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革命せよ、革命せよ、革命せよ  作者: 望月喬
第二章 砂骸編
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第49話 「置き去られた従僕」

「なんで、元通りに」


 ヴァルターが振り向いた先には超巨大な体を持つ砂骸。

 そしてその左手は――ついさっき全員の一斉攻撃で木端微塵になった左手は、時間を巻き戻したかのように元に戻っていた。


「私たちは確かにあいつの左手を破壊したはずよ。それなのに何で」


「……まさか、治ったのか? この一瞬で」


 ヴァルターがふと呟いたその可能性に、アンナが弾かれたように振り向いた。


「そんなことあり得るわけ? だってそれじゃ、あいつは……砂骸は、不死身だってことになる」


 顔面蒼白。そんなことは何があっても認めたくないというような表情。

 勿論認めたくないのはヴァルターとて同じこと。だが、


「あの巨体で、頭蓋骨だけで出来てるなんて意味の分からない体で――もうあり得ないことはいくつも起こってるんだぞ」


「――」


 ヴァルターの見開かれた目はずっと砂骸を捉えていてアンナを映さない。

 彼女の絶望した顔を見るのが嫌だったし、彼女に自分の顔を直視されるのも嫌だった。


「ヴァルター、アンナ」


 すると、固まっていた二人に優しげな声がかけられた。すがるように顔を向けると、呼んだのはヴェリだった。隣にはレオもついてきている。


「どうした」


「もう二人もわかってると思うけど……あいつは不死身に近い存在だ。凄まじい自己再生能力を持っている。何らかのルガルか、それとももっと別の存在か」


 ヴァルターはそれを聞いて、この場では関係ないはずの人物を思い出していた。

 自己再生能力。いつだったか、イグナーツからそういった話を聞いたことがある。受けた傷がたちまち治り、すべて元に戻ってしまう――現アストリア国王ハザ・エシルガのルガルだ。

