第11話 「金銀攻防」
背は低く、体は小さい。黄金色の髪は風に揺れ、その鋭い赤い目には殺意を迸らせていた。
――そして両手に握られているのは、少年の背丈の倍近くはあるであろう漆黒の槍。
それが今突如としてイグナーツに襲いかかり、理解が追いつかない混乱をヴァルターにもたらしていた。
「――セァァァッ!」
少年の槍がイグナーツの雄叫びとともに押し返される。小柄な体は宙を回転して後退、距離を取った。これで少し落ち着いて状況が飲み込めると、
「バカ!!」
怒鳴り声が耳元で爆発したかと思いきや、今度はいきなり後ろに引っ張られ出した。アンナである。
さすがにこの体勢で引き続けられるのは尻が痛いので、彼女の腕を掴んで無理やり立ち上がる。
「悪かったって。突然のことだったから呆気に取られて」
「弁明はいいから、さっさとアレ見なさい!」
アレ、と言ってアンナが指さした方には、先と同じくイグナーツと少年が互いに得物を構えて向き合っている。こう遠くから状況を眺めてみると、どれだけ自分が危険でそれこそ馬鹿なところに尻をつけていたのかがよくわかった。
イグナーツと少年は素人目に見ても警戒態勢――いや、そんな程度のものではない。ピリピリとした殺気が踊るようにそこら中を舞っていて、肌が粟立つ。
「イグナーツは突然襲ってきたあいつにいち早く気づいた。多分、あなたを狙ってるって察知したのよ。だからあなたを突き飛ばして、自分が代わりに対応した」
やっと数秒前から今に至る過程を理解出来た。急に世界が揺らいだのも、鳴り響いた鈍い鉄の音も、すべてはそういうことだったのだ。
だがしかし、
「あいつは誰だ? 何で俺らを襲った? 何が目的だ? ……わからないことだらけだな」
「そうよ。でも一番目に見えておかしいのが――」
と、少年がまるで何かに弾かれたような猛スピードで駆け出す。
イグナーツとの間合いをぐんぐんと見る間に詰め、リーチを利用してイグナーツの剣が届かない距離から突きを繰り出す。ヴァルターが王城で命を落としかけた、隊長の槍に勝るとも劣らないであろう苛烈で緻密な攻撃である。
が、イグナーツもそれに遅れを取ることなく反応、同じように剣を振るって槍を払い、歩みを進めて逆に距離を詰める。これで少年は槍本来の利点を封じられたことになり、イグナーツの反撃を回避出来ない――。
――とても人間の業とは思えない反射速度で後ろに飛び退きながら、下から襲ってくるイグナーツの剣をどうだと言わんばかりに弾き返した。
「あの歳であの動きはおかしい、ですよね」
「フィリーネ」
震えた声のした方を向くと、白い肌を更に蒼白にしたフィリーネがいた。彼女も無事だったらしい。まぁ、この様子だと大分参っているようだが。
フィリーネは触れれば折れそうな細い肢体を小刻みに震わせながら、
「あ、あの大丈夫なんでしょうか……えっと、イグナーツさんは」
「イグナーツなら大丈夫だろうけど……」
「というかフィリーネ、あの村見ても平気そうだったのに何でこっちでそんなに怖がってるんだよ」
「こ、こっちがいつも通りなんです! あの時は何でか自分でもわからないぐらい変になっちゃって……」
もじもじしながら目に涙を浮かべ始めるフィリーネ。血痕をなぞっていたさっきまでとは大違いで、気持ち肩の力が抜ける。恐々としてアンナに手を握ってもらっていたヴァルターが言えることではないが、
「お前本当はめちゃくちゃ臆病だろ」
「ふぇ!?」
「あなたたち何気に呑気ね!?」
とは言え、ヴァルター自身今のやり取りがなければ平静を保っていられたかは定かではない。幼い頃大人から街の子供たちと怪談話を聞いていたとき、自分より怖がっている誰かがいると恐怖心が紛れるのに似ている。
「――正直、クッソ怖ぇ」
ふと漏れてしまった呟きにアンナとフィリーネがこちらを向いて反応する。少し気持ちが入りすぎてしまったかもしれない。
ヴァルターにとって初めてと言える、本物の戦闘、正しくは殺し合い。
