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第4話 『あ〜ん』させられた!?

 昨夜はなかなか寝付けなかった。

 天音が強引に唇を奪おうとしてきて、"堕とす"と宣言してきて、思考がグチャグチャになって。


「でも、落とすじゃなくて堕とすなんだよなぁ……」


 昼休みを迎えて、ふわぁっと大きく欠伸をかいた。


 どれだけ天音のことを考えても、悪魔の思考回路を読めるはずもなく、なにもわからずじまいである。

 少しずつ理解していけばいいか……と、呑気に購買でも行こうとするとスマホが震えた。


(天音)せ〜んぱいっ!食堂で一緒にご飯食べましょ!あ、拒否権はないですからねっ?


 画面を確認すると、悪魔から絶対的な命令が届いていた――。




 ***




「せーんーぱーいー、遅いですよぉ……どれだけ私を待たせるんですか」


「嘘つけ、到着してから5分も経ってないだろ。そうやって僕を貶めて弄ぼうとするのが見え見えだ」


 構内の食堂につくと、椅子に腰掛けている天音は頬杖をついてムスッとしていた。


 うちは私立高校のため、学内は食堂や購買など様々な施設があり広大な広さを誇っている。

 その上、僕のクラスは食堂までかなり遠い位置にあるのだが、それにしたってさも『一時間も待たされました』みたいな顔されても困る。


「む、さすがは先輩、よくわかってるじゃないですか」


「そりゃあ中学時代、青春の二文字をお前で染められたからな」


「えへへ、それほどでもないですよ〜!」


「褒めてねぇよこのドアホが!!」


 埒が明かないので、天音を置いてきぼりにして食券を買いに向かった。「あっ、待ってくださいよ〜」と、天音が遅れて付いてくる。


 僕は唐揚げ定食を、天音はハンバーグ定食を購入した。

 なぜか天音の分まで持たされて、自分の分と両手持ちしながらテーブルに戻ると息をついた。


「ねー先輩、食堂って意外と人多いんですね」


 箸を二つに割りながら、天音は周りを見渡した。


「私立だから施設はしっかりされてるし、金持ちかガリ勉君しか来ないようなところだぞ。ボンボンは弁当なんか持参しないし、必死こいて勉強してるやつは弁当作ったりなんかしないだろ」


「ふーん」と興味あるのかないのか分からない返事をした天音は、箸でハンバーグを一口サイズに割って頬張った。


 ゴクリと胃に収めると、天音は小馬鹿にするように笑う。


「でも先輩、こーんなに頭良いところよく受かりましたよね」


「……た、たまたまじゃないか?」


 ……言えない、天音から距離を取りたくて猛勉強したなんて言えない。


 最大の誤算は天音が主席で入学できるほど、明晰な学力を持っていたことだ。

 天音のことだから、テスト順位が上位であれば散々自慢して鼻に掛けそうなものの、中学時代はまるでそういったことがなかった。


 まさか……僕が逃げることを見越して、あえて隠してたのか……?


「はははー、机上の空論にも程があるよなー」


「先輩なに言ってるんですか、キショいですよ?」


「……うっせ」


 天音のことだから有り得そうで怖い。

 僕も冷めないうちに唐揚げを頬張ると、噛みしめた瞬間に肉汁が溢れ出た。


「唐揚げ美味しそうですねっ!私にも一つ食べさせてくださいっ♪」


 唐揚げを咀嚼していると、天音があざとく強請ってきた。


「ん、一個くらいならいいぞ――――ん?」


 今コイツ、食べさせてくださいって言ったか?

 そう疑問を抱いたが、天音はそれ以上口にしたら殺すぞと言わんばかりの眼光を浴びさせてくる。


 ……こえーよ、口元はニッコリしてるのになんでそんな目になれるんだよ。


「ほらせ〜んぱいっ、早く食べさせてくださいよぉ。じゃないと――」


 ――バラしちゃいますよ?


 天音は声を発せずに口元だけ動かしたが、そう脅してきたことだけはハッキリとわかった。

 脅された僕から、『食べさせない』という選択肢が消えてしまう。


 脅すのはハッタリじゃないのか?って思う人もいるだろうが、中学時代に命令を背いてキス写真を何人かにばら撒かれている僕は、身をもって味わっているのだ。


 天音には逆らってはいけないと。


 苦渋を強いられる決断だが、意を決して掴んだ唐揚げを天音の口元まで持っていった。


「ふふっ、ちゃんとできて偉いですよー先輩っ!では……あ〜んっ」


 小さな口で唐揚げを齧ったが、5分の1も減っていない。


「これ美味しいですねっ、ではもう一口――あーんっ!」


 予想はしていたが、天音は一口サイズをかなり小さくして、食べさせる回数を増やそうとしているらしい。


 天音の策にハマった時点で覚悟はしていたが、やはり回数を重ねていくと衆目の的になりつつあった。


 ――成瀬咲人は星空天音の下僕である。


 この食堂での一件が、そう噂される始めの要因であった。

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