 彼の所有するルガルはいわば完全に不死身そのもので、それではどう倒すのだと戦慄した覚えがある。

 確かパクス=グレイツの宝玉がそれを破る鍵となるという話だったはずだが。


「……その宝玉もあるわけじゃないしな」


「ヴァルター?」


「いや、気にすんな。どちらにしろ現状がきつすぎるのは変わらねえ」


「どうしたらいいの……。不死身の化物相手にどう戦えば」


 不安そうに下を向くアンナ。

 相手は異次元の存在で、打破できる解決策は一向に見つからない。このままではまずい。


「クソ。何かないのか」


 急がなければまた砂骸が動き出すかもしれない。

 頭を使え。どうにかこの状況を切り開く次の手を考えろ。頭をフル稼働させて、何かを――。


「……頭」


 ヴァルターが呟く。その意味深な響きに三人がちらとこちらを見やった。


「頭――脳だ。『パクス=グレイツの宝玉』にも書いてあっただろ。一つ目の宝玉は、砂骸の脳に」


 点々と草木の生える地に眠る砂骸の脳に。確かにあの書にはそう記述されていた。

 つまり、安直ではあるが砂骸の脳には宝玉がある。ヴァルターたちが渇望している宝玉が手に入れば、活路が見出せるかもしれない。


「そうか。砂骸の脳を攻撃することができれば――」


「ああ。あの本を信じればだけど、多分何かが起こる」


 信憑性はかなり微妙なところではあるが、何一つ希望がないよりはマシだろう。藁をもつかむ思いで、というやつだ。


「脳ってことは砂骸の頭部をどうにか破壊しなきゃならないわけよね」


「……どうするつもりだ」


 レオに単刀直入に問われて、情けなく言葉が詰まる。脳が鍵となりそうなことはわかったものの、肝心の頭を攻撃する手段を持ち合わせていなかった。


「俺ならあそこまで登れなくはない。ただずっと居座るのは無理だ。多分暴れ出す」


「逆に行けるのがすげえよ。ただ、どちらにせよ奴の動きを止めなきゃならない。もし本当に宝玉があるんなら隙を突いて取り出さないと」


「その隙をどう作るかってことだね」


 四人の間に再び沈黙が訪れる。すでに視界の端では砂骸がその巨体を揺らし始めていた。落ち着いて考えている猶予はない。

 と、ヴァルターの心を焦燥がむしばんで、冷や汗が頬をするりと伝っていったときだった。


「乳様突起よ」


「――え?」


 不意に後方から声が飛んできたと思って振り返れば、そこいたのはセレナだった。柔らかく吹く風に長い黒髪をなびかせている。


「ニュウ……? というかセレナ、ここにいて大丈夫なのか? もう矢がないんだろ」


「いや、イグナーツとフィリーネまで来てどうするのよ。あなたたちは下がってて」


 アンナの言った通り、セレナの横にはイグナーツとフィリーネもいた。

 指摘されたフィリーネは呆れたような顔を浮かべながら背筋を曲げると、


「イグナーツさんがどうしてもって仰るので……。まだ傷は完治していないんですよ」


「歩けはする」


「何で歩ければ全部おーけーになっちゃうんですかあ!」


「あー……イグナーツはそれがいつも通りだからいいや。セレナ、今なんて言ったんだ」


 セレナに向き直って尋ねる。先ほど彼女の口から飛び出した単語は、ヴァルターが聞いたこともない名称だった。


「乳様突起、よ。人間の耳の近くにある出っ張りのこと」


 彼女はそう言うと鮮やかな黒髪をかき上げた。隠されていた端正な形の耳が現れ、セレナはそれをぐにゃりと押し倒した。確かに耳たぶの後ろあたりに突起がある。

 ここ、と囁いて髪を押さえながら突起をさする仕草は何となく妖艶で、色気があった。


「……いや、そこが何だって言うんだ。さっぱりわからん」


「ここは人体の隠れた急所なの。この突起に強い衝撃を受けると、運動神経が麻痺する」


「そうなの?」


 アンナが聞き返す。ヴァルターも初めて知ることだった。

 確かに耳は聴覚のほかに三半規管だとか平衡感覚を司る部位でもあるし、何となくわからないわけではない。いや、まったく知らないが。


「そう。それで、ここからが本題。あの砂骸はどこからどう見ても人体の骨格をしてるわよね。だから耳の後ろには同じような突起があるはず」


「……そうか」


「そ。両側にある乳様突起を破壊することができれば、多分だけどあいつの動きは止まるはずよ」


「見たところ奴は人間の筋肉の構造と同じような動きをしている。ならば神経も似通ったもので構成されていると考えてもいいだろう」