王城での一件が最初だと突っ込まれればそれはそうだが、あの時はとにかく一瞬一瞬を生き延びることに必死で思考が完全に働いていなかった。
となれば、この100パーセント覚醒した意識下で行われる目の前の戦いが言わばヴァルターの初陣なわけである。
最も、それはイグナーツという最大戦力のおかげですぐに幕を閉じるものだと思ってはいたが。
少年が金の髪を靡かせながら再び突撃、上下左右、まさに縦横無尽といった風に漆黒に染まった槍を振るう。
目で追いかけるのがやっとくらいの速さで薙がれる槍が描く残像は、まるで悪魔の羽のようで、イグナーツを執拗に、そして俊敏に付け狙っていた。
しかしイグナーツは、その猛攻に焦る様子を見せることなく対応し続けており、銀に輝く騎士剣に傷が入るどころか、少年の攻撃は剣に張られた膜のようなものに阻まれ通すことすら叶わない。
膜、と見た目だけで表現しても柔らかさは備えていないらしく、槍が当たったときの感じから判断しても逆に固いような印象がある。剣の周囲にあれを張ることで守備を強固にして防御力増強といったところ、そんなルガルだろうか。
「イグナーツ、攻められてないわね」
「ああ。イグナーツを押せるって、あいつどれだけ強いんだ」
イグナーツとやり合えるというのは、つまり騎士レベルの力を有していることになる。アストリア最高峰の武力と言っても過言ではないはずだ。
そこまでの力をあの、まだ男の子と呼んでもおかしくないような少年が持っていて、それをさも当然のように振るい他人を殺めようとしているという事実に、ヴァルターの頭は違和感に蝕まれる。
「イグナーツさん!」
フィリーネが叫ぶ。少年が槍の届く範囲に飛び込んだと思ったら、左の踵を軸に回り込み、凄まじい速度でイグナーツの背後を取ったのだ。
イグナーツは苦虫を噛み潰したような表情で振り返って守りの体勢に徹するも、たった一秒対応に遅れただけで戦況は大きく変化、先に増して少年がイグナーツを押すという構図が強調される。
今まではどんな怒涛の突きや薙ぎにもほとんど足をその場から動かさず捌いていたのを、ついにイグナーツが後退しながら防御するようになったのである。
「まずい」
自分がどれだけ戦いに疎くとも、イグナーツがピンチだということぐらいはわかる。
わかるからこそ、何も手出しできないことが腹立たしく、もどかしい。
「だめよ。どれだけイグナーツが危なくても、私たちは介入しちゃいけない。私たちの今の力じゃ、逆効果でしかないわ」
「……ああ、わかってる」
疲弊を感じさせない金色の少年の連撃とは対照的に、イグナーツの銀色の剣を振る腕は段々と重くなっている。さすがのイグナーツもこれだけの短い間隔で力強い刺突と殴打を繰り返されれば、疲れが生じてもおかしくない。
と、数度神聖な森に金属音が響いたのち、少年が突然屈んで――右足をイグナーツの左足に引っ掛けた。
「――!」
悪戯のような、単純なアクション。でもきっと、疲労が溜まってきているイグナーツには予測できなかったのだろう。
少年の予想外の行動に躱すのが間に合わず、イグナーツはバランスを崩してしまう。
「――イグナーツ!」
そこに生まれた、ヴァルターにとってはたった一瞬、されどイグナーツと少年にとっては余りに大きすぎる隙。
“ソレ”を待っていたと、少年はそう雄叫びをあげるように、イグナーツの腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。
呻くこともせず、身体に凄まじい勢いの蹴りが入った鈍い音のみを残して、イグナーツが吹っ飛ぶ。
「イグナーツ! くそッ」
今すぐ飛び出してイグナーツの元へ声をかけに行きたい。争いをして、仲違いをしていても、彼が自分の仲間であることには変わりないのだ。
しかし、それでも行ってはいけないと、ヴァルターの服の裾をぎゅっと掴むアンナの手と自らの脳が言っている。
イグナーツは俯けに倒れ込んでいたが、すぐに地に拳をついて立ち上がった。
「――イグナーツ・アルトマン」
