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210話 鎮魂歌+選択(1)

「可憐!」



 砕けた氷の壁の音と共に聞こえたのは、想い人が自分の名を叫ぶ声。可憐は光の姿を見ると、氷の地面に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。



「光……!」



 今までに無い弱々しい可憐の声色。しかし、その声には安堵感も混ぜられていた。それを瞬時に察した弘孝は、六枚の黒い翼を羽ばたかせ、可憐の前に降り立つ。彼は右手に持っていた弓を左手に持ち、可憐に右手を差し出した。



「これが最後のチャンスだ。可憐、僕と共に地獄を統べる者になろう。そんな得体もしれない存在よりも、幼なじみである僕と永遠を共にする契約をしろ」



 儚い笑みと共に差し出された弘孝の右手。しかし、彼の右手には闇と毒を混ぜたような禍々しい魔力が込められていた。そのまま彼は可憐の頬に触れようとゆっくりと手を近づける。


 それを見た可憐は、弘孝が差し出した右手が自身の頬に触れる前に右手にエメラルドグリーンの魔力を灯しながら払った。



「あなたはもう私の知る弘孝ではないわ。悪魔の道を選ぶことが、どれだけ後悔するのか、見ていなかったの?」



 弘孝を拒否する右手と言葉。それは、弘孝の表情を儚い笑みから、殺意の込められたものへと変えるのには充分だった。



「それが可憐の答えか……。ならば、その選択を後悔するほどの絶望を味わせるしか……ない……!」



 弘孝は左手に持っていた弓を右手に持ち直す。そのまま演奏の構えをとった。殺意の込められた皇帝円舞曲は、悪魔の魔力によって、可憐の身体から酸素を奪うような苦しさを与えた。



「うっ……!」



 苦痛の声を上げる可憐。これ以上彼女が弘孝の魔力を浴びないよう、光が前に立ち、剣で魔力を斬る。



「可憐! ……大丈夫?」



 弘孝の攻撃を全て剣で防ぎながら視線を可憐に向ける光。そんな彼に、可憐は安堵の息を漏らした。



「えぇ。ありがとう……光」



 光に儚い笑みを向ける可憐。それを見た光もまた、儚い笑みを浮かべていた。



「可憐が無事なら、ぼくはそれだけで充分だよ」



 オレンジ色の魔力が光から溢れ出る。それは、光自身の感情に比例していた。弘孝の攻撃を剣で防ぐ。その行動の中で光の可憐を想う気持ちと魔力が弘孝の負の魔力を相殺していた。


 それを見た弘孝は一度演奏を中断すると、嫉妬の込められた舌打ちをした。



「やはりお前とは、決着を付けなければならないようだな」



 そのまま弘孝はバイオリンを再度構え、演奏を再開する。闇と毒の混ざった攻撃が光を襲ったが、光はそれを剣で防いでいた。




「弘孝君……いや、地獄長モロク! 君は、もう、人間としての心を失ったんだね。好きな女の子を苦しめるような事をするなんて、ありえないよ」



「想い人を苦しめているのは天使側(そっち)の方だろ。寿命を奪い、他人の記憶で生かす。それがお前たちのやり方だろ」




 バイオリンの構えを止め、一度消す弘孝。その後、魔力で剣を作り上げると、六枚の黒い翼を羽ばたかせ、光の元へ飛び立った。



「魂を喰らって、二度と人として生きる事を失わせる悪魔(君たち)の方がよっぽど悪いと思うけどね」



 光の元へと飛び降りたと同時に振り上げられた剣。殺意の込められた攻撃を光は剣で受け止めた。



戯言(たわごと)を。悪魔は記憶を失う訳では無い。そして、記憶を塗り替えられる訳でも無い。悪魔としての記憶を持ちつつ、自分としての記憶も持つ。自分を殺さなくてもいい。そっちが可憐にとって幸せだろ」



 光を殺意の込められた視線で見る弘孝。剣が重なり合い、金属音がこの場にいた全員の耳を支配した。

 光に守られるように二人の攻防戦の状況を見ていた可憐は、弘孝の剣を見ると彼に向かって口を開いた。




「弘孝! 今からでも間に合うわ! 戻ってきて!」



「可憐。お前は騙されている。願いを叶えるという甘い言葉に負け、己を殺すような事はやって欲しくない。僕と共に地獄を統べる者となり、あのペテン師を消そう」




 剣に魔力を込め、光を突き飛ばす弘孝。その間に可憐の傍に近付くと、右手を可憐の右手にそっと伸ばした。



「可憐に……触らせない!」



 弘孝の手が、可憐に触れる前に光は魔力を弘孝に飛ばす。しかし、それは、弘孝が作っていた剣によって弾かれた。



「邪魔をするな」



 弘孝は剣を魔力へと戻し、バイオリンへと変える。そして、可憐にさし伸ばしていた手を一度引っ込め、バイオリンを演奏する姿勢へと変えた。


 演奏されるのは、皇帝円舞曲。それは、弘孝の中で思い出深い曲であったが、闇と毒を混ぜたような魔力によって、殺意の込められた武器へと変わっていた。



「光! うっ……!」



 可憐の叫び声と苦痛の声が混じり合う。それは、弘孝の皇帝円舞曲が可憐の身体を蝕んでいたからだった。


 可憐の声を聞いた光は、オレンジ色の魔力を剣に纏わせ、可憐を守るように弘孝と可憐の間に入った。




「弘孝君、分からないの? 君のその演奏で可憐が苦しんでいるのは事実だよ? それは、君が望んだ事では無いだろ?」



「他者の運命に踊らされるような奴に言われる筋合いは無い!」




 弘孝は演奏を一旦止め、バイオリンを鈍器としてそのまま光に振り下ろす。光はそれを剣で受け止めていた。



「違う! ぼくは光明光として、可憐が好きだと伝えた! ぼくがガブリエルじゃなくても、彼女がラファエルじゃなくても、一人の人間として、好きになったんだ! それは、紛れも無い事実だよ!」



 剣とバイオリンが重なり合い、不快な音が鳴る。しかし、二人はそれ以上に互いに殺意を向けあっていた。弘孝は一度バイオリンを魔力に戻し、翼を使い光から離れる。そして、再度バイオリンを魔力で作り上げると、今まで以上に殺意の込められた視線で彼を睨みつけた。



「それは、自身が想い人と結ばれる運命であるからこその言葉だ……。綺麗事など、幾らでも言える……。所詮、死体であるお前達には、人間としての感情など、とうの昔に捨てただろう。だが、僕は違う。悪魔となり、人間としての負の運命から脱却し、僕として生きていける。他者の運命に巻き込まれるような運命は……僕が、必ずぶっ壊す!」

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