84話 狂想曲+月来香
光の耳に届かなかった理由。それはルキフグスと春紀の魔力がぶつかり、爆発音のような音をたてたからだった。
「ヘルエル!」
光の叫び声。アスタロトは既に爆発音が聞こえた方へ黒い翼を使い飛び立っていた。光も毒が回った翼を使い、春紀の元へ飛び立つ。そこには春紀とルキフグス、ベルフェゴールが銃と弓を使い魔力をぶつけ合っていた。
「ルキフグス様!」
アスタロトが援護するように愛蛇を使い毒を放つ。春紀に放たれた毒の塊だったが、光がそれを既に毒に侵食されている翼で弾く。
「ありがとうございます。ガブリエル様」
「君の魔力は今は限界があるけど、ルキフグスには無い。正直不利な状況だよ。一旦、ミカエルと弘孝君の所に合流しよう。可憐も心配だし、ぼくもこの翼を彼女に治療してもらわないと」
毒によって力なく羽ばたく光の翼。動かす度に身体中に毒が回り、酸素を奪う。それを見た春紀は両手で銃を構え、アスタロトに魔力でできた弾丸を放った。彼女を守るかのようにルキフグスが弓を使い、弾丸を弾く。弾いた衝撃で氷でできた弓は粉々に砕けた。
「申し訳ございません。ルキフグス様」
「気にしないで。アスタロトを失ったら、ボクたちの計画が狂っちゃうからね」
再度魔力を使い、氷でできた弓を作るルキフグス。魔力の光りでできた弦が周辺の氷を毒と闇に近い色に反射によって色付けた。
春紀が再度魔力の弾丸を込め、銃を構えた。先程の一発の攻撃により、魔力をかなり消耗し、腕が震える。
「私の魔力程度では、恐らくあなたは殺せない。しかし……」
銃口の先をルキフグスの胸元から月下美人の髪飾りの方へ僅かにずらす。
「その月下美人だけは私が破壊します」
震える腕を無理やり固定し、春紀は引き金を引いた。五十口径のガス圧作動方式の自動拳銃から放たれた魔力の反動に傷ついた身体が耐えきれず、膝を着く。
ルキフグスが春紀の殺意に気が付いた時には既に弾丸は月下美人の髪飾りを撃ち抜く直前だった。一秒も満たない間に彼女の髪飾りは音を立てて砕け散った。数個の破片がルキフグスのこめかみに当たり、生気のない血を流す。
「ルキフグス様!」
「ルキフグス様! 花の契約者が!」
アスタロトとベルフェゴールの叫び声。しかし、耳元で盛大な破壊音がしたルキフグスには届かなかった。アスタロトが慌てて彼女の安否を確認する。致命傷は無く、こめかみの切り傷程度だった。ベルフェゴールが魔力を使い、ルキフグスの怪我を治療する。
「月下美人はそのような色をしていません。夏の夜に一晩だけ、まさに満月のような白い美しい色をした花を咲かせます。そのような毒々しい色ではありません」
まるであなたのその髪のような色ですよ。そう口にしそうだった春紀だが、目の前の地獄長にそのような気持ちを抱いてはならないと口を閉じた。
粉々になった自分の髪飾りの破片を数個手にし、ルキフグスは春紀を今まで以上の殺意を込めて睨みつけた。
「よくも! それはボクの大切な——」
ボクの大切な物だ。そう口にしようとした瞬間、ルキフグスの思考が停止した。何故自分にとってこの髪飾りが大切なのか。それが思い出せなかったのだ。記憶はないのにこの髪飾りが大切な物だとは分かっている。この矛盾がルキフグスの思考を停止させていた。胸の内に残る違和感がルキフグスの視界を狭めた。
「違う。違う。違う。ボクはルキフグス。十地獄第一地獄“いと高きものどもの地獄”第三下層地獄長ルキフグス。それ以上でもそれ以下でもない……」
自分の違和感を強制的に消すかのように自分の名を何度も呼ぶルキフグス。氷の女王に相応しくない冷や汗が彼女のこめかみから頬を伝う。
ルキフグスの異変に気付いた光と春紀が好機と判断し、春紀が再度銃を構えた。光も剣を構え、一気に距離を縮めながら振りかざした。春紀も光を援護するように銃から弾丸を放つ。
「ルキフグス様!」
アスタロトが咄嗟にステッキと愛蛇を使い、二人の攻撃を防ごうと手を伸ばした。ベルフェゴールもまた、弾丸の威力を弱めようと魔力を使い盾のように厚くした魔力をルキフグスの前に出現させようとした。しかし、彼女よりも速く移動する春紀の弾丸は既にルキフグスの心臓を狙っていた。
「懺悔しろ。地獄長」
春紀の殺意のこもった瞳かルキフグスを捉える。それと同時に光もまた間合いに入り、剣がルキフグスを捉えていた。アスタロトのがステッキと魔力を光に向かって投げたが、ルキフグスに攻撃する間合いよりも遥かに遠かった。
「ぼくが、地獄長を倒すんだ!」
光が振りかざした剣と春紀の弾丸がルキフグスの胸元に当たる直前、アスタロトよりも遥かに強力な魔力が弾丸を打ち消し、光とルキフグスとの距離を遠ざけた。強制的に離された光は数歩後ろにさがる。
「流石に第一地獄の地獄長が、一人居なくなるのは今は困るんだよなー」