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72話 狂想曲+秘密(3)


「弘孝!」



 弘孝が死を覚悟した直前、上空から彼の名を呼ぶ声が聞こえた。地面に体を打ち付ける衝撃を覚悟し目を閉じていた弘孝。しかし、体にあったのは痛みではなく人間の腕に抱かれている感覚だった。恐る恐る目を開くと、そこにはには六枚の翼を羽ばたかせた一色猛の姿があった。



「猛……?」



 滑空するスピードを緩め、ゆっくりと着地する猛。その後弘孝と可憐から手を離した。



「お前の魔力の異常を感じ取ったからな。何とか間に合ってよかった」



 安堵の息を漏らす猛。その後可憐に視線を移す。彼女の首元には過去にサタンによってつけられた魔痕が再発していた。



「弘孝……」



 やっとの思いで皐月の魔力を相殺し、声を出す事が出来るところまで回復した可憐。しかし、彼女が弘孝を見る目は以前のような慈しみに溢れている瞳ではなかった。それを見た弘孝は無意識に彼女から目を逸らしていた。



「磯崎。無事か」



 可憐から目を逸らした弘孝に代わって猛が口を開いた。視線を弘孝から猛に移す可憐。既に皐月の魔力は完全に相殺され、自力で立っていた。



「ええ。何とか大丈夫よ。一色君がいなければ私たちは命を落としていたわ。ありがとう」



 可憐は氷だらけの辺りを見渡した。氷の中には集合住宅であったコンクリートの欠片や家具がそのまま床に突き刺さっている状態だった。そしてよく見ると、氷の中にはそのまま酸素を失って命を落とした人間の四肢が混ざっているものもあった。可憐はその光景に目を見開いた。



「嘘……。弘孝……これって……」



 あなたがやったの。その言葉は喉の自由を封じられていなかったが、可憐は口にする事が出来なかった。そんな彼女を見て弘孝は俯いた。黒い髪が彼の表情を隠す。



「僕がやった……。僕がこの建物に住む関係の無い人間を殺した……。皐月を殺したように……氷に閉じ込めて……」



 魔力で喉を束縛されている時以上の息苦しさを感じた。今までの自分全てを失った。弘孝はそう実感した。次にくる言葉は何だ。罵声や罵りか、それとも何も言わずに自分の目の前から消えるのか。弘孝には予想出来なかった。



「そう……」



 弘孝の予想外に可憐の反応は淡白だった。可憐はそのまま氷の中に閉じ込められた目を見開いたままの生首にそっと魔力を注いだ。数秒後、生首は安らかに眠ったように穏やかな表情に変わった。奇跡的に、可憐のお気に入りのマフラーが近くに落ちていた為、拾い上げ、自身の首元を温めるように巻く。



「私は弘孝が取った行動を責める資格も無いし咎める気持ちも無いわ。ただ、これ以上の犠牲を出さない為に皐月君を止めると約束して」



 周りにある氷の冷たさが可憐を冷静にさせた。既に春に近い冬なので溶けるのも時間の問題であろう。氷によって中の死体の血や肉の臭いは可憐達には届かなかった。



「わかった。約束する。そして、もう何も隠さない。可憐。お前には嘘偽りの無い僕を見て欲しい」



 僕はなんてずる賢い人間なんだ。弘孝はそう内心呟いた。瞳は真っ直ぐと可憐を見ているが、心は穏やかではなかった。


 このような状況で可憐に拒否権は無い。そして、自己満足で今までの偽りを懺悔する。一番嫌われにくいが姑息な手段だと弘孝は自覚していた。


 そんな弘孝の内心を知らず、可憐は笑った。大きな目を僅かに細め、口角も微かに上がっていた。



「ありがとうございます。わたしがあなたを(ゆる)します。なので、これ以上は苦しまないでください」



 可憐らしくない口調。そして、慈悲深い大量の魔力。それは癒しの大天使ラファエルそのものだった。その姿に弘孝と猛は目を大きく見開いた。



「ラファエル!」



 猛の声に反応するように可憐がゆっくりと振り向く。



「え?」



 猛が可憐の顔を見た時、既にラファエルの面影はなかった。そこには見慣れた大きな黒い瞳と光が作ったネックレスが共鳴するかのように僅かに光っていた。



「……。いや、なんでもない。磯崎、お前は光が来るまで俺たちに守られろ」



 先程のラファエルの魔力によって二人の怪我や魔力の枯渇は回復していた。



「そう、光。光はどうしたのよ」



 そう言えばここ数日間光と猛の姿を見ていなかった。おかげで契約者を忘れ、弘孝との学校生活を送れていてつかの間の休息かと前向きに捉えていた。しかし、このような状況になっても可憐の目の前に現れたのは猛のみだった。



「光は今、花の契約者とルキフグス討伐に向かっている。恐らく、ヤツらの考えとして、俺たち大天使たちを集合させずに仕掛けるつもりなんだろう。実際、ここに地獄長が来た」



 猛の言葉に可憐は俯いた。守ると言いつつ、肝心な時は自分の傍にいてくれない光にモヤモヤとした気持ちを抱き、スカートの裾を握りしめた。


 可憐がスカートの裾を握りしめるのと同時に三人から少し離れた所から氷が砕ける音がした。全員が振り向くとそこには砕けた氷の間から皐月の姿があった。



「やるじゃーん。兄貴ー」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新第73部分まで読了しました 淡々と物語が進んでいき作者のストーリーテラー的 目論見がうかがえました [気になる点] 一字下げしないのは何かの拘りでしょうか [一言] 不勉強で知らないの…
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