 イグナーツが一歩前に出て付け加える。

 乳様突起。耳の裏側にある出っ張り。それらを壊せば、おそらく砂骸の動きは停止する。

 その情報をベースに、ヴァルターの脳内で次々と計画が組み立てられていく。


「……よし。ありがとな、セレナ」


「どういたしまして。あれだけでかいんだからきっと狙いやすいわよ」


 頷いて、ヴァルターはセレナから目線を移し全員を見やる。

 顎を引き眉を寄せたその風貌は、革命軍のリーダーにしては少々幼すぎるものではあった。

 しかしヴァルターは既に覚悟を背負っている。こんなところで倒れるわけにはいかないのだと。


「――アインハルト軍、もうひと踏ん張りだ」


 *


 真正面から砂骸の左腕がうなりをあげて向かってくる。

 それを横へ移動して躱しつつ、ヴァルターは腕を形作っている頭蓋骨の隙間に手をかけた。


「ぬんッ!」


 そのまま体重を持ち上げ、砂骸の腕に全身をよじ登らせる。とりあえず第一関門は突破した。あとはこのまま腕を駆け上り――。


「これは、無理だろ……」


 見上げた首が思った以上に角度をつけたことに驚く。砂骸の腕は傍から眺めていたよりも長く、肩までの傾斜もそれなりにある。これを人力で登りきるのは至難の業だろう。


「いや、俺がやるしかないんだろ。気張れ、ヴァルター」


 両手で頬を叩いて気合を入れなおす。

 直後、ヴァルターは砂骸の腕の上を疾風のように走り出した。


 ヴァルターの考案した作戦はシンプルなものだった。

 まず二人が砂骸の耳まで登り、乳様突起を破壊する。そして動きが止まっている間に地上で待機していた二人が砂骸の膝あたりを攻撃し、後方へ倒れ込ませる。

 その隙に着地したヴァルターが頭部を破壊して中に潜入し宝玉を回収する――というのが一連の流れだ。


 イグナーツは負傷、セレナは矢が尽きたため作戦からは外れている。

 ヴァルターのルガルでは砂骸の膝を破壊できるか怪しいため、自然人数不足を補って腕から肩を駆け上がるのはヴァルターの役目となったわけだが、


「き、きっつい……!」


 頭蓋骨の山を踏みしめていくうちに、傾斜も高くなっていく。しかも砂骸はすでに腕を引き戻しているため、ヴァルターはほぼ宙に浮いているような状態だった。

 当然だが平衡感覚は失われ、もう何度か落下しそうになっている。


「これをレオは軽々と登ってんのかよ……!」


 ちらと右側をうかがえば、ルガルを使ったレオは悠々と砂骸の腕を駆け上がっていた。

 すでにヴァルターよりかなり高い位置におり、彼が足を踏みこませるたびに下の頭蓋骨たちが粉砕されている。


「ああチクショウ、やるしかねえ――!」


 地上ではアンナとヴェリが待機している。自分とレオが乳様突起を破壊できさえすればあとは上手くいくだろう。


「うおおおおおおおお――ッ!」


 足を踏みしめ、体のバランスを取り、一歩一歩上へ。

 乳酸が溜まった下半身へさらに力を込めて、山を登るように、崖を上るように少しずつ上がっていく。

 あと少しだ。あと少しで砂骸の肩にたどり着ける。

 あと少しで――。


「――え」


 その瞬間、一陣の風が吹き荒れた。


「――ヴァルター!」


 地上でアンナが叫んだのが見えたそのときには、ヴァルターの視界は反転していた。

 そうしてやっと、自分の状態を把握する。

 自分は突風に体を操られ、砂骸の腕から落下したのだと。


「さすがに無理だった――――!」


 と、ヴァルターの周囲に球体の防壁が出現した。イグナーツだろう。確かにこれで地面に直撃する心配はない。

 しかし、これでは片方の乳様突起が破壊できない。レオがもう一つも壊すことができればいいのだが、砂骸の修復速度を上回ることは不可能だろう。


「クソ、どうしたら……!」


「私が行く!」


「――!」


 聞こえてきた声に目を向ければ、イグナーツが無理に立ち上がって砂骸の元へ向かおうとしていた。

 しかし咄嗟に止めに入ったフィリーネの忠告通り、走り出そうとしたイグナーツはすぐに膝をついてしまう。その顔は苦痛にまみれていた。

 この事態に誰も対処できない。その現実がヴァルターに重くのしかかる。それは自然と、仲間への申し訳なさへ繋がった。


「俺が、ミスしなければ……!」


 落下を続ける自身の体を鞭打って、悔しそうに歯冠を噛む。歯肉から滲んだ血が口内に広がった。

 ヴァルターも、アンナもヴェリも今からでは間に合わない。

