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71話 狂想曲+秘密(2)


 テーブルに散らばるクッキーを次々と口にする皐月。弘孝は悪魔の血を押し殺し、戦いの大天使ウリエルとして魔力で剣を具現化させ、可憐を自分の背後にまわし、守る体勢に入る。



「どういう事よ……。皐月君、その羽は……?」



 可憐の驚く顔を見ながら皐月は大きく笑った。




「あははっ。なーんにも聞いてねぇんだねー。十地獄第一地獄“いと高きものどもの地獄”第二下層地獄長ベルゼブブ。それが今のオレー」



 散らばったクッキーを全て平らげ羽音を鳴らす皐月。弘孝は立ち上がり、皐月に剣を振りかざした。皐月はそれを簡単に避ける。



「お前は僕が……。なのに何故……!」



 再度剣を皐月に振りかざす弘孝。皐月も魔力で毒々しい剣を作り出し、弘孝の攻撃を受け止めた。



「弘孝!」



 可憐の声で弘孝が一瞬だけ冷静さを取り戻す。一度距離を取り、可憐の前に立つ弘孝。剣は皐月に向けられたままだった。



「なー。兄貴は何も言ってないみたいだなー。可憐ねぇも聞いてないのー? なんで兄貴がEランクに落とされていたのかー」



 口角を上げる皐月。可憐もそれはいつかは知りたいと思っていたが、自分から口にすることはなかった。Eランクへの追放。それは重罪を犯した証拠であるからだ。



「兄貴はなー。殺したんだよー。このオレをー」



 自分を親指で指す皐月。可憐は再度目を大きく見開き、皐月と弘孝を交互に見た。否定しない弘孝を見て、可憐は膝を床に着いた。



「嘘でしょ……。ねぇ! 弘孝!」



 心に大きな穴があいたような感覚に襲われた。今目の前で自分を守ってくれる幼なじみが実の弟を殺した殺人犯だということを受け入れられなかった。



「……。すまない。可憐。隠すつもりは無かった……。ただ、僕はお前の優しさに甘えていた……」



 長髪と後ろ姿で可憐は弘孝が今どんな顔をしているのか分からなかった。しかし、その震えた声からは本心であり、後悔である事だけは分かった。



「でも残念だったねー。兄貴の一撃で人間としてのオレは死んだけど、悪魔としての俺は生きてるー。むしろ人間として生きていた制約が無くなって色々動きやすかったよー。やっぱ純血っていいよなー。混血と違ってさー」



 剣を床に突き刺し笑う皐月。皐月の言葉に可憐は首を傾げた。




「混血?」



「それ以上無駄口を叩くな!」




 弘孝が剣に最大限の魔力を込めて皐月に振りかざした。ルビーレッドの魔力が皐月を襲う。しかし、皐月はそれを剣ではなく、素手で受け止めた。悪魔独特の魔力がルビーレッドの魔力を打ち消す。



「やっぱり都合の悪いことは可憐ねぇに知られたくないんだー」



 弘孝の剣が皐月の右手の中で大きな音を立てて二つに折れた。瞬時に魔力を消し、新たな剣を生み出す。



「一体なんの事だ。僕はただ五年前にお前を確実に殺していなかった。そのツケが今回ってきたから自分で片付けているだけだ。この戦いの大天使ウリエル、地獄長ベルゼブブを打ち倒す!」