再び剣を握った彼の口角はどこかつり上がっているように見える。それが何を意味しているのかヴァルターには察知できなくとも、彼は絶対にまだ終わってなどいない。彼の頑固さはよく知っている。
「剣に生き、剣に死ぬ――ただの元騎士だ」
そうにやりと笑って、銀色の騎士は言った。
「……レオ・エーレンベルク」
少年がイグナーツの名乗りに返すと、漆黒の槍を構え直す。
「私のルガル【城砦】は防壁を出現させ形を自在に変えられる守備のルガルだ。つまり私は防御主体の戦闘法ということになる。そして、君は攻撃主体だな。つまり」
言葉が途切れて、イグナーツの剣に張られていた薄黄色の膜が消えたと思うと、今度はイグナーツの周囲を丸ごと覆う半球体の膜が現れた。剣を守っていたバリアを優に超える大きさである。
「これはどちらが力尽きるかの勝負。待たせたな、再開だ」
にやり。少し意外なイグナーツの表情はこれで二回目だが、どちらかと言うと彼にはその不敵な感じの方がしっくりくるような気がする。
イグナーツの誘いに乗ったのかは確かでないが、レオは構えた槍を握り締めて走り出した。相も変わらず疲れを感じさせない猛スピードである。
しかしレオが向かってきているのを見ても、イグナーツは剣を軽く構えるだけで他には何もしない。腰にも力が入っておらず、まるで戦闘中とは思えない姿勢だ。
見兼ねたレオが通常より早い間合いから踏み込み、槍を上から叩きつける。
「――」
が、槍はイグナーツを守る防壁に阻まれ金属音が鳴り響くのみ。
「ぬるい」
瞬間、【城砦】が消え去ったと同時にイグナーツがレオの目前へ躍り出る。深く腰を入れずにリラックスしていたからこそ、次の行動への繋ぎ目を最大限短縮し、そしてスムーズに行えた。
イグナーツらしい効率的な動きにレオの判断が遅れ、あっという間にイグナーツの優勢が出来上がる。先ほどの状況が嘘のように逆転しているその様は、一種の高揚すら覚えるほどだった。
レオの一つ一つが強く速い攻撃とは違い、イグナーツの攻撃は流れる、”一つ一つ”を全て纏めたようなものだ。レオが岩石だとしたら、イグナーツは川の流水といったところか。
的確に急所を突き相手を後退させていく、完成された剣技とは美しさを孕むものかと見る者全員に悟らせる流麗な舞い。断言できる。得物を操る能力、戦闘スタンスの完成度は圧倒的にイグナーツが上だ。
経験の差というやつか、もしくはイグナーツの才能か。
敵より一手早く次の攻撃に移れるという絶対的な優勢を得たイグナーツは、先ほどのお返しだと言わんばかりにレオを攻め立てた。
左腹に向かって穿たれた槍を軽々と剣で受け止め、そのまま槍を抑えるように沿って剣を移動、レオの首を掻っ切らんとする。
しかしレオも判断が早く、自らの槍ごと重心を右にずらして、唸る斬撃を既で回避。一瞬でも判断が遅れていれば、見るも無残な剣の錆になっていただろうに、自分から剣がやってくる方へ緊急回避できるというのは心臓に毛が生えているのか。
だが、それでもイグナーツの洗練された動きから完璧に逃れることは叶わないようで、レオの神がかり的な回避技術に眉一つ動かさなかった騎士の長剣が追う。
いや、速すぎる。イグナーツはレオの首に向けて、それなりに大きく勢いをつけて剣を振るったはずだ。つまりどう足掻いても、それが空振ったのなら確実に次の行動への間が空く。
だというのに、今のイグナーツの動きは、レオの緊急回避にコンマ一秒の差で合わせていた。
まさか、レオのあの円転を読んでいたのか。
「”繋ぎ目”の縮小……」
全力で払ったように見えた一度目の攻撃は最初から囮で、レオがこう躱すと読んでいたからこその、間が空かない繋ぎ目ゼロの追撃。
もはや何も言うまい。ただただ、この人ならざる戦いを目に焼きつけようと、少しでも自分に真似出来ることがあるのなら吸収しようと決心して。
イグナーツの早すぎる対応に無表情を貫いていたレオも焦りの色を見せ、真紅の瞳を開かせながら、苦し紛れに差し出した槍で何とか斬撃を受け止める。