 完全に作戦失敗と思われたその瞬間、場を打開する凛とした声が空気を切り裂いた。


「私がやる」


 跪いていた状態からセレナがすっくと立ち上がる。


「セレナさん!? でももう弓矢がないんじゃ」


「ええ、そうだった。つい今までね」


「え――?」


「ヴァルター。これは確かにあなたのミスよ。でもあなたのおかげで今、私は矢を撃てる」


「セレナ――?」


 何を言っているのかわからない。しかし、自身の視界に映った光景はヴァルターに昨日の記憶を掘り起こさせた。


「あれは」


 セレナが矢を手に取る。だがそれは彼女の太腿に取り付けられた矢筒からではなく、その下の砂地からだった。

 砂漠に落ちていたセレナの矢。ヴァルターはあれが何であるのか知っている。


「セレナがルガルを使ったとき、俺が開けた穴を通っていった矢か――!」


 二人が基地の中で戦った際、セレナの八本目の矢はヴァルターの隣をすり抜けて、ヴァルターがルガルでこじ開けた大穴から外へ飛んでいった。

 ルガルを使用した状態で砂の中へ落ちていったために透明のままだった。そのせいで今の今までセレナ以外の人間が気づけなかったのだろう。


「レオ、そのまま右耳側の乳様突起を破壊して! 左側は――私が代わりに壊す!」


 セレナが後ろを向き弓矢を構えたあと、すぐに体を反転させる。彼女の長い黒髪が跳ねるなか、矢が見る見るうちにその姿を消していく。

 セレナの周囲に空気の流れが作られていき、それらすべてが本当の最後の矢に収束した。


「――【安息(パルティア)】!」


 刹那、射出された不可視の矢は快晴を貫き、瞬きほどの速さで砂骸の左耳部分に向かっていく。

 豪速の矢は勢いを緩めることなく頭蓋骨の塊をあっさりと破壊し――砂骸の顔を華麗に抉り取った。


「アンナ、ヴェリ!」


 直後レオが叫ぶ。右側の乳様突起を無事に破壊したのだ。

 と、セレナの思惑通り砂骸は急に抵抗をやめた。その無防備な両膝へ、アンナとヴェリのルガルが急襲する。


「【火天(アグニ)】」


「【冒涜(ブラスフェーミアー)】」


 大量の頭蓋骨が粉砕され、砂骸が一気にバランスを崩す。その体は制御を失ったように大きくよろめいて、やがて背を下にして倒れ込んだ。


「ほ、本当に出来た」


 すでに着地していたヴァルターはまるで他人事のように感嘆した。ほうとため息が漏れて、緊張がゆるんでいく。


「ヴァルター!」


 誰が呼んだのか、判別がつかなかった。それとも何人かが一度に呼んだのかもしれない。


「ああ――わかってる」


 立ち上がって、砂骸の頭部が横たわっているあたりへ接近する。

 まだ終わっていない。最後にこの頭を開くのが自分の役目だ。

 右手を前にかざして全身に力を込める。体内を循環するキルコーズが少しずつ右の手のひらに集中していく。

 そして限界まで貯蔵されたエネルギーが、ヴァルターの合図でせきを切ったようにあふれ出す――。


「――【貯蔵(シーウィースパーケムパラベッルム)】!」


 圧倒的な出力で放たれた衝撃波に、砂骸の頭は一度で粉砕した。

 人間で言うのなら顔の上半分が消失したようなものだろう。


「……これは」


 破壊された頭の内部は空洞になっていた。

 頭蓋骨の端に手をかけて中を覗き込むと、深淵のような闇が広がっている。一見すれば広い洞窟に見えなくもない。

 と、ヴァルターはその中で淡く輝くものを見つけた。

 砂骸の脳内に侵入して、その光の元まで急ぎ足で駆け寄る。ダラダラしている間に穴が塞がりでもして閉じ込められたくはない。


「これ――宝玉か」


 外見と同じような頭蓋骨で作られた台座の上に、赤色の玉が乗っていた。

 引き込まれそうなほどに赤々としていて、まるでこちらが玉の中にいる何者かに見つめられているような錯覚さえ覚える。

 その玉はどこか神秘的で、不思議な魅力を放っていた。


 どうしてかはわからない。だがヴァルターは一目見て、これがパクス=グレイツの宝玉だと直感した。


「急がないと」


 ヴァルターは宝玉に手を伸ばし、力任せにそれを引っ張る。すると、案外簡単に台座から引き抜くことが出来た。

 手の中に収められた宝玉は思っていたよりも小さい。指と指の間でつまめるくらいだ。

 そうして、ヴァルターがそそくさと砂骸の頭部から脱出した次の瞬間。


「――――――――――――――!」


「なんだ!?」


 砂骸が突然咆哮をあげて、がばりと起き上がった。


「ヴァルター、宝玉は!」