 弘孝を包み込むルビーレッドの魔力が増大した。周りにある家具が氷に包まれた。突然襲われた寒気に皐月はコキュートスを思い出し、身震いした。



「転生もしてないのに第一地獄第一下層のあの人の次に強い俺に勝てると思ってんのー?」



 皐月もまた自分の魔力を最大限まで放出した。悪魔独特な死人の臭いが部屋を支配する。



「うっ……」



 想像以上の悪臭に吐き気を催す可憐。混血の血とEランクで慣れていた弘孝は平気だったが、可憐は耐えきれなかった。



「本当に、皐月君なの?」



 なるべく息を深く吸わないように注意しながら話す可憐。そんな可憐を見ながら皐月はさらに死臭を放ちながら笑った。



「悲しいなー。こんな色男の顔を忘れるなんてさー。あの時は確かにガキだったけど、今は人間で言うと十五だから充分恋愛対象でしょー」



 笑う皐月に可憐は確かに目の前の悪魔は自分の知る椋川皐月であると確信した。笑った顔が幼い皐月の笑顔と重なる。


 弘孝が魔力を皐月に向かって放った。皐月はそれが最初から分かっていたかのように目も向けず避けた。その後瞬間的に可憐の隣に立ち彼女の腰を左手で覆った。バランスを崩し、皐月に支えられるような姿勢になる可憐。



「可憐に触るな!」



 振り返り、再度剣を向ける弘孝。しかし、今度は皐月が魔力を放ち、弘孝の動きを拘束した。右手に力が入らず、剣を落とす弘孝。



「ねーねー。お二人さんはさー。キスくらいは済ませたのー?」



 空いた右手で可憐の唇に触れる皐月。可憐もまた、皐月の魔力によって動きを拘束されていた。唯一干渉されていないのが喉と口であった。



「何おかしなこと言っているの。お姉ちゃん達をからかわないで」



 魔力で呼吸するテンポまでも皐月に奪われ、死臭が体内を循環する。吐き気をぐっと抑えながら可憐は皐月を睨んだ。



「あははっ。やっぱり兄貴はヘタレだなー。ねーねー。可憐ねぇー。オレの女になって悪魔として生きないー?」



 皐月の右手人差し指が唇から撫でるように可憐の顎にそっと触れる。傍から見たら恋人が接吻をする前のような光景だった。



「何度も言わせるな! 可憐から離れろ! 悪魔!」



 弘孝の叫び声。しかし、皐月がさらに強力な魔力を弘孝にぶつける事によってそれ以上弘孝は叫ぶことも出来なかった。慌てて自分の魔力で皐月の魔力を相殺しようとしたが、半分の血がそれを拒んで思ったほど回復出来ずにいた。



「第一地獄地獄長の女なんて滅多になれないよー。ってかオレの魔力をその口でしっかりと飲んでくれればある程度はオレのものに出来るんだけどねー」



 皐月が可憐の顎を使いそのまま強制的に視線を合わせる。そして自分の唇を可憐の唇に重ねようとした時、弘孝が最大限以上の魔力を放った。




「可憐に触るな!」



 ルビーレッドの魔力が弘孝の拘束を解いた。そのまま彼から放たれた魔力は可憐の家を全て凍らせた。氷はそのまま集合住宅全てを包み込み、やがて崩れていった。バキバキと氷が割れる音が三人の耳を支配した。



「あ、やばー」



 皐月は可憐から離れ、床に刺さっていた剣を魔力を使って引き寄せる。その後六枚の羽を羽ばたかせ不安定になった足場から離れた。しかし、離れることに集中していて、上空から降ってきた大きな氷の塊には気付かず、押しつぶされながら落下した。



「可憐!」



 未だに魔力の拘束が解けない可憐を弘孝が手を伸ばし自分に引きつけるように抱きしめる。彼女が地面に体を打ち付けないよう包み込むように再度抱きしめると二人は七階から建物の破片ともに落ちていった。


 残り少ない魔力を使い、ダメージを最小限に抑えようとする弘孝。



「可憐! しっかりしろ!」



 想い人を守る。それだけが弘孝の魔力を支えていた。自分は最悪死んでも既に契約済みの身体なので、記憶は失うが転生し、戦いの大天使ウリエルとして彼女を守れる。傍に居ることが許されている。それだけを頼りに弘孝は可憐を強く抱きしめていた。


 もしかしたら、これが椋川弘孝としての最後の抱擁かもしれない。そう思いながら氷に囲まれながら弘孝たちは落ちていた。


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