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209話 鎮魂歌+回答

「光! 光!」



 弘孝の氷によって閉じ込められている可憐は、ひたすら契約者の名を叫ぶ。しかし、氷結地獄(コキュートス)に近い氷は、彼女の声を全て遮断していた。



「……。聞こえていないようね……」



 これ以上大声で叫ぶと、体力を無駄に消費すると判断した可憐は、弘孝の作った氷の向かいに腰掛けた。


「弘孝……どうしてあなたが悪魔なんかに……」



 弘孝が作り出した氷に向かって呟く可憐。その氷に指先を触れさせたが、無機質な冷たさのみ伝わった。



「これも、弘孝が作ったものよね……。Aランクを崩壊させた氷に似ているわ……」



 氷独特の冷たさに加え、人間の前向きな感情までも奪いそうな硬さを持つその氷は、可憐の脳裏に弘孝を過ぎらせた。幼なじみだった彼の気持ちに気付く事も出来ずに過ごした十年間に、可憐の心臓は締め付けられていた。



「弘孝……あなたの気持ちに気付く事が出来なくてごめんなさい……」



 本人には届かない謝罪の言葉を呟く可憐。触れている氷の壁の中には、僅かながら弘孝の魔力が混ざっており、彼の負の感情が可憐にも伝わっているかのような感覚に襲われた。



「私はずっと、あなたとは親友のような幼なじみで居たかった……。たとえ、ランクが変わって離れ離れになっても、気持ちは一緒だと信じていた……。それは、弘孝も同じだったけど、根本的な感情が違っていたのよね……」



 可憐はふと、触れていた氷に自身の魔力を流す。エメラルドグリーンの魔力は、氷の中心へと流れ込み、弘孝の魔力とぶつかり、相殺された。しかし、消えたのは魔力だけであり、氷そのものが砕けたりする事は無かった。


 そんな魔力の動きを見ていた可憐は、エメラルドグリーンの光りによって、氷にラファエルの姿が反射して見えているような錯覚に襲われた。エメラルドグリーンの魔力を纏った優しい女性のその姿は、可憐に天界での出来事を思い出させた。



「……。思えば、この数ヶ月でかなり変わった経験をしたわね……。そもそも、契約者だなんて非科学的な存在を認める所から、私らしくないのだけど」



 天界での出来事を思い出した事をきっかけに、光たちの出会いから今までを振り返る可憐。初めて見た彼は、どこか胸騒ぎを覚えていたことを思い出した。


 今、光と会ってはならない。そう身体が訴えていたような感覚。それは、今の可憐でさえも、その理由は分からなかった。



「……。光……」



 無意識に出た、契約者の名前。彼を思い出すと、不思議と安心感に包まれた。



「光に会いたい……」



 初めて口にした言葉。それが可憐の今現在の正直な感情だった。両手に残る僅かな感触。それは、契約者独特の冷たい肌と、光の魔力の温かさだった。


 ふと、可憐の脳裏に、Eランクでの出来事が()ぎる。悪魔と戦い、契約者という存在に恐怖を覚えていた頃、光はそれを打ち消すように手をさし伸ばし、舞踏を経験した。その後の光の言葉は今でも鮮明に覚えていた。



 ぼくとして、光明光としては契約して欲しくないよ。君にこの呪い……。死ぬ事を許されない運命を受け止めて欲しくないんだ。



 この言葉の意味を最初は理解していなかった可憐だったが、今の可憐ならその言葉の意味が分かった。人間の死という集大成を奪われ、記憶を失いながらも別人として生き続ける。ジンの転生を見た可憐は、初めて自分として最期まで生きられる事の意味を知った。



「契約者になってまでも叶えたい願いって……なにかしら……」



 ふいに呟いた言葉。それは、光との舞踏と今までの彼の言動が鮮明に蘇る。可憐をラファエルの器ではなく、磯崎可憐という一人の人間として見てくれていた光の姿は、可憐の心臓を苦しめいた。



「生きていられる五年で、その叶えた願いは報われるのかしら……」



 心臓の苦しみを誤魔化すように契約者のルールを振り返る可憐だが、それと同時に光の儚い笑みを思い出し、更に心臓が苦しくなっていた。


 契約者としては、五年の命という情報を公開することは不可能に近いものだった。しかし、光明光としてはそれを可憐に避けて欲しいので、契約を急かさなかった。そう考えると、光の優しさに可憐は無意識に儚い笑みを浮かべていた。



「あぁ……。そういう事ね」



 初めて行った儚い笑みという表情。それは無意識に行ったものであったが、可憐はそれの意味を瞬時に理解した。そして、それと同時に、思い出すのは光の顔。何度思い出しても、彼の表情は儚い笑みが多く、その意味と、可憐が閉じ込められる前に言われた言葉が可憐の心臓の音を大きくする。



 可憐、君が好きだ



 この言葉を受け止めた時、可憐は初めての感情に襲われた。その感情の意味を氷の中で初めて理解したとき、可憐の目尻には、涙があった。


 今までに経験した事の無い胸の苦しみに、可憐はひとつの答えを導き出した。今まで否定していたその答えは、今回の出来事で確信へと変わった。


 可憐はそのまま自分の心臓の位置へ右手を持っていくと、ゆっくりと口を開いた。



「私、光の事が好きみたい……」



 その時だった。可憐を閉じ込めていた氷の一部が大きな音をたてながら崩れ始めた。

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