87話 狂想曲+回答
腰まである長い金髪。サファイアのような美しい、青い瞳。聞き慣れていたが、聞くことが出来なかった声色。そこには悪魔の魔力の色をしたワンピースをまとい、黒い二枚の翼を生やした優美が可憐たちから数十メートル離れた巨大な氷の塊の先端に佇んでいた。
彼女の後ろには同じ翼を持つ吹雪の姿もあった。今まで争っていた悪魔全員が自分の主君に忠誠を誓うように膝を着き、頭を下げた。あのルキフグスでさえも一瞬で我に返り、主君に忠誠を誓っていた。
「優美!」
可憐が立ち上がり親友の名を叫んだ。優美は可憐に微笑んだ。彼女の長い金髪がサラリと揺れた。
「可憐。これが本当に最後のチャンスっ。あたしと一緒に来て」
青い大きな瞳が可憐を映す。瞳に映る優美の親友の姿は氷の破片と悪魔たちの攻撃によりボロボロになった衣服に染みている誰のか分からない血痕。髪も普段のようなセットではなく、ボサボサになっていた。
「優美! 馬鹿なこと言わないで、私たちの所へ二重契約しに来て欲しいわ。私は、あなたを取り戻したい!」
可憐の言葉に光と猛、弘孝の目が見開いた。サタンと二重契約だなんて不可能に近い提案だと三人は考えていた。
「可憐。サタンにそれは不可能だ」
弘孝の言葉に可憐は黙秘で回答した。視線も弘孝ではなく、優美に向けられたままだった。
「おかしな事を言うのねっ。最後のチャンスと言ったでしょ? 可憐、あたしたちの仲間になって。これに対しての回答は、イエスかノーかしかないのよっ」
優美が右手を伸ばす。可憐も無意識に右手を伸ばし、一歩前に出た。決して届く距離ではなかったが、可憐は親友の手を取ろうと可能な限り手を伸ばした。
「可憐!」
光の言葉に可憐のオレンジ色の十字架が反応するかのように輝き出す。それに気付いた可憐が一度伸ばしていた手を胸元に移動させた。そのまま胸元のリボンをギュッと強く握りしめた。
「私は……親友を救いたいだけなのに」
光が立ち上がり、可憐の肩を抱きしめるようにそっと自身の両手で包み込む。六枚の翼が可憐を寒さから防ぐように音を立てる。その時だった。優美の隣にいた吹雪が一歩前に出て可憐に向かって笑った。
「答えはノーでいいんだなぁ? 可憐」
「黙れ! 地獄長モロク!」
吹雪の質問に答えたのは猛だった。剣を構え、剣先を吹雪たちに向ける。それを見た吹雪は再度笑みを浮かべた。白い歯が見えるほどの笑みは口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「ほーん。その名、新米契約者から聞いたな?」
吹雪の視線が猛から弘孝へ向かられる。弘孝は半分の血が膝をつけと訴えているのと悪魔と戦わなければという半分の血が互いにぶつかり合い、急激な寒気を催した。両肩が震えるのは寒さからなのか地獄長への恐怖からなのか分からなかった。
吹雪の質問に猛は魔力で攻撃することで回答した。しかし、吹雪はそれを翼で簡単に弾き飛ばす。
「さぁ、可憐。オレからも最後のチャンスだぁ。オレと契約して悪魔になるのか、それとも優美を見捨ててオレたちと戦うのか。選べ」
再度同じ質問を可憐に問いかける吹雪。そんな吹雪を可憐は睨みつけた。エメラルドグリーンの魔力が彼女を包み込み、可憐の意志を表しているかのように美しく輝く。
「私はあなたと契約しない。優美も見捨てない! 優美を救ってみせる!」
可憐から放たれるエメラルドグリーンの魔力。契約者の中で最も慈悲深い彼女の魔力は光や猛、吹雪に初代の癒しの大天使ラファエルを連想させた。
「それだと、オレの質問に対しての答えはノーって事で交渉決裂だぁ」
脳内に思い浮かぶラファエルの姿を振り消すように吹雪は自身の翼を大きく広げた。黒い翼が大きな音を立てる。
「可憐!」
ふと優美が大きな声で親友の名を呼んだ。可憐がそれに気付いた時には既に遅かった。
吹雪の翼が鋭く尖り、優美の腹部を貫通していた。腹部と口から勢いよく血を吹き出す優美。
「優美!」




