
セドリックは三人を呼び止めると、隣にいた少女の背中を押して彼女を少し前に出させた。
麦わら帽子を被った美しい少女は突然の父親の行動に一瞬慌てるような表情を見せたあと、まるで小動物のように縮こまっている。
「俺の娘だ。ほら、ちゃんと自分で説明しなさい」
「は、はひっ」
少女は父親の指示を聞いて肩をぶるっと震わせると、返事なのかよくわからない擬音語を発して、頬を赤らめながら俯き加減で話し始めた。
「わた、私、フィリーネ・アディといいますっ。あの、私先日の火事のときに、宿の前で様子をうかがってましてっ、そのときちょうど小さい女の子をおぶったあなたを見て」
「ヴァルターを? ということは私たちの近くにいたのかしらね」
「確かあなたも見たと思いますっ。そ、それで私、前から自信のない自分が嫌で、そんな自分を変えたいって思ってて。だから、あの、女の子を助けてるあなたがすごく格好よくて、その、えっと」
「格好いい……へえ。うん、それで?」
アンナの声音が急に変貌したが、よくわからないので気にしないでおく。
それよりフィリーネ、と名乗った彼女がその鈴のような清白なる音色で次に何を紡ぐつもりなのかを知りたかった。
フィリーネは少しの間もじもじしたあと、言うことを決意したのか小さな拳にぎゅっと力を入れて、
「――私も仲間に入れてもらえませんかっ!!」
「うるさ!?」
「わあああああすみませんっ!」
あまりにいきなりすぎる音量の増大につい反応してしまった。見たところ話すのが苦手に見えるし、ボリュームの調節に失敗したのか。周囲の人たちも何事かとこちらを見ている。
「いや、まぁ大丈夫だけどさ……。鼓膜なら復活するし」
「破れてるじゃない……」
「冗談だよ。ええと、仲間になりたいっていうのは、俺らの旅に同行するってことか?」
つい自分たちが今している行動を「旅」などと一括りにしてしまった。
とは言っても、こんな無関係で小さな女の子に王政打倒のことなど漏らせるわけがない。仕方がない。
「は、はい、そうです。あなたたちと一緒に旅に出て、経験を積んで強くなりたいんです。身体的にもっていうのは勿論そうなんですけど――精神的にも」
「……」
「駄目だ」
「え」
「貴女のようなまだ若い女性には危険だ。申し訳ないが、連れて行くことは出来ない」
イグナーツが即答。妥当だろう。
「か、構いません。どれだけ危険でも……足手まといにはならないように頑張ります! あ、あと人の傷を治せるのでサポートなら出来ると思います。だから……」
フィリーネがそうアピールしても、イグナーツは首を横に振る。
彼女には可哀想であるし、正直傷を治せるとは何のことなのか気になったが、これにはヴァルターもイグナーツに同意だった。
これから行った先で戦闘が発生することがない、なんて希望的観測が通じるほどこの世界が甘くないのはわかっているつもりだ。
だからこそ、そうなればヴァルターは自分を守ることに精一杯になるはずであり、アンナやイグナーツと違って戦闘手段を持ち合わせていないらしいフィリーネのことまで考慮できる自信がない。
それに仮に戦える力があったとしても、信用ならないセドリックの娘、という時点でイグナーツは拒否していただろう、と前に歩み出た彼を見て思う。
「すまない、わかってくれ。貴女を思ってのことだ」
「……は、い」
フィリーネが未練がましい顔で頷く。
「では、私たちはもう行きます」
告げて、軽く頭を下げたあとイグナーツが踵を返す。それにヴァルターと、深々とお辞儀をしたアンナが続いた。
少し歩いて、微妙な空気を払うようにイグナーツが口を開いた。
「本当に行くか?」
「ああ。祟りが本当にないのかイグナーツにも確かめてみてほしいしな」
「祟り」を噂する男たちと、それに憤怒する無関係の男、邪悪なものは一欠片も感じさせない森林。そして、美しい麦わら帽子の少女。
どれが真実で、どれが虚偽なのか?




