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202話  鎮魂歌+好敵手(1)

 光と弘孝が声と魔力の持ち主へ視線を向ける。青年らしい筋肉質な身体。やや茶色の混ざった黒い髪。頬には十字傷の痕。契約者である証拠の白い六枚の翼。ルビーレッドの魔力を全身に纏った契約者が落ちている制帽を拾い上げ、二人を見つめていた。



「ジン君……」



 光の声に、ジンは視線を彼へと向ける。呼吸の浅い光を見たジンは、白い歯を見せながら口角をゆっくりと上げた。



「はっ。ガブリエル、ボッコボコじゃねぇか。オレが来たからには、コーゲキだけは任せとけよ」



 制帽を深く被り、呟くジン。その後、顔を上げると、視線を光から弘孝へ移した。制帽で顔の一部が隠れているが、弘孝に向けるジンの視線は殺意が込められている事は、光でも分かった。



「ジン……。これは僕と光の問題だ」



 ジンの殺気をものともせずに、弘孝はジンを睨みつける。殺意と悪意の込められた弘孝の視線に、ジンは小さく笑った。



「はぁ? んだよ。ラファエルの器を取り合ってんのか? お前は悪魔、んでガブリエルはラファエルと結ばれる事が決まってんだろ? フツーに考えて、ムダな時間って分かんねぇのか?」



 挑発的な言葉を並べるジン。それを聞いた弘孝は、殺意の対象を光から完全にジンへと変えていた。



「ふざけるな! 可憐はそんな他者の運命に飲まれるような存在ではない! 仮に、そんな運命に従わないといけないのなら……僕がその運命を壊す!」



 光に向けていた剣をジンに向ける弘孝。それを見たジンは、挑発的な笑みを浮かべると、ルビーレッドの魔力を使い、腰に差していた剣に灯す。そのまま剣を抜くと、剣先を弘孝に向けた。



「ったく……。メンドくせぇ悪魔だな。ガブリエル、お前はそこで休んでろ。後はオレがやってやんよ」



 一瞬だけ視線を光へと向けると、ジンは弘孝を睨みつけ、六枚の白い翼を羽ばたかせた。そのまま翼を使い加速し、距離を縮めながら弘孝へと剣を振りかざす。


 弘孝はその間にジンに向けていた剣を一度魔力へと戻し、即座にバイオリンへと具現化した。そのままバイオリンを構え、和音を奏でた。寸分の狂いも許されない和音を弘孝はいとも簡単に奏でると、そのまま魔力と混ざり合い、ジンを襲う。しかし、ジンはそれを剣を使って音色が自分に当たらないように斬り裂いた。



「Eランクで生まれ育った分、戦闘センスは悪くないな」



 ジンに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く弘孝。しかし、ジンに彼の声が届くことは無かった。



ウリエル(オレ)が作った氷結地獄(コキュートス)で好き勝手やってんだな」



 弘孝の攻撃を完全に相殺すると、ジンはそのまま弘孝に向かって剣を横に振る。しかし、弘孝はそれをバイオリンを使って簡単に受け止めていた。



「お前が作った訳では無いだろ。あくまでも、お前の記憶を奪い、肉体を使っている契約者の話だ」



 鋭利な剣だったが、弘孝の魔力で生み出したバイオリンは、弦が傷付く事は無かった。そのまま力技で剣を押し返すと、弘孝はバイオリンを使い、演奏を開始した。流れる皇帝円舞曲は、魔力と混ざり合い、ジンの耳に直接痛みを覚えさせた。



「くっそ!」



 反射的に両手を使い、耳を塞ぐが、魔力が右手をかすり、剣を持つのが困難な傷を生み出す。痛みで剣を落とすと、ジンは左手に魔力を集中させ、ルビーレッドの炎を生み出し、右手に当て焼灼止血(しょうしゃくしけつ)をした。


 それを見ていた弘孝は、呆れと軽蔑の込められたため息をついていた。



「その止血も痛みで叫びたいだろ。魔力で回復する事が不可能な戦闘狂の契約者め」



 弘孝はそう呟くと、そのまま演奏を続け、ジンの身体を魔力で傷付ける。まるで鎌鼬(かまいたち)に触れたような切り傷がジンの全身を襲った。



「うっ!」



 痛みで思わず苦痛の声を上げるジン。その後、瞬時に炎を灯し、止血する。既にジンの身体は裂傷よりも火傷の数が上回っていた。



「ウリエルの利点は大天使で一番の攻撃力。しかし、その攻撃力と引き換えに、魔力での傷や毒の回復が不可能だ。それくらい、混血の僕が知らない訳ないだろ」



 弘孝に僅かに残るウリエルとしての記憶。それは、ジンが人間の時に見ていた夢と全く同じであった。そして、その後、母から教わった大天使ウリエルとしての使命。しかし、今ではその記憶は単にジンを効率よく殺す為の知識でしか無かった。



「んなの……オレだって知ってるっつーの……。オレは、ガブリエルやラファエルたちを守る剣なんだよ……。こんなボロボロになっても、守るべきものがあるなら、この剣で斬るしかねぇ!」



 ルビーレッドの魔力を全身から放出し、ジンは無理やり止血する。その後、剣を大きく振りかざし弘孝を襲った。しかし、その行動を既に予測していた弘孝はバイオリンを使い、ジンの攻撃を全て受け止める。



「お前らしい単調な攻撃だな」



 剣術を特に学ばず、本能的に振り上げては弘孝に向かって振り下ろすジンの攻撃。それは、弘孝にとって、先が予測出来る攻撃であり、全て受け止める事は簡単だった。



「チクショウ!」



 自分の攻撃を全て読まれている事に苛立ちを覚え、更に攻撃が単純となるジン。しかし、それも全て弘孝に受け止められ、苛立ちが増した。その怒りを落ち着かせるように、数回剣を振ると、一度弘孝から離れ、呼吸を整える。



「五年も共に暮らしていたんだ。お前の行動なんて簡単に予測出来るぞ……ジン」



 ジンが離れると、弘孝は彼に聞こえないような小声で呟く。その後、攻撃を受け止めていたが、無傷のバイオリンを構えた。



「契約者という呪いに巻き込まれたお前の運命……僕が解放してやる!」

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