が、右に回ってからまだ体勢を整えられていない、片膝を地についた状態でのその防御は辛いものだったらしく、剣を止めながらも上体がよろけてしまう。
「――ふんッ!」
好機と見たイグナーツが力に任せて剣を押し込むと、ついにレオは限界を超え弾かれたように尻餅をついた。両手から槍が落ちる。
「貰った!」
長剣が銀の煌めきを放って、レオの細い首を突き刺す――勿論、この常軌を逸した殺し合いに、そんなありきたりな終わりなどあるわけがなく。
レオが落ちた槍を蹴って向こう側に飛ばし、それとほぼ同時に自身はイグナーツの股をくぐり抜けた。そして槍を回収し――間合いも二人の立ち位置も、すべて戦闘が開始したときと同じである。
「……仕切り直しか」
イグナーツが呟く。
「丁度良い。ここらで聞いておくが、貴様は何者だ」
「……れ」
「……?」
「――黙れ」
敵意。害意。殺意。たった一言には諸々の負の感情が込められていた。ヴァルターの全身を鳥肌が覆う。
二度目のレオの声。まだ声変わりをしきっていない少年らしさが残っている一方で、壮絶な何かを秘めたような形容し難い声色だった。
「その幼さで、私と同等の力を持っているというのは普通ではない。重ねて問おう、貴様は何者だ。何を目的に私たちを殺そうとする」
「――黙れ!」
怒りを顕にしてイグナーツへ突っ込む。しかしやはり、穿った槍は再び展開されたイグナーツの【城砦】に阻まれる。
「だから、ぬるいのだ」
イグナーツが先手を打ち主導権を握るという、また同じ流れ。しかも、どうやら今度はレオが冷静さを欠いているらしい。
どんな状況下、いかなる場合においても、自分を見失うというのはマイナスでしかない。
イグナーツが華麗に斬撃を繰り出し続ける中、レオは両手で構えた槍を使ってそれを防ぐだけ。
本物の一騎打ちというのを今日初めて目にしたヴァルターでもわかったが、レオはおそらく防御が苦手だ。敵の剣を弾き返してから次の二撃目が来る刹那の間、勝手に自分で名付けた”繋ぎ目”の使い方が、どうもイグナーツと比べて不慣れなように見える。
まぁ、イグナーツと比較すること自体がどうなのかと問われればそれまでだが。
袈裟斬り、逆袈裟、水平、切り上げ、切り下ろし、突き――。
無限に思われた一方的な攻防の最中、レオの行動が状況を変えた。
「む」
長い、自分の身を守るだけの時間。ただの勝手な憶測ではあるが、レオは防御することに慣れていないのだから、きっと腕は重く、苦痛で辛いことこの上なかっただろう。
それに痺れを切らしたのか、レオは数十撃目を防いだのち突然屈み込んで、イグナーツの右足のみに狙いを定めて突きを放った。
予備動作が丸見えの窮余の策。加えて足を狙うというのは先ほど既にやったことで、これは悪手であった。無論、イグナーツがそれを見逃してやるわけもなく。
「――舐めるな!」
跳躍して回避、その勢いに乗ったまま剣をレオの左首に思い切り叩きつけた。
レオは軽く呻いたものの気を失うことはなく、よろよろと後退。少しふらついていて、かなり辛そうである。
そこでやっと思い至ったが、突如襲いかかってきた敵を迎え撃つ――まではいい。
しかし、相手はまだ少年で子供なのだ。このままいけば戦闘はイグナーツの勝利に終わる、つまりそれはレオの死を意味する。
子供相手にそこまでしてしまっていいのか。それは道徳なのか、それともただの甘えなのか。
「なぁ、イグナーツ。そいつは」
ついよぎった不安を口にしてしまった。
イグナーツにとって、レオは気を抜けば自分の命を持っていかれる敵であり、それ以上も以下もない。仮にレオが殺されることになったとしても、イグナーツを責めてはならないのだ。
すぐに詫びよう、と二の句を継ごうとするも、それはイグナーツの返答によって封じられた。
「無論承知している。一度気絶させて目を覚ましたのち、事情を聞こう。私もそこまで非情ではないのでな」
まだ何を話すかなど言っていないのに、まるで心を読んだようにピタリと当て、そしてその真面目な表情を崩さずにヴァルターの不安を一気に取り払った。