「あった! これだ!」


 全員がヴァルターのもとへ駆け寄ってくる。その走る集団へ右手に握られた宝玉を見せながら、ヴァルターはすぐ隣の砂骸をうかがった。


「――――――――――――――!」


「う、うるせえ……! 何で急に叫び出したんだよ」


 そう悪態をついていられたのも束の間、砂骸の腕が躊躇なくヴァルターの痩躯へ振り下ろされた。


「――は!?」


「【城砦(リーメス)】ッ!」


 ヴァルターの周囲に半球体の防壁が現れ、凄まじい速さで打ち付けられた砂骸の腕とぶつかり合う。まるで巨大な木槌で叩いたかのような衝撃が砂漠一帯を襲った。


「イグナーツ、助かった!」


「それより何だって急に暴れ出してるわけ!?」


 こちらまでたどり着いたアンナが息を切らしながら言う。確かに彼女の言う通り、砂骸は先にも増してその暴力性を高めていた。

 立ち上がって長い腕や足を縦横無尽に振り回す様子は、まるで目的を持たずにただ動いているかのよう。


「タイミング的に、宝玉を取られたから……?」


 砂骸の動向を見張っていたヴェリが呟く。それを聞いたフィリーネは「確かに」と前置きして、


「ヴァルターさんたちが読んだ本には砂骸の脳、と書かれていたんですよね?」


「ああ。だよな、イグナーツ」


「そうだ。人間で言う脳の位置に宝玉があったのなら、その宝玉が砂骸の動きを司っていた可能性は高い」


「つまり――あいつは今脳を失って暴走してるってこと?」


 セレナが出した結論にイグナーツが頷く。


「奴はもう私たちのことすら認識していないように見える。おそらくそういうことだろう」


「極論、今はそんなことどうでもいい」


 だんまりを決め込んでいたレオが呟く。彼が意見を述べるのは珍しいため、自然全員の注目がすぐに集まった。

 レオがうっすらと切れ目を細ませると、その威圧感はさらに増す。


「どうやって倒すか、それが知りたい」


「……確かにそうだね。暴走していても僕たちには関係がない」


「でもどうしたらいいんでしょう。再生能力は消えていないみたいですし」


「ああ。先ほど私のルガルに奴の腕が振り下ろされたとき、衝撃で手のひらが割れていた。だが」


「……綺麗さっぱり治ってるわね」


 アンナが苦虫を嚙み潰したような顔をして、いまだに暴れ続ける砂骸を見やる。

 脳の制御を失っても砂骸が不死身であることは変わらなかった。

 それならば、一体どう倒せばいいのか。


「――ヴァルター、宝玉は?」


「え?」


 セレナが言った意味がよくわからず、視線を向けて聞き返す。


「宝玉よ。それを使えば砂骸を消滅させられたりしないの?」


「そんなこと言われたって、俺には何も――」


 自身の手へと目線を移して、親指と人差し指でつままれた赤色の宝玉を眺める。

 角度を変えてみても特に変化はなく、見た目だけなら何の変哲もない宝石のようだ。

 しかし、そこでヴァルターの思考がぴたりと停止した。


「……脳だ」


「ヴァルターさん?」


「脳だよ。この宝玉は砂骸の動きを司る脳の役割を果たしてた。それは今のあいつの状態を見ても明らかだ。それなら、この宝玉の力ならあいつを消せるんじゃないのか」


「――そうか。脳の命令なら逆らえないかもしれない」


 ヴァルターの出した仮説にイグナーツが頷く。やはり賭けになってしまうが、ここまで来たら試せることはすべて試すしかないだろう。


「でも宝玉の力って言ったって、どう使うのよ? 見てても特段変わったところはないみたいだし」


「確かにアンナの言う通り、綺麗な普通の石に見えるね。なかに何かが入っているわけでもないんでしょ?」


「ああ――」


 全員が宝玉の扱いに迷いを抱くなか、ヴァルターはすでに一つの結論にたどり着いていた。

 宝玉の中にある力とは、おそらくルガルのこと。それではどうすればそれを体内に取り込めるのか。

 多分、これしかない。


「――!?」


 瞬間、ヴァルターが取った行動に六人が目を見開いた。


「ヴァルター、お前何をして」


 イグナーツでさえ動揺し、まるで目の前の男を止めようとするかのように左手を中途半端に上げている。


「中にあるルガルを体内に取り込めばいいんだろ。それならこうするしかない」


 ヴァルターは指につまんだ宝玉を舌に押し当て、ごくりと飲み込んでいた。


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