やはりさすがである。
「ああ。ありがとう」
ヴァルターの礼に頷いて返すと、イグナーツの周囲に三度目となる半球体の【城砦】が現れた。
「さぁ、来い」
イグナーツの挑発。とは言え、彼の見た目と声の調子ではそんな感じは全く受けられない。
もっとも、そんなことは今のレオには何ら関係のないこと。
レオが飛び出して突撃、やはり通らない。が、焦りだろうか、前回よりほんの少しレオの動きが素早くなっていた。
それを見極めたのだろう、イグナーツはバリアを剣に移して守備に回ることを選択、レオが攻める側となる。ついさっきまでそうだったのに、レオがイグナーツに攻撃しているというのが新鮮に感じてしまう。
「うおおおッ」
武器を振るおうとも無慈悲な斬撃を受け止めようとも、ほとんど言葉を発しなかったレオが放った、感情を爆発させる叫び。しかし、その苛立ちを含んだ横薙ぎもあえなく長剣に弾かれる。
「殺す……殺す!」
狂ったように怨嗟を漏らしながら、イグナーツに連撃を打ち込んでいく。最早冷静さなど微塵も残っておらず、イグナーツからしてみれば隙だらけだろう。それなのに何故止めを刺さないのか、なんて愚問を思うことはヴァルターでもない。
単純も単純、確実に相手をダウンさせる最後の一瞬を伺っている。
後退しながら、悪魔の羽を思わせる薙ぎ払いを受け、上部から振り下ろされる裁断を身を翻して避ける。そこに左からの水平斬りを一太刀、更に逆袈裟、切り下ろしと続いてレオを下がらせた。合わせて半球体の【城砦】の防壁をもう一度張る。
「――殺す!!」
猛獣のごとき速さで間合いを詰め、右足を強く踏み込んで前方に飛び、漆黒の槍を大振りに叩きつけようとする。が、予想通り槍は防壁を破壊できず――。
――いとも簡単に、槍は防壁をすり抜けた。
「!?」
否、槍が防壁をすり抜けたのではない。
防壁、もとい【城砦】が、槍が当たる直前に”消えた”のだ。
レオは何も特別なことなどしておらず、おそらくしたのは――。
「……ぬるい」
いつの間にか深く力を入れていた腰を利用して、両腕から最大限の出力で銀色の長剣を薙ぎ払う。的は勿論、レオ・エーレンベルクただ一人。
力任せに振られた剣は槍と一緒にレオを吹き飛ばし、向こうの木に叩きつけた。
――思い込みである。
ヴァルターもアンナもフィリーネも、そしてきっとレオも、今までの戦闘からどこか意識の片隅で「少なくとも一撃では防壁を破れない」と思い込んでいたのだろう。
それがある意味での油断となり、防壁がイグナーツのルガル操作によって突如として消失したことで、レオに動揺を与えた。
そしてそれは、イグナーツの懐に飛び込んだレオから、イグナーツのリーチに入り込んでしまったレオという立場へ早変わりする。
わざわざ【城砦】を周囲に巡らせて一撃受けていたのも、この最後の止めのためにレオへ植え付けていた経験、もしくは”慣れ”だったのだ。
「……凄すぎる」
「さすがに気絶したかしらね」
「あれだけの勢いで樹木に叩きつけたのだ。倒れていない筈がない」
「こ、怖かったです……」
へたりと膝をつくフィリーネ。それを見てヴァルターも脱力、草地に座り込んだ。
「とりあえずあいつはどうする? 起きたらまた暴れ出すだろ、多分」
「縛る。縛って事情を聞き、処置を考えよう」
「お、おう」
イグナーツが早速といったふうに、レオが倒れているであろう木の根元まで歩き出したので、焦って立ち上がりついて行く。
――と。
突然耳を劈いたのは、何かとてつもなく大きな爆裂音。
「何!?」
アンナの叫び声は、木が倒れた衝突の音でかき消される。
倒れたのは、そう、ヴァルターらが向かっていたあの木――。
「そ、そんな……!?」
縦に倒れた木の上に、ひょいと一つ人影が乗った。
陽に照らされた金色の髪、見る者を怯ませる切れ長の赤の瞳、そして周囲で淡く光る朱の輝きに――肘から拳ほどの長さの、極端に短い槍。
「――【威